いつも通りに胸が張る。明日中には安心と同時にうんざりする苛々と無気力に埋没するはずだ。周期は安定しているし、期間も短い。おまけに二日目以外はそれほど気にしなくても済む程度に軽いから贅沢な悩みかもしれないが、このときばかりは生理のない男が羨ましくて仕方がない。
いつになく活気のある実習棟をサークル室に向かう。
何事かと思ってしばらく眺めていると、どうもうちではないらしい。廊下を挟んでサークル室の反対側、アトリエの先にある本家、映像美術部に出入りする人たちのようだ。
いきなりスカートのお尻を触られて飛び上がった。
こんなことをするのは武井さんしかいない。
「ああ、あれ? 学祭が近いから。連中、展覧会の準備でおおわらわだな」
平然とお尻を触り続ける手を叩く。
調子に乗った指先が躰の中心に潜り込みはじめて、いつもとは違うはずの感触に勢いが止まった。
「生理なの?」
「生理じゃなくてもだめ!」
ちょっと早いかなとは思ったが、運転中に始ったりすると厄介だからさっきトイレで生理用品をあててきた。
寛とは生理中でもセックスしたけれど、彼には無理と言ってある。正直、何をされるか予測がつかないし、自分でも臭いがきつくてさすがに滅入る。あのころは無我夢中でとてもじゃないがそんな余裕はなかったが、今思えば寛には申し訳ないことをしたなと後悔が湧き上がった。
「何日目?」
「さっき始ったばっかり!」
すらすらと嘘が自然に出た。
「寒いから部屋に入ろうよ」
「触らないって約束します?」
素直に信じた自分が馬鹿だった。
廊下の扉が閉まった途端、しっかりと口が合わさった。
「まぁ、連中は既得権益べったりの守旧派、できれば親分……つまり美術評論家やったり本書いてる教授とかの先に繋がっている画壇とか美術関連業界ね……に見初められて玉の輿に乗りたいって連中ばかりだから意気込みは凄いね。うちらは趣味と実益の娯楽サークルだから自ずと出来映えは違うけど、けっこう勉強になるよ。山喜なんかはこき下ろしてるけどね」
「うちは学祭、何もしないんですか?」
「う〜ん、多胡をとられちゃうから何もできない…というのが正直なところ」
まったく悪びれずに答えが返ってくる。
「普段、あれだけ何でもかんでも押し付けて自分達でやらないからじゃないですか」
「あけみちゃんは優しいな。でも、うん。その通り。でも出来ない人に頼んでもしょうがない。多胡は感性もいいもの持ってるけど、実際良く出来るんだ。多少の出来ないことなら努力で出来るようになっちゃうというのもあるね」
「それはそうかもしれないけど、みんなで少しづつ分担すれば……」
「質が下がるんだよ。それをやっちゃうと。責任が不明確になるし調整すんの大変だし、安心して見てらんない」
「じゃぁ、武井さんが手伝えば?」
「オレは会長だから顔だけでいいんだよ。顧問と事務当局にゴマすって揉み手して貰えるだけ予算貰って、みんなの意見を聞くだけ聞いて、決めて、決めたことにだけ責任を持つ。いちいち口出しするとこんがらがるんだ。みんな似たような年齢だし、クセだらけの連中でしょ」
真面目さの欠片もないおちゃらけた口調だが、論旨はわかる。なんとなく彼を見直してしまった。たぶん彼はわたしよりずっと大人なのだ。
酢酸臭い現像室で沸かした湯で熱い中国茶を煎れた。武井さんの趣味。青茶という種類の烏龍茶に近い種類らしいが、もっとフルーティで薄緑がかった色が透明でさっぱりしている。センスもへったくれもない無粋なマグカップを両手でそっと掴むと凍えた指先に温もりが伝わった。
「寒くなりましたね……」
「ん? 空気がきりっとして気持ちいい」
ガラス越しに見える中庭はもうすっかり冬の様相だ。裸木の梢が強い季節風に揺れて、幾何学模様のタイルに複雑な影を落としている。透明な空気の隅々にまで光が均等に行き渡って、素っ気無いコンクリートの建物で四角く切り取られた空は深い青に染め抜かれていた。
「北海道はもう雪?」
「そうだね…そろそろかな。そんなに積もらないけど、来年の春まで雪の中」
「行ってみたいな……」
「いつでもどうぞ。あけみちゃんと一緒に雪に埋もれるのもいいかな」
「寒そう……だし、凍傷になっちゃいますよ?」
「はは。そうじゃなくて……」
話の腰を折るように、不意に扉が開いて冷たい空気が流れ込んだ。
行儀悪く机に座って寛いでいた彼の隣にすっと人影が立った。
長い黒髪を伸ばした東子が雪女のような冷たい目でわたしを見た。
「お待たせ」
わたしの反応を完璧に無視して東子の手が彼の腕を掴んだ。
東子に引き摺られて廊下に消える直前、一瞬だけ振り向いた武井さんの頬が笑って目が語ったような気がした。
わたしは嘆息しながら窓を大きく開けた。
薄汚れたガラスのフィルターがなくなって冷たく澄み渡った空の青が痛いほどクリアに冴えた。
わたしは武骨なカップを両手で抱いて、さっきまで残っていたはずの喪われた温かさを思い出そうとした。
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来週末の三連休に行われる学祭の準備でキャンパスはいつになく人が多かった。この地方の学祭としてはたぶん最も遅いほうだが、隣の――夕実が通う大学の学祭と日程をずらさないと人が集まらないから仕方がない。同じ国立とはいえ規模も違えば格も違う。おかげで秋というよりはほとんど初冬、場合によっては初雪がちらつく寒気と西の山脈から吹付ける季節風のなかで震えながら焼き鳥を齧ることになる。
もっとも小規模であるが故の利点もないことはない。キャンパスがコンパクトだから必然的に密度は上がる。お祭りの雰囲気には相応しいし、お隣のように教養が学祭やっているのに学部は無視を決め込んで授業をやっているようなドラスティックなところはなく、事務当局も協力的らしい。
おかげで食堂は超満員、駐車場も満杯で入れない車がそこここに適当に停められるものだから混雑にいっそう拍車を掛けていた。もっとも4年生は採用試験の準備と教育実習でそれどころではないはずだし、3年だって早い人は来夏の教員試験に向けてそろそろ尻に火が点いてくる時期だ。大学の施設は最初から学生全員が来ることを考えて造られているわけではないのだろうか? 車の間を縫うように走り抜けるバイクに肝を冷やしながら、わたしは駐車場の空いているマスを探した。
夕方、サークル室に顔を出すと廊下の反対側とは打って変わって閑散と人気がなかった。息が白く見えるほど薄青く冷え込んだ空気に現像室の赤い使用中灯がぽつんと寂しく灯っていた。
今日、わたしは19歳になったが、武井さんは東子に捉まっているのだろう。昨日から見かけないし、多胡さんはわたしの誕生日を知っているはずがない。
今更――という気もあって素直になれないのは歳を食った証拠かもしれないが、去年の今日、寛に貰ったコートに身を包んで来るぐらいが自分を慰められる唯一の方法だった。くすんだ孔雀色のマフラーの下は、ふわふわのお気に入りのセーターも短めのコーデュロイのスカートも全部スノーホワイト、ウエストを軽く締めた淡い瑠璃色のベルトはソックスとお揃い。鏡に向き合ったわたしは《雪女みたい》と思ったが、背後からそっとわたしを抱いた寛は《あけみは雪の精みたいだな。触れただけで手が切れそうなくらい美人だ》と囁いた。
今でもその声色と首筋へ押し付けられた唇の感触を手にとるように思い出すことができる。
あの日、わたしは“あけみちゃん”から“あけみ”に昇格したのだ。
そして、《もう一回言って……》というわたしの懇願に、誤解した彼は後半部分を繰り返した。
去年の今日も寒い日だった……。
しんと静まり返った11日の遅い夜、階段を上がってきた彼をこっそり迎い入れ、冷たい頬に顔を押し付けた。冷え切ってかじかんだ長い指が愛しくて、パジャマの前を割った。冷たい手がわたしの裸の胸でゆっくりと温まっていく感触と、蕩けていく気持ちは今でも忘れられない。もちろん、12日になると同時に誕生日を祝ってくれた。ささやかな、ひっそりとした二人だけの祝宴と気も狂わんばかりの情熱的な夜。そして夜は彼の腕の中で明けていった……。だから、その日の午後、松崎がこれ見よがしに寛を呼びつけてもわたしは余裕だった。松崎の苛ついている態度、焦って不安を隠し切れない大きな目には滑稽を通り越して哀れみを感じたくらいだ。
どんなに寒くても12月にならないと暖房は入らないし、入ったとしても5時になれば切れるとか。杓子定規なことでは定評がある国立大学だ。ここ数日は室内ですらまるで冷蔵庫のよう。吐く息で視界が白く霞む気温にコートの前を掻き合わせた。
高校の校則で決まっていたコートの色は黒か紺だったけれど、わたしは薄いシルバーグレーのボアが付いたコートを着て、堂々と学校に通った。松崎にも夕実にも見せ付けてやりたかったから。最も効果があったかどうかはよくわからない。溜息でそうな色じゃん、といってボアに顔を埋めて撫でながら誉めてくれたのは西田啓子だけだった。
取り留めのない回想に浸っていると、いつのまにか使用中灯が消えていた。
声を掛けようかどうか迷ったが、多胡さんなら邪魔をしたくない。待つことにした。
あの休み明けから、武井が説明してくれた通り、多胡さんは忙しかった。二、三度顔を合わせても話をする閑もなかった。もちろん、彼がいちばん苦手とするところの電話もメールもあろうはずがなく、わたしは純粋に寂しかった。
男なら、一度寝たら自分の女扱いして、当たり前のように躰を求めてくるはずだと思っていたから、今の宙ぶらりんな状態は妙に居心地が悪く拍子抜けしたような空虚さを伴っていた。
壁の灰色のドアがするすると音もなく開いた。
大きな影。予想通り多胡さんが大きな印画紙の包装を抱えて現れた。
行儀悪く机に腰掛けてコートに埋まっているわたしに気付いた目がはっと驚いて、硬直したまま顔が赤く染まった。
「忙しいの…終わりました?」
俯いたままの頭がわたしの言葉を肯定した。
「現像してたんですか?」
「ええ。焼付けまで。久しぶりで手間食っちゃって……」
あの日の記憶が脳裏に鮮明な映像を結び、お互いに照れてしまってどうも正面から顔が見れない。
すっかり暮れはじめた中庭を煌々と照らす銀色の人工的な光がガラスを通して滑らかに差し込んできた。
「ずいぶん冷たいんですね。この間はとっても楽しかったのに……」
ちょっとだけ拗ねてみせると、吐く息は真っ白なのに、多胡さんの顔はゆでだこのように真っ赤に染まった。
口から出かけた言葉が何度も途中で呑み込まれた。
沈黙と逡巡。
長い。
「いえ、あの、その、僕も楽しかったです。菊川さんとあんなことできるなんて……一生忘れません」
ちょっと、ちょっと……。
「一生忘れないって、……どういう意味?!」
「え? だから、その……」
そんな風に思われていたのか。なんだか悲しくなった。
「わたし…気紛れや同情で男の人とああいうことする女じゃないです。信じてくれないかもしれないけど…信じられないかもしれないけど、わたしこれでもけっこう固いんですよ」
あぁ、気持ちは確かにそうなのだが、今や何の説得力もない台詞だなと我ながら嫌になる。
「そ、そんな変な意味じゃなくて…でも、やっぱり信じられなくて……」
「なんの写真? ですか? それ」
「菊川さんの……」
「わたし?」
「えぇ。今日…誕生日だと思って……服とかアクセサリはどうしていいのか全然わからないし…、食事とかもしょうもないところしか知らないし……、馬鹿の一つ憶えですけど」
「え? プレゼント?」
封印していたはずの温かいものが溢れて、一気に頬が綻んだ。
「で、でも、どうしてわたしの誕生日知ってるんですか?」
「え? 春に学生証見てサークルの名簿に載せたから、そのとき憶えました」
そうか。確かに生年月日は書いてあった気がする。でも一瞬なのに……よく憶えていられるものだ……。
今度は逆に胸が詰まってしまって、立ち上がってとことこと彼の前に歩いた。
胸に抱えた大きな包みを取って傍らのテーブルに置いた。
「忙しくて会えないなら…電話くらいしてくださいよ」
そう言いながら彼の厚い胸に何度も頭突きした。
「これ全部? 見てもいいですか?」
A2版ほどある印画紙。全紙版といういちばん大きなやつだ。
包装紙に包まれた大きな包みを取り上げる。
いちばん上の黒いビニールに包まれたプリントを引き出して机に広げた。
このあいだの写真。明るい晩秋の林で、ちょっとだけ大胆なポーズをとって、笑っているわたしが鮮明に焼き付けられていた。透明な空気に吸い込まれそうな肌色と流れる黒髪。自分で見てもびっくりするほど艶やかな目付き。これって…わたし? 嘘みたい。
「ありがとう……なんか…嬉しい…。わたしじゃないみたい」
まだ、何枚かある。すかさず次のプリントを引き出した。
「えっ? あの、その それはちが……」
言葉を耳が聞き取る前に照明に晒されたものを見て、わたしは思わずうろたえた。
ミニチュア版のわたし。
うわっ! さすがに目を覆いたい。つんとした正面顔と小さな胸が生々しい。それよりも、なによりも、前を隠しもせずに、恥ずかしげもなく躰を晒していることが恥ずかしい。
次をめくる。動作の途中? 手足が動いてブレて流れている。多胡さんにしては珍しい…と思ったら、影になりきらない広がった太腿の奥で、陰毛が隠すべき部分が顔を覗かせていた。うう。マジックで塗り潰したい。
うわっ、まだある。三枚目は……帰りに、朝の陽だまりのなかで撮った…裸のわたしの顔から胸、腹に彼の白い噴出物が飛び散って…筋を作って流れている……わたしが撮ってと、ぐちゃぐちゃのわたしを撮ってと頼んだ写真だ。思い出すだけでも恥ずかしさを通り越して、見ていられない。
「こんな写真…こんなに大きく引き伸ばして、どうするんですか?」
訊かなくたってわかる気はするが、なんとなく苛めてみたくなる。
顔を見せられないから、頭を抱えたまま彼の胸にしがみついた。
「いえ、あの……」
「撮って、って言ったのはわたしだから…それはいいんですけど」
「す、すいません。つ、つい、じっくり見たくて……」
武井になら、もう数え切れないくらい撮られている。
ヌードというか、ほとんどポルノ。
大股開きで、おまけに…おまけに自分の指で陰唇を広げているものから、屈辱的なバック。突き上げた尻の中心に肛門が窄まって、性器がぱっくりと口を開けているもの。泣きそうな顔でおしっこしているところから、滴る精液を顔で受けとめているところ、そして、いわゆるハメ撮りまで。そんなものを見て何が楽しいのかわたしにはよくわからないが、わたしを撮りたいという彼の意志と感情はとても嬉しかったから……だから、わたしは言われるがままになった。
多胡さんも同じなのだろうか。
同じだけど、彼の性格だから言い出せないのだろうか?
二枚目の性器が写った写真をいちばん上に置いた。
「らしくないですね」
「え? あ、はい」
「可愛くないですよ、これ」
「す、すいません」
「顔がつんつんしてるし……」
「そ、そんなことないです」
「でも多胡さんが撮りたいのはもっと違うのでしょう?」
「いや、でも、その、あ、わ、わ」
言語中枢が崩壊しかかっている。
「言ってくれれば…あの…どんなポーズでもとります」
「いや、あの、でも……」
「また行きましょ。写真…撮って下さい。多胡さんの思う通りに」
「は、はい」
ようやく肯定的な返事が聞けてわたしはほっと安心した。
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相変わらず硬直して棒のように固まっている多胡さんの腕を取って自分の背に回した。
重い。
ずっしりとした重量感に包まれて溜息が出そうな安らぎに包まれた。
「嫌われちゃったのかと思った……」
「ま、まさか。夢の中の出来事だったようで……僕は今でも信じられなくて」
廊下を一群のざわめきが通り過ぎた。
もう今日はうちのサークル室に用のある人間はいないだろう。最後の人が鍵を閉めることになっている。
入口の扉のサムターンを廻してロックを掛けた。照明を消すと中庭の銀色の外灯が柔らかく室内を照らした。さすがにちょっと気が引けてコートを脱いでマフラーを外し、丁寧に畳んで空き机に置いた。
銀色の細かい繊維が柔らかな光を浴びてビロードのように輝いた。
わたしはおろおろしている多胡さんの胴体にもう一度抱きついて、困惑する首筋に強引にぶら下がってキスをした。
「座らせて……」
立っているのが辛くなって、椅子を引いて多胡さんに座ってもらった。
その平べったい巾のある足の上にちょこんと横座りする。大きくて安定して柔らかく、そして何よりも温かい。
ぎくしゃくしながらも自然に背を抱かれ、わたしは躰を預けた。
空中に浮いて硬直している片手を掴まえて自らの躰に抱き寄せた。
寛に買ってもらった服を着て、髪型もアクセサリも、口紅から靴まで全部寛にコーディネートしてもらったスタイルで、わたしは他の男に抱かれていた。
鳴らない電話。
メールの着信を知らせるLEDに一喜一憂するのも馬鹿らしくなってきた。
未来を夢見た寛に二度と会えないかもしれないという絶望的な感情と切なさが身を切り刻み、裏切りと背徳の誘惑が全身を侵してわたしを狂わせていく。
わたしはそんな自虐がやがて悦楽に転化することを知り、ゆっくりと自分自身をもてあそんでいた。
「この間みたいに……胸触ったり、スカートに手入れていいんですよ……そうしたいって思わない?」
慎重に選んだ誘いの言葉。自分の発した言葉に酔って、きゅっと血管が締め付けられて頭に血が昇った。
「そ、そんなんことしたら…怒られるんじゃないかと…嫌われたら、やっぱり困るし……」
さり気なく戸惑い続ける手を掴んで白いセーターの胸の膨らみに押し付ける。
手を重ねて抑揚を付けると、ようやく手の平が微妙な周期で力を加えはじめた。
「小さくて魅力ないですか? もっと胸大きければいいのに……」
ブラが邪魔だが乳首を通した感覚が鋭敏に尖り始めた。
彼の目が顔と胸を激しく往復する。
「いえ。すごく、とっても魅力的で…ほんとはいつも触りたい。…変態みたいで、すいません」
「んん……でも、こっち側にもあるんですよ」
もう片方の膨らみに彼の手を導いた。
頭の芯が蕩けはじめ、羞恥と欲望が拮抗する。
下肢を伸ばして尻の位置をずらす。スカートの裾が10cmほど捲くれ上がって、白い太腿が彼の目にはっきりと晒された。躰を寄せて太腿の側面を彼のズボンの膨らみに押し付けた。
「あの……」
食い入るような視線が太腿に突き刺さる。
滑り降りた彼の片手が遠慮がちに剥き出しの膝に触れた。
「なに?」
「触っていいですか?」
改めて訊かれると照れてしまうが、わたしはこくりと頷いた。
短いスカートから下着が見えそうなくらいはみ出たぴったりと揃えた太腿に淡く光があたって、薄闇に白く輝いていた。
彼の手が、本当に遠慮がちに足の上っ面を撫で上げた。くすぐったさと期待感で居ても立ってもいられなくなって、力一杯しがみついた。
「スカートの中にも…入れていいですよ」
さんざん躊躇った末、指先がようやく布地をくぐり、それを確認してわたしは目を閉じた。
彼の手が動きやすいように閉じた膝を少し広げる。
「すべすべで…柔らかくて、吸い付きそうで……」
手が行き止まりに到着した。ショーツももうぐっしょりと濡れているだろう。
恥ずかしさが募るが、躰はもう快楽への期待感で歯止めが効かない。
彼の大きくて丸っこい手が恥骨の上にがっしりとあてがわれて、指先が股間を這い回る。
生理が終わったばかりだというのに、ショーツの上から触れられるだけで背筋にゾクゾクと電気が走る。あぁ…そこそこ、もっと強く押して……欲しいのに。
「見てもいいですよ……見たいって言ったじゃないですか」
「いつも見たいけど…あのときだけかと思って……また見たいです。すごく見たいです。菊川さんを裸にして…全部見たい」
うわぁー! もっと言って、もっと言って。
耳から入る言葉がわたしを焚き付ける。
「み…見るだけ?」
「さ、触って…キスしたい」
「キスするだけ?」
指先がいちばん敏感なところをこすり上げた。
「いや、あの…ここに…入れたい……」
もう、頭がくらくら。
「スカート、前にボタンがあるから外して…それからチャックを下ろすの」
「セーターを引っ張って。捲り上げて。そう。下のシャツと一緒でいいから。うん。そう」
「ブラは背中にホックがあるから……摘むようにするとすぐ外れる…」
「ちょっと待って。立つから。パンツも…脱がして」
「全部…脱がして……」
二人の真っ白な息が銀色の闇に吸い込まれて消えていったが寒さは感じなかった。
全裸に剥かれて、わたしは彼の膝の上に載っていた。
がっしりと抱えられて、馬鹿みたいに足が広がっている。中庭の銀色の光が下腹と元通りに生え揃いつつある細毛を柔らかく波打つように染め上げた。限界まで開ききった足の間と乳房を交互に、せわしなく彼の目が彷徨う。
「……別に逃げないから…ゆっくり見て」
乳房が固く張り切って、いつもより大きく見えるのが嬉しい。
「ね…ちゃんと見て…触ってもいいですよ……」
やっぱり自分から求めることには、今更ながら恥ずかしさが募った。
「あ、あの……生えてきちゃいましたね」
「変かな……」
陰毛を優しく撫でられて、くすぐったさとじれったさが同時に湧き上がった。
「と、とんでもない…か、可愛いいです。あ、でも…毛が無いときも…き、きれいです…凄く」
「そ、そう? 子供みたいで恥ずかしい……奥まで丸見えだし」
「そ、そんなことないです。きれいだし…凄く…あの…気が狂いそうです。よ、良かったら、……無いときも撮らして下さい」
わたしは彼にしがみついて耳元に囁いた。
「いつでも言って。今度は多胡さんが剃って……きれいに撮って」
びっくりするほど大きな声で答えが返ってきて部屋の空気が震えた。
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12日中に帰り着くのが何となく躊躇われて、意味もなく回り道をして12時を少し回った頃、駐車場に車を入れた。
ポストを覗いて、二階に上がると当然の如く母に怒られたが右の耳から左の耳へ聞き流した。
「電話、なかった?」
「そんなに気になるなら電話の前に座ってりゃいいでしょ!」
ふん。いちいち嫌味な女だ。
こりゃ、宅急便も期待できないなぁ……と、小煩い小言を無視してさっさと自分の部屋に上がった。
バッグをベッドに放り出すと口が開いて中身が散らばった。
あーあ。
拾い集めるのも面倒だった。
服を脱ぎ捨てて熱いシャワーを頭から浴びた。
身体に力が入らなくてユニットバスのタイルの床にぺたんと座り込んだ。
股間に微かな違和感を感じて手をやる。
手の平に載った緩い半透明のゼリーを見て、シャワーの湯で洗い流した。
《寛が知ったら……どうなるかな……》
嘆きの代わりに薄笑いを浮かべている自分に嫌気が差してがっくりと頭を垂れた。
降り注ぐシャワーの飛沫が背中を筋になって流れた。
ベッドに潜り込んでメールを打った。
一通。宛先は久野夕実。
このところすっかりご無沙汰。
明日の夕方、都合を訊く。
送信ボタンを押して、そのまま吸い込まれるように眠りに落ちた。
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夕方4時半。陽は山の陰に隠れ、辺りは薄闇に呑み込まれ始めていた。
山道を下り、巨大な図書館の角を右折する。突き当りが生協で、その脇にぼんやりと突っ立っている夕実がヘッドライトの輪の中に入った。
手前で左に寄せて軽くクラクションを鳴らした。
ウィンドウを下ろして手招きするとようやく気がついたようだ。
相変わらずのジーンズに色気の欠片もないブルゾン。無造作に切った髪に化粧っ気のない顔。助手席に乗り込んできた秀才は一言「久しぶり」と無邪気に微笑んだ。
ベルトをさせて車をスタートさせた。
わたしの運転する車に乗るなんて勇気があるなと思いつつ、夕実が免許を持っていないことに気がついた。そう、多胡さんと同じ。他の人は…もちろん武井さんも、誰一人乗ろうとしないのに。
駐車スペースが広くて車が止めやすいだけが取り得の、高校生の頃よく通った地元のファミレスに乗り付けた。案内された席がこれまた昔溜まり場になっていたころ、愛用していた外の眺めがよい隅角で、夕実は愉しそうに「懐かしいね」を連発した。
二人でケーキセットを頼んだ。わたしはコーヒー。夕実は紅茶。たいして美味しくもないのに……と思ったが、寛がこういうところではいつも紅茶を頼んでいたことを思い出して、なんとなく癪に障った。
明るいところで改めて見ると、昔の夕実と着ているものが違うだけ、制服が私服になっただけで、ほとんど変わっていないことに気付いて愕然とした。まぁ、唇がちょっと艶っぽいのはリップクリームだろう。けっこう目立った胸は前よりも更に目立っていた。そんなわたしの値踏みするような視線に照れたような笑顔を浮かべ、胸元にブルゾンを掻き合わせる仕草が処女でもないくせに必要以上に可愛らしい。
瞬間、寛が夕実のどこに惚れたのかがわかった気がした。
顔も、たぶん躰も、十分すぎるほどきれいなのに、そんな自分に気づかない振りをしている女。いい加減に切った髪型に、たぶん親に買ってもらった服をそのまま着てる……。賢すぎてどこかピントがずれていて、それがかえって味になっているような柔らかい雰囲気。
わたしが憧れたままの夕実。寛が好きになったままの夕実がそこにいた。
「どうしたの? 突然」
わたしは皿に載ったケーキをぐじぐじとフォークで切り刻んでいた。
この期に及んで、もう一度逡巡してから訊いた。
「おととい……誕生日でしょ?」
うんと頷いた夕実が不思議そうに首を傾げた。
「……プレゼント、来た?」
大きな黒目が僅かに見開かれて、間髪をいれずに答えが帰ってきた。
「住所と名前を書かないで送ってくるような人じゃないから……今年はお休みでしょ」
半分呆気に取られ、半分、ストンと胸の痞えが下りたように納得した。
「そっか」
「うん。たぶん」
二人の口からくすくすと忍び笑いが漏れて、暖房の効いた空気のなかに染み渡っていった。
「ねぇねぇ、去年は何だったの?」
わだかまりが嘘のように晴れて、昔のままの夕実が目の前で笑っていた。
「えっと……下着。お揃いのブラとパンツ」
頬を染めた夕実が照れながら睫毛を伏せた。
「あけみは……コートだよね。白いボアのやつ。わかってる」
わたしたちはもう一度頷き合って、笑いが止まらなくなった。
インタールード − あけみ(5)(しつこく、まだ続く)
作成日:2007/05/28 最終更新日:2007/05/28