黒と白の領地(2)

第二章:遡行

分厚く古い蔵の扉は重いから、いつも開け放しにしているそうで、中はうっすらと記憶に残っている通り当時と変わらなかった。
ただ、一人で生活するようになってからは、あまり使うこともなくなったと幸生は話した。 それはいちばん奥の戸棚に、大きな木の箱に仕舞われて埃を被っていた。
個々の形までは区別できないが、確かに取材先で見たものと同種のチェス駒だった。慌てて写真を取り出して見比べる。まったく同じものはないように思えたが、明らかに同じ作者による独特のデザインがその来歴を主張していた。組み上がった盤も記憶の底にあるままだった。姉の手付きが目に浮かんで消えた。わたしが古美術商で仕入れてきたその由来と価値を話して聞かせると、幸生は初耳だったらしく率直に驚いているように見えた。

最初に見つけたのは僕だった、と幸生は語った。彼が10歳の頃、足のせいで外に出掛けなくなった彼がやはりこの蔵で見つけたそうだ。チェスのルールを姉に教わって、しばらくの間よい遊び道具として使われていたという。わたしが最初に目にしたのもその頃だろう。やがて、当然の如く飽きられてチェスは再び埃を被ることになった。
「そう、それで、盤がバラバラになるのを見つけたのは桐姉さんだった。」
姉が高校生のときらしかった。分解された盤の中に溝が切ってあって、そこに折り畳まれた紙片が入っていたそうだ。開いた三枚の紙片は古く黄ばんで、書かれた文字は外国語のものが二枚と、残りは漢語だったという。幸生は読めない文字にすぐ興味を失ったが、姉は調べてみようといって、その紙片を持って行ったという。わたしは納得していた。姉が関心を持ちそうなものだったし、特に外国語や古文に強かったから、おそらく自ら進んで調べようとしたのだろう、とわたしは考えていた。

あの日以来行方の知れない貴生の部屋を調べてみたら、と勧めた幸生の顔がひどく悲しく見えた。
もしかしたらと思って、あの当時のまま、まったくそのままになっているという。
「一日じゃ無理だろうから、いつでもどの部屋でも自由にどうぞ」と言われて、楓は素直に感謝した。
貴生の部屋は丁度姉の部屋があった場所の向いにあたる母屋の北側の部分にあった。
幸生について廊下に出ると澱んだ空気の黴臭い臭いが漂った。
「待った」「これ履いて」
幸生がスリッパを用意してくれた。見ると廊下には薄っすらと埃が積もってしばらく誰も歩いていない様子だった。
「掃除まではなかなか手が廻らないから」
楓は不意に、不自由な足で、この大きな家を一人で切り盛りしている幸生に申し訳ない気持ちで一杯になった。庭だって彼が一人で世話しているはずだ。そうでなければかつての一時期のように花が咲かないはずだった。
「ねぇ、今度掃除しよう。全部、きれいにしよう」
「夏休み来るからさ、使って。手伝うことたくさんあるでしょ」
隣りで幸生が素直に驚いていた。
そりゃ、そうだろう。いろいろ事情があったとはいえ、7年間も顔すら出さなかったのだ。姉のことがあって、近づきたくなかったのかもしれない。でも、この家と庭に縛り付けられるように生きている幸生を見て、楓は五体満足な自分が恥かしかった。
「そりゃ、人手があるのは嬉しいよ。率直に言って」
「元気有り余っているから…」「泊りがけで来るわ」
楓は言ってしまって頭の奥が微かに熱くなった。
そっと幸生の顔を盗み見ると、彼は煤けたガラスの向うに目を向けながらも、その瞳は何も見てはいなかった。

漠然とし過ぎてどこから手を着ければ良いのか、楓は調べ始めてすぐに壁に突き当たった。
指針が欲しかった。そんな楓を見兼ねたのか、幸生はとても親身だった。
取り敢えず居間に戻って、再びお茶を飲みながら、楓は幸生に相談した。
彼はまず客観的な資料を集めることを優先したら? と提案した。
父の遺品、姉の遺品。そういえば楓は姉の遺書すら見たことがなかった。
あまり気にもしていなかった、というよりは楓は突き詰めることを避けていたのだろう。幸生も遺書は見ていないと語ったが、当初、不審死だし貴生が行方不明だったから警察はそれなりの捜査をしたらしい。それがあっさり中止になったのは姉の遺書が見つかったのが原因だったと彼は語った。そのあたりの経緯は警察か検察庁に書類が残っているはずで、遺族なら閲覧できるだろうと幸生が教えてくれた。
それからもちろん、この家。兄の部屋だけじゃなくて、蔵も一度、徹底的に調べたほうが良いだろうと彼は言った。
そうだ。父の妹の下条さんあたりも何かを聞いて知っているかもしれない。楓は少しづつやるべきことの方向が見えてきた気がした。

**************************

その美しさと貴生の愛を得ていた故に憎んだ姉、その婚約者でありわたしが愛した貴生。
二人の運命にわたしは納得がいかなかった。
チェスのことと、姉の死は関連しているとわたしは直感していた。
わたしがそう意見を述べたとき、幸生もそれに異は唱えなかった。

「それに意外と忘れてるかもしれないけれど、僕。いろいろ楓ちゃんが知らないことも知ってるかもよ」
そう、目の前の幸生は唯一の生き証人でもあるのだ。
彼は知っていることは何でも話すと約束してくれた。

**************************

帰り際に楓は幸生の仕事場を見せてもらった。
母屋の西側のいくつかの部屋が改造されていた。幸生専用の左足でもアクセルが踏めるように改造された車で、その仕事場の直ぐ前まで入れるようにしたらしい。土間の入り口には大きな電動シャッターがついて、リモコンで操作が出来るようだ。
「あなたの作った駒、見たの。取材先で」
「あぁ、あれは、まだまだ納得のいくものが出来ないんだけど、正直仕事として成り立つものかどうか、ちょっと伝手を頼って出してもらったんだ」
「けっこう、あっさり買い手がついてこっちがびっくりしたよ」
「でも、その、凄く良い出来だった。わたしも買える金額なら欲しいくらい」
「そう。ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ」「美術商からも次をって、催促されてるんだ」
「へぇ、凄いじゃない」「でも、どうしてチェスの駒なの?」
彼のまなざしが一瞬焦点を失って、夏の庭に咲く艶やかな色に固定された。
「良い手本があったし、その、呑まれたのかな」

「綺羅はやっぱり“桐”なんでしょ?」
ちょっと意地悪な気持ちになって楓は問い掛けた。
「うん? そういうわけでもないよ、でもあれは未完なんだ。というか出来そこないかな。モデルにしたのはあの古いチェスだし、想像と記憶に頼っているから……」
「それに兄貴の奥さんになる人、なるはずだった人の名前を勝手に使うわけにはいかないし」
「ふうん。今度はどういうのにするの?」
「新作はまだ構想段階。色というか材料の組み合わせくらいは考えているんだけどね」

**************************

姉の私物はほぼすべて燃えてしまっていたし、焼跡から見つけたといって後に父から形見としてもらった煤けた金属の置物があるだけだった。
もしかしてわたしには見せなかった何かがあるかもしれない。
その日、東京のマンションに戻ってから手始めに、今まで手を着ける気がしなかった父の遺品を眺めてみた。

それは実にあっさりと見つかった。
というかむしろ、わたしが探すことを念頭に整理して一箇所にまとめられていたといった方が良いだろう。用意周到な父らしい。
父の書斎の机の抽斗。鍵はここですよと言わんばかりに机の上の小さな青磁の皿に置かれていた。

父の覚書、手帳に記された簡単な当時の日記。
そして見覚えのある字、姉の直筆の遺書。
更に幸生の警察での供述調書のコピー、死体検案書の抜粋と思われる写しまであった。
わたしは貪るように読んだ。
読むにつれ、予想もしなかった事実が次から次へと明らかになって眩暈がした。

基本的な事実から記そう。
司法解剖の結果、姉、山科桐(当時22)の死因は植物アルカノイドによる薬物死だった。遺体の損傷が激しかったため検出は困難を極めたが、アコニチンが身体の組織から僅かに検出されたらしい。元々、体内にある物質ではないので何らかのかたちで取り込まれたと考えられた。アコニチンはトリカブトの根等に多く含まれる毒物で、呼吸中枢麻痺を引き起こして死に至ったらしい。入手経路は被害者の叔父、植物学者の立川譲(故人)の書庫にあった薬品庫から持出されたものと断定された。台所で破損したガラス製シャーレが発見されており、その結晶の一部を水に溶いて用いたらしいことまでは確認ができたらしい。後に家族(もちろん幸生だ)がシャーレの破片を薬品庫にあったものと確認している。
死体は損傷が激しかった。灯油の成分が大量に検出されていることから、部屋だけでなく自らにも灯油をまいたと推察された。
死の以前に情交の形跡が認められるも、体液の血液型、DNAは採取不能。
そして姉は妊娠3.5ヶ月だった。胎児は女。血液型はRH+のO型。DNAはサンプル取得をしたもののそれ以上の検査は最終的に放棄。遺書が発見されたため、事件性がないと判断されたからだ。
死体の損傷具合、発火想定時刻、消防による鎮火時刻から見て、死亡推定時刻は1997年7月31日、午前3時から3時半の間と断定された。

姉の遺書は小さな薄緑色の定型の封筒に入っていた。
封筒の表には住所と宛名が書かれ、切手が貼られていた。実際に投函されたとみえて郵便局のスタンプが鮮明に押されていた。
宛先は、埼玉県○○市西河田三丁目十三番、立川貴生様宛。郵便受けは一つなので自分の住所でもあった。
投函された場所は裏門の近くにあるポスト。郵便物が少なかったので集配に来た郵便職員が封筒の色を憶えていた。投函したのは7月30日の5時以降、翌31日の10時15分の間と思われた。
配達は8月1日の午前中、警察や消防が二日目の現場検証の最中だった。
そのまま警察が預かって、宛名の立川貴生が行方不明だったため、既に身元確認がなされていた被害者の父親、山科修によって開封された。

見覚えのある滑らかな字を見て、わたしは目が潤んだ。

いろいろと考えて、こうするしか方法がありませんでした。
多大な迷惑を掛けるであろうみなさん、ごめんなさい。
 
お父さん、ありがとう。楓ちゃん、幸せになるんだよ。もう一度、みんなで一緒に暮したかった。
 
幸生くん。あなたを嫌いになったことは一度もないよ。いつもきれいな花をありがとう。
 
貴生さん。ごめんなさい。どうしようもなく浅はかで愚かなわたしを許してください。

筆跡は間違いなく姉のものだったし、一応、念の為に指紋等の検査を行ったが不審なことはなかったという。

■■立川幸生の供述調書1

今回の事件について僕が見聞きしたことを以下に述べます。

7月30日の夜7時から8時の間にわたし、立川幸生は山科桐と母屋の食堂で夕食を食べました。夕食は山科桐が準備してくれたものです。兄、立川貴生は朝から出かけており、夜遅くに戻るとのことでその場にはおりませんでした。 世間話や明日の結婚式の話をしてわたしは9時前には自室に引き上げました。 ちょうどテレビの番組が終わり、5分ほどのニュースが始まったので時刻には間違いありません。

わたしは足が悪いので日常生活におけるこまごまとしたことを山科桐に頼むことが多かったのですが、その日は明日の準備もあるだろうと思ってすべて自分で行ったので、それ以降、山科桐を見ていません。 わたしも明日の結婚式に参列するので、その日は午後11時ごろに電気を消して寝ました。 台所の電気は消えていたので、山科桐は台所で片付けを終えて離れに戻ったと思います。 立川貴生はまだ帰宅していませんでしたが、しばしば深夜に帰宅したり、帰宅していても離れにいることもあったので、わたしはなんの心配もせずに玄関の戸締りをしました。

就寝後、ぐっすり寝ていたので立川貴生の帰宅には気付きませんでした。 朝方、ものが崩れるような大きな音と地響きが聞こえてわたしは目を覚ましました。 東の窓の外が赤く、朝日かと思ったのですがものが弾けるような音と、焦げ臭い臭いに気付いて起き上がりました。 足が悪いために直ぐには立つことが出来ずに、気ばかりが焦りましたが、なんとか玄関に辿り付いて外に出ました。

既に東側の離れの建物全体が炎に包まれていました。ものすごい熱さで近寄ることすら出来ませんでした。慌てて戻って居間の電話機から119番に通報を入れました。時刻はわかりません。空が明るくなり始めていたので日の出が近い時刻であったことは間違いありません。

通報後、建物の北側にある兄の部屋を覗いて見ましたが、帰って来た様子はありませんでした。ベッドがきれいに整頓されていたので、前日の朝、兄が出ていってから山科桐が整えたままの状態だったと思います。

もう一度外に出て山科桐の名前を大きな声で呼んでみましたが、何も反応はありませんでした。5分ほどで消防車のサイレンが聞こえたので、僕は門に向って歩いて、中央の門を開けました。消火活動の間は消防の司令の人から事情を聞かれていました。中に人がいるはずだと説明して救助を要請しました。その後、わたしは大変なことになったと思い、居間に戻って山科修の家に電話を掛けました。在宅していた山科修に事情を話すと非常に驚いて直ぐにそちらに向うとの返答を受けました。

火事が鎮火後、わたしは警察の事情聴取を受けるため警察官の車に同乗し警察署に行ったので、丁度入れ違いになったようで、山科修とその娘、山科楓が到着したのは見ておりません。

以上の供述はわたし立川幸生が述べたことに相違ありません。

平成9年7月31日
埼玉県○○市西河田三丁目十三番
立川幸生
昭和52年12月3日生まれ 満20歳

 

■■立川幸生の供述調書2

平成9年7月31日朝、山科桐が焼跡から遺体で発見されたということについて、わたし、立川幸生は大きな衝撃を受けました。その死因や火災の原因は現段階では明らかになっていないと聞きましたが、わたしには思い当たることがあるので、ここに述べたいと思います。

わたし、立川幸生と立川貴生、及び山科桐の三人は、12年前(1985年=昭和60年)に起きた不幸な事故でそれぞれ両親と母親を失いました。わたしの足が不自由なのもそのときの事故に拠るものです。
山科桐の父親、山科修は仕事の都合で3年ほど前から都内のマンションに居住しています。山科桐の妹、山科楓は全寮制の学校に通うため6年前に家を出ています。わたしと山科桐は従姉弟の関係に当たります。兄の貴生は2年前に就職し、今年から海外で勤務をしているので、日本に帰ってくるのは年に4回ほどです。

今年の春、山科桐の大学卒業を待って兄、貴生と山科桐は婚約しました。3月の末、休暇を利用して兄と山科修、山科楓が揃って内輪で婚約を行いました。ただし、わたしはその成り行きに大きな不満を抱いていました。私自身が山科桐に好意を寄せていただけでなく、兄と山科桐が結婚すれば、兄と山科桐は兄の仕事先である海外で生活することになり、わたしはここに一人取り残されてしまうからです。わたしは足が不自由なので生活の大きな部分を山科桐に頼って生きてきました。従って、その山科桐を失うことは私自身にとって死活問題であったのです。実際の今後の方策は山科修が考えてくれていたはずですが、たとえどんな提案があっても、わたしにとっては非常に受け入れ難いものでした。

わたしはいろいろと考えてなんとかこの状況を打開できないかと案じましたが、上手い方法はありませんでした。貴生と山科桐は深く愛し合っていたので、婚約のときに決められた7月末の結婚式というスケジュールも変更の余地はありませんでした。わたしが大人らしく自立していれば、必要以上に山科桐に頼らなくて済んだのでしょうが、足が悪い以上に内向的な性格がそれを妨げていたように思います。

結婚式の日が近づくにつれ、わたしは焦りました。
山科桐は結婚式が近づいてもまったく普段通りわたしに接してくれて、その美しい容姿も含めてわたしは絶対に手放せないという気持ちをことさら強く抱くようになりました。一方で、結婚式の十日ほど前に兄が海外から一時帰国し、準備が一気に加速するとわたしは絶望的な感情に深く囚われるようになりました。

結婚式の前日、7月30日にたまたま兄が一日外出すると聞いて、わたしはかねてから考えていたことを実行に移しました。わたしと山科桐が二人だけになる時間を見計らって、強引に肉体的な関係を結んでしまえば結婚が破談になると考えたのです。山科桐は大変美しく、性的な魅力も併せ持った女性でした。わたしは足が不自由なせいで異性との交遊もままならず、身近にいて唯一親身になって世話をしてくれる山科桐が以前から好きでした。鬱屈した日々を送っていたせいか、わたしには人並み以上に性的な関心が強かったので、それ以前にも何度か山科桐を相手に思いを遂げたいという意識はあったと思います。
以下に、その日のわたしの行為のあらましを述べます。

昼食後、1時半くらいだったと思います。山科桐が背を向けて洗い物をしているときに、わたしは後ろから近づいて山科桐を羽交い締めにしました。そのときの山科桐は白い薄手のシャツと膝丈の水色のスカートを着用していました。そのまま流し台から引き剥がすようにして台所の床に仰向けに押し倒しました。
山科桐は最初何が起きたのかわからない様子でした。わたしが具合が悪くなって倒れたのかと思って、逆に大丈夫かと声を掛けられました。
わたしの足では一度逃げられたら追う術がありません。心配する声を聞きながら、必死になって山科桐の上にのしかかりました。わたしは山科桐のシャツの胸元を右手で掴みました。山科桐は初めてわたしの意図を理解したようで、わたしの腕を掴みました。しかしながら、掴まれても力の差がありました。わたしは足の代わりに腕を使うことが多いため人並み以上に腕の力があります。わたしはかまわずに山科桐の乳房を服の上から掴みました。山科桐は初めて「だめ」と言って抵抗の意志を示しましたが、わたしはシャツのボタンを強引に引きちぎって服を脱がし始めました。ボタンが弾け飛んで下着が露わになりました。興奮していてあまり良く覚えていないのですが、ブラジャーを捲り上げるようにして乳房を露出しました。山科桐の肩を押さえて、剥き出しになった両方の乳首を交互に吸いました。そのままシャツを引き剥がすように脱がして、身体の下に入って上手くいかない部分は引きちぎるように引っ張りました。
布が裂ける音がしたので実際に破けていたと思います。

わたしの右足はうまく動かないので、すぐにスカートを脱がすのは難しいと考えて、先にショーツを脱がそうとしました。スカートを可能な限り捲くり上げて、右手でショーツを下に引っ張りました。しかし、片手では仰向けになっている腹部は捲れても床に密着している尻側がどうしても脱がすことが出来ず、わたしは焦りました。両手を使えば良いのですが、それだと反撃されたら一たまりもなくわたしは突き飛ばされてしまいます。
困惑して、仕方なくスカートから脱がそうとしたとき、山科桐が自らの顔を両手で覆って泣いたように嗚咽を漏らしました。わたしはその隙に身体を浮かせ、スカートとショーツを両手で引き抜きました。更に首のあたりに引っ掛かっていたブラジャーを力任せに引っ張って、山科桐を全裸にしました。

山科桐はそのまま顔を覆っていたので、わたしは手早く自分の服を脱ぎ捨てました。それから、山科桐の両足首を掴んで大きく広げて、身体を折りたたむように足を広げました。最初は剥き出しになった性器に顔をつけて口で愛撫しました。次に広がった膣口に自分の陰茎を押し当てて強引に押し込みました。山科桐はその瞬間背を仰け反らせて、身を捩って逃れようとしましたが足を曲げて押さえつけていたので、顔を背けるぐらいしかできませんでした。
わたしはそのまま何度か腰を動かして膣内に射精しました。女性経験がなくて興奮しきっていたためあっという間の出来事でした。膣内に射精したのは山科桐が妊娠してもかまわないし、その方がわたしの目的には好都合だと考えたからです。

しばらく、山科桐の身体を嬲ってから、二度目は背後から犯しました。山科桐に四つん這いになるように命じ、足が痛いから早く尻を持ち上げろ、と言うと山科桐が丁度良い位置に尻を持ち上げたので、しばらく性器と肛門に指を入れたり弄繰り回した後に、再び陰茎を膣に挿入しました。
右足に力が入らず、腰を前後に揺することが出来ないので、代わりに山科桐に尻を振るように求めました。最初は嫌がっていた山科桐が言う通りに身体を動かしたのでわたしは満足して、しばらくの後、その尻を両手で抱えながら再び膣内に射精しました。
その後もわたしは山科桐を離しませんでした。再び性交が可能になるまで山科桐の身体を徹底的に弄びました。三度目は山科桐の口に陰茎を押し込んで愛撫させました。そのまま口内に射精して、精液を飲み込むように命じました。

その後、汗をかいたのでシャワーを浴びるために山科桐を連れて浴室に行きました。
山科桐に身体を洗わせた後、わたしは山科桐の乳房と陰部にボディ・シャンプーをつけて洗いました。山科桐はひどく恥かしがりましたが、わたしは許さずに自分の思い通りに扱いました。
浴室から戻ると、時刻は7時に近づいていました。わたしは、空腹を覚えたので全裸のまま夕食を作るように山科桐に求めました。山科桐は兄、貴生が帰ってきたら困るから服を着させて欲しいと懇願しましたが、わたしは許しませんでした。もちろん、山科桐はわたしを振り払って逃げることはできたはずですが、追いかけてわたしが転んだり怪我をすることがないように、敢えて命令に従ったのだと思います。
わたしは全裸で夕食を作る山科桐をテーブルの椅子に座って眺めていました。
食事が出来るとすぐ横に山科桐を座らせて、その乳房や股間をまさぐりながら夕食を食べました。夕食は挽肉のオムレツとご飯、味噌汁、野菜サラダでした。
山科桐は食事にまったく手をつけませんでした。

食後、洗いものをする山科桐の足を開かせて背後から犯しました。角度がうまく合わなかったので山科桐に尻を突出すように求めました。山科桐は諦めたように言う通りにして、先ほどと同じように身体を動かしました。山科桐の膣内に四度目の射精をしたわたしはさすがに疲れたので椅子に座りました。
すると、山科桐が涙を流しながらわたしの前に跪いて服を着させて下さいと再度懇願しました。時刻を見ると9時を廻っていたので、貴生が帰るまで待つかどうか判断に迷いましたが、疲れていたので山科桐に「もういい」といって自室に引き取らせました。
山科桐は台所に脱ぎ捨てられたわたしの服を集めてまとめて隣りの椅子に起きました。その後、自分の引きちぎられた服や下着を集めて逃げるように部屋から出ていきました。
しばらくの間わたしはそのまま椅子に座っていましたが、9時半ごろに立ち上がって服を抱え自室に戻りました。兄が戻ってきたらどうなるのかわくわくしながら、そのまま、ベッドに横たわりうとうととしていました。

夜11時近くになったころ、玄関の外で大きな音が聞こえました。はっとして目を覚ますと大声で喚いているのは兄の声でした。玄関扉が大きな音を立てて開くとわたしの部屋に向って来る足音が聞こえました。そのすぐ後に山科桐の声が聞こえました。山科桐は必死に「やめて」「やめて」と言って兄を引き止めているように思えました。やがて、音が聞こえなくなったので二人は出て行ったように思えました。離れに戻ったのだと思います。わたしはそのまま部屋から出ずにベッドに横になっていました。たぶん眠っていたと思います。火事に気付くまでに他の物音は聞こえませんでした。兄がいつ離れを出て行ったのかはわかりません。朝方、火事に気付いた後は今朝供述した通りで間違いはありません。そのとき庭をざっと見回しましたが兄の姿はありませんでした。

わたしは山科桐の気持ちなどはまったく考えず、自らの欲望の赴くままに山科桐を強姦しました。山科桐は思ったより抵抗しませんでしたが、それはわたしに怪我をさせないためだと思いました。現在、そんな状況にありながら尚且つわたしのことを考えてくれていた山科桐に対しては申し訳ない気持ちで一杯です。今考えれば大変なことをしでかしてしまったと思いますが、そのときは自分の欲望と、山科桐を手放さないために兄との結婚を阻止しなければいけないという気持ちに完全に囚われていました。

以上のように、わたしの卑劣で残酷な行為の結果、山科桐を自殺に追い込んだと思います。そのときの山科桐の気持ちを考えると自分のしたことが悔やんでも悔やみきれません。しかしながら、自らの行為の責任の重大さを深慮して、ここに深く反省しどのような裁きでも受ける覚悟であります。

以上の供述はわたし立川幸生が述べたことに相違ありません。

平成9年7月31日
埼玉県○○市西河田三丁目十三番
立川幸生
昭和52年12月3日生まれ 満20歳

わたしは衝撃を受けた。白日が一瞬にして暗転した。

父のメモ書きは短く少なかった。関係のありそうなところを抜き出すともっと短い。

8月5日
今日、法律事務所の川田さんと事件の後始末をするため屋敷へ行った。反対側の庭で、幸生君が水を撒いていたが、一生懸命びっこを引いて歩く彼を見て、話しかけずに帰って来てしまった。
何を話せばよいのか。話すことなど何もないだろう?
焼けた離れとその周囲は荒れ果てて、まだ黒々と残材が残っていたが、いずれ彼が手を入れて再び花の咲く庭になるのだろう。
私自身、最初の衝撃からまだ立ち直っているとはいえないが、その光景を見て一つの区切りがついた、そんな気がした。

8月8日
警察に呼ばれて事件の最終説明を受けた。証拠として押収された物も返却された。書類は昨日検察庁に送付したと担当の警部補が話していた。幸生の罪は問えないことは最初に聞いていたから特に感慨もなかった。

8月15日
迷惑をかけた人達へのお詫びが一通り済んだ。忙しさが気を紛らわせてくれていた?
疲れた。ソファでTVを見ている楓もあまり元気がない。
あぁ、でも、この子がいてくれて本当に良かった。

8月20日
盆休みも終わっただろうと貴生君が勤めていた会社を訪ねた。
上司は困惑していた。辞表が郵送されてきたと言っていた。既に人事の方に廻してしまったということで見せては貰えなかった。
立川の屋敷に帰っているならそれはそれでいい。

8月30日
貴生君から手紙が来た。遺書?
立川家には戻っていないらしい。そろそろ警察に頼んで捜さなくてはと思っていた矢先だ。
進んで関わりになるのも、もういやだな。明日はやっかいな手術か。

結果的に事件は遺書が発見されたことにより、姉の死は自殺と断定された。
幸生の行為は当然責任を負うべきものだったが被害者が死亡していて親告罪の構成要件を欠いたため訴追されなかった。放火に関しては被疑者死亡で書類だけが検察庁に送られて不起訴が確定した。

挿絵2

『Lost Garden』

第三章:遡行2

次第に明らかになる事実を目の当たりにして、嫌気が差したわたしは二日ほど会社の仕事に没頭した。
それでも、調書の捏ね繰り回したような残酷な文章と、流れるような姉の筆跡がときおり瞼にちらついて、ぼうっと、いくつかの新たに芽生えた疑問を反芻していた。

姉の遺書に書かれた幸生への気の使い方、というか思い遣りは彼にされたことと矛盾していないだろうか。その日、あと数時間で結婚する相手の貴生に対しては逆に淡白過ぎる気がした。
そして、根本的な問題があった。
姉に死なれたらいちばん打撃を受けるのは幸生のはずだ。貴生よりもよっぽど物事に慎重な幸生は姉が死を選ぶとは想像できなかったのだろうか。
それに、いくら幸生だって性的には普通の男とはいえ、あの彼の身体でそんなことが出来るのだろうか? 姉がちょっと突き飛ばせば簡単に彼から逃れられるだろう。
あの供述における姉の諦めたような態度は、もしその通りだとすれば、わたしには理解出来ないことだった。

確かに、なんでいつも姉ばかりがもてるのだろうと悔しい思いが記憶に残るくらい、貴生も幸生もいつも姉を見ていた。その愛する姉にそこまで無残なことが出来るのだろうか。いや、その逆なのか。愛するがゆえに出来るのか。まぁ、わたしには男というものがわからないから彼の心理状態もわかるようでわからない。でも幸生はどちらかといえば小心だったし、そんな大胆なことをするような人間ではないという過去の意識からわたしは抜け出すことができなかった。

実際、春の婚約の後、寮に戻る間際に、わたしは破れかぶれになって幸生を焚きつけたぐらいだ。内心は穏やかでないくせに、落ち着いたように振舞う幸生をからかってやりたかった。
「姉が貴生について海外に行った後どうするの?」
彼はその話を知らなかったようで、何のことかわからないという風に訝しげな顔をしていた。二人の予定を懇切丁寧に教えてやると、幸生は想像もつかなかったと間抜けな顔を晒して、愕然と顔面蒼白になって震えていた。
「だらしないなぁ」「しっかりしないと誰もいなくなっちゃうよ」
「まぁ、ここで一人で生きていくのもいいよね。花もきれいだし。花咲爺さんになれそうじゃん」
わたしは貴生を失う腹いせに、内気で臆病な、人から嫌われたくないといつも気を使って生きている幸生を苛めてやった。

そう、それに、父はどう思っていたのだろう。
額面通りに受け取れば、最愛の娘を自殺に追い込まれたのだ。幸生に対して何らかの対応をしたはずだが、それは特に記載もなかったし、話に聞いた覚えもなかった。姉の葬式にも幸生は姿を現さなかったし、その日を境に立川の家はわたしと父の間ではタブーになった。それなのになぜ父は病床で《立川を訪ねなさい》と言ったのだろう。
病室を染めた白い空気と、そのときの父の穏やかな顔が瞼に浮かんだ。

**************************

疑問が頭の中に滞留してすっきりしない日々を送っていたとき、楓は編集部で偶然叔母の下条律子に呼びとめられた。別件で打ち合わせに来ていたらしい。二人の仕事が終わる時間がうまく合ったので、久しぶりに食事に出ることにした。
父が亡くなって以来、叔母がいろいろと気に掛けてくれていることはわかっていた。
楓自身はそんなつもりはなかったが、外から見ればまだまだ危なっかしくて見ていられない、という状態なのかもしれない。
だから、月に一度くらいはお互い連絡を取り合って叔母がやって来たり、楓が訪ねることもあった。
その日は金曜日だったせいもあり、どこも混んでいた。
結局、遅くなって終電の時間を逃してしまって、楓は叔母の家にお邪魔することになった。こんなときは都心のマンションに住んでいる叔母が時間的にも、無駄な交通費がかからないという意味で金銭的にも羨ましいと思っていた。
叔母は10年ほど前に離婚して一人暮しだった。気を使う相手もいないので、父が亡くなったとき一緒に住まないかと言ってくれた。楓にとってはありがたい申し出だったけれど、父と過ごしたマンションを直ぐに出るのは忍びなかったし、一人で暮らしてみたいという願望もあったのでそのときは丁重に辞退した。

酔い醒ましに冷たい紅茶を飲みながら叔母が一冊の写真集を取り上げた。
「あなたのお父さんには秘密だったから知らないでしょうけど、こういうのがあるの」
『夏の庭』と題されたかなり大きめの版の写真集だった。
楓は表紙を見ただけでそれがどこだかわかった。
先日の記憶がありありと目に浮かんだ。
見返しは暗い森の影に一本の白い木肌が浮かび上がっていた。
もちろんそれが一組の男女が全裸で絡み合って立っていることは楓にもわかった。
「それ、桐ちゃんと貴生くん」
楓は唖然として目を見張った。
黒い背景に白が生々しく滲んでいた。
ページをめくる手がもどかしかった。
最初は庭と花だけが写っていた。明るい庭がやがて陰になると、若い男女のヌードがそれぞれ単独に写り始めて、やがて二人の躰が絡み合った。
奥付を見ると発行は8年前。モデルはT&Kとだけ記されていた。
「誰だかわからないようにはなっているの」「顔は写ってないし」

「だから、あなたの疑問にとってはあまり意味がないか」
「そんなことないです」「これ、借りてもいいですか」
「持って帰って」「あなたの分よ。今更だけど進呈するわ」「お父さんには見せられなかったけど」
叔母は自嘲気味に笑った。
「あのころ、わたしも落ち込んでスランプだった時期でね。もう諦めようって思っていたときなの。粋がって格好つけて離婚して、でも写真じゃ全然食えなくて」
「ほんとに二人のおかげ。桐ちゃんと貴生くんに救われた」
「売れたのよ。これ」
叔母が椅子に座ったまま天を仰ぐようにして、再び視線が合った。
「起死回生の一発だったの」

「きれい…ですね」
「ふふ。ありがとう。わたしもね、凄く気に入っているの」
「昔の自分の写真って、下手で嫌なんだけど、これだけはそう思わないの」
「二度と撮れないってわかっているからかな」
「その、…けっこうエッチだけど、生っぽくて。でも、透明で。姉も貴生さんも」
「う〜ん、ありがとう。触りたくなるでしょ」

「あと、それに使った元画像があるけれどご覧になる?」
「えぇ、是非」
「桐ちゃんは死んじゃったし、貴生くんもどうなっちゃったのか」
「彼にも一部渡そうとしたんだけどいらないって言われたし……あなたは肉親だし、ま、いいか」
「えっと、でも、そのものモロだけどいいかしら」
意味がわかって楓は顔が赤くなった。

叔母が奥から持出して来たファイルに大判のプリントがきちんと整理されて収まっていた。全部で6冊ほど。かなりのボリュームだ。
びっくりしている楓に叔母が説明した。
一冊の写真集としてはこれでも少ない方で、極端に言えば100枚撮って1枚しか使える絵が撮れないこともあるそうだ。フィルム3本でたった1枚。普通はもったいないという感覚が先に立ってしまうだろう。
いつもそうだというわけではないが、同じシーンをモータードライブを使って、別のカメラで同時に撮るために、枚数だけはどんどん増えるそうだ。この撮影は叔母一人でアシスタントもなしだったからこの枚数で済んだらしい。

「つまりさ、特別だったわけ。最初、モデルの話を切り出したとき、渋ったのは貴生君だった。……というか断られたの。はっきりね。だから、わたしは先に桐ちゃんを落そうと思って彼女を口説いたわけ。わたしの将来が掛かっているからって、……まぁ、有る事無い事並べ立てて無理やり頼み込んだわけ」
「そうすると、桐ちゃんは優しいから、断れなくなっちゃうのよね」
楓はお人好しの姉を思い浮かべて頷いた。

**************************

桐ちゃんは困っていた。《どうしよう》って。でも最後には《貴生さんに頼んでみます》って言わせちゃった。
でも、貴生君はけっこう渋った。顔は出さないからといっても駄目だった。
自分は良いけれどって、桐ちゃんの写真が表に出るのを嫌がったわ。結局、生のフィルムはわたしがいつも使っているラボでわたしが立ち会って責任を持って処理するってことで、なんとか信用してもらえたの。つまり、その、よくある流出しないようにね。
だから、撮影はあたしだけ、レフもアシスタントもなしで一人で撮ったの。
結果的には貴生君の条件をすべて呑んだわけね。

実際の撮影の日は桐ちゃんの方が大胆だったかもしれない。
貴生くんには散々我慢してもらわなくちゃならなかったし、嫌な思いもさせたと思う。
下着の跡が残っているのは拙いから、わたしは桐ちゃんに早く服を脱ぐように頼んだ。
彼女はわたしと貴生君の前でおずおずと脱いだ。下着も全部脱いで真っ赤になって困ったように前を隠して立っていた。わたしは近づいてプロの目でざっと見たのだけど、むだ毛がなくて滑らかで羨ましくなるくらいきれいな身体だった。

こんなことを言ったらあなたに軽蔑されるかもしれないけど、わたし、桐ちゃんを裸にしてみたかったの。彼女を裸にしてあられもない格好をさせたかったのね。恥かしがる桐ちゃんは本当にきれいだった。貴生君の代わりにわたしが触りたいぐらいだった。
いや、誤解しないで。そういう趣味はないの。
なんだろう、苛めたかったのかな。いつも優しくて、微笑んでしゃんとしている優等生の桐ちゃんを辱めたかったのね。貴生君の前なら違った表情を見せるんじゃないかって、期待したの。桐ちゃんが眉を寄せて喘いで、貴生君に押し込まれて喚いているところを見たかった。

太陽の角度が良い具合になって庭に出た。斜めに差し込む光と緑のバランスが気持ち良かった。桐の木や植込みの花の前で普通に、自然に撮ったの。ポーズとかつけると緊張して台無しになっちゃうからね。いつのまにか、カメラ抱えたわたしが花壇に入っていて、桐ちゃんに《花を踏まないで》って言われちゃったのは今でもはっきり憶えてる。

**************************

「あ、それ。ここのところ、わかる? 彼、わたしもびっくりしたんだけど、その、袋にね、あ、だから睾丸にね、わかる?」「言っている意味」
「え、えぇ」「なんとなく」
「その、お尻の下にかけて大きな傷があってさ、色が変わってて。あぁ、だから嫌だったのかなって、申し訳なくなっちゃって…。謝ったんだけど、昔の事故のときの傷で、気にしてないって彼は言ってた」
「でも、その傷をね、桐ちゃんが、こう、必死に愛撫するの。何度も何度も、愛しくて堪らないって感じで口に含んでね」
「それがもう、すっごいきれいでね、散々、編集と掛け合ったんだけど、ほんとはそれを載せたかったんだけど、やっぱり拙いかなって、結果は駄目だったんだけど」

楓はその写真から目が離せなかった。姉の優しい横顔と舌先が艶かしく貴生に吸いついていた。猛烈な嫉妬で頭が傾ぐと同時に自分の身体の奥底で液体が溢れた。
慌てて写真から目を離して、お茶を飲む。目の前の叔母に見透かされているようで恥かしさが募った。

「幸生君は? いたんですか?」
「幸生君? 彼は庭の反対側で水を撒いていたわ。彼が全部庭をやっていたんだって? もう真っ黒で最初は彼が貴生君だと思っちゃった。普通に立っているぶんには全然わからないものね」
「いや、実はね、幸生君の浅黒さと桐ちゃんの白さを、こう、交差させてみたかったんだけど。純粋に、その…見栄えとしてね。さすがに言えなかったけど」
「はぁ」
わたしは呆気にとられて頷いた。

自嘲気味に笑いながら、叔母がお茶を入れ替えた。空になったグラスに溢れるほど氷を入れて上から一気に注ぐ。ふわっとした香りが華やいで二人の間に漂った。

「今あそこはどうなってるの?」
楓は先日見てきたことを適当に省略しながら話した。事件に関しては、父にある程度の話しは聞いていたそうで、状況はすぐに理解できたようだ。
「ふ〜ん、幸生君も一人で大変ね。まぁ、自業自得だろうけど」
「貴生君の消息は?」
楓は首を振った。
「なんか、肝心要が見えていなくて、瑣末な事実だけが合理的でしょって晒されて、どうも変な話だよね」
「あぁ、でも7年か。貴生君も法律上は死んだことになるのか」
「失踪宣告?」
「そう、一つの区切りだね」
叔母は疲れたぁと、両腕を持ち上げて背伸びをした。

「そうだ!」
「な、なんですか?」
「あなたきれいになったわね。由香利さん、あなたのお母さんも桐ちゃんもきれいな人だったけど、あなたはそれ以上かもしれないわね。今度どう? 一度モデルになりなさいよ。」
「は?」
「わたしみたいにババアになっちゃ撮ってくれる人もいなくなるわよ」
楓は姉の姿を思い起こして顔が火照った。

『黒と白の領地(2)』(続く)


戻る