空の青 8月(6)

久野夕実はゆっくりと時間をかけて目覚めのシャワーを浴びた。
少しだけ窓を開けて朝の庭を眺めると、その僅かな隙間からしっとりと濡れた空気が馨しい晩夏の匂いを運び込んだ。
昨夜、別れ際に佐々川に触られた感触がいつまでも残っていた。
期待感と罪悪感がせめぎ合い、眠れない夜に苛ついて何度引き出しの奥にしまい込んだものを取り出そうと思ったことか……。軽く触れただけで溢れ出る分泌液を指にとり、どろどろに濡れた指を口で拭うと微かな塩味と自分の臭いが広がった。
その火照っていた部分にシャワーのノズルを当てて、しつこいくらい丁寧に洗い流した。
うっとりするような触感が柔らかな温かさと共に下半身に広がっていく。まだ薄暗い木陰に斜めに差し込む光がオレンジ色に輝いて、唐突にぽっかりと記憶が浮かび上がった。
《……あれ以来、朝見かけないな。逃げたつもりか?》
《夏休みだし…だって……困っちゃうから》
不意に呼び覚まされた夢のなかの会話。
《あんなにされたら…見えなくても臭いで他の人にわかっちゃう……》
《おまえが心配することではない》
白檀の匂い、触られている感触、囁かれる言葉。感覚のディテールが鋭敏に疼いた。
《そ、そう?》
《次はいつだ?》
《火曜と金曜には図書館へ行くから……同じ電車に乗る……》
《そうか……。それは愉しみだな》
たっぷりと泡立てた石鹸を手にとって、思い描いた予感に備え恥ずかしい部分を慎重に洗い清める。臭いが完全に取れたことを確認して湯を流した。温かい流れが全身をくまなく覆い尽くす。
《たっぷりと触ってやろう。下着はいらない》
《下着って……ブラも…?》
《自分で考えろ》
シャワーを止めると、排水溝に流れ込む水音に朝の鳥の声が優雅に被さった。
《おまえはもう逃げられないよ……》
影はそう言って冷たく笑った。

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散々悩んだ末、一度穿いたショーツを脱いで小さくたたんでバッグに入れた。スカートはけっこう短い。鏡に映した剥き出しの太腿がやけに白く見えて艶めかしかった。
下半身を覆う浅いグレーのスカートをそっと捲り上げる。恥ずかしい真っ白な肉付きの下腹が露になった。背を向けて背後を確かめる。嫌になるほど大きく成熟した尻はあくまでも白くふくよかに盛り上がって輝いている。手を離すとすとんとグレーの布地が膨らみを覆い隠した。
シャツの上に緩い袖なしパーカーを重ねた。これならブラをしなくとも目立たない。チェックは完了。だが、頭は麻痺したように働かない。駅までこのスタイルで行くのだろうか? この格好で電車に乗るのか? 意味のない自問自答が闇雲に繰り返されて、すぐに出掛ける時間がやってきた。

扉が閉まった一瞬の静寂の後、床下でモーターが要求されたトルクに合わせて回転数を変えた。影の要求に従ってしまった羞恥と緊張感が交互に押し寄せてくる。夕実は目を瞑って全ての神経を背後に……尻と尻を覆う布地に集中した。
腕を押され身体がよろめいた。加速につれて背中に強い圧迫感を感じたがすぐに平常に戻る。エアポケットに落ち込んだような不思議な間。俯いて目を閉じると耳から入る音が消えた。

――スカートを捲くられて……、下着を着けていない下半身を縦横無尽にまさぐられ、むっちりと張り切った肉を撫でさすり、揉みしだかれる……。
すぐに躰の中心で滲み出るものを感じ、膝を固く合わせた。
――振り払い、尻に力をいれ引き締めても、荒々しい動きは止むどころか目的地へ向かい着実に進み始める……。
溢れ出た蜜が内腿を濡らし、胸に抱えたバッグの金具が布地の上から突端を強く突いた。
――いや…やめて……。濡れていることがわかってしまう……。固くざらついた指先がどんなに抗ってもぴっちりと閉じた内腿を登り始め――滲み出た蜜をもてあそぶ……。
急な減速に思わずバランスを崩し、足先が開いて……。
――ハッと…息を吸い込んで……躰が硬直する。指先が襞にめり込んで野蛮で強烈な刺激が全身を貫く。性器を…肛門を自由自在になぶられて、犯されているのにその屈辱までが悦楽として突き上げる……。いや。いや、もう許して……。

減速、停車、そして再び加速度が身体を後ろへと引いた。
それが何度か繰り返されるなか、夢と現実の境目に淫らな妄想が押し込めても押し込めても膨らんだ。降車駅を知らせる案内放送が軽やかに流れた。夕実は安堵の溜息に目を瞑り、じんわりと広がっていく微かな失望を頭を振って振り払った。

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挿絵61

『空の青 8月(6)』

ひんやりと冷房の効いた開架閲覧室で「中世史」の課題レポートの参考文献を検索する。
「能」関連のテーマに絞り込んだつもりだったが、キーワードが漠然としているせいか膨大な量の書物がヒットしてしまう。頭の半分が霞がかかったように呆けていた。いつものように適切なキーワードがちっとも浮かんでこない。溜息をついて、思いつきでキーボードを叩いた。
“白檀”
モニターに現れた文字を見てどくんと心臓が鳴った。
慌てて背後を振り向いた。
誰もいない。足音すら聞こえない静まり返った夏休みの図書館。
広大な閲覧室で互いに距離をとりながら教官や院生と思われる人たちだけが黙々とページをめくり、書架を渡り歩いていた。
密かな安堵と共に、検索された書物のデータをもう一度眺めた。
歴史書、学術書からハウツーものまで。20冊ほどの本がリストアップされていた。
その一点に目が留まる。
「香三昧―白檀」「薫香」
何とも都合のいいことに、この閲覧室にあるようだ。
E-20。書架の位置も同時に表示された。
夕実はその誘惑にどうしても堪えられず、書架の林に迷い込んだ。

――白檀。英名サンダルウッド。
ビャクダン科の半寄生植物で心材の香りが強い……。
芳香は樹脂分ではなく、精油分に由来し、蒸留して取られる白檀オイルの主成分サンタロールには、殺菌作用、利尿作用の薬効成分があり、薬用にも広く利用される……。また、気分の薬として胸のつかえをとり、爽快感を与える。
仏具、匂い袋に利用され……。
別の本に半場予期していた記述を見つけた。催淫作用、膣内の分泌促進……。
夢中になって文字を追った。
夕実はいつの間にか本来の目的を忘れて没頭していた。

夏休み中も一ヶ所だけ開いている生協で遅い食事をとって、午後は気分を切り替えて何とか課題を仕上げた。読み返すと書き直したくなるだろうから、諦めてさっさと携帯メモリにデータを流し込む。
外へ出ると夏の終わりの日差しが網膜を焼いた。木陰を選んでバス停に向かう。
透き通るような木漏れ日の中を水平に黒い影がよぎった。
――蝶?
アゲハだ……。青筋アゲハ。鮮やかな瑠璃色の紋が目を惹きつけて、ちろちろと踊る日差しに揺れた。
夢だったのだろうか……。
答えの出ない自問自答が繰り返された。
今の自分が現実で、黒い影と交わる女が夢。
いや、黒い影と交わった自分が現実で、図書館で調べものをする女が夢?
女の顔はどっちも自分自身で……こけしのように現実味のないのっぺらぼうだった。

街の中心街でバスを降り、自然とデパートに足が向いた。
エスカレーターを上り、玩具売り場に向かう。気が遠くなりそうな原色の氾濫の先にそれはあった。素っ気なく並べられたこけし。売れるものではないのだろう。たいした量ではない。描かれた顔をじっくりと眺めた。
――ない。
あるわけない。何度もそう自分に言い聞かせた。
来た道を戻り、アーケードの商店街へ足を伸ばす。確か、数軒、民芸品やお土産品を並べている店があったはず……。タイル張りの街路を早足で歩いた。
土産物店のものは明らかに安っぽく、趣が違う。玩具のような色彩と稚拙な絵付け。
――ここじゃない。
数軒先にあるアンティーク調の野暮ったいファサードの民芸品の店に入った。白熱灯の柔らかな光。薄暗い奥のガラス棚で目を凝らした。
大小さまざまの木偶が優しい笑みを浮かべていた。ゆっくりと目を左右に振った。
その一番奥のケースの端で空気が凍りついた。
そこに――夕実がいた。

いちばん小さなものを一つ。夕実は小さな紙箱を胸に抱えて歩いていた。
たいした値段ではなかった。中心街を突っ切って、いつの間にか今は研究所が立ち並ぶ昔のキャンパスに入っていた。傾いた日差しが赤く燃えて動くもの一つない景色を染めていた。
5時。
時計を見た。
寛のところへ行こう。
夢と現実がない交ぜになって、得体の知れない不安と歓喜が夕実を闇雲に突き動かした。

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応答のないインターホン。
それを鳴らし続けて初めて、寛はバイトに出てしまったのかもしれないと思い付いた。
メールを入れておくなり――もっと早く来ればよかった……。
ショックと後悔が押し寄せた。
扉をもう一度ノックして、応えがないことを確認してキーホルダーを取り出した。
初めて使う鍵は当然のように鍵穴にピタリと嵌り、軽やかに回転した。
赤い夕陽が差し込んだ誰もいない部屋。後ろ手に扉を閉めると外の物音がきれいに消えた。
「寛?」
自分の声が静寂に吸い込まれて消えた。
念のためにユニットバス、トイレと覗いてみるがもちろん無人。
汗が一筋流れ……澱んだ空気を入れ替えようと北側の部屋の窓を少し開けた。

微かな違和感が残像となって、もう一度振り向いた。
開けっ放しのクローゼット。薄暗く影になった中の小棚。重ね合わさった記憶の滓に揺らぐ曖昧さ。
ああ。これだ。この間はなかったもの。
絶対に持ち主にそぐわない水色の可愛らしい紙袋。
重くはない。柔らかな不定形のもの。カサリと軽い音。
布地? 下着だ! 誰の? あけみ? わたし…のじゃない。
すぐに好奇心を抑えられなくなった。
逆さになった口から手の平に落ちた白い布。
ブラとショーツ…それも小さな紐パン……。
やっぱり! ショックと怒りで目が眩む。
まさか! 使用済み? ショーツを広げ裏返そう…と思ったら下着ではなくて水着だった。
汚れも特になくきれいに洗われているようだ。
見境もなくあらぬ方向に逸れて突き進んでいく自分の思考が少し恥ずかしくなった。
タグを探りサイズを見る。
わたしと同じだ。
水着だからあてにはならないけれど、ブラは少し深いしパンツも大きい。
あけみじゃない。
……。
先生?
間違いない。
こんな……派手な…えげつない水着、普通の人には絶対似合わない。
他人に躰を誇示するようなビキニ…恥ずかしい。よっぽどスタイルに自信のある人じゃないと着れないはずだ。

水着を手に掴んだまま表の部屋に戻ってパソコンの電源を入れた。
パスワードはそのまま通った。フォルダの階層を降りて目的の場所にたどり着く。
画像ヴューアを立ち上げて二年前の夏の写真を片っ端からめくった。
あった。
間違いない。同じ水着。
寛に寄り添って笑顔を浮かべている……見蕩れてしまうほどきれいな松崎先生。
胸の頂上を覆った布地に乳首がくっきりと盛り上がっている。
腋から内側にもぐりこんだ寛の長い指が明らかにもう片方の尖った乳首を挟んでいる。目を半分閉じた先生の表情はあまりにも恍惚として、思わず自分がそうされることを考えて溜息が出てしまう。
写真を捲るにつれ先生の躰が寛に寄り掛かる。パンツに手を入れられて、……多分、膣に深く指を入れられて立っていられなくなった先生。太腿まで水着を下ろされて真っ白な下腹と清潔な翳りを明るい日差しに露にしている先生。
狂おしい気分が押し寄せてきて、画像ビューアを閉じた。

水着のブラを広げてシャツの上から胸に当ててみた。
三角の布地は小さ過ぎて、これじゃぁ胸の頂上だけしか隠せない。
不意に時計が目に入る。まだ6時15分前。
どうしよう。寛が帰ってくるのは……10時過ぎだ。
頭の片隅に芽生えた小さな思いつきが膨れ上がった。
わたしが着たらどう見える? 似合うだろうか? 先生のようにきれいに、魅力的に見えるだろうか? 寛に後ろから胸を揉みしだかれ、性器を弄られる女になれるだろうか?

クローゼットの姿見に映った女は肢体をしならせて、さまざまなポーズをとった。
胸を突き出し、尻を振る。腕を持ち上げ腋を晒し、足を広げて背筋を反らす。
躰を軽くくねらせるだけで胸を覆う布地が左右に広がって、淡く色づいた乳暈がはみ出てしまう。尻の割れ目はどう足掻いても隠れきらないし、浅い下腹はきわどいラインを覆うのが精一杯だ。裏パッドはないのだろうか? 透けて見えそうな薄い生地と、頼りない紐だけで固定された布地。誰が考えるのか知らないが、とても他人に見せられるスタイルではなく、ひとりでに顔が赤く染まりだす。こんな格好をしたら、それを見て寛や…佐々川君は興奮するのだろうか?
考え付くすべてのエッチでいやらしいポーズをとる度に、頭に血が上っていった。

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ドアがばたんと閉まる音。
「えっ?!」
呆然と振り返ることしかできなかった。
部屋の戸口に立った人影。何も言わず、浴びせられる射るような視線。
嘘! 寛だ。
永遠に続くような沈黙。
自分の仕出かしていることに慄いて、血の気が引いた。
「ご、ごめんなさい…こ、これ……せ、先生の?……」
その視線に堪え切れなくなって下を向いた。
大慌てで、後先何も考えず、着ていた水着を脱いだ。
「ごめん。洗って…すぐ返すから……」
丁寧にたたんで元通りに紙袋にしまい込む。
夕陽を浴びた寛の瞬きすらしない目が赤く光った。
怒っている?…に決まってる……。
「ご、ごめんなさい。許して……」
夕実は寛の足元に蹲り、すがりついた。

拙い。何てことをしてしまったんだ。
先生が残していった水着…。それを汚してしまった……。
「わたしじゃ…先生の代わりにならないよね……」
すがりついた彼の足先、赤々と燃える床板に二本の黒い影が交差して寛の傍らでぴったりと止まった。
――ああ。
そこにあるものがもうわかっているかのように、夕実は影を作るものにゆっくりと目を向けた。
透き通るように白い…スレンダーな足。無駄のない女の素足。きっちりと締まった足首とすっきりと肉付いた脛、細く滑らかな膝からしっとりと柔らかい曲線が伸び上がる。
「スペアキーの隠し場所教えたの?」
鈴が転がるように甘い声が意識の遠い彼方で聞こえた。
……。
その上は見なくたって、聞かなくたってわかっている。
その裸足の足首にしなやかな緊張が走り、ふくらはぎが軽くしなって寛を引き寄せた。すがりつく場所を奪われた夕実は膝に手を突いてゆっくりと顔を上げた。
氷のように冷たく整ったあけみの顔が感情のこもらない目で見下ろしていた。
夕実は自分が全裸であることに初めて気付いて、慌てて膝を閉じ胸を両手で抱きかかえた。そして、目が見えなくなるほどの屈辱に顔が引き攣って躰ががくがくと震え始めた。

挿絵62

『空の青 8月(6)』

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帰るや否や部屋に篭ってこけしを箱から取り出した。
裏、底を仔細に眺めても銘が書かれているわけではない。無銘の作品だが、その特異なかたちと描かれた顔に忘れたはずの記憶が甦った。
素朴で不細工で化粧っ気のない…悲しい顔。――それは多分、今のわたしの顔。

断末魔の赤い夕陽のなかで繰り広げられた光景が脳裏に鮮明に甦った。
あけみのしなやかな指先が寛の前を這い、まるで赤ん坊が母親の乳首を求めるように、さり気なく、あくまでも自然に取り出したものを口に含んだ。完璧なまでに固く真上を向いたもの、わたしが望んでいたものを。
顎が外れそうなほど小さな口が開き切って、寛の褐色の肉棒を鮮やかに染まった唇が取り囲む。頭全体が前後してしっとりとした湿り気が寛を包み込む。添えられた指が根元を包み、睾丸を擦る。
わたしは唖然と硬直して声も出せなかった。寛の指先が額にかかったあけみの髪を優しく梳かす。
静まり返った部屋に二人の行為が秘めやかで淫蕩な音を立てた。目を瞑ることもできず、顔を背けることもできず、只そこから目を放せなかった。

その瞬間、あけみは寛を口から出して、びゅっと音を立てて先端から迸る精を見せつけた。切り揃えた黒髪に、憎たらしいほど美しい横顔に、目に、鼻に、口に白い液体が飛び散った。奮える寛をしごきながら溢れ続ける精液を受け止めた。美しく盛り上がった黒いブラウスの胸に、どきどきするほど短いスカートの黒い布地に幾筋もの白い飛沫が華を咲かせ、雫が流れ落ちた。痙攣する寛の最後の断末魔をきれいに舐めとると、まだ震えている寛に頬を寄せたあけみがゆっくりと焦らすようにわたしに向き直った。
斜めに差し込んだ夕陽が大きな瞳を真紅に燃え上がらせた。頭から剥き出しの膝まで、寛を浴びた姿を見せつけるように艶然と微笑んだ。下着が見えそうに短いスカートに顎の先から滴った精液が濡れ色を広げていく。赤、黒、そして白。わたしは瞬きもできずにその壮厳な光景に呑み込まれた。

寛は素裸のわたしではなく、服を着たままのあけみに射精した。わたしには指一本触れようとせず。
――酷い。
わたしのプライドはズタズタだ。
絵から抜け出したようなあけみの美貌に呆然とし、そこから目を離せなくなってしまった自分。
高そうな服に…なんの躊躇いもなく……精液を浴びてわたしに見せつけたあけみ。
偶然なんかじゃない。わざとだ。口に受けられたものをわざと外した……。
あけみの勝ち誇ったような余裕の表情がわたしを更に追い込んだ。

わたしだって欲しいのに……あけみとの差は広がりこそすれ一向に縮まらない。
あの影? あの黒い影。わたしを手放せないと言った……。わたしを縦横無尽に触りつくし、こけしで犯し、躰の最奥にたっぷりと精液を注ぎ込まれた……。口も、膣も、肛門もいいように玩ばれて、狂わされた……。
それとも、佐々川君? 彼はわたしを好き……。多分この先ずっと大事にしてくれる。どこの誰だかわからない影よりも、佐々川君のほうが安全だし、怖くない……。ダメといえば待ってくれるし、何よりもきれいだと言ってくれて……まだるっこしいほど丁寧に恥ずかしい部分にキスしてくれた。

頬擦りしたこけしに軽く唇を触れた。素朴な木の柔らかさが微かに匂った。
絶望が思い描いた欲望にわたしは忠実に応えた。
こけしは夢の中のものよりもひとまわり小さかった。

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あれ? 頭が真っ白になっていて気がつかなかった
メール。
それも、寛から。
何よ! 今頃!
悔しさが溢れ、涙目になってメールを開いた。

もう着いたかな? 送ってあげられなくてごめん。
ここ何日か、あけみちゃんにはいろいろと手伝ってもらっている。
彼女の親密さと思いやりに癒されているのは事実だから、ずるずるいっちゃってる部分はあるのだけど、彼女も悪気があるわけではないから、あけみちゃんを恨まないでほしい。

もっとも、進む方向あちこち壁だらけで、闇雲に動き回っているのはほとんど諦めるための免罪符に過ぎない気がしている。だから、夕実にまでこんなつまらないことを手伝ってもらうわけにはいかないと思っている。結果が見えている気もするし、松崎さんもとても賢く、頭のいい女性だったからオレのすることなんてお見通しだよね。それは夕実も多分そう思っているでしょ? 夕実には夕実にしかできないことをしてほしい。尊敬してるんだ。夕実のこと。

無駄な足掻きと知りつつも、明日は親父が福島だか郡山に出張で来ているので、頭を下げてちょっと知恵を借りに行ってきます。電話で、親父だったら相手が誰だってすぐ聞きだせるだろ? って頼んだら、「職権でそんなことできるか、馬鹿」の一言で終わりだったから望み薄だけど。

さっきの水着はご推察どおり松崎さんが置いていったもの。
彼女はオレからプレゼントを貰うことを頑なに拒絶していた(バイトする暇あるなら勉強しろって)から、オレが選んだっていうだけだけど、オレと一緒のとき以外は着ないって言っていたから置いていったんだろうと思う。
オレが持っていてもしょうがないし、サイズぴったりだから、返さなくていいよ。
嫌じゃなかったら、(まぁ、嫌だろうけど)日曜日、海に着ておいで。
凄く似合っていたからもう一度見たい。というか、あれが似合うのは今となっては夕実ぐらいしか思いつかない。
あけみちゃんが袖を引くのがもう少し遅れていたら、オレは夕実に襲い掛かって押し倒していた。言い訳するわけじゃないけど、だからあの時あんな状態になっていたんだ。
他の連中に何かいろいろ言われるかもしれないけど…煩く訊かれたら、オレに買ってもらって、着て来いって言われたって言えばいいと思う。

もうすぐ夏が終わりそうだけど、少し落ち着いたら、今度こそ二人で選んだ白い水着で虚空蔵淵へ行こう。そのときを楽しみにしてる。

■KAN

三回、四回と読み返した。
洗濯して返しますと持って来た紙袋を取り出して、水着を広げた。
さっきまでの不信感が嘘のように消え、水着を着て彼の前に立つ自分を思い描く。
そのあまりの振幅の大きさに自分で自分に戸惑った。

『空の青 5−6』(続く)

作成日:2007/02/27 最終更新日:2007/02/27

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