空の青 8月(5)

木南寛は携帯で時間をチェックして溜息をついた。歩く速度は緩めない。
夕実が飛び出していってからもう二時間近く経っている。車を駐車場に入れ、あけみちゃんを送り届け、すぐに引き返すつもりだったが、彼女の母親に捕まってしまった。
見透かされていたのか……。
あけみちゃんは寛が早く帰れるように気を使ってくれたが、母親はそんな事情を知る故もない。駅まで戻るのに10分。そこから夕実の家までは15分かかる。静まり返った住宅街の人気のない暗い夜道を街灯の乏しい光がぼんやりと染め上げた。

ゆっくりと足音を殺して夕実の家の前を通り過ぎた。
二階の彼女の部屋は暗かった。そのまま行き過ぎて戻る。間違いない。ガラス窓があるはずの位置は完全な闇に塗り込められていた。門灯は明々と輝いているから……夕実はまだ帰っていない。
いつもの公園のブランコの柵に尻を乗せて携帯のボタンを叩く。二度目のコールも自動的に留守電サービスが受け取った。電池がないのか電源を切っているのか。
9時か――。別に心配するほどの時刻ではないかもしれないが、夜の住宅街は既に眠りに落ちている。夕実が飛び出していった場所から、ここまで普通に歩いても20分ほどの距離だ……。

どこかで犬が甲高い声で一声鳴いた。
泡立つように不安がこみ上げた。
「くそっ!」
寛は跳ねるように立ち上がった。
焦燥に突き動かされて真っ暗な無人の公園を真っ直ぐ対角線に突っ切った。あそこからだと駅裏の繁華街を通るはずだ。時折すれ違う人に気をつけながら、夕実が通るはずの道を逆に辿る。大きな通りを渡るとネオンの灯りが増えて、スナックから聞こえる微かなざわめきに酔客と疲れたサラリーマンが交錯した。商店街になっている表通りはほとんどシャッターが降りて、閑散とした空気を冷たい街灯が白々しく照らしていた。普段なら明るいこの道を通るはずだ。駅に向かって半分ほど進むが夕実の姿は見えなかった。

もう一本裏道か。予感はすぐに確信に変わった。
通りを折れて横丁に廻る。細い路地にけばけばしい色が溢れ、湿った霧が低く漂う中を泳ぐように人影が行き交う。有線の演歌、タバコの煙、焼き鳥の甘ったるい匂い。アルコールのすえた腐臭が体を包み込んだ。すばやく、暗がりを見落とさないように路地を辿る。店に入っていたらお手上げだが、それは考えにくかった。駅から離れるにつれ、灯りと人影が減っていく。路地に一人立っている女性。掛けられた声のイントネーションは明らかに日本語とは異なる。高二の頃、夕実とたった一度だけ来たことがあるラブホテルが立ち並ぶ一角はわざとのようにいっそう薄暗く、木立の生い茂った小さな公園は切れかかった街灯が不規則な間隔で点滅していた。

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焚き込められた白檀の香りに混じる微かな陽だまりの匂い。
ああ、井草の匂いだ……。指先に触れる畳の感触。
えっ!?
躰の奥底が掴み取った違和感がわたしを急速に現実に引き戻した。
目を開けると眩い光に視界がオレンジ色に染まった。
――眩しい。
わたしは店の奥、影が筆を使っていた小上がりに寝かされていた。
細めた目がその光の中に黒い影を見とめる。逆光を背にした影の男。
貫かれ、充填された……満ち足りた感覚。
肘を突いて躰を起こそうとして初めて膝が立てられ足が180度に近い角度に広げられていることに気付いた。
えっ!? 何?
影はわたしの向かいに静かに座っていた。
恐る恐る開ききった股間を覗く。淫らに開いた秘肉の間に白いものが頭を覗かせている。
やだ…恥ずかしい……。
閉じようと膝が動く前に黒い影が語った。
「そのままでいい」
完全に開ききった股間に突き刺さるものに影の手が伸びた。
捻るように指先が動くと躰の奥が疼き慄く。
ぬるりと嫌な音を立てて引き抜かれたものが、わたしの傍らに置かれた黒く四角いトレイに丁寧に立てられた。きれいに並べて置かれた素朴な白木の木偶。こけしの材料? 5、6本はあるだろうか。丸い頭の部分が胴体から突き出して男性の性器のように首をもたげ、オレンジ色の光にてらてらと光っていた。
直立したこけしの淫蕩で匂い立つてかりが、ぬめったわたしの躰から得た液体をたっぷりと纏っていることに気付き、あまりの恥辱に気が遠く……なる…。

間髪を入れず次のものに貫かれ、思わず意図しない声が漏れ視界が暗転した。最深部まで貫かれ、抉るような回転がわたしを狂わせる。
「潤沢な蜜だな。透明で清らかな泉のようだ。気を失っていても汲んでも汲んでも湧き上がる。匂いも芳しい」
「……」
「木は生き物だ。たっぷりとおまえの蜜を吸った木が喜んでいるのがよくわかる。おまえの顔を入れて、銘を入れよう。“夕実花蜜”とでもしようか。スペシャル・ヴァージョンとして店に飾ろう。いや、秋の展覧会に出品しよう。おまえも行くんだ。こけしと一緒に並べてやろう」
「そんな……」
貫かれ突き進む感触に思わず腰が迎えてしまう。挿入された生木を意に反して膣が勝手に締め付ける。抉るように掻き混ぜられて、消すことのできない恥ずかしい声が喉から溢れ続ける。一際深く差し込まれた感触が逃げるように小さくなる……。
「やだ…抜かないで……」
「まだあと5本ある」
わたしは1ダースの生木に繰り返し貫かれ、影の眼前で恍惚に咽びながら屈辱的な痴態を繰り広げた。

わたしの傍らで、トレイに正確に並べられた木偶がボーリングのピンのように幾何学的なかたちを作り上げた。影は出来栄えを満足そうに眺め、恥ずかしい姿勢で横臥したわたしに向き直る。慌てて足を閉じようとすると影が再び押し留めた。
「そのままでいい。ゆっくり眺めたい」
「で、でも……」
「きれいじゃないか。最高に」
見られているという意識に躰の中心が蕩け始め、思わず顔を両手で覆う。
「うそ……」
「嘘じゃない。ぷっくりとした膨れ具合も、はみ出た部分のしっとりと鮮やかな色も、つゆの溢れ具合も最高じゃないか。こんなにきれいなものは見たことないぞ」
直截的な表現が頭に突き刺さり、わたしの羞恥をいっそう掻き立てた。
「ほんとに……きれい?」
きれい? きれい? そんなことを言われたことがあっただろうか?
麻痺したような頭で、懸命に記憶を辿り走査する。
寛は“可愛い”とは言ってくれるが、“きれい”とは言ってくれない気がする。先生のは……もっとバランスが良くて、慎み深い感じで……、あけみのは…寛のパソコンに隠されていた写真で見る限りずっと小さくて、上品で羨ましいくらい可憐だ。それに比べて…わたしのは……ぽってりとした肉厚の襞が淫猥に口を広げ、……泣きたいような気分に何度もなった……のに。
指の隙間から影を覗いた。
きれい? 閉じたいのに閉じれない…ジレンマがわたしを迷わせる。
「この毛は何だ。ずいぶん薄くて少ないじゃないか。剃られたのか?」
疎らに恥丘を飾る陰毛を影の指が毟るように掴む。
「ち、違います。子供の頃から…ずっとこうで……」
「毛穴がなくてすべすべの肌だな。ミルクのように白くてきれいだ。おまけに触られて、こけしでいきまくる女は初めてだ」
一気に顔に血が上る。ああ。どれだけ乱れたのか全然憶えていない。
「おまえの指で広げてみろ」
意味がわかって背筋が硬直した。首を振って懇願を伝えるが皮肉な笑いがすべてを無視した。
「こけしを入れたところを明るいところでよく見せてみろ」
わたしではない誰かがその言葉にするすると反応してしまう。
もっと欲しい。もっと気持ちよくなりたい。
右手がすっと腹をすべり、無様に広がった股間で躊躇する。
ああ。また濡れている。
軽く陰唇に触れただけでぬめりが伝わった。人差し指と中指を広げ左右の大陰唇にあてがうと襞の内で新たな泉が湧き上がる。指が滑って上手くいかない。位置を調節して指先にゆっくりと力を込めると、ようやく皮膚に引きずられた小陰唇がぱっくりと割れ湧き上がる泉が明るい光と黒い影の眼前に晒された。
突き刺さる視線。震える膝頭。感じている自分。急に羞恥が募り、わたしは顔を思い切り背けた。
「美しい色だ。柔らかくて、鮮やかで……」
「そんなに見ないで…」
言葉とは裏腹に指先にいっそう力が加わった。もっと見て。もっときれいって言って。
「きれいな形だ。大きさも膨らみ具合も。遠慮せずにクリの皮を剥け」
何の抵抗もなく命ぜられるままに指が陰核の包皮を捲り上げる。
「また勃起してきたな。おしっこの穴もよく見えるぞ。惚れ惚れするようなピンク色じゃないか」
言葉に誘惑されて更に指が広がった。
「さんざんこけしを咥え込んだ膣口も尻の穴も締りがいいぞ。ずっと眺めていたいな。汁が流れてきらきら光ってる。信じられないくらいきれいだ。もうおまえを手放せないな」
気が狂いそうな焦燥に突き上げられて、広げた指を自分の性器に埋めたくて堪らない。
「もう、もう…触って」
「そのまま待ってろ」
冷たい一言が降ってきた。

小机に向き直った影が微かな音を立てて手を前後に動かし始めた。薫り立つ匂い。墨? を摺っている? 呆然としている間に振り向いた影が股間に白い紙を押し当てた。柔らかな感触と白檀の匂い。和紙の白さがみるみる淫液を吸い取って濡れ色に染まっていく。拭かれている……?
「自分でやります……」
「いや。いい。力を抜いて目を瞑れ」
起きようとする躰を押し止められた。全てを任せきる悦楽に節度が負けた。
わたしは言われるがままに目を瞑り、触覚と聴覚、嗅覚に身を委ねてしまう。恥ずかしい部分に押し当てられ、敏感な部分に触れ、拭き取られる感触が細波のように私の芯を奮わせる。
静かな夜と強く香る白檀の染み渡る冷たさ。くすぐったいような気持ちよさ。
拭き取られたはずの股間に今一度押し当てられたものが、ゆっくりめくり取られた。
「もういい」
言葉がわたしを現実に引き戻した。
眩い光の中で筆をとる影。伸びた背筋が逞しくも切れるように鋭利だ。
「何を書いているの?」
影にすがって躰を起こす。覗き込んだ机に広げられた和紙。眩いほどの白さが目を打った。その中心、不可思議な墨模様の脇に崩した繊細な筆致で《夕実》と名前が書かれた。
「それは何?」
柔らかな曲線と複雑で不思議なかたち。
影の目線を追って下腹に目が行って、驚いた。薄黒く染まった肌。
「えっ?」
不思議なかたちがようやく意味を持って目に訴えた。同時にがくがくするような猛烈な羞恥が立ち上る。墨を塗られて…かたちを写し取られた……。
「さぁ、洗ってやろう。こっちへ来い」
影に手を引かれ、小さな木のたらいにしゃがまされた。
ああ、なんていう格好。おしっこしてるみたいだ。頭は完全に麻痺して言葉は出ないし、考えることすら出来ない。ぬるい水が影の手の平に掬い上げられて、墨を洗い流す。汚れた水が替えられて、丁寧に、執拗に性器が洗われている……。陰核、襞、会陰、肛門。滑るように、撫でるように優しい動きがわたしを虜にしてしまう。
気が遠くなりそうな快感がひたひたと押し寄せる。きもちいい……。

乾いた手拭で水気がきれいに拭き取られた。
「どうするの? …それ」
「おまえのこけしに並べて店に飾ろう。目立つところにな」
いつもとは違う順序と鮮烈で刺激的な体験がわたしを骨抜きにしていた。既に首を縦に振るのか横に振るのかもわからない。
「だめ…恥ずかしい……」
影の手が優しく胸をさすると、既にその言葉を受け入れてしまっている自分がいた。

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挿絵55

『空の青 8月(5)』

香炉に新たな火が点されて白く渦巻く芳香が影を横切った。
手を引かれ、胡坐をかいて座った影の膝の内にもぐり込む。はだけた影の胸元に倒れ込んで首筋に頬を寄せる。精悍な獣の匂いに頭の芯が蕩ける。夢中になって唇を首筋から胸元に這わせ、小さなままの影の乳首を強く吸いながら、両手を黒絣の内側に差し入れて浅黒い肌を撫で回す。滑らかで逞しい触感がわたしを興奮の坩堝に突き上げる。細帯を解き、羽織っていた黒絣を肩から落とした。わたしはすぐに目的のものを見出した。胡坐をかいた足の中央に浅黒くそそり立つものを見て恥ずかしさに首を竦めたくなる。
「助平な女だな。どうした? 自分でしといて恥ずかしいのか?」
目を固く瞑って両手を伸ばす。固い弾力と熱さが両手の内側で跳ねた。握り締めてもびくともしない。
「凄い…固い」
「目を開けてちゃんとしごけ」
容赦のない命令が飛んだ。男の性器を間近で見、固く硬直したものを触り、受け入れたいと思ってしまう自分がたまらなく恥ずかしい。
10本の指と手の平の全てを使って陰茎を包み込む。固い根元から濡れそぼる先端までを満遍なく包み込み、柔らかにきっちりと抑揚をつけて先端に向けてしごき上げた。
「上手いじゃないか」
誉められて素直に悦びが突き上げた。
「気持ちいい?」
左手で同じ動きを繰り返しながら、右手を陰嚢に這わせ手の平に載せて包むように愛撫する。二つの可愛らしい玉が袋の中でころころと転がった。手を持ち替えて固さと柔らかさを余すところなく愉しむ。指先から飛び出た亀頭が赤黒く膨張しひくひくと痙攣するさまに目が釘付けになる。
「ねぇ……口でしたい」
「この間は拒んだくせに」
「ごめんなさい…だって……」
言葉途中に固く硬直した先端を口で包み込む。開ききった口内を陰茎が突き進む。喉をいっぱいに塞がれて鼻から情けない息が漏れた。影がゆっくりと抽送を始める。迷うことなく舌先で先端を絡め舐め吸った。強い勢いと鋼のような力がわたしの口をまるでもののように犯している。勢い余って飛び出た熱棒が頬を叩く。皮から剥きだしになった赤黒い亀頭を抉り、先端の割れ目に舌を入れ頬張りながら、縦筋に沿って睾丸に指を這わせる。右手の平に睾丸を乗せて指先を肛門に這わせる。左手で根元を強く握り締め、口で先端を包み込みながら吸い舐める。影の息が間隔を狭め、わたしの陰唇から溢れた液が内腿を伝う。
先端から根元へ、根元から先端へ繰り返し唇を移動する。睾丸を一つづつ口に含み舌の上で転がす。先端を手で包み肛門に舌を這わせると影の息が夜気に震えた。
「男なんか識らないような可愛い顔をして…淫らな娼婦のようだな」
そう。わたしは淫らな女。性の悦楽に身を任せ、寛を裏切る最低の女。
再び先端を口に含み、口全体を使って男をしごく。
影がわたしの顎を掴んで顔を上げさせた。瞑った瞼が明るい光を感じる。
「独り占めしたくなるじゃないか」
愛撫を続ける顔を見られても、恥ずかしさよりも嬉しさがあとからあとから湧き上がった。突き出される動きに熱がこもり影の息が荒ぶると、躰を起こされて胡坐をかいた膝の上に引き寄せられた。
どうして……? 飲もうとしたのに……痛かった?
わたしの訝しげな目に影が応えた。
脇机に置かれた瓢箪。がぶ飲みした口先から甘い香りを放ちながら一筋の流れが骨ばった喉を伝う。
「飲むか?」
漂う白檀に混じった酒の匂いが甘く香る。影が刺すような視線を投げて寄こした。
目を逸らすこともできなくて、わたしはこくりと頷く。
影はもう一度瓢箪を口に含むと、強い力でわたしの首を引き寄せた。次の瞬間、温かいものが唇を割り、影の強い匂いと共に花やかな熱さが口に注ぎ込まれた。舌が僅かに痺れ、刺激が口から喉へと広がった。二度、三度。舌の絡み合いを繰り返しながら、強い芳香と甘い熱さが喉から胃へと確実に広がっていく。溢れた液体が首筋を流れ、鎖骨のくぼみに滴って、胸に流れた。頭の芯が痺れて、躰全体が火照る。あらゆる感覚が鋭敏に尖り、敏感な部分が強烈に疼き始めた。
「お酒? なに?」
影は薄く笑った。
「気持ちいいか?」
空気が動いただけで撫でられたようにぞくぞくと快感が這い登る。
「凄い……おかしくなりそう」
「乳を吸わせろ」
有無を言わせぬ視線がわたしを貫いた。
こくりと頷いたわたしは男の目線に自分の乳房を差し出した。尖りきった乳首がちょうど男の口の高さになるように。鼻先が左右の乳首に交互に触れた。
「いい匂いだ。乳首の膨らみ具合も大き過ぎず小さ過ぎずこりこりで最高だ。尻の張りといい、乳のかたちといい細い割にはむっちりとしたいい躰じゃないか」
再び瓢箪を口にした影が温かい液を口に含んだまま、わたしの乳首を吸い上げた。舌先が乳暈を廻し舐め腰が抜けそうな快感が背筋を突き抜ける。
「噛んで」
影の頭を強く抱きしめて、与えられた陶酔を微塵も逃さない。乳首に喰らいつく影の動きから目が離せない。もう片方の乳首を含まれながら、今まで愛撫されていた乳首が乳房全体を揉み上げるように指で挟まれ、転がされ、摘まれた。今まで見たこともないほど鮮やかに膨れ上がった乳暈に乳首が固く尖って震えていた。

「さぁ、今度はおまえの蜜を吸おう」
小机の茶碗に瓢箪から透明で香り立つ液体がたっぷりと注がれた。
蕩けそうな快楽の褥で、わたしは期待と不安に慄いて影を見る。柔らかな透明のビニールのスポイトが茶碗の液をたっぷりと吸い込んだ。注射針を真上に向けて空気を押し出すように、スポイトの先端から液が零れる。
言われなくとも影の望みを本能的に受け取った。わたしは素直に背を向けて膝を突いた。肩幅より広く膝を広げ、頬を畳に押し付ける。自然と尻が突き上がり羞恥にまみれながら背筋を反らせた。影が望む屈辱的なスタイル。
明るい光に照らされて、何もかも全てが丸見えのはず……。
「いい眺めだ。恥ずかしげもなく尻を掲げて……肛門が真上を向いているぞ。おまけにぬるぬるに濡れてべっとり光ってるな。最高だ」
求められてもいないのに、わたしは腹から廻した指先でさっきと同じようにこれ見よがしに陰唇を開いた。さぁ、早く。早く頂戴……。
膣口に僅かに挿入された筒先から甘い液が圧力を持って注ぎ込まれる。すぐに温かな波が押し寄せて、底無し沼に引き込まれるように平衡感を失った。
次の瞬間、わたしは絶叫していた。
あらゆる快感と刺激が怒涛のようにわたしを翻弄し、留まるところを知らない快楽の深みに突き落とす。熱さが弾け、躰が痙攣して止まらない。這い上がっても這い上がっても引きずり込まれ、畳を掻き毟り、頭を抱え髪を滅茶苦茶に掻き混ぜた。
尻をがっしりと腕で抱え込まれ、新たな液が補充され容赦なく膣内に液体が注ぎ込まれていく。息も絶え絶えに、同じスポイトが肛門に差し込まれたのをまるで他人のように感じ取る。
あぁ、そんなところに入れないで――。
声にならない声が頭の中を駆け巡り、温かさが直腸に溢れ、染み渡るように深部に広がっていく。緩く滑らかにわたしはわたしを失っていく。生暖かいものが会陰を丁寧に執拗に這い回る。剥き出しにされた陰核に軽く触れられただけで飛び上がりそうな快感にのたうった。
「…も…。もう…だめ……ねぇ、もう…もう……頂戴」
畳に這いつくばって影ににじり寄る。腕で影にすがり跨るように躰をぶつける。あるはずの場所に右手を伸ばす。
「どこ?」
半狂乱になって手を振り回す。ようやく掴んだ固い陰茎。熱く濡れた自分に宛がって、重力に身を任せて腰を落とす。膣を固い杭が突き進み、何度も絶頂に達しながらわたしは影を深々と呑み込んだ。

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立ち飲みバーで軽くビールを引っ掛けて、もう一軒行こうかどうか迷ったとき、目の前をふらふらと通り過ぎた人影を見て目が点になった。注意深く背後に寄って横顔と体つきを確認する。間違いない。靄にかすむ視界にクラゲのように漂う久野夕実の姿に、その後のすべての予定と思惑を忘れた。
無警戒で奔放。肩に掛けたバッグが投げ遣りな動きに宙を舞う。泣いている? 頬に筋が光ったように見えた。ばっさりとカットした髪から覗くうなじがいつになく女っぽく艶やかで、ぴっちりと豊かな腰周りと珍しくボタンの開いた胸元が視線を強烈に誘った。

素早く状況を精査する。片手に持っているのは缶ビールか? 帰り道? デートの帰り? ならば相手はもちろん木南寛だろう。でも、少なくとも嬉しそうにも愉しそうにも見えないし、送っていくはずの寛が見えないということは、何かトラブルがあったのか……。松崎がらみか? 否、すでにいない人間に現実的な影響力はないはずだ……ということは、あけみちゃんか。思わず笑いがこみ上げた。
人間関係の機微に関してはあけみちゃんの感覚は極めて鋭い。彼女はさっそく状況を利用して行動に出たようだ。立ち回りの不得手な彼女は大方あぶれたのだろう。

繁華街を折れて街灯の灯りがすっとベールを掛けたように暗くなった。ふらふらと自宅への帰り道を辿っているはずの彼女に、何気なくゆっくりと近づいた。
彼女は公園の角で立ち止まり、見上げるように暗い梢の背後に視線をやった。
毒々しい原色のネオン。繁華街の裏手に隠れるように固まっている数軒のラブホテル。
点滅する街灯と強烈な色彩が暗い木立を間歇的に染め上げる。
瞬きしない大きな瞳。
ぐいっと呷るように缶ビールを飲む白い喉が艶めかしく動いた。

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携帯を取り出してコール。
接続音の後に聞き慣れた声。珍しい。あっさり繋がった。
「やぁ。どうだい? 具合は」
靄の立ち込めた澱んだ空気に声が吸い込まれていった。
《ああ、なんだ……今、ちょっと取り込み中なんだ…》
「かけなおそうか? 息が切れてるじゃないか。あけみちゃんにでも乗っかってるのか?」
《バーカ。ちょっと探し物。走ったから……いや、いい。何だ?》
「いや、まぁ、たいした話じゃないけどな……。今日は特上の獲物が掛かってさ。目を疑ったぜ」
《なんだよ。釣りの話かよ。相変わらず爺みたいだな」
「なかなかお目にかかれない上物だぜ。今から食っちまおうかって…もう、ほっぺたが落ちそう」
《また鮎か? 飽きない奴だな》
「いんや。今夜はむちむちの白魚だぜ」
《なんだよ、真夏に白魚の踊り食いか? 頭腐ってんじゃねえの?》
「あははは。季節はずれだけど一匹だけ群れからはぐれたんだろう。もう、俎板の上の白魚状態」
《はぁ? 何馬鹿なこと言ってんだよ。くだらねぇ。切るぞ。じゃな》
たったの18秒。
あらあら。気が短い奴だ。
くったりと寄り掛かった彼女は見えているのか見えていないのか、薄く閉じた目が柔らかく光を映して長い睫毛の影で踊った。
すっと通った鼻筋、すっきりとした細い顎。柔らかく花開いた唇。微かなビールの匂い。
開いた胸元でブラジャーから半分はみ出た白く豊かな乳房が魅惑的な表情を覗かせていた。

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「早かったな。王子様のご光臨ですよ、姫。さぁて、バトンタッチだ」
明日は朝からバイトだからもう帰るぜと、皮肉な笑みを浮かべて去っていった佐々川に取敢えず感謝した。
滑らかな頬を指先でペチペチ軽く叩くと夕実の瞼がうっすらと開いた。
「…あれ?」
もう一度瞼が閉じて、むずかるように顔が胸に押し付けられた。
「寛の匂いだ」
背中にしがみついた腕に徐々に力が戻って、今度はぱっちりと大きな瞳が闇に輝いた。
「わたし……。あれ? 夢?」
「夢じゃないって」
寛は夕実の肩を抱きしめた。
「…夢みたい…」

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「あぁ……。わたし…何やってるんだろ……」
霧がかかったように曖昧模糊とした頭。寛の肩にすがって躰を起こした。
ひんやりとした湿った空気がするりとシャツの内側にもぐりこんだ。
不意に湧き上がる違和感。いつもと違う。何が……。
あ! 夕実は声を殺して小さく驚いた。
……ブラがずれているような…嫌な感じ。それにホックの位置が違う?
慌てて身嗜みを確かめる。胸元、ジーンズの前。
一応ちゃんと着ているし、穿いている。ほっとして躰を動かす。
バッグ……は寛の傍らに置かれていた。
ベンチに座り直してはっとした。
ああ、いやだ。湿り気なんてものじゃない。下着の外まで冷たく濡れている。
あれ?……。ジーンズはボタンも留めてちゃんとしているのに…ショーツからお尻が半分はみ出ているようなフィット感の悪さ。
「どうしたの?」
「な、なんでもない」
寛に気取られないように、必死に記憶を再生する。
服脱いだ? 脱がされた? 他人に着せられたような居心地の悪さ。
霞がかかったような背景に、壁一面のこけしと黒い影のイメージがいっぱいに膨れ上がる。
まさか……現実? なんていうことをしたんだろう……。
躰の感覚を探る。躰は別に…変じゃ……なくない。
胸は張り気味…右の乳首が少し熱い…。
ああ…下半身に残る充実感…満たされた感覚はセックスの後の感覚みたい……。
「大丈夫?」
寛の心配そうな目が覗き込んだ。
まずい。躰に跡が残っていたら、臭いが残っていたら……。
ぞっとして胸元をかき合わせた。
「う、うん。ごめん…でも……」
夕実は固く縮こまって寛から目を逸らした。
「……駅裏横丁の公園でお姫様がオネムでございますって佐々川から電話があった」
「佐々川君?」
「ビール飲んで帰るところで偶然行き会ったって……。飛び出して行っちゃうから…家にも帰っていないし、ずっと探してたんだ。そこの道も一度通ったんだけどな……」
「そ、そう」
頭が回らなくて、状況が呑み込めないし、上手く応えられない。
「まぁ、よかった……」
ふぅと溜息をついた寛に優しく抱きとめられて、いつもなら幸せいっぱいのはずが不安がむっくりと首をもたげる。
彼が肩に顔を埋めた。しっとりと濡れた夜気が遠くの喧騒を微かに伝える……。
「いい匂い」
はっと躰が硬直した。彼の胸板に手をついて躰を引き離す。
「お酒臭いから……だめ」
続かない会話が繰り返された。

寝静まった住宅街に音を立てないはずのスニーカーの靴音が聞こえた。
家の門灯だけがポツンと丸く道路を照らし出していた。20mほど手前で寛が繋いだ手に力を込めた。振り向かされる予感ともたげる不安。
交わされる軽く短いキス。
「今日は…ごめんなさい」
彼の顔が見れない。手首をとられ手の平が上向きに広げられた。
彼がポケットから取り出した鈍く光る金属がくるりと一回転すると、手の平に着地した。
アパートの……キー?。
「予備はあるから……。次からは中で待ってな」
呆然としたまま、握り締めた指に触れる複雑に刻まれた金属の質感と、潤うような暖かな流れが同時に躰を貫いた。

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母の小言を振り切って部屋に駆け上がった。
握り締めた鍵を胸に抱く。
陶然と夢見心地に引きずり込まれそうになる意識を慌てて引き戻した。
明かりをつけて姿見の前に立つ。
酷い顔。
ぐしゃぐしゃの髪。瞼が腫れて目が赤い。
首筋、襟元……見える範囲に変な跡はないようだ。
シャツのボタンを外し、ブラのホックを指で探る。
自分ではしないはずのいちばん緩い位置になっている。カップの位置も居心地が悪い。
寛じゃない。寛は…わたしが自分で着けるよりも着心地がよいくらいだ。
シャツを脱いで臭いを嗅ぐ。薄く焚きこめられたような甘く透明な匂い。
……白檀?
押し寄せる不安を振り切るようにブラを外す。乳房、乳首を目を皿のようにして眺める。キスマークも傷もなく、滑らかで真っ白な肌に安堵の溜息が漏れた。
体を捻って背を見るが、照明が逆光でよく見えない。
ジーンズを下ろし足首から脱ぎ捨てた。ショーツを膝まで下ろしてちらりと眺める。汚れた生地に異変はない。手に取って鼻に近づけて、自分の臭いに咽る。裸の尻を鏡に映し、内腿を覗き込む。夢の中の情景が後から後から湧き上がる……。
嘘だ。そんな馬鹿な…。そうだ…墨の汚れがないか…黒く付着したものがないか、恥ずかしい部分を光に晒す。陰毛、陰唇、肛門へと指先を滑らせる。指に付着するものは透明なものだけ……。少しだけ安堵が広がった。
指で陰唇を広げて緊張を緩めても膣から滴り落ちるものはないようだ。それでいて、男が射精した感覚が躰の奥にこびりついて拭えない。夢じゃなかったら…妊娠したかもしれない。漠然とした恐怖が募り、湿った膣口に恐る恐る指を入れ付着した液体の臭いをチェックする。いつもの自分の臭い。……わかったような、わからないような半分の安心と半分の不安。
悄然とタオルを取って浴室に向かった。
拭いきれない不安を洗い流そうと、滝のようにシャワーを浴びて躰の隅々まで念入りに洗った。

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翌日、居ても立ってもいられなくなって飛び出した。
垂直に近い日差しと真昼の灼熱。たっぷりと水を吸った地面から立ち上る湿気に汗が滲む。
昨夜、寛と歩いた道を逆に辿り、夢の中で彷徨った横丁に足を踏み入れた。
公園。蝉の声。濃緑色に萌える木立。影一つない白く焼きつく路地。
人通りの絶えた盛夏の真昼。無残な素顔を晒す真昼の繁華街。
余香庵があったはずの場所は向かいのビルの影で、ぽっかりと穴が開いたようにディテールが欠落していた。
眩暈がしそうなコントラストのなかを、ゆっくりと白昼の闇に歩み寄る。店はまだ開店していないはず……。時間から取り残されたような侘しい佇まい。
暖簾があったはずの場所には無表情なグレーのシャッターが壁のように立ち塞がっていた。
唖然として周囲を見回したが、そこに店があったという痕跡を見つけ出すことはできなかった。お店なら店名とか営業時間ぐらい描かれていてもよさそうだ。ということは……夢? あのいやらしいディテールに溢れ、溶けそうな感覚と共に躰にはっきりと刻まれた感触がすべて妄想? でも、このシャッターの向こうに暖簾があるのかもしれない……。安堵と失望が同時に突き上げてせめぎ合う。
指先でひんやりと冷たいシャッターに触れると、蛇腹になった鋼板がきしんで音を立てた。その音を合図にしたかのように鋼板の隙間から微かな冷たい空気が流れた。
目の前からすっと光が失われ、首筋を一筋の汗が流れた。
幽かに漂う白檀の香り。

チリン――。
じりじりと焼け付く白光に風鈴の音が一瞬そよいで、消えた。

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挿絵55-2

『空の青 8月(5)』

3時過ぎから連続4コマの講義を終えて講師室に戻ると、ちょうどその日最後の講義を終わらせた佐々川君が戻って来たところだった。彼は朝から断続的に出ずっぱりだったようで、中途半端に組まれた夏期講習のカリキュラムを散々ぼやいた。確かに1コマいくらの契約だから、講義がまとまっていないと無駄に拘束時間が長くなる。夏休み前半の講習は今日でお終い。お盆を挟んでの一週間は各種の模試が組まれ、わたしたちは出番がない。教務主任に勤務表を手渡して判子を貰い、並んで外に出るとむっとした熱気が二人を包み込んだ。

大学へは車で通う彼も、夏休み中のバイトは駐車場がないから同じく地下鉄だった。住んでいるところが近いから、当然最寄り駅も同じ。大学の講義が終わってバイトに行くときは一緒に行くことも多かったし、帰りも時間が同じならば一緒に帰ることが自然だった。夜遅い最後のコマの講義のときは、わざわざ家まで送ってくれて申し訳なさがいっそう募った。理子ちゃんの存在が前提にあったから気付くのは遅かったかもしれない。だが、いくら人間関係に疎くても彼の“サービス”が単なる“ついで”ではないことくらいはわかった。そして、それを無条件に受け入れることが出来ないこともお互いに自明のはずだった。だから、何一つ見返りを求めない彼の好意に報いるためにも、気付かない振りをしているのがいちばん良いと思っていた。

でも、今夜は彼に確認しなければいけないことがある。
「すぐ近くなんだけど、一緒に行って欲しいところがあるの」
普段なら気楽に言える台詞がぎこちなく夜の空気に吸い込まれた。
「珍しいね……」
佐々川君は眼鏡の奥の目を細めて大げさに両手を広げた。

改札を出ていつもとは逆の出口に向かった。一時はすっかり寂れていたが、最近何故かお店が増えて持ち直してきた繁華街に出て更に裏路地に出る。昨夜辿ったはずの道を細心の注意をもって再び辿る。同じくらいの時間帯。どこで何を考え、思ったのか……緩やかに記憶が再生された。路地の途中を脇道に折れる。なぜここで曲がったのか……? ホテルのネオンが目に入ったから? それともあの白檀が香ったのだろうか……。
暗い路地。道沿いの公園。街灯の灯りが生い茂った木々に吸い込まれる。
すぐ隣の規則的な足音が心地良い安心を与えた。公園の斜向かい。昼間来た場所はそのまま夜の帳に包まれていた。何もないのっぺりとした暗灰色のシャッターに同じように手を触れて軋む音を確かめる。白檀はもう香らなかった。
「ここに…お店があったんだけど……。知らない?」
「あっちの路地はたまに通るけど……こっちには来ないな」
訝しげに周囲を見回していた彼が応えた。
「そう。あの、ありがとう。もういいの。あの……、よかったら食事していかない? 奢るから」
飛びぬけて長身の彼の笑顔の背後で星が瞬いた。
「何か話があるの?」
彼の呑み込みの速さも超一級品だ。
「あの……」
さすがに言い難いし、知ってしまうことが怖い気もする。
「えっと…昨日のこと…その……」
「奢ってくれるのはバイト代が出てからでいいよ。お互いに休みは出費が多いでしょ? 良かったら家に来ない? 食い物も飲み物もタダだから」
他人に聞かれたくない話であることは確かだから、彼の申し出はありがたかった。
「でも、それじゃぁ……」
「気にしない気にしない。帰りは送っていくよ」
答えにくい展開になると適度に話を逸らせてくれる彼の優しい気遣いに感謝する。
「そういえば…週末、日曜だけど……お盆で果歩ちゃんが帰って来てるから、海でも行こうかって話があるんだけど…夕実ちゃんもどう? もう寛から聞いてるでしょ?」
「え? 果歩ってD組の?」
「そうそう。彼女、東京の薬大に行った…。他にも三、四人…西田さんも来るよ」
でも……、わたしは思いっきり逡巡してしまう。
「大丈夫。あけみちゃんは法事で来れないんだ」
佐々川君が片目を瞑った。
心の内まで読まれてる。顔が火照って俯いてしまう。
こくりと小さくうなずいて、夕実は佐々川の好意にいつものように甘えた。

店の裏手にある倉庫の二階が彼の部屋で、ここに来るのは去年の暮れ、あけみと一緒にクリスマス・イブに誘われて以来のことだった。外階段から直接上がることが出来て、小さいながらも玄関までついている。佐々川君は窓を開けて風を通すと、何か持ってくるわ、と廊下に消えた。
白々とした照明にオフィスのように殺風景な部屋が冷たく照らし出された。浅いグレーに鈍く光る壁面に貼られた墨色の魚拓が倍くらいに増えていた。日付と釣り上げた魚の名前だろう。几帳面な毛筆でデータが書き留められていた。
わたしの……恥ずかしい部分も同じように飾られているのだろうか……。昨日の日付と夕実という名前と共に……。突っ立ったまま視界が暗くなる……。
躰の奥底でじゅんと溢れる感触に気付いて慌てて意識を引き戻した。

テーブルに広げられた豪華なお惣菜。籐の座布団が隣接する二辺に置かれた。ミルクのように艶がある真っ白なテーブルの中心にドンと置かれた白ワイン。びっしりと細かい水滴がついた薄緑の壜が淡い照明に映えた。
「ごめん。これじゃ車は出せないけど…ちゃんと送っていくから」
ワインを抜栓するユーモラスな音が弾けた。
「まぁ、前半終了の打ち上げということで」
唇が切れそうに薄いワイングラスを軽く合わせると高く澄んだ音が二人の間に響いた。
静かな夜。
開け放した窓を夜風が柔らかく吹き抜けた。

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ワインの甘酸っぱい香りを楽しみながら冷たい心地良さを喉に流し込む。摘みを適当に広げて彼女に薦めた。素直に横座りした彼女の横顔をさり気なく眺める。水色のブラウスに膝丈の緩い紺色のスカート。剥き出しの腕と紺色の生地から半分ほど覗いた太腿はふっくらと白く輝いていた。アクセサリー一つ付けていない化粧っ気のない顔と一時代前のような地味なスタイルは塾の規定だから仕方がない。男性講師はグレーか紺のスーツにネクタイ。女性もスカートに冬はスーツ、ブラウス着用という“客”の親世代へのマーケット・リサーチで好評価を得たスタイルを強要されているに過ぎない。
上着を脱いで椅子の背に放り出す。ネクタイを緩めるとようやく人心地がついた。
右の頬に彼女の視線を感じてゆっくりと目線を向けた。
「冷たくて美味しい」
奮いつきたくなるほど可愛らしい、きらきらと輝く大きな瞳と細面のしっとりした笑顔があった。
そして、その笑顔に隠れた微かな緊張と不安をなんなく感じ取る。
バイトの話、夏休みの話。一通りの話題が繰り返されて食事があらかた片付くと、彼女はしばらく躊躇ってから、意を決したように切り出した。
「きのう…どういう状況だったか教えて…佐々川君がわたしを見つけたとき…えっと、その……服とか乱れてなかった?」
語尾が消え入りそうに小さくなった。
「わたし、ずっと夢見てたみたいで…何があったのか自分でもはっきり憶えてなくて……、女のくせにちょっと拙いよね…恥ずかしい……」
俯いてしまった姿がなんとも言えずしおらしい。
「それに…寛は何も気付かなかったみたいで…その…黙ってくれていてありがとう……。それとも…佐々川君が直してくれた?」

からかうつもりはなかったが、せっかくの会話の機会をじっくりと愉しみたかった。
「あ、やっぱりバレてた?」
意味ありげに答え、彼女の表情を読みながら深刻にならない軽い調子で続けた。
「いやぁ、あんまりにも可愛い女の子が目の前で完全に無抵抗なもんだから、抑えられなくて。ついつい…心ゆくまで堪能させてもらっちゃった」
ワインのせいかもしれないが、ゆっくりと彼女の目元が薔薇色に染まる。
「もう! 大嘘つきなんだから! 目が笑ってるよ。そんなの佐々川君のプライドが許さないでしょ? 酔っ払って眠りこけてる前後不覚の女をどうこうしようなんて……。それに、他人の“お古”なんか目もくれないんじゃない?」
「“お古”って表現は夕実ちゃんらしくないな。寛と復活したことくらいは見ればわかるけど、そんな風に思ったことはないな。ちょっと、自分の大事なものが不当に貶められた気分」
「え…、そ、そう? ごめんなさい…というか、ありがとう? なんか照れちゃうけど……でも、全然信じられない。佐々川君はそういうことはしない。でなきゃ、こうして男性の部屋に夜来たりしないもん。わたしが今ここで裸になって抱いてって言っても平気で断るでしょ……」
微かに傾げた小首が同意を求めた。
「それは買い被り。そこまで枯れちゃいないさ」

「オレは、自分で言うのもなんだけど、けっこう記憶力がよくて、何でも嫌になるほど憶えてるんだ。最初に夕実ちゃんと話したのは…もう三年前、高二になった春か。中学の頃から名前だけは知っていて、ずっと気になっていたんだ。いつも模試でベスト3に名前載ってたからね。そのまま持ち上がりで付属の高校に行くもんだと思ってたから、同じ高校だと知ったときは無性に嬉しかったよ。1年のときはクラスが違って話す機会はなかったけれど、それでもあの子が久野夕実なのかって遠くから眺めてた」

「だから、せっかく同じクラスになったのに、クラス一素行の悪い男と人目を気にしながら誰もいない4階から降りてきたり、こそこそ放課後の図書館に入っていくのを見て、けっこう辛いものがあった」
彼女は何も答えなかったが、僅かに俯いた顔が紅く染まったように見えた。
「知ってたの? そう……わたしは佐々川君が考えているような女じゃない……。そんなにきれいじゃないよ」
困り切ったように目線が逸れて、どこにも焦点が合わない黒目が長い睫毛に半分埋もれた。
「二週間くらい前……、先生のことがあって寛とずっと会えなくて、そんなとき、朝、三日連続で電車で痴漢にあった…。高校生のころからずいぶんな目に遭ってきたけど、さすがに最近は涙浮かべて堪えているだけじゃなくて、振り払ったり、手掴んで突き出してやろうって思う。でも…そのときは触られているうちにおかしくなっちゃった。二日目は下着に手を入れられたのに…三日目、わたしはもっと短いスカート穿いて出掛けた。パンツは紐パン…横を紐で結ぶやつで……痴漢の方がびっくりしてた。簡単に下着取られて…触られた。わたしは臭いで周りの人にバレるんじゃないかって変な心配してた……」

「日曜には呼び出されて会った。見ず知らずの男に。寛には悪いなって思ったけれど…触られたらすぐにおかしくなっちゃって…電動のものを躰に入れられていきまくった。最後には……顔にたくさん精液かけられた……。でも…それが全然嫌じゃなくて…わたし、おかしいよね。どうしようもない」

「昨日は…二週間ぶりだったのに寛はあけみと出掛けてて、仲良く一緒にずぶ濡れになって帰ってきて、いちゃつくあけみに嫉妬して…怒り狂ってお酒買って…、後は断片ばかりで、時系列が無茶苦茶で…よく憶えていないの。多分……さっき行ったところ…あの前を通りかかったら大きな暖簾が掛かっていて、こけしの店があって、なんとなく中に入った。予感がしたの。同じ男だったの」
夕実は記憶の断片を再構成し、脳裏に刻まれた悦楽の痕跡を思いつく限り正確に語った。
「影みたいに黒い……。信じられないくらい、いやらしいことをたくさんして、記憶が飛んでいるくらい…抱かれて、多分…中に射精された……。妊娠したかもしれない…んん、時期だから多分したと思う…どうしよう。三年近くも待ってやっと寛と元に戻れたのに、その後の二週間が我慢できないなんて…わたしって色気違いみたい」

言葉が情景を描きながら通り過ぎていった。静まり返った夜に蛍光灯がちりちりと耳障りな音を立てた。
まるで自分の手ではないかのようにゆっくりと手が伸びて、真っ白な膝に置かれた彼女の手首を掴み取った。
「そういう前段があったのか…本当に憶えてないの?」
大きく見開かれた黒目がしっとりと潤んで頷いた。
滑らかでしっとりと冷たい手。自然に指と指が絡んで彼女の体温が伝わった。
網戸にした窓から細い虫の音だけが入り込み、虚空を漂った。
指が互いに指を挟み、僅かに力を込めると同じように力が加わる。

手首を掴んで夕実を引き寄せた。
左手で背を抱き、右腕で下半身を強く引く。抗いもせずに抱き寄せられた夕実のスカートの裾が大きく乱れ足が露わになった。ほんの5cmの距離に夕実の顔があった。それでも彼女の見開かれた黒目は瞬きもしない。
「瞼は閉じていなかったけれど、昨日は何も見ていなかった気がする」
人差し指の腹で滑らかな頬に触れた。
「……」
中指、薬指が頬を滑り細く尖った顎に流れ、斜めに差し込んだ照明の光が虹彩を金色に染めた。
「酷いな……。こんなきれいな顔を…汚すなんて……。悔しくて気が狂いそうだ」
「べつにきれいじゃないよ…。こんなことになるなら……佐々川君にしてもらえばよかった。でも、そんなこと頼んだらわたしのこと軽蔑したでしょう? それはもっと辛いから……」

指先を首筋から襟元へ。夕実と目を合わせたまま指を動かした。
ブラウスのボタンを三つ外し、スカートから裾を引き出した。生地の内側に蓄えられた優しいミルクのような匂いが空気が色づくように立ち上る。
襟を広げるとまるで協力するように片側の白い肩が剥き出しになった。真っ白な肌に一際白いブラジャーのストラップがピンと張り切って息づく膨らみの高さを強調している。スカートの脇を留めるボタンを外し、プラスチックのジッパーを引き降ろす。形のよい縦長の臍と豊かに広がった腰の素肌が美しい曲線を描いた。
瞬きしない目を合わせたまま、何も言わない夕実の左手を膨らみきった胸に、華奢な右手を伸ばし、その指先をスカートの布地の陰で滑らかな下腹をかろうじて覆っている白い小さな布地に這わせた。
「昨夜はちょうどこんな感じ。正確に言えばブラジャーは外れていたし、パンツは半分脱げかかっていて……その内側に指先が潜り込んでいた」
夕実の顔にみるみる血が上り紅く染まった。見開かれた目線が初めて揺れて逸れた。
「わたし……佐々川君の前で…ええと、その…オナニーしたの?」
崩れたネクタイが引っ掛かった胸に夕実が顔を隠した。
「そ、それだけ? 他に変なことしてない?」
「なんか…いろいろ言ってたけど……複雑な心境になったな」
「何言ってた?」
「……まぁ、いろいろ」
「ちゃんと教えて…想像つくし、平気だから」
至近距離で震えている瞳に込められた強い意思に佐々川は軽く溜息をついた。

「気持ちいい…とか、いっちゃうとか…、たくさん出してとか」
夕実の染まった目元が更に赤くなる。
「それから?」
「おしっこ漏れちゃうって……。出ちゃうよ? かかっちゃうよ? 飲んじゃうの? て言うから、慌てて服にかからないよう脱がしたんだけど……ちょっと体勢に余裕がなくて……。服は間一髪大丈夫だったけど、ベンチが濡れちまったから抱えて他のベンチに移動した」
突然、跳ね起きた夕実が背を向けて床に小さくなって蹲った。
「ごめん…もう言わないで。恥ずかしくて穴があったら入りたい」
絞り上げるような声が漏れた。
「もう、佐々川君と合わす顔がない。わたし、滅茶苦茶恥知らず」
「そりゃ困るな」
「だって……」
細く締まったウエストに腕を回した。改めてその折れそうなか細さに感嘆し、温かさと馨しさが立ち上るその背に顔を埋めた。
「夢の中だったんじゃない?」
かぶりを振ったショートの髪がきれいに輪を描く。
「幻滅したでしょ」
肩に手をやって、俯いてかぶりを振り続ける夕実の躰をゆっくりと引き起こす。
濡れた目が照明に一際明るく輝いて、ぴったりと合った視線を縁取るように長い睫毛が震えていた。
「そんなことはない。ずっと憧れていた女の子が今、腕の中にいて、尚且つ誰にも言えない秘密を共有しているなんて、こんなに魅力的で震えるような経験はないよ。ただ惜しむらくは、このきれいな顔と美しい躰には既に他の男が触れた見えない痕跡が残っているということか。でもそんなことなどまったく気にならないくらい……きれいだと思う」
背後から抱いたまま指の背で夕実の頬を撫ですさると、初めて黒目が揺れて瞼が閉じた。
「ダメだよ…佐々川君」
動き続ける指先に目をやった夕実の瞳が訴えた。胸元から裾へ。白く滑らかな肩が露わになってブラウスがすとんと腕を滑り降りる。背に回した指先が下着の合わせ目を摘み上げると、弾けるようにストラップが泳いで白いブラジャーが外れた。動きを止めようと力ない手が手首に纏わりつく。腰を浮かして既に脱げかけていたスカートを足から外し、背後から白桃の皮を剥くように最後の下着を脱がせた。
泣きそうな顔が真正面を向いて、裸の夕実が小さくなった。
優しい口元がはにかむように動いて、明瞭だがはっきりとした少し低い声が聞こえた。
「きれいじゃないのに……きれいって言われると嬉しい。でも、わたしは佐々川君に相応しくないよ。わかってるくせに」

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夜の公園の木立の向こうに彼女の家の門灯が一人娘を待ちわびるように丸い光を投げかけていた。
「ここでいいよ。家の前まで来ると聞き耳立ててる母が出てきちゃうから」
「今更悔やんでも仕方がないけど、4年前…のんびり見ていないでさっさと掻っ攫っておけばよかった」
夕実の頬がほんの微かに笑い、すくっと正面を向いた黒目が半分伏せられた。
「そんなこと言わないで。今日は…どうもありがとう。首の皮一枚で繋がってる気分だけど」
「いえいえ。また寛に頼みにくいことがあったら…なんでも相談して。できる限りのことはするよ。でもさ、さっきの話だけど…あんなところにそんな店あったかなぁ……確かに夕実ちゃんを見つけたのは公園の通りだったけれど……。やっぱり、夢の中だったんじゃないの?」
「夢なら夢でなんて恥ずかしい夢なの。お酒に薬が混じってたのかもしれない……」
「う〜ん……」
考えたところで結論は出ない。
「あの辺り少し気をつけてオレも見てみるよ。あと薬…。妊娠してるかどうか調べるやつ。大学病院に知り合いがいるから聞いてみるわ。時期とか、どこのが良いかとか……」
夕実の顔が恥ずかしそうに綻んだ。
「ありがとう。何から何まで」

佐々川は夕実のすっきりと通った鼻に指を滑らせ、閉じない夕実の目を見たままその背を強く抱きしめた。強引に彼女の髪に顔を埋め、彼女の匂いをいっぱいに吸い込むと、躰の奥底から得体の知れない衝動が突き上げた。
「あぁ、かっこつけて痩せ我慢しなきゃよかった」
耳元にかかる囁き声と微かな息。
彼女の胸に右手を這わせ、夜目にもはっきりと盛り上がった乳房を捻るように掴み上げた。
「ダメだって…」
言葉とは裏腹に腰に廻した腕から逃れようとはしない。手首を掴んで動きを止めようとはしない。
ただ見開かれた目がきらきらと輝いて、ゆっくりとした振幅でかぶりが振られた。
首筋から開いた襟元に指先を滑らせると、僅かに開いた唇から微かな吐息が漏れた。
磁石に引きつけられるように手先が柔らかに盛り上がった胸に触れる。白いブラジャーの内に二本の指が潜り込み、その弾力を愉しみながらあるはずの突起を探し当てる。
ふっくらとした盛り上がりの先端の固い蕾を指先が摘み上げると、堪え切れないように夕実の口元から熱い息がはっきりと漏れた。
「困るよ」

その手を更に下に伸ばして膝丈のスカートを捲り上げた。力ない手が裾を押さえるがすぐに諦めた。固く閉じた足。滑らかな太腿から下着に覆われたふっくらとした下腹を撫で上げる。下着のゴムから両手を差し入れて、闇に白く浮き上がる下着を有無を言わさず引き摺り下ろす。夕実は完全に無抵抗で為すがままに従った。足を上げさせて生温かい下着を引き抜く。
「今度会えるときまで…借りておくよ」
夕実は目を伏せた。
臍の上まで捲り上げたスカートを彼女の指に押し付けて、佐々川は夕実の剥き出しの下半身にゆっくりと両手を這わせた。
「ごめん、こんなところで。でも、もう一度見せて…見るだけ」
目を瞑ったままこくりと頷いた夕実が震える手でたくし上げたスカートを受け取った。
夜目にもくっきりと際立った心を躍らせる魅惑的なかたち。
撫で上げ、柔らかな肉を掴み上げる手の平の動きに夕実の躰が震えた。産毛のように柔らかく、あるかないかの薄い陰毛にしゃがみこんで口を寄せる。
「きれいだね……」
草むらに潜む虫の合唱がひときわ高まって、固く足を閉じていても夕実の匂いが夜の底いっぱいに広がった。

『空の青 5−5』(続く)

作成日:2006/12/15 最終更新日:2006/12/15

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