「最初にそれを見たのはもう10年近く前かな。兄貴に貰ったんだ。兄貴は立川の古いしきたりや伝統が大嫌いでいつも反撥していた。僕と桐さんが面白がって蔵や親父の書庫を漁るのもあまり良い顔はしなかった」
テーブルの片隅に置かれた駒を手に取った幸生が明るい庭に駒を向けて、赤い部分を透かし見ていた。
「あの調書を読めば楓ちゃんはもう来ないだろうと思っていた。だから隠すつもりはなかったのだけど、万が一、又来たとしても、最初の三枚でもういいだろうと思ったんだ」
「それで納得してくれるだろうってね。実際、身内の恥を晒すようなものだし、楓ちゃんが見ても嫌悪感しか抱かないだろうし……」
「僕は昔の事情を知っているはずの田岡さんにも訊ねたよ。訊ねて、頼んでようやく聞き出した。かつてうちでそのチェスがいつ、どのように使われたのか。誰が使ったのか」
「そして、それが残りの一枚、問題の図解の紙さ」
薄く折り畳まれて黄ばんだ紙だった。蝋が引かれたような匂いと手触りだった。
破かないように慎重に机の上に広げると、丁度チェス盤と同じくらいの大きさの正方形がやはり8x8の64マスに区切られていた。周囲は髭文字のような欧文がぐるりと64のマスを黒々と囲っていた。その一つ一つに描かれていた絵と記号を理解したとき、楓は頭に血が上って困惑してうろたえた。
そこには細い線画で64種類の淫蕩な秘儀が執拗に微細に描かれていた。襞の皺(しわ)一つまで描き逃すまいとする鬼気迫る執拗さだった。そして、そのすべてに特定のチェスの駒が使われていた。図解に示された記号は個々の駒、黒と白のキングやクイーン、ナイトを指していることはすぐにわかった。そして、その駒でさまざまな姿態を晒した女の秘所を大小、黒白さまざまな駒が貫いていた。精巧に描かれた線画の女の恍惚と悦楽の表情が悠久の時間を超えて楓の視覚に焼き付いた。
「田岡さんの記憶によれば僕の祖父の代から使われていたそうだ。もちろん祖父はその先代から受け継いだんだろう。その絵が何百年前に描かれたのかは知らないけれど、うちではそういった遊びが代々繰り返し行われていたそうだ。あの特異な形状もそのためだといわれればその通りというか、わかる気もする。楓ちゃんの前で言うことじゃないかもしれないけど、その痴戯が始まると、取り付かれたように昼夜かまわず、部屋から、庭から嬌声が聞こえたらしいよ。田岡さんも口が固くてそのあたりは口を濁して逃げられちゃったのだけど」
楓は言葉も挟めず顔を上げることもできなかった。
「幸いかどうか、僕等には伝わる前に父も母も、そして叔母さんも死んでしまった。でもその絵を見れば、あのチェスで何が行われていたのかはすぐにわかるよね」
楓は顔を赤らめながらも頷いた。
「これが、あのチェスの秘密なんだろう」
「わたしの母も……なの?」
「さあ、それは僕にはわからない。今となっては田岡さんのみが知ることで」
「貴生さんと姉は知っていた……」
「ああ、間違いなく」
兄貴と桐さんが何か調べていることを不思議に思って、ある日兄貴の部屋で僕はこれを盗み見た。別に机の上に放り出してあったから隠すつもりはなかったんだろうけどね。
それをたまたま桐さんに見つかって、夜、帰って来た兄貴に呼ばれた。
兄貴はべつに怒りはしなかった。
「くだらない」
兄貴は心底軽蔑していたよ。そんなものが家にあることが不快で堪らないという様子だった。立川の家系がそんなものを代々、大事に残して、伝えてきたことが許せないとも言った。
欲しけりゃやるよ、いらないなら捨ててしまえ。そう吐き棄てるように言って紙を僕の方に放り投げた。
僕は兄貴と違ってこの手のことが嫌いなわけじゃなかったから、せっかくだからと4枚の紙片と桐さんが書いた要約に目を通した。で、次の日、桐さんに返した。ついでにわからないところをいくつか訊いた。内容は別としても、桐さんの貢献がなかったら内容をまったく理解出来なかっただろうからね。もちろん、桐さんも困惑していたけど、わからないところをもうちょっと調べてみるって言っていた。
「そしてこれが極めつけ」
幸生から手渡されたA4版くらいの書類の束。比較的厚手の紙に手書きの文字が乱雑に並んでいた。
「カルテ?」
「そう、こっちが僕ので、これが兄貴の。あの事故から最近のまで」
「ところどころ鉛筆で書かれているところがあるでしょ。叔父さんがわかりやすく説明してくれたんだ。」
「最後のお見舞いに行ったとき、叔父さんから直接手渡された。持って帰ってゆっくり見ていいよ。患者のプライバシーだからって僕に直接くれたのだけど」
わたしは唖然としてその意味を考えていた。
「ごめん。消化不良かもしれないけど、僕のはどうでもいいんだ。兄貴のやつ、ほらここ」
幸生に指差された部分をみると外国語の筆記体の黒いインクの下に、父の角張った几帳面な文字が鉛筆で薄く書かれていた。
造精機能障害(乏精子症)
「兄貴はあの事故の結果、子供が作れなくなっていた。ということだよ」
***********************************
ここから先は想像も入るのだけど大きくは違わないと思う。
結婚式の十日ほど前、兄貴は日本に戻って来た。おかげで僕は再び絶望のどん底に突き落とされるわけだけど、兄も桐さんも本当に幸せを絵に描いたようだった。二人の顔を見ているのが苦痛だったから僕は一日中ほとんど庭に出ていた。
だから、帰って来たばかりのその翌日、朝から兄貴が出掛けたのを見て僕は不思議に思った。そんなことはこれまでなかったからね。前庭の花壇にいた僕は「どこいくの?」って声を掛けたんだが、兄貴は滅多にないような心ここにあらずといった表情で、何も聞こえなかったように門を出て行った。
昼は普通に桐さんが作ってくれて、僕は当たり前のように食べたのだけど、桐さんはいつも通りというか、いつもより愉しそうなくらいだった。
今思えばあのとき、兄貴が帰ってきた夜、桐さんは自分の妊娠を告げたんだろう。婚約したあの春、僕は憮然とするほど何度も二人が蔵に入るのを陰から見送ったよ。そこで何が行われているかは想像がついたから、僕は悔しくて悲しくて、嫉妬で気が狂いそうだった。でも、桐さんは嬉しかったんだよね。兄貴の子供ができたって。あの桐姉さんの態度と表情はそれ意外のなにものでもなかった。
でも兄貴は正反対だった。
兄貴は子供が作れない。でも桐さんは妊娠していた。
その現実は兄貴に重くのしかかったと思う。
もちろん桐さんは、兄貴の障害を知らなかった。兄貴は叔父さんと相談して機会をみて桐さんに話そうとしていたらしい。別に完全に望みがないわけではなくて、技術の進歩も著しいから二人とも楽観して、それがかえって延び延びになっていた原因だそうだ。
兄はあの朝、自分の機能が復活したのかもしれないと思って半信半疑、検査に行ったんだ。叔父さんの病院にね。一応念の為に調べておきたいと言ったそうだ。叔父さんは悪化もしないが良くなることもないとわかっていたけれど、彼が望むならということで快く検査を引き受けたそうだ。そして、その結果が出たのが結婚式の前日、7月30日だったそうだ。
検査の結果が出て、進むことも戻ることも出来なくなった兄貴は家に戻って桐さんに話をしたんだと思う。問い質しただろう。桐さんはわけがわからなくて困惑して、やがてほんの微かな可能性を思い立つ。兄貴が自分の身体の障害を話したとき、すべては終わった。兄は去り、そして桐さんは絶望した。それが7年前の事件の真相だよ。なんとも遣りきれない結末だけどね。
「子供の父親は誰? まさか」
「そう、僕だよ。間違いなく」
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暮れ始めて半分が濃いピンク色に染まった空に蝉が断末魔のように鳴き喚いていた。
そんな運命があっていいのだろうか。誰を責めればよいのだろう。20年も前の事故がもたらした残酷な運命から、結局誰一人逃れることはできなかったというのか。
姉も貴生も、そして幸生さえもその宿命にどっぷりと漬かって、運命の指し示す通りに生きてきたのか。なぜ父が楓だけを彼等三人から引き離そうとしたのか、今、ようやく理解できた気がした。そうだ、父には立川と山科の子供達が辿るはずの暗い運命が見えていたのかもしれない。かつて、落石に呑み込まれていく最愛の家族達を、はるかな高みから、なす術もなくただ傍観せざるを得なかったように。
楓の頭は半分麻痺して物事を考えられる状態には程遠かった。
「こっちは?」
燃える空を仰いでいた幸生が手元を一瞥した。
「それはあまり関係ないかな。帰ってゆっくり見たら?」
「春は秘密がいちばん似合う季節だから。桜よりも早く咲いて早く散った」
謎のような言葉を吐いて、幸生がお茶を入れ替えに席を立った。
封筒はかなり分厚かった。
惰性のようにその場で封を開けると、引き伸ばされたプリントが百枚近くあった。
写っていたのは楓自身だった。
目的のもう一つは探す手間が省けた。
ぼんやりと頭の片隅が別の意志で考えていたような気がした。
楓はお茶を入れ直してくれた幸生の顔が見れなかった。
あまりのショックに挨拶もそぞろに逃げるように庭を出て来てしまった。
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姉の婚約を明日に控えた日、出掛けた姉の留守を狙って、わたしは蔵にいた貴生にお茶を持って行った。音が他の部屋に漏れないので、貴生は自室よりも蔵でよく音楽を聴いていた。春の日差しが柔らかく空気を染めていたその日も、開けられた蔵の窓から微かに音楽が流れていた。
お茶とカップをお盆に載せて、母屋から庭に出ると色とりどりの花が出迎えてくれた。
終わりかかった沈丁花の絡みつくような、咽るような濃厚な匂い。
まだ葉のない桐には首をもたげた黄褐色の花房の先端が僅かに薄く紫に染まっていたし、レンギョウの目が醒めるような黄色を遠景に、ローズマリーの紫、ムスカリの青、オキザリスの白、キンセンカの橙が霞むように視界を埋めて溢れていた。
ピンクのアネモネ、薄紫のウォールフラワー、可憐なスイートバイオレット、華やいだプリムラ・マラコイデスの桜色が細い小道の両側で、それぞれの個性を主張していた。
わたしは以前姉に窘められた、いちばん短い黒いミニスカートを履いて、浅いオレンジ色のセーターをざっくりと着て、縁側でサンダルをつっかけて敷石の上を滑るように歩いた。蔵の窓から覗くと、片隅のソファで貴生が寝そべっているのが見えてわたしはほくそえんだ。
そのすぐ傍ら、窓際のサイドボードにはチェスが対戦相手を待つようにきれいに並べられて最初の一手を待っていた。
匂いに反応したのか貴生の目が薄く開いた。
「あれ、寝ちゃってたか」
「お茶」
「あぁ、ありがとう。気が利くね」
わたしは起き上がった彼のすぐ脇に廻り込んで、テーブルの空いた部分にお盆を置いて、カップに紅茶を注いだ。スカートから出た剥き出しの腿が微かに貴生の腕に触れた。
彼のすぐ横に座り込んで、時折わざとらしく寄り掛かる。繰り返される他愛のない話とさり気ない接触。
壁際に三脚に載ったカメラが置かれていた。
「ねぇ、写真撮ってよ」
わたしはカメラが向いているソファに向った。先日、貴生と姉が痴態を繰り広げていたソファ。仰向けになった貴生の上に姉が乗っていた。その光景がありありと目に浮かんだ。
貴生が電源を入れてフィルムを確認した。
「楓ちゃんも桐ちゃんに似てきたなぁ」「一瞬、間違えそうになるよ」
わたしはわざと足を開いて下着が見えるようなポーズをとった。
「ねぇ、どういうポーズにすればいい?」
「どうって言われても……」
戸惑った貴生を見てわたしはほんの少し満足した。
「ちょっと待って。フィルム交換するから」
わたしはその機会に賭けた。
立ち上がって、思い切ってスカートとセーターを脱ぎ捨てた。気付いた貴生が唖然として突っ立っていた。わたしはかまわずにブラジャーとショーツを脱ぎ捨てて彼に躰を向けて、彼の目の前にまだ誰にも見せたことがない全裸を晒した。
羞ずかしかった。
今、手で持っている写真にその日の自分があられもない格好で写っていた。
最初で最後、ただの一度だけだけれど、わたしの望みはかなえられた。
そして、わたしはその日をもって自分の心を完璧に封印した。
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7月31日、姉の命日。
夏はますますその凶暴さを増していた。楓はその日から交代で休みが取れた。
長い時間、楓は今回のことについて考えた。さまざまな条件を組上げては壊し、視点を変えては戻し、投げ出された表と慎重に隠された背後を行き来して、微かに見えた光明を手掛かりにようやく合理的な結論に辿りついた。そして、その幾重にも虚像が張り巡らされた構造物の全容を改めて俯瞰したとき、それを作り上げた人物の名にもはや選択の余地はなかった。
休暇に入った最初の日、姉が眠る墓に向った。墓石に被さるように枝を広げた楡の木が真昼の陽光を遮って、ところどころに白い斑点のような木漏れ日がゆらゆらと動きながら石の肌を照らしていた。御影石に混じった雲母が鋭い光を放ってキラキラと煌いた。供物として提げてきた花を挿す場所には既に真新しい花が溢れるように花弁を広げていた。自分が持ってきたものの方が貧弱で気分が少しむかついて、姉に申し訳なく思った。
最後まで姉は姉らしく、自分の蒔いたジレンマに正面から対峙してたのだろう。たとえそれが潔癖過ぎる結果を誘ったとしても。小さな水差しに強引に花を押し込んで、《まったね〜》と頭で呟いて楓は踵を返した。
楓は一つの確信を持って盛夏の庭に向った。
最初の約束通り数日は泊まって掃除を手伝うつもりでその準備もして来た。クローゼットの奥から昔好きだったミニスカートやタンクトップを引っ張り出してバッグに詰め込んで来た。
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開け放されたテラス戸から居間を覗いても誰もいなかった。楓は庭を一周して、ようやく仕事場で幸生を見つけた。
脇を通って土間から上がりこんだ楓をちらっと見た幸生はすぐに元に向き直って再び作業を始めた。
「ここで……見ていてもいい?」
「どうして来たんだ」
「帰り際にあの写真を渡されて、もう来ないだろうって思った?」
「ああ。確実に」「あれを探しにきたんだろう? その目的は果たしただろうし」
「うそ。逆でしょ」「わたしにもう来て欲しくないから、だから、これ見よがしに出したんでしょ」
ブーンと唸りをあげて機械が回転した。回転している部分に幸生が赤い石を押し当てると微かに甲高い音が聞こえた。傍らの小さな台には作りかけの駒が並べられていた。大小さまざま。硬そうな黄色がかった木の塊の節が目のように見えた。
「順調?」
「行き詰まってる」
「どうして?」
「イメージがうまくまとまらない」
「前に売りに出した“綺羅”は“桐”なんでしょ? その……、あのチェスと同じ意味で」
機械のモーターが低く地を這うように振動していた。
無視するように彼は作業を続けていたが、気が散って身が入っていないように見えた。
「やっと、わかった」
「あなたがミスを二つ犯してくれたから」
幸生は彫像のように背を向けたまま沈黙していた。正面から差し込む光が逆光になって彼自身が黒い影になった。わたしは背を向けている彼に気づかれないように、震える足でそっと彼に近づいた。もう十分だと思ったが、最後の確証が欲しかった。
「一つは姉さんが貴生さんと一緒に島に行くって話。あなたは自分で考えて、姉さんに話したって言った。でも違うの、それは。二人の婚約の次の日のこと忘れちゃった? わたしがあなたに教えたの。あなた、真っ青になって震えてた。憶えてないの?」
「もう一つ。この間、帰り際に写真を渡されたとき。“春は秘密の季節”って言ったでしょ。ねぇ、どうして春だって知っているの? 半袖のセーターにミニスカートだったら夏って思うのが普通じゃない。それも桜が咲く前ってはっきり言った」
「あなたは知っているはずのことを知らなくて、知っているはずのないことを知っている。そんなことはあり得ない」
「そこにある木の塊、何ていうか知ってる?」
幸生は相変わらず彫像のように固まっていたけれど、機械の音はいつのまにか止んでいた。
「バーズアイ・メープル」
「節が鳥の目のように見えるでしょ。メープルは楓だよ」
楓は躰を幸生の背中に押し付けて背後から抱きしめた。胸に廻された楓の腕を彼が掴んだ。振り向いた底無沼のような深く暗い目がすべてを物語っていた。向き直った彼の腕が楓の首を引き寄せてその唇を塞いだ。楓の目尻から溢れた涙が二人の頬の間を濡らした。
「望んで来たのか?」
「わたしじゃ駄目かな、そのモデル」「最後まで完成したのを見たいの」
幸生がシャツの上から乱暴に楓の乳房を掴んだ。その手に強く押しつけるように背筋が撓んで楓が喘いだ。容赦なく浅黒い腕が短いスカートを跳ね除けてその内側に潜り込んだ。腿に沿って持ち上がった手が行き止まりにぶつかると楓の腕が硬直して引きつった。
楓の膝が進んで広がって指の侵入を誘うと、下着の内側に潜り込んだ指が楓の躰に埋まった。7年前と同じように楓がシャツを捲り上げて脱ぎ捨てると幸生の手がブラジャーを引き摺り外し、楓の指先がスカートを留めたボタンを外し、両手が下着を抜き下すと、幸生の右手が素早く動いて、膝に絡まったその小さな布を足先から抜きとって部屋の隅に放り投げた。
楓は全裸に剥かれて目を閉じていた。幸生の黒い瞳に楓の白い躰だけが映っていた。 服を脱ぎ棄てた幸生が楓の乳房と股間を乱暴にまさぐった。なすがままに翻弄される楓が耐えきれないように幸生に抱きついた。幸生の両腕が楓の足を押し広げ、その中心に顔が埋められると楓の悲鳴が甲高く尾を引いて空気を震わせた。
床に押し倒されて頬が冷たい木の肌に触れた。腰を引き上げられて足を割られ、犬のように這わされて後ろから貫かれた。膣を押し分けて進む熱い杭が壁にぶつかって、喉が震え、わたしは再び悲鳴を上げていた。
突かれるタイミングに合わせて尻を突き上げると、意識が白く霞み始める。そっと右手を腹に這わせて熱く火照っている場所を探る。割れた襞に液体が滴って、彼のものがリズミカルに押し込まれていた。
もう少し。
指先を伸ばしてときおり敏感な部分に音を立てて当たる柔らかい袋に触れた。袋から更に奥へ。抉れたように走る傷跡。
彼の動きがピタリと止まった。二人の荒い息使いだけが部屋に響いていた。
我慢できなくなったわたしの躰が彼を迎えるように突き上がると、彼の両腕が締め付けるようにわたしの尻を抱えた。いちばん奥まで捻じ込まれた棒で抉るように掻き混ぜられてわたしは絶叫した。言葉が溢れて声が溢れて止まらない。崩れ落ちるわたしを支えるように、一際打ちつけるような激しい動きの後に彼がわたしの背中に突っ伏した。
「チェスのことでわたしが来なかったら、このままあと8年もここに篭っているつもりだったの?」
心地良い充足感に満たされて彼の腕の中に寄り掛かかる。細めた目の先に開け放たれた開口が白く光って、真昼の強い光のなかに百日紅の濃い紅色が房を作って首をもたげていた。夏の匂いが一陣の乾いた風とともに二人を包み込んだ。
「ああ。そうだよ。時効になって、皆がすっかり忘れるまで」
「そんなことしたらわたし33になっちゃうよ」
頭を後ろに傾けて彼の唇を探す。腕で彼の頭を引き寄せると唇が重なった。彼の手が大きく広げられたままのわたしの膝から滑り降りて躰の中心に辿りついた。広げられた性器の中心を抉るように捏ねられると再び呼吸が荒くなって、彼の残滓と入り混じった液体が辺りに溢れ羞ずかしい音を立て始めた。
長い指で膣を掻き混ぜられて甲高い喘ぎが漏れてしまう。躰を滑らせて向きを変えて、彼の前に跪く。そそり立つものを両手で支えその先端を口で覆う。大きく呑み込むと体積が膨らんだ。指先をそっと下に這わせて睾丸を手の平に載せた。舌先で傷跡に触れて頬摺りする。赤黒く引きつれた線に沿って大事に、大事に愛撫を繰り返す。もう誰にも渡さない。

庭に出て前庭に向かって野薔薇のアーチをくぐる。木漏れ日の落ちた石畳を回り込むと小さな森の空間に出た。視界が一気に明るくなって目が眩む。桐の木の谷間、そこだけは淡い紫と濃紅のタチアオイが周囲を取り囲むように植わっていた。
直径10mほどの空間。
「昔は桐がまだそんなに大きくなくて、ここも明るい花壇だった」
日陰と日向の境界に濃い青の水盤が置かれていて、濃いピンク色と抜けるように白いグラジオラスの花弁が無造作に浮かんでいた。水盤は小さな青いガラスモザイクタイルが張られていて、奥の幅30cmほどの細い水路で前庭の池とつながっているはずだった。
「春、桐にまだ葉がない頃は日当たりがよくて花畑になるんだ。白いポピーと真紅のポピー」
彼が脇に置かれていた大きな甕を取って水盤から水を汲むと、光が揺らめいて一杯に湛えられた縁から水が溢れた。楓が手にした白とオレンジのカンナの大きな花びらを落すと、波が静まってやがて消えた。
蝉の声だけが聞こえる濃密な大気の底で、撒かれた水が少しずつ乾いた地面を侵食していった。見上げるとぽっかりと円形にくり貫かれた桐の稜線に、底が抜けたような青空が冷たい水底のようにぽっかりと口を開けていた。
あのチェスの駒にはもう一つの秘密があった。見つけたのはやっぱり桐だった。彼女は「三つの用法」の「三つ」の部分にこだわっていた。一つはゲームとしてのチェスの駒、二つ目は淫らでおぞましい道具としての駒。もう一つあるはずといって諦めなかった。不可解だった二枚目の紙片の解読も進んだらしいけど、彼女は駒そのものに注目していた。僕があのチェス駒を嫌悪していたから、彼女はあまり僕の前ではその話しをしなかったし、最後の秘密を発見したときには最初に幸生に相談したらしい。まぁ、僕はちょうど就職した頃で、自分のことに忙しくてかまっている余裕がなかったのだけどね。
こんなことを僕が言うのは心苦しいのだけど、どうやって桐が最後の秘密を見付けたのか、僕は敢えて訊かなかった。訊けば桐は答えただろうが僕は訊けなかった。一度、彼女の部屋に何かを取りにいって、誰もいないと思っていきなりドアを開けたことがあった。きゃって短い悲鳴が聞こえて、着替え中って言いながら桐は慌てて何かを隠そうとしていた。
何か固いものがぶつかるような甲高いカツンと響く音が聞こえた気がして、お茶を取りに出た彼女の姿が見えなくなると、僕は脱ぎ捨てられていた服の山の下に手を入れてみた。
あのチェス駒だった。なんだったかよく憶えていないが黒と白が一本づつ。大きめの駒だった。おまけに片方の駒はねっとりと濡れていて、指についた液体の匂いを嗅いだだけで桐が何をしていたかわかった。僕は狼狽して、慌てて元通りに駒を押し込んで素知らぬ振りを決め込んだ。
桐は自らの躰で試すことによって最後の秘密を見つけたのだろう。そして、謎は解明されたが、逆に桐は駒に取り込まれてしまった。かつてそれを使って痴儀に耽ったあの紙の女たちと同じように、あるいは僕等の祖先や親達と同じようにね。
最後の秘密には二つの機能があった。黒白のクイーンには空洞があったんだ。白のクイーンは容器だった。先端に近いくびれた部分の色が変わった象嵌の部分を細いもので押していると低部の円形の栓を回転させることが出来る。四分の一回転ぐらい回転させると中ほどの白い部分が膨らんで開口が出来る。逆さまにすると中にはぎっしりと黒い粒が入っていたそうだ。桐はそれが何なのかまったくわからなかったらしい。黒いいびつな形を見て何かの種じゃないかと言い出したのは幸生だった。幸生の知識が役に立った。それはやっぱり植物の種だったそうだ。振ってもまったく音がしないようにかなりの量が入っていたらしい。封印が剥がされてその上に膠みたいなもので改めて封がされていたそうだ。だから秘密を知った人間が詰め替えたのだろうね。最初に何が入っていたのかは今となってはもう闇の中だろう。幸生はそれなりの確信を持って準備をしたそうだ。彼は桐に頼まれれば何でも積極的に協力しただろうし、今思えばあのころの幸生は生き生きしていたものな。
培養液につけて寒気に晒して、冬になってあの奥まった花壇に種を蒔いたそうだ。結果は春に出た。
花壇の中央が血で染まったように真っ赤になった。僕も見たよ。見ただけだけど。それ以上の興味はなかった。慌てて幸生がどこからか買って来た白い花を周囲に植えていた。そのわけを何故そのとき問い質さなかったのか、今考えれば悔やんでも悔やみきれないのだけど、そのころから僕はある種の微妙な疎外感を感じていたのかもしれない。
幸生と桐に。そして、その背後にいつも見えて、僕等を取り囲んで離さないこの庭に。
黒のクイーンは白の逆だった。溜め込んだものを先端から外に出すための注射器のようなものだった。中が精巧な螺子のようになっていて、やっぱり尾部の円形を回転させると、圧力がかかって、先端の隙間から毛細管現象を利用して中に溜められた液体が滲むように出るんだ。普段は固定されていて、最初に小さな象嵌の部分を押し込んでおいたときだけ滲み出るんだ。凄い加工精度だよ。数値制御の機械でもこうは削れないだろう。元々は水に溶いた阿片や媚薬を相手に気付かれないように膣や口、あるいは肛門に注入するために使われたんだろう。もっともそれが最後に使われたとき、そこに入っていたのは阿片でも媚薬でもなくて、毒だった。アコニチン。トリカブトの成分だね。
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円形の木々の井戸の底で、楓は返す言葉がなにもなかった。
彼が話すのを止めると永遠の沈黙が続くかのように空気の密度が増した。
「姉にしたこと、姉がしたことを全部話して」
ようやく言葉が口から出て、円形の縁にある大きな黒い石に腰を下したすぐ隣りの彼の手に自らの手を重ねた。
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結婚式の十日前、僕は丁度夏休みに入ってごった返す成田に降り立った、
帰って来て真っ先に桐を抱いた。
狂おしいいひとときが終わった後、桐に妊娠したと告げられて僕は愕然とした。
子供の頃に遭遇したあの事故の結果、僕は普通のセックスで女性を妊娠させることができなくなっていた。その事実は中学に入った年に叔父に告げられた。精子を造る機能が落ちていると言われた。そして、技術がどんどん進歩しているから、君が大人になって結婚する頃には大した問題じゃなくなっているだろうとも言われた。
だから、僕はそれほど気に掛けたりすることもなく、桐と深い関係になってからはむしろ、その、勝手なものだけれど、うっかり子供が出来なくてありがたいとすら感じていた。桐にはいずれ叔父さんと相談して話すつもりだった。
僕は何度も桐に確認した。
桐は2回の判定薬の結果と生理がもう3ヶ月来ないことを確実な証しとして喜んでいた。
その年の春、婚約したとき、あのときがちょうど排卵日で、そのとき妊娠したと桐は考えているようだった。桐の本当に嬉しそうな顔を見ていると、僕が悪夢を見ているような気さえした。
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慌てて、一縷の希望にすがって受けた検査の帰り道、影のない道を僕は遠回りして歩いた。
夏の光で視界が真っ白になればなるほど、僕の心の奥にどす黒く湧き上がってくるものがあった。押さえつけても押し込めても闇が顔を覗かせて、僕を誘って取り込んだ。
家に戻るなり桐を探した。
桐はキッチンで食事の後片付けをしていた。
濃いブルーのブラウスの下に黒いスカートが覗いていた。背中の中心でオレンジ色のエプロンが一羽の蛾が張り付いたようにきつく結ばれていた。
振り向いた桐と目が合った。
「食事は?」
首を振った僕は三秒ほど固まったように桐を見据えていた。
「どうしたの?」
それには応えずに、僕はギクシャクと桐の背に近づいた。
一瞬ためらって、肩越しに右手をブラウスの胸元に潜り込ませた。
柔らかい皮膚が手に吸い付いて、乳房の弾力が手の平に伝わった。
ブラジャーの内側に強引に手を入れて乳首を摘んだ。
桐は黙って下を向いていた。
流れる水音だけが聞こえていた。
白いうなじから桐の匂いが立ち昇っていた。
甘い汗と仄かな女の匂いに押さえていたものが切れた。
両手でブラウスを捲って、スカートと下着を一気に引き下した。
青いブラウスの下で白い尻が震えていた。
右手で持っていた皿がカタンと音を立ててカウンターに落ちた。
僕はその場で桐の足を開かせて、白くわなないている柔らかな尻を両手で押し広げた。性器が大きく割れて中の紅色の襞が光って震えていた。滑らかな白い皮膚が溝になって粘膜に続いていた。その襞を掴んで更に両側に押し広げた。濡れた粘膜が目の前に広がった。桐の甘い匂いが漂って来て、僕は後ろからその中心に滾ったものを突き立てた。
のめり込む熱さと溢れた液体が二人の皮膚の間で音を立てていた。
桐がか細く喘ぐようになると、僕はそれだけでは飽き足らずにその薄赤く小さくすぼまった肛門を犯した。膣から溢れた体液で濡れた性器を肛門にあてがうとするっと滑るように先端が体内に没した。
初めての生身を迎え入れて桐は硬直した。
角度を調節して、かまわずに押し込むと桐が背をのけ反らせて大きく呻いた。
そのままの姿勢で、エプロンの戒めを解いてブルーのブラウスを捲り上げた。
細く締まった腰と白い背中が露わになった。
ブラジャーを毟りとって僕は後ろから両手で乳房を掴み上げた。
尻を突きながら乳房をめちゃくちゃに嬲った。手に吸いつく豊かな感触に我を忘れた。
片手で嬲って、片手で性器を割った。中指を膣に突き立てると直腸を犯す自分の形がはっきりわかった。桐は腰をがくがくとさせてしゃがみ込もうとしたけれど、僕は許さなかった。
そのまま尻を突出した姿勢のまま、射精すると柔らかくなった性器が押し戻されるように肛門から出された。
慌てたように桐が僕の性器を両手で掴み取った。
《だめ、見ないで》
そのまま僕を浴室に引き摺っていって、シャワーを適温に調節して洗い出した。
《汚いから駄目だよ》《ちゃんと洗わないと病気になっちゃうよ》
桐の声が涙声に聞こえた。
丁寧に石鹸を擦りつけられて洗われた。
あっという間に硬さが回復して上を向いてしまう。
桐は恥かしそうに目を背けたけれど洗う手は休めなかった。
お湯できれいにススギ終わると僕はもう我慢できなかった。
目の前にいる桐の肩を押し下げて口に先端を押し込んだ。
頭を押さえ付けて無理やり桐の口を犯した。舌、上顎、頬の内側に先端を擦りつけた。
最後に射精する瞬間にわざと引き抜いてその顔から髪に精液をぶちまけた。
その日から僕は自分が押さえられなくなった。そんな自分が自分でも可笑しかった。
あれほど嫌悪していたあのチェスの駒を初めて手に取ったのもその日だった。
でも、僕は桐が「いや」と言ってくれることを期待していた。
怒って、嫌がって、冷静になって、そんなことを求める僕を馬鹿にして、軽蔑して欲しかった。止め処もなく湧き上がってくる僕の狂気を止めて欲しいと思った。
でも桐はいじらしく、僕のされるがままになった。
僕はかつて桐の部屋で見た光景を桐の耳に吹き込みながら楽しんだ。最初、桐は真っ赤になって黙ってしまった。否定も肯定もしなかった。でも結局は躰が反応して応えたようなものだ。そうなると、積極的に駒を受け入れようとすらした。それが立川の家に伝わるものならば、僕の妻になるならばと必死に羞恥に耐えていた。
調子に乗った僕が自ら駒を使うように求めると、桐は迷った末に自分で足を広げ、自ら尻を持ち上げ足を開いて、あの秘儀図の通りの姿態を晒して駒を自分の躰に押し込んだ。
それから数日に渡って64通り全部。散々、意地悪く嬲った上に僕はそれを愉しんだ。桐が恥かしがったからカメラを持出して写真にも撮った。撮られていることがわかると桐の背筋が少し丸まった。僕は気に入るまで何度もやり直させた。駒が桐の液体でぬるぬる光って、それがピンクの肉に食い込んで、桐が押し込むたびに口から喘ぎが漏れていた。
僕はそんな桐を見て、興奮して狂ったように求めた。
駒を挿入したまま買い物に行ったこともあった。短いスカートを履かせて、真昼間の道をときおりスカートを捲って尻を触りながら歩いた。スーパーで下の方に並べられた商品を取らせて、屈ませて、濡れた黒い駒を捻じ込んだりもした。
トイレに行きたいという桐をも僕は離さなかった。桐は困惑していたけれど抗いもせずただ恥かしそうに耐えていた。白い駒を呑み込ませたまま庭でおしっこをさせたこともあった。顔を隠そうとする手をもぎとって、我慢しきれずに音を立てておしっこをする桐を眺めた。そんな桐は本当にきれいだった。僕は欲情して凌辱は一層激しさを増した。
桐の身体に宿っている対象のわからない相手に嫉妬して、憎悪で汚したかった。
それでも、桐は一言も嫌とは言わず、最初戸惑ったことも次からは求められなくてもしていた。
「あなたのしたいようにして。そうされるのがいちばん嬉しい」
そこまで言われて、先に音を上げたのは僕だった。奇跡が起きても良いではないか、信じてみよう、そんな気になった。いじらしく僕に身を預ける桐の純粋さを目の当たりにして、最終的に僕はその子供もろとも桐を受け入れようという気持ちになっていた。最後の日にあの光景を見るまでは。
結婚式の前日、やることはそれなりにあったのだろうが、僕は気になって仕方のないことを片付けに、朝から暑く晴れ上がった日差しの中を出掛けた。都内に出て叔父さんの病院を訪ねた。帰国直後に行った検査の結果が出ているはずだった。
桐には友人と会社関係の打ち合わせがあるから、と言って予め遅くなると伝えていた。
検査の結果は予想通りだった。叔父さんは落ちついたら一緒に桐に話そうと磊落に笑っていた。現在の状態について一通り説明を受けた後、翌日の式の打合せを少しだけして僕は病院を辞した。
エアコンの効いた玄関の自動ドアから外に出ると夏の日差しが僕の瞳孔に突き刺さるように襲いかかってきた。目の奥を刺すような痛みが広がって消えた。僕はあまりにも予定通りの成り行きに拍子抜けして、そしてもちろん逡巡していた。
そう、用事なんかありゃしない。悩んだわけではないけれど、結局、僕は真っ直ぐに引き返して、潜り戸を抜けて庭に入った。でも、誰にも会わないように、見咎められないように玄関には向わずに裏に廻って母屋と離れの間の物置の日影で一息ついた。
《なにをやっているんだろう》
自分で自分がわからなかった。馬鹿馬鹿しいと思った。
答があるのかないのか、自信はなかった。でも、もし答えがあるならば、今日しかありえない、そう思っていた。
でも、その場になってもまだ、知ることが良いのか悪いのか、判断がつかなかった。
そんな僕を嘲笑うかのように、蝉の声が辺りを圧するように木々から盛大に降っていた。
***********************************
幸生が昼食を終えた後、洗い物をする桐の背に声を掛けた。
《桐さん、時間があればチェスしませんか。最後のゲーム》
普段は並べるのが面倒だからコンピュータを使うことが多かったようだけれど、幸生は予め駒と盤を引っ張り出してテーブルの上に並べておいた。
お茶を持って蔵に入って来た桐はテーブルの上のチェスに目を留めて、そして逸らした。
《これでやるの?》
幸生が黙って頷いた。
普段は黒か白、どちらを選ぶかじゃんけんで決めていたはずだけれど、その日の幸生は当たり前のように黒の前に座っていた。
白のポーンを桐が動かしてゲームが始まった。
《いよいよ、明日ですね》
桐はそれには応えずに、黙々とゲームが進み始めた。
幸生の展開もかなり強引だったが、それにも増して桐は不調だった。
幸生の駒の動きを見ないで、普段ならあり得ないような支離滅裂な手を打っていた。
直ぐに幸生が圧倒的な優勢を確保して、桐は手に詰まって逡巡を繰り返していた。
幸生は手持ち無沙汰に自分のキングとクイーンの駒を弄んでいた。しげしげと眺め、その木目細かい肌をさすっていた。ときおり幸生を見ていた桐の手が完全に止まって目元が赤く染まっていた。幸生がキングを手にとって鼻に近づけて匂いを嗅ぐと、目を背けた桐が顔を両手で覆って俯いてしまった。
《やめて》
と幽かに聞こえたような気がした。
幸生がゆっくりと慎重に立ち上がって、桐が座っているソファに並んで座った。
桐は小さくなって下を向いて固まっていた。
きっちりと閉じた膝の上で、血の気がない白いか細い指がきつく組み合わさっていた。
《全然、調子が出てないですね》
《わかってるくせに》
《実際にどう使うのかは、昨日初めてわかりました》
《ずっと見てたの?》
きっと振り向いた桐の顔が朱を注いだように染まって目がさ迷った。
桐が空になったカップにお茶を注ぐと再び紅茶の匂いが部屋に漂った。桐が目を瞑ってカップを口に運んだ。同じように幸生もカップに口をつけて紅茶を飲んだ。
桐が脇に置かれたカップのお茶をもう一口飲んで真っ直ぐに幸生を見据えた。
《わたしはあなたが考えるような女じゃないの。もっとドロドロして生臭いの》
《もう何年も前から貴生の女なの。全然、潔癖でも清潔でもないの。すっかり薄汚れてるの》《潔癖っていうなら貴生やあなたの方がずっとそう》
《そんなことない!》
幸生がいきり立った。
《本当? そう言い切れる? それは幸が知らないからだよ。わたしあのチェスの駒、自分で使うんだよ? 欲しくて欲しくて、どうしても我慢できなくて自分でするの。羞ずかしいところに差し込まれたまま貴生と一緒に買い物に行ったこともあった。入れられたまま貴生の前でおしっこさせられて、羞ずかしくて、でもそんな自分に興奮して、もっと辱められたいって……、そんな女なんだよ》
《だから貴生が転勤になってからはほんとに辛かった。昨日だけじゃなくて、我慢できなくて自分でしたことも数え切れない。わかる? 言っている意味》
《そ、それくらいわかりますよ》
《恥かしい。こんなこと初めてだよ、他人に話すの》《でね、幸、聞いたでしょ。最後にわたしが何て言ってるか。いつも考えてる、最初に思い描いてるのはもちろん貴生なんだけど……最後、最後だけは自分でもわからないんだけど、幸に押し倒されて、レイプされて、めちゃくちゃにされて……いっちゃうの》
《毎回、シーンは違うし、されることも違うんだけど、いっつも最後は幸に犯されるんだ。だから、幸! 幸! って口から出ちゃうの》
《とんでもない女でしょ。いつもそんなこと考えてるの、わたしって。こんなこと貴生に知られたら凄い軽蔑されそう。それだけじゃ済まない。幸だって軽蔑するでしょ?》
幸生の視線が桐に突き刺さっていた。
《僕だって、僕もあの日から、毎日、頭の中で桐さんを犯しました》
《その、桐さんを見ていて、そうしようと思ったことも何度もあるけど、出来なかった》
《襲いかかって、素っ裸にしてめちゃくちゃに強姦してやろうって思った》
《そんな風に言われると困っちゃうよね》
《ねぇ、わかってる? わたしはあなたの良いところも悪いところも全部知っている。だから、みんなが幸を避けるからって同情したわけでもないと思うし、足のことで負い目を感じているわけでもない。それは自分に対する言い訳なの。したいからしたの。だから、たった一度だけとはいえ、幸としたことがばれたら全部ぶち壊しだよ。貴生は許してくれるかもしれない。不憫な弟のためならって。でもそれは誤解なの。それはわたしがいちばんよく知っている》
《彼は信じないかもしれないけれど、同情でないってわかったら許してくれないでしょ。幸はそんなことを貴生に告げないだろうし……。そこまで考えてたの。一応ね》
《そんなこと、言うわけないじゃないですか》
《どうして? 上手くいけば幸にチャンスが転がり込むかもしれないよ》
《僕が言っても兄貴は信用しないですよ。軽蔑はするだろうけど》
《じゃぁ、わたしを裸にして写真にでも撮って見せたら? そうすれば信用するよ》
《そ、そんな…》
《わたしはもう貴生を裏切れない。わかる?》
《気付いたら貴生のお嫁さんになることが決まっていたの。父も貴生もそれを望んでいたし、もちろんわたしもそれに何の不服もなかった。そういう宿命なの》
幸生の目がぎらぎらと輝いて桐の手を取った。
《口では言えるかもしれないけど、結局あなたは何も出来ない》
《そんなことはない!》
《先のことを考えたら貴生には何の不足もない。幸せになれるの。わかるでしょ?》
《兄貴に告げ口なんかはしない。僕は必ず桐さんを自分の力で抱いてみせる》
《あなたにできるの? そんなことが》
《馬鹿ねぇ。意地張らないで抱いてって言いなさいよ。この前みたいにしたいって。セックスしたいんでしょ? 舐めて欲しいんでしょ? 何でもしてあげるよ》
《そんな言いかたしないでよ。似合わないよ。全然、似合ってないよ》
幸生は右手を桐の肩に廻して引き寄せた。
そして、左腕で脇を抱えて正面から桐に抱きついた。
《酷いよ。桐さんはそんな人じゃない。僕はわかっている。ずっと、ずっと前から好きだったんだから。いつも見ていたんだから》
迷ったように桐の表情に陰が差した。
かまわず幸生が両腕に力を入れて桐の細い体をきつく締め上げると、桐の表情が明らかに変わった。幸生が桐の首筋に口をつけて強く吸うと、桐の天井を見た目がふっと閉じて身体の力が抜けた。
何か言おうと桐の顎が動く前に幸生がその鮮やかな唇を塞いだ。
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《何を迷っているの?》《もっと力入れて押さえ付けないと逃げられるじゃない》
幸生が桐にのしかかってソファに押さえ付けた。
《どうしたいのよ? 裸にするんでしょ》
そのままの姿勢で、幸生が桐のTシャツの裾に廻した右手を内側に滑り込ませた。
捲りあげた裾の下から白いブラジャーが現れて、はみ出た乳房が柔らかく揺れていた。
幸生は怯まなかった。
右手を強引に持ち上げてTシャツを捲り上げた。
背中に手を廻して、露わになった桐のブラジャーを毟り取った。
震えるように飛び出した乳房を両手で鷲掴みに掴んでむしゃぶりついた。
《遠慮しないでいいの》
半分目を閉じた桐が囁くように応えた。
ソファに押さえ付けた桐の白い躰にのしかかって、幸生がありったけの力でスカートを引き下した。ボタンがピンと高い音を立てて弾け飛んだ。捲り上げたTシャツを夢中で引っ張り上げると肩のところが裂けた。
《いいよ。破いちゃっても》
足の合わせ目の盛り上がった部分を乱暴に幸生の手がまさぐっていた。幸生が桐の真っ白なパンティに手を掛けた。力任せに引き降ろそうと引っ張るとほんの申し訳程度に生えている陰毛が露わになって、幸生の目付きが変わった。
でも、そこまでだった。豊かな尻に食い込んだ下着は簡単には下がってくれなかった。幸生が困り果てているのを見て、桐の手が伸びて、腰を浮かしてパンティの横を手で押し下げた。下げられたパンティを幸生が足から引き抜いて、ようやく桐のすべてを露わにした。
桐の足首を掴んだ幸生が桐の足を大きく広げて、桐を二つに折り畳んだ。桐の耳の両側に膝があって、真上を向いた性器がきれいに二つに割れていた。ピンク色に濡れて、白い肉からはみ出た襞がひくひく動いて新たな動きを求めていた。
幸生がそこに顔を伏せるとか細い甲高い悲鳴が漏れて桐は自分で自らの膝を押し広げるように抱えていた。
狂ったように幸生が桐の股間を啜っていた。大きな音を立てて桐の剥き出しの性器を吸っていた。
《そう、そこ》《もっと広げて》
晒された白くて柔らかな美しい躰。覗き見ている僕の方がおかしくなりそうだった。
幸生が目の前に息づいた躰を蹂躙し始めた。
服を脱ぎ捨てる幸生の胸を一突きすれば、身体を支えきれない足を一払いしたら、幸生は不様に倒れ込んでいただろう。
倒れたら幸生は直ぐには立ち上がれない。子供だってその隙に逃げられる。
でも、桐はそのどちらもしなかった。
足を大きく広げ、その中心の柔らかなピンクの襞を掻き分けて怒張したものを押し込まれても、尻を高く掲げさせられて背後から犯されても、桐は自ら望んで耐えていた。
それが余計幸生を奮い立たせた。
幸生は強烈な破壊衝動に身を任せて桐を凌辱していた。最初は掲げさせた豊かな尻を両腕で抱えて、深く抉ったその子宮口に射精した。二度目は髪を掴んで、その少し上向きの小さな口をこじ開けて、喉の奥に放出した。それでも幸生は桐を離さなかった。何度も何度も一滴の精液も出なくなるまで桐を蹂躙した。
その後で、幸生はあのチェス駒を使った。
桐を抱き起こして、テーブルで途中放棄されたゲームから三つの駒を選ばせた。
《昨日のようにして》
幸生は半分頼んで半分命じた。
桐は少しだけ迷って、でも結局諦めたように三つの駒を選んだ。
幸生が桐の尻を掲げさせ、肛門に白いナイト、膣に黒いキングを押し込んだ。
最後に白のクイーンを口に押し込んで一つの秘儀図が完成した。
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しばらくの間、外の蝉の合唱とは正反対の、静まり返った時間が流れていた。
桐が幸生の手を取って、引っ張り上げて、立ち上がった幸生の胸に頬を擦り付けて何か話し掛けていた。頷く代わりに幸生と桐が蔵を出て庭に廻った。
どうして割って入って止めなかったんだって思わない?
僕が何で黙って傍観していたのか。
見惚れてたんだ。自分の最愛の桐が幸生の手で裸にされて、蹂躙されていくのを。予期していたわけではないけれど、無意識に感じ取った気配みたいなもの。そんなものはあったかもしれない。いろんなものが崩れて、落ちて、もう元には戻らない、そんな自虐的で絶望的な状況が愉しくさえあった。すごく大事にしていたものを叩き壊したくなる気分ってことかな。でも一方で、桐のお腹の子供が、幸生との間にできた子供だってわかって僕は怒りと憎悪に震えた。
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庭に出た二人は真っ直ぐここにやって来た。手に手を取って、足の悪いアダムとイブのようにね。
円の内側に入って桐がちょっとだけ丸くくり貫かれた空を眺めてた。二人は1mほどの距離で向き合って立っていた。お互いの躰を眩しそうに眺めて、幸生がこの石に寄り掛かりながら座り込んだ。
桐が石の上にチェス駒を丁寧に置くと、その下半身を幸生の腕が抱いて引き寄せた。胡座をかいた幸生の膝に桐が正面からゆっくりと跨って、腰を沈めた。
二人が一体になると上に跨った桐が少しづつ腰を動かして乱れていった。
手に取った駒をお互いの口に交互に押し込んで抱き合っていた。黒のクイーンの根元を口で咥えた幸生が先端を桐の口に押し込んで、二人でひとつの駒を両端から貪っていた。
ときどき向きを逆に交換しながら。
最初僕は意味がわからなかった。でも二人の動きがいつまでも眠っているように微かに持続して、桐の喉から擦れるようなか細い声が謳うようにずうっと続いていた。幸生までもが眠ったように動かないけれど、桐の細い腰を抱きしめて、背中をうねるように這う手の動きが艶かしかった。30分、いや、1時間くらいはそんな状態が続いていたかもしれにない。おかしいと思ってもう少し近づこうとしたときに、傾いた日差しが二人を丁度木の影にした。すっと空を向いた桐が立ち上がった。
そのあとに桐がしたことを僕は信じられなかった。
最初、桐は幸生の棒のような右足にすがりついた。
次に小さな口に土で汚れた幸生の右足の先を押し込んで、指の一本一本を清めるように口に含んでいた。そのまま幸生の前で、仰向けに寝転んで幸生の右足を自らの胸に押し当てた。
《足で潰して。踏んで》
胸にあてがわれた幸生の細く浅黒い右足が桐の真っ白に膨らんだ乳房を押し潰した。先端のピンク色の突起が薄汚い踵で捩られて、一層膨らんでピンと尖った。
桐は万歳するように躰を広げて喚いていた。
《足で嬲って。もっと、もっと。足で叩いて》
何度も何度も、幸生の醜い足が桐の乳房、腹、顔を押して、叩いて、汚していた。汚い足が乳房に食い込む度に、唸るような幸生の声と高まっていく桐の声が段々感覚を狭めながら、ヒグラシの鳴き声を圧していった。
僕はもう見ていられなかった。桐はもう僕の桐ではなくなっていた。
ひときわ大きな悲鳴が聞こえて再び目を上げたとき、僕は目を疑った。
桐が幸生の前で大きく躰を開いていた。そして、その広げた足の間に幸生の固く小さな黒ずんだ右足を押し込んでいた。
真っ白な肌が薄紅色に割れて、幸生の足首を掴んだ桐がそこにぬらぬらと光る足先を押し当てて抉るように動かしていた。
《犯して! めちゃくちゃにして!》
白の領地で黒が暴れて蹂躙していた。滑らかで豊かな、柔らかで高貴な白を固く痩せて貧相で醜い黒が凌辱していた。無惨な光景が目の底にくっきりと焼き付いて、喚いて暴れる桐の躰に夕陽がちろちろと舐めるように燃えていた。
毎年春に円形の花壇を埋め尽くす真紅の可憐な花。風に吹かれてうっとりするように花弁を震わせている柔らかな花、白のクイーンから出てきた種は罌粟(けし)だった。正真正銘の本物の罌粟だった。幸生が慌てて廻りに植えたのはヒナゲシだったんだ。偽装のために、誰かが見つけても近づけないように。僕がまったく興味を示さなかったから、秘密は幸生と桐、二人で共有された。
二人がいつから罌粟に囚われていったのか、僕にはよくわからない。あるいは阿片なのかヘロインなのか、どういうかたちで抽出して、それを黒のクイーンに注入して、いつ頃から使っていたのか、それもわからない。いや、実際にはそんなことはなかったのかもしれない。僕の思い込みかもしれない。僕の知る限りは、普段、そんな兆候があったわけではないし痕跡もなかった。正直、今となってはもうわからない。だけど、そのとき、僕はそう直感して信じた。
赤い光の中で吸い込まれるようにすべての理性を捨てて交わる二人を見て、僕の頭にもやもやと渦巻いていたものがおぼろげながらかたちになったり、崩れたりしながら漂っていた。僕の視覚は二人の動きに釘付けで、耳にも二人の行為がもたらす気違いめいた音しか聞こえなかった。頭の奥底だけが暗く沈んで意識に直接作用していたみたいだ。座り込んだまま段々黒い影に覆われていく二人を食い入るように眺めながら、幸生の唸り声が高まって、ひときわ大きな桐の声が聞こえたとき、僕も服を着たまま下着の中に射精していた。
今でもこぼれた種から毎年春になると花が咲くよ。見事に赤い、血の色の花が。幸生の生き血を吸っているような花がたくさん、どんどん広がって咲く。もちろん、僕もそれなりに苦労してこの庭を引き継いだわけだから、幸生の気持ちはよくわかる。いけない事とは知りながらも見て見ぬ振りをしている。いや、本当は手入れをして大事に育てているのかもしれない。
7年前、その翌年は本当にろくに花が咲かなかった。ずいぶん枯らしてしまったよ。かつて幸生をその道に走らせたように、僕も必死で首っ引きで資料や本と睨めっこした。おっぽり出して逃げるわけにはいかなかったから、僕はここで篭っていなければならなかったから、やることができて丁度よかったのかもしれないけどね。でも、なんだろうな。この庭全体が呼んでいるような気がするんだ。
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残照が梢をくっきりと染めた頃、僕は立ち上がった。濃い緑にオレンジ色の光が散って、背景の群青に挑んでいるように見えた。赤い満月が百舌の早贄のように梢の先に引っ掛かっていた。
僕は立ち上がってゆっくりと二人に近づいた。
僕は夢を見ているのかと思った。なんて嫌な夢なんだろう。
苦しくて、不快で、おぞましくて、堪えがたかった。反吐が出そうだった。
僕は目の前で無防備に背を晒している幸生の背中を花壇の柵代わりになっていた鉄のパイプで殴りつけた。そのまま、幸生の肩を掴んで桐から引き剥がした。跳ねるように身体がしなって幸生から精液が迸って桐の白い背中と尻に飛び散った。僕はあいつの右足を思いきり払った。あっけなく、幸生はなぎ倒されて横っ飛びに飛んで頭から水盤の中に飛び込んだ。鈍く嫌な音が聞こえて、水が溢れた。
そしてもう一度、僕はショックを受けて、絶望的な崩壊感に囚われた。
幸生を引き剥がしても、桐は平らな石の上で尻を振っていた。口と肛門に黒のキングとクイーンを押し込まれて、呻きながら尻を突き上げていた。
たった今まで幸生のものが入っていた性器が濡れて紅色に広がって生き物のように震えていた。幸生のものが抜かれて飛び散った精液が白く流れこむ性器を呻きながら自らの指で捏ね繰り回していた。
黒く滑らかに光る石に押し当てた頭と髪、上を向いた片頬にも白く濁った液がぶちまけられて、滴のように流れた一部が口に押し込まれた黒いキングに白くまとわりついていた。
僕は怒りに目が眩んだ。
手を伸ばして尻に差し込まれたクイーンと唾液にまみれたキングを引き抜いた。
うっすらと目を開けた桐が首を廻して振り返った。
目と目が合って、桐が悲鳴を上げた。
桐は逃げた。《見ないで、見ないで!》って叫びながら。
でもその目は幸生を探していた。
すぐに不様に水に頭を突っ込んで動かない幸生を見つけて、もう一度悲鳴が上がった。
既に水に浮かんでいた白い花が造花のように真っ赤に染まっていた。
幸生を抱き起こした桐が、喚きながら膝に幸生の頭を乗せていた。
裸の太腿に幸生の頭を乗せて抱きかかえて、声をあげてわぁわぁ泣いていた。
僕はどうしようもできなかった。ただその光景を他人事のように見ていた。桐の下半身はすぐに幸生の血で真っ赤に染まった。瞬きもできないほど美しい光景だった。
桐の大きな黒い瞳が僕の方を見て、僕はただ首を振った。
ヒグラシが鳴いて断末魔の夕陽が落ちた。
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僕は物置から持って来たスコップで花壇の空いた部分を掘った。土は柔らかいからすぐに1mほどの深さになった。幸生を足で転がすように穴に落し込んだ。転がっていた鉄パイプと血に染まった花も同じ穴に放り込んでさっさと土を被せた。埋めながら後でそこに何を植えようか考えていたくらい簡単だった。
汗だくになって離れに戻ると、桐が服を着て座っていた。放心したように反応がなかった。
シャワーを使ったらしく髪が濡れていた。
何と言うべきか言葉が見つからなかったけれど、僕は今更引き返せなかった。
《埋めたよ》
僕は訊いた。
《どうして逃げなかった。どうして逃げてくれなかった。どうして誘ったんだ》
《腕力はあるかもしれない。でもいつだって足に蹴りを入れればあいつ不様に倒れただろ》
《ごめんなさい。わかっていたけど、わたしには出来なかった》
《違うの》
《最初はわたしがしたの。頼まれて懇願されて。最初はキスして優しく肩を抱いてあげればいいって思って。でも、あなたとそっくりの顔。そっくりの匂い…》
《自分でもわからない》
《二人であのチェスの話をしていて、庭の話をしていて……、ただ、わたしだけが幸せになっちゃいけない、と思ってて……でも何もしてあげられなくて。代わってあげたいと思ってた。あなたに見捨てられて、可哀相だと思ったからじゃなくて……あなたを憎んで欲しくなかった》
その先は言わなくてもわかった。さっきの光景がすべてを物語っていた。
叔父が東京に住まなければならなくなったとき、僕は当然、桐も一緒に行くものと思っていたし、叔父もそのつもりだっただろう。大きなファミリィ向けのマンションだったし、休みに楓ちゃんが帰って来たところで部屋は余っていただろう。
だけど、桐は頑強に抵抗してとうとう一人残ってしまった。
叔父さんもいずれ僕と結婚するのだから、まぁ良いかぐらいに思ったのだろうが、桐の本当の気持ちは僕ではなくて既に幸生にあったのだろう。桐自身、そこまで意識していたのかどうかはわからないけれど、僕はそんなことはこれっぽっちも考えなかった。
だから、ぼくは桐が許せなかった。
《わたしも殺して》
自分の気持ちに気付いた桐は死ぬつもりだったのだろう。机の上に宛名の書かれた封筒が置かれて、その脇に白い結晶が入ったガラスの瓶が置いてあった。
《こんな躰、人には見られたくない》《だから、わたしが死んだら火を点けて燃やして》
生身の桐の躰が人目に晒されるのは耐え難かったから、僕もその案に飛びついた。
桐も僕が殺した。
自殺なんかさせるものか。子供の父親が幸生であることも言わなかった。それを知ったら桐がどうするか見極めがつかなかったし、せめてもの復讐だった。僕は桐からガラス瓶を取り上げて中身を少しシャーレに取った。キッチンで水に溶いた溶液をスポイトできれいに洗った黒のクイーンに注入した。指紋のことと手に付着したりするのが怖かったから、桐がいつも洗い物に使っているゴムの手袋を使った。焦ってシャーレが流しに落ちて割れたけれど気にしなかった。
桐から受け取った封書を指紋をつけないように縁を挟んで持って裏のポストに入れて、裏のタンクで残っていた去年の灯油をポリタンクに汲んだ。
僕は普通の水をコップに汲んでアコニチンの結晶を一つ放り込んだ。熱で割れたコップからアコニチンが検出されればよいから量は気にしなかった。更に二本の駒、さっきまで桐の躰に入っていた黒のクイーンとキングを手にとって桐の部屋に戻った。
僕は手早く物事を処理しながら考えた。
幸生がいなくなれば誰もが捜すだろう。足が悪いのに、何かあったと思うはずだ。それだけは困る。本気になって捜されればすぐに発覚するだろう。
だから、僕が幸生になるしかなかった。
捕まるつもりはなかった。
足だけ気をつけて真似れば、顔も背格好も、日焼け具合も声も普通に間違えるくらい似ているから、上手くいくはずだと自分に言い聞かせた。
幸生は全然外に出なかったから、知り合いだって極度に限られている。
田岡さんはもう耄碌しているし、ここ一年来ていない。いちばん厄介なのは叔父だが、楓もほとんど寄り付かないから大丈夫だろう。
あの歩き方、出来るはずだ。いつも見ていたから。
あの歩き方をすれば、拙いものを見たってみんな目を逸らす。それ以上見ようとはしない。今更、幸生の悲しみを身を持って体験しようとするのか。僕は運命の皮肉に苦笑した。
なにかあれば、ふてくされて部屋に引き込む。誰も文句は言わない。
そう、少しだけ疑われるようにしよう。自殺なのか他殺なのか事故なのか。
火事が鎮火して死体があれば警察が来る。
事情を訊かれるだろうから警察に行って、家を空けよう。
《僕が殺したんです》ぐらい言ってもいいかもしれない。
そうすれば駆けつけてくる叔父と顔を合わせないで済む。
警察では本当のことを言う。動揺してる振りをしてなるべく粘って。
幸生である僕は貴生に桐を渡したくなかった。だから貴生が出掛けている間に無理やり関係した。桐は隠し通せなくて、そして何よりも拒絶できなかったことに絶望して自殺した。単純だが明解だ。桐の人と成りは多くの人がいくらでも証言してくれるだろう。
幸生は桐が欲しかったんだから、僕が桐を殺す理由はない。安全のために遺書もある。さっきの。中身は見ていないが、もう時間もないし小細工はやめよう。
僕宛だし、住所はここだから明後日には配達されて警察が手に入れる。
そうすれば文句なく自殺になる。なんといっても自筆の遺書だ。
叔父も事情を警察から聞かされるだろう。自殺の原因を。そうすればその原因を作った僕は葬式にも呼ばれない。叔父とはなるべく接触を避けなければならない。問題はそれだけだ。
貴生は行方不明のままだけど、警察は捜査の末に一度自殺と断定したら捜索願の出ていない成人の男なんか捜さないはずだ。そんな暇はない。一月ぐらいしたら、貴生の名前で叔父と楓ちゃんに葉書を出そう。自殺を匂わせるようなことを書いておこう。
忘れたいと思っているだろうから、それっきりになる。大丈夫。
会社へは貴生として実際顔を出して辞表を出せば良いだろう。こんなことがあった後だ。引き止める人はいないはずだ。
しばらくたったら裁判所に失踪宣告の手続きを出す。7年後には死亡したことにしてくれる。そうしたら貴生の分の財産も相続できるはずだ。
この家には僕しかいなくなる。何年かすればそれもみんな忘れる。
叔父にだけ気をつければ後は自由に生きられる。
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《時間になったらすぐ火を点けてね。時間が空くと疑われるから》
そう言って桐は寂しそうに少し笑った。
僕は桐の肩に手を掛けて引き寄せた。桐は一瞬抗って、泣き笑いのように表情を崩して倒れ込んできた。僕は桐の服を脱がして抱いた。ついさっきまで幸生に抱かれて泣き喚いていた桐の躰を押し広げて没入した。チェス駒を使って凌辱した。桐が極まって意識を失いそうになったとき、用意してきた黒のクイーンを膣に押し込んで尾栓を回転させた。5分ほどで喘いでいた桐の手が宙を掴むように硬直した。キスをしたまま呼吸が止まったことを確認して、用心深く駒を引き出して、窓の外に放り投げた。池に落ちる水音が聞こえて、しまったと思ったけれどすぐに忘れた。
後は桐に頼まれた通りにしただけだ。ベッドの廻りに灯油を撒いて火を点けた。
それから15分後に119番した。
消防車が到着した頃には離れはほとんど焼け落ちていた。
すべては想定通り、ことは運んだ。
もうひとつ幸運だったのは、消火活動で踏み荒らされたらしく、ここがめちゃめちゃだったことだ。消火用のホースが這い回ったから土を掘り返した痕跡も、血痕もなにも残っていなかった。
いちばんの心配が消えて、僕は後で花を植え替えてやろうと“跡地”にふさわしい花を考えていた。
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「こっちにおいで」
彼が手に持っているものを見ただけで、わたしは躰が竦んで腿を擦り合わせてしまう。
先に立って歩く彼の裸足のくるぶしを見ながら明るい前庭に出ると、真夏の午後の日差しがわたしたちを照らした。
《待ってよ…》
緑の絨毯にアメリカンブルーの小さな青い花が空を映したように咲き誇っていた。
その中心で立ち止まった彼が上着を脱ぎ捨てて、そのシャツの上に二つの駒を並べた。
新作のキングとクイーン。
《待って…》
縞瑪瑙(しまめのう)と黒大理石、そして楓の象嵌で作られた試作品だ。
すべてが微妙なカーブで構成されて波を打ち、悶える瑪瑙をあらゆる角度から漆黒の大理石が犯していた。先端に向けて屹立するように黒が多くなり大きな弧がやがて球になって収束するキング。瑪瑙は艶やかに磨かれて、大理石には指紋のようなあるかないかの溝が刻まれていた。楓はバーズアイの杢目を生かして雉の青に染色されていた。それよりも若干小ぶりながら、いくら黒に食い込まれてもどんなに薄く引き伸ばされても決して途切れることなく、細かいカーブの連続で貪欲に黒を吸い込むクイーン。瑪瑙の赤さが花のように開いて濡れたように淡く光っていた。その花弁の収束する部分は小さな粒のように一際赤く盛り上がって触れば震えそうな肉感をさらけ出していた。
真上からの光を浴びて、影もなく並び立つ二つの駒のディテールにわたしは見惚れていた。
その視界の端にすべての服を脱ぎ捨てた貴生が申し訳なさそうに並び立っていた。
貴生の躰の中心で少し浅黒くなったものが真上を向いて、腹に落ちる影が揺れていた。
《待って…》
目がどうして良いのかわからなくて慌てた。
口からわけのわからない言葉を発しながら、わたしも着ているものを脱ぎ捨てた。
素裸になって目の前で笑っている彼に飛びかかる。
がっしりと躰を抱えられて、それだけで意識が半分ほど霞んだ。
手と足がバラバラに暴れ動いて、わたしは獣のように唸った。
すぐに夢見心地と快感の奔流をさ迷い始める。
転げ回り、逃げ追いかけ、押さえ付け、上になり下になり。
青空、光、咲き乱れ、咲き誇る花との狂おしい饗宴。
もぎ取られた真っ白なユリの花弁が貼りついた胸を吸われ、
真っ赤なガーベラに埋もれながら尻を与え揉み抉られ、
柔らかいピンク色のタチアオイの花弁と競って自らの花弁を押し広げ、
薄紫のムクゲの花びらにまみれた男根を呑みこみ、
真紅のサルビアを背中にぶちまけて背後から刺し貫かれ、
青色のデルフィニウムが陰毛と繊細さを競い、
百日草の色とりどりの海に躰が沈み、浮かび、再び沈み込んだ。
鮮烈な色、淡い色、強い色、柔らかい色、ありとあらゆる色に囲まれ、触れられ、与え、犯し、狂った。
膣から溢れた液体がおしっこを漏らしたように花びらを濡らしていった。
白、白、真っ白い……光に呑まれ、何度目かの急降下と消散の後にそれが始まった。
開いた口の舌先がひんやりとした感触を捉える。そろそろと舌を這う滑らかなカーブ。
我を忘れて頬張ると、ほんのりと甘く懐かしい感触が鼻先を突きぬけた。
仰向けにされて、抱え込まれた下半身が押し開かれた。別の感触が躰の中心をくすぐるように膣口に進入して、すぐに大きく膨らんで押し込まれる。押し込まれたまま回転されているように微妙な突起が膣に隙間なく貼り付いて間を熱く潤った液が濡らした。
仰け反ろうとする躰を押さえ込まれる。
最後に熱く燃えた貴生の性器が彼の舌で捏ね回すように揉みしだかれた肛門にほんの少しだけ刺し入れられた。
口と膣と肛門を同時に犯されて、わたしは自分が自分でなくなっていた。
怒涛のように休む間もなく襲ってくる感覚に翻弄されて意識が飛び始める。
《もっと…》
入れられたものを交互に循環されて、そのたびにわたしは吼え、喚き、叫んだ。真昼の庭園で、目の裏に火花が飛んで、尻を高くかかげ、口をキング、肛門をクイーン、膣を貴生に貪らせ与えながら、わたしは止めどのない絶頂と幸福をその一欠片も逃さぬように受け止めていた。わたしたちは、夏の庭で、咲き乱れる花々の領地に君臨する白のキングと黒のクイーンになった。
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《待ってよ》
どんどん置いていかれてわたしは焦った。
道はつづら折れに下っていた。いちばん下で、お母さん、叔父さん、叔母さんが手を振っていた。お父さんはいちばん後ろ。まだ山のてっぺんで夕陽を眺めている。
わたしたちはみんな小学生。貴くんだけ中学生だから体も大きい。だからわたしを置いてどんどん先に行ってしまう。
《待って》
《待って》
いちばん前を行くのは大好きな貴くんと桐姉さん、わたしのお姉ちゃん。
柔らかい髪がキラキラ輝いている。
夕陽の逆光にしっかり握られた二人の手が影になって浮かび上がった。
《なによそれ》
《手をはなしてよ》
《やめて》
《やめて》
追い付かなきゃ。止めさせなくちゃ。
わたしは近道をしようと道を外れて、大きな岩の上に飛び降りようとジャンプした。
足元が動いて身体が宙に浮いた。
『黒と白の領地(4)』(完)