空の青 8月(8)

小窓から差し込んだ夏の直射光が直接目に入ったが、眼底に結ぶ鏡像はぼやけて、ただ眩しいだけだった。特異な状況であることには間違いなかったが、凍りついたように全ての感情が麻痺していた。
促されて躰の中で唯一緊張していた部分の力を緩めると、奔流が音を立てて陶器の斜面を打った。
陰唇を擦る音が密室の静寂に明瞭に響いて、恥ずかしさに思わず手を握り締めた。佐々川の手がアーチを描く奔流に伸びて一瞬、便器に当たる音が変わった。同じことが二度繰り返された。

股間に彼の視線を痛いほど感じながらも、途中で止めることもできず、猛烈な羞恥だけが募った。
まだ止まらない……。
その流れに彼が指を触れた。アーチが崩れ臭いが立ち上った。
「だめ……。そんなこと…しないで」
飛沫を受け止める彼の手首を強く掴んだ。

会陰から落下する最後の雫をティッシュで丁寧に拭き取られ、水流が咽る臭いを押し流すとようやく人心地がついた。傍らに置かれた二本の検査薬をちらりと眺めた佐々川が押し殺すように微笑んだ。
「おめでとう。……というべきかな」
目の前に並べられたスティックの窓は袋入りの新品のように無味乾燥な白のままだった。
「一応、念のため3日後にもう一度やってみよう」
少し形が違う二種類のスティックを手に持ったまま、安堵の塊が喉から突き上げてくるのを感じた。

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久野夕実は日向になった板の間に腕を投げ出し、真昼の明るさの下で、大きく足を開かれていた。あまりにも無防備で挑発的な姿勢。佐々川の視線がその放り出したような躰に、乳房に、股間に突き刺さるのをはっきりと感じていた。
「だめ。見ないで」
高くもなく低くもない。哀願でも要求でもない、言葉のための言葉。
胸を隠すことも、足を閉じることもせず、求められたままに躰を開き、只その恥ずかしさを紛らわすだけの無為で無気力な手続き。
開ききった夕実の内股の腱を指先がなぞった。
「だって、だって…わたしの…可愛くないし…恥ずかしいよ」
まだ未成熟な薄い肉を指先が左右に引くと、閉じ篭ろうとわなないていた大陰唇が内側の襞を道連れにぱっくりと広がった。
「わたしの大きくて、はみ出てるし……」
柔らかな色合いの内側を照らす眩い光が溢れ続ける泉に反射してちろちろと踊り続けていた。佐々川はそのあまりにも魅惑的なかたちに顔を寄せ、立ち上る夕実の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。

弱みにつけ込んでいるつもりはなかったから、焦る必要もなかった。拒絶されたら無理強いするつもりもなかったが、あっさりと受け入れた彼女の顔には苦渋の色はなかった。ただ、神秘的なまでの憂いと自分自身に対する諦めのような――そう、巫女のような表情で――、一瞬小さく笑って夕実は服を脱ぎ、目の前にその美しい躰を投げ出した。

ほんの数本の、金色に煌いた陰毛が尖った鼻先をくすぐった。舌を伸ばして既に完全に包皮から突出したクリトリスを軽くつつく。温かなぬめりと微かな塩味、酸味を帯びた甘く濃厚な匂いが伝わって、広げきった足の先で真上を向いた乳房が震え、夕実の喉がか細く切ない声を上げた。
「…きもちいい」
小陰唇の堰堤から溢れた蜜が会陰を濡らし、肛門を濡れ色に染めた。
更なる刺激を求めてピンク色に濡れたクリトリスが襞の内側で艶めかしい動きを繰り返した。
「やめないで……やめて…。ああ。やめないで…ね、もっと……でも…」
固い突起を尿道口から抉り上げるように擦ると夕実は悲鳴を上げて細い顎を仰け反らせた。
「わたしどうしたらいいの……こんなことしてたら…困っちゃう…。寛にも佐々川君にも会えなくなっちゃうよ」
生硬い真っ白な腹に穿たれた小さな臍が震え、声を消そうとか細い指先が唇に呑み込まれた。
「だから…だから……。お願い…もう……許して…」
夕実の真っ白な脇腹に小刻みに痙攣が走り、細い顎を突き上がって、押し殺せなくなった喘ぎが白昼の静寂をたっぷりと埋め尽くした。

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挿絵81

『空の青 8月(8)』

寛は海へ行った翌々日、たぶんあけみと濃厚な一夜を過ごしてから、一週間の予定で東京の実家に帰省した。その帰省に示し合わせたように果歩がくっついて帰ったことは、かなり後になって啓子に聞いた。啓子によれば、果歩は多くの女たちが彼の不在を嘆いていた一年の間にひょんなことから彼に出会っていたらしい。彼が通っていた予備校と果歩の大学は目と鼻の先で、歩道を歩く人間をカウントするアルバイト中に、たまたまその目の前を駅に向かう寛が通りかかったそうだ。もちろん果歩はその場でバイトを友人に打っ棄って、自らが住むワンルームマンションに彼を引き摺り込んだという。あの海での出来事を思い返せば二人がその後どうなったかは想像に難くないが、果歩は当然寛が東京の大学を受験して、東京の大学に通うものだと考えていたらしい。彼が再びこの街にやって来ることを聞いたときの果歩のショックは同じ女としてとてもよく理解できる、と啓子は皮肉な笑みを浮かべながら語った。

翌週、陰気な曇天の下を冷たい東風が吹き抜けて夏期講習後半のアルバイトが始った。
当初より担当クラスの生徒が増えて大きな教室に変更を余儀なくされた結果、バイトの曜日が一部変わってしまった。結果的に大学図書館に通える曜日が火金から月木になってしまったのだ。二度目の恥ずかしい検査の結果が陰性と出た翌日、まるでそれを合図にしたように、胸が微かに痛んだ。生理の前兆だった。懐かしいだるさが少しずつ躰の芯から広がると同時に、影の男に対する心象が再びゆるりと入れ替わったことに気付いた。

もしあの夜が現実ならば、影は排卵日を迎えていたわたしのなかに射精しなかったことになる。見ず知らずの行きずりの女にそんな配慮をするだろうか? 夢の中で交わした約束を考えれば、影は夢の中の関係を続けようとしているのではないか?
《おまえはもう逃げられないよ……》
冷たく笑った影の声が再生されて、囚われてしまった情念は堂々巡りを繰り返した。
自らの裏切りは当然の如く自らを苛んだが、もしあの夜が夢ならば、まだ決定的な事態に陥ってはいないはずだった。佐々川君にも触られて、キスされたけど、彼のものを手でしごき、顔に精液を受けたけどそれ以上のことはしていない。スクエアビルで影に許したのと同じ。裸にされて躰を、胸を、性器を、尻を撫で揉まれることを許し、快感に震え、興奮に悶えた破廉恥で言い訳のできない行為であることは間違いなかったが、現実はそこまで。
それなのに、忘れようとした夢の記憶は今でも一挙一動まで正確にトレースできる。
こけしと屈辱的な言葉でもてあそばれ、媚薬? を注入されて、口も性器も肛門も、全てを許し与え、女の悦楽に酔い狂った誰にもいえない記憶と禁断の感触は思い返すだけで気が遠くなった。

ああ――。
またやってしまった。ほとんど毎日じゃないか。
《いいケツしてるじゃないか……乳もプリプリででかいし…後ろから犯してもいいか?》
浴びせかけられた言葉が頭のなかで繰り返し反芻された。
《いい尻だ…尻の穴までほんとにきれいだな……》
《美しい尻だ、最高の尻だ…むっちりとしたいい躰だな……》
消しても消しても浮き上がってくる。
《尻を振って踊れ、股を開け、陰唇を広げろ、クリの皮を剥け、目を開けてしごけ》
影の命令が突き刺さり、それに忠実に応える屈辱と恥辱がいくらでも快感を倍加させていく。
絶頂の余韻に浸りながら投げ出されたコントローラーのスイッチを切った。
声を殺すために顔を押し付けていた枕が唾液で冷たく濡れ、膣を抉ったあと噛み付いて咥えていたこけしも自らの分泌液でどろどろに濡れていた。
まだまだ、いくらでも続けられそうだが、これ以上すると立つこともできなくなる。二つの淫具を名残惜しみながら引き出すと溢れた液が内腿に広がった。乳首と陰核に軽い振動を与えてやるだけでも十分に目的はかなえられるが、尻を高く掲げさせられて、影に後ろから滅茶苦茶に犯されているような屈辱感と、泣き喚きたくなるような悦楽には抵抗できなかった。洗わなくちゃ……シャワーも浴びなきゃと思いつつもくったりと余韻に浸ったまま躰を動かすのがひたすら億劫だった。

いったい何を考えているの? と諌めるもう一人の自分を振り切るのに時間は掛からなかった。10日遅れの生理が来た日、駅へ向かういつもの道から外れ、寄り道した。余香庵があった場所は以前何度か来たときと同じように灰色のシャッターで閉ざされていた。ただ季節だけが移ろって、目が眩みそうな光景の代わりにぼんやりと曇った空の影がシャッターを薄墨のように背景にぼかしていた。そのシャッターの中央、地面から70cmぐらいのところに穿たれたポストの穴に一通の封筒を押し込んだ。一瞬、冷たい空気が手に触れて、呑み込まれた封筒がカサリと音を立てて落ちた。

夏休み中、図書館にいく曜日が火金から月木に変わりました。

夕実

あのシャッターが余香庵のものならば影には伝わるはずだし、もし違っても、そのままゴミ箱いきの無意味な文章に過ぎないはずだ。嘘をついたとは思われたくなかった。他に連絡する術を持たなかったから手紙を書いてポストに入れた。ポストに封筒を投函すると、躰の重さに引き摺られていたもやもやが吹っ切れたように軽く舞い上がった。

踵を返したとき、見慣れない色彩が目を惹いた。
一軒隣の倉庫のような建物の壁の前にある、何の変哲もない掲示板。町内会の銘が入った古臭いペンキ塗りの板に貼られた赤いポスター。赤い闇から浮き上がるようなエキセントリックでシャープなデザイン。その中心に、その場にそぐわないような柔和な表情を浮かべたこけしがいた。脇に黒々と『第17回伝統こけし展示会』というゴシック体が踊っていた。会期は――来月中旬の連休だった。主催は伝統こけし民芸協会という社団法人。小さなフォントで書かれた協賛に目を凝らすが余香庵の文字は無い。しかし、展示即売会や職人の製作実演があるらしい。夢の彼方から引き戻されるように日時と場所を記憶の隅に書き込んだ。

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20日過ぎに《バイトもあるから戻ってきましたよん》と寛からメールが入った。何人かに同じ文面で出したらしく、あまりにも素っ気ないメールに溜息が出た。
電話はなんとなくしづらいし、あけみと出くわすのは辛かったから予めメールを入れて出掛けた。返事が無いのはたいていOKの印。それでも、いなかったらどうしようと不安に慄きながらアパートのインターホンを鳴らすと、いつになく素早くドアが開いた。
しなやかな腕が開いたドアを押さえて、妹の鮎ちゃんが大きな黒目を輝かせていた。

鮎ちゃんは至極上機嫌で迎えてくれたが、寛は苦虫を噛み潰したような顔で頬杖を突いていた。涼しいところで優秀な兄貴に勉強をみてもらいに来たと、彼女は恐らく心にもないことを満面の笑みで語り、そうだ、夕実さんの方がもっと優秀だったと喜んだ。寛は相手にするなと言ったが、その機会を逃すほど愚かではなかった。
まるで一家の主婦のように振舞う3年ぶりの彼女は目を見張るほど女になりかけていた。健康的に焼けた肌と長い髪、大きな目は相変わらずだったが、男物のタンクトップから覗く乳房や太腿は量感を増して白く仄かにしっとりと息づいていて、大人びた物憂げな雰囲気まで漂わせて正直焦りを感じた。寛に対する視線やしぐさもドキッとするほど女っぽくて思わず目を逸らしてしまうくらいだった。それでも、十分賢い彼女の勉強を見てやって、甘いものを食べながら16歳の少女が読むに相応しいとは思わない小説の感想を語り合うことは、いつの間にか愉しくて豊かな時間になっていた。

結局、高校の夏休みが終るまで、鮎ちゃんは寛の元にいた。おかげであけみが頻繁にやって来て入り浸ることもなく、鮎ちゃんに請われて即席家庭教師を務めたことで、ほとんど毎日のように寛に会うことができた。おまけに鮎ちゃんは必ずといっていいほど毎回気を利かせてくれた。ちょっと買い物、あるいは昔の友達に会いに行くと称して二、三時間ほど貴重な時間を与えてくれたのだ。

夏休みの最後の日、寛と共に鮎ちゃんを駅まで見送った。貸した本も含めて荷物は宅急便で送ってしまったから極めて身軽、ショルダーバッグ一つの鮎ちゃんはちょっと眩しかった。具体的な計画は皆無だったが、取敢えず冬休みの再会を約した。改札の雑踏の前で新幹線の電光掲示板が刻々と内容を変えていた。
「じゃあね、また。気をつけてね」
彼女はぺこりと頭を下げた。
振り向きざま、長い黒髪がうねって背筋がすっと伸び上がった。スローモーションのように彼女の淡いピンク色の唇が憮然と突っ立っている寛の口に正確に合わさって、一度だけ艶めかしくその口を吸った。次の瞬間、流れるように彼女は改札を潜り抜けていた。
寛は酷くうろたえた。
わたしの目には、彼女が口を吸ったときの頬の柔らかな動きがくっきりと焼きついた。
鮎ちゃんはただの一度も振り返らずに悠然と去っていった。

挿絵82

『空の青 8月(8)』

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月末になっても松崎智美の行方は一向に知れず、行き当たりばったりに始めた調査は完全に壁にぶつかっていた。唯一の突破口に思えた佐竹恒夫とも連絡がついて、寛は早速出掛けていったようだが結果は芳しくなかったようだ。寛は多くを話さなかったが、何も収穫がなかったことは手に取るようにわかった。
初秋を思わせる曇がちの日が増え、朝夕の気温もめっきり下がって、覇気の揚がらない諦めムードが漂っていた。その気になれば人ひとり痕跡もなく消えてしまう、夢とも現ともつかない漠然とした不安が横たわっていた。

丸林から帰った夜、散々悩んで一通のメールを書いた。宛先は武井さん。寛に頼まれた教職関連の実情を尋ねるには、わたしの知っている範囲では4年の彼が最適だった。夏休み前に教員試験の一次試験が終わり、今は秋の教育実習と二次試験に向けてほっと一息ついているところだろう。頭の良い人だから今更バタバタ慌てたりはしていないはずだ。帰省先にも届くように携帯とパソコン両方にメールした。

3日後に返信が来た。やっぱり北海道に帰省していたらしい。
わかることとわからないことがあると書かれていたが、不明な部分は知り合いの現役教師に問い合わせてくれるらしい。《20日過ぎに戻るから、それまでには調べておくから帰ったらデートでもしよう》と、あのおちゃらけた調子でメールは結ばれていた。
どこまで本気で、どこからが冗談なのかよくわからなかったが、相変わらずの軽いノリを思い出して懐かしさが込み上げた。
寛と再会した5月、武井は最初の約束通り別れていった。二人の男に挟まれて、にっちもさっちもいかなくなることを半分予期していただけに、散々悩んで切り出した話をあっさり受け入れられて、拍子抜けしたと同時になんだか惜しい気がしたのは事実だ。一方で、けじめをつけるためにサークルを退会したことに関しては、何度も引き止められ、残念がってくれてこっちが恐縮したくらいだった。話を切り出せずに煩悶していた多胡さんへも引導を渡すような形を作ってくれて、その如才のなさには言葉もなく心から感謝した。もちろん狭くて小さい大学だから、構内のどこかで出くわせば、お茶を飲んだり、ランチを一緒に摂ったりといった付き合いは続いていたが、以前のように所かまわず触られたり脱がされたり、あるいは彼のマンションに入り浸ったりということは完全に途絶えていた。

約束通り、20日に彼は戻って来た。
彼から訊き出した内容はすぐに寛に伝えた。

公立学校の教員は各都道府県や政令指定都市での採用になるから、他県へ移動した場合は当然その県で採用試験を受けなおすのが原則らしい。ただし、教員免許と教員としての実績がある程度あれば、多くの県では何らかの優遇措置、一次試験の免除や年齢制限の緩和などの措置がとられているらしい。もちろん、試験に受かっても、採用されるかどうかは多くの場合別問題だが、実績やコネの有無によって、あるいは離島など慢性的な教員不足に泣いているところなどは簡単に採用されることもあるらしい。
松崎先生は、寛と付き合っていたというただ一点を除いて、少なくとも教員としての資質には問題はないだろうし、県下一の進学校で将来を期待された教師だし、たぶん100人が100人認める文句なしの美人だ。面接官の脂下がる顔が見えるようだ。

寛は自嘲気味に笑っていた。
「佐竹の娘ってさ、文部科学省のエリート・キャリア、それも高校教育課長とかそんな感じらしい。おまけに妹、香津子さんっていうんだけど、その人の旦那が県の教育長だぜ。一回泊まったことがあってさ……、その香津子さんに朝飯作ってもらって食ったの。まさかそんな関係とは知らなかったから、昼まで寝ていて飯のお代わり三回もしたけど。だから、コネといえば凄いコネじゃん。天下無敵だよな。今回の件、やっぱりあいつが絶対噛んでるな」
「佐竹先生がどこか斡旋したってこと?」
「ああ。間違いないだろ。採用試験受け直したら一年タイム・ラグできちゃうし。会ってみればわかるけど、佐竹さんってオレなんかと人間の格が違うからさ……。適当に誤魔化して口を割らせるなんて、到底できないよ」
「じゃぁ、その線は望み薄ってこと?」
「ああ。向こうから教えてくれない限り」

憔悴した寛を最大限の優しさと慈しみで抱きとめる。わたしの乳房に顔を埋めている彼を見て、わたしは深い満足と充足に浸っていた。
こうして、わたしたちのつたない調査は完全に行き詰った。

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鮎ちゃんのおかげで夏休みの後半、あけみはアパートに寄り付かなかったが、寛がちょくちょく出掛けてあけみと会っていたのは知っている。ちょっと後ろめたいように逸らされた目、わたしとの距離のとり方。外出から戻ってきた彼の様子にわたしはキリキリと苛まれた。

いくら誤魔化したところで数日が限度だろう。生理が終わったことを最初に佐々川君に伝えるべきだと良心は主張したが、わたしはぐずぐずとモラトリアム状態に陥っていた。彼は一切急かすような言動はもちろん、その話題に触れさえもしなかったから、わたしの良心はますます苛まれたが、彼に会えばわたしは着実に一歩を踏み出すことになる。今更、やっぱりごめんで済むことではないはずだ。

そうこうしているうちに、まるで誂えたようなタイミングで待ち焦がれていたメールが来た。残暑がぶり返した隙を突いて、虚空蔵淵の砂州へ泳ぎにいこうという寛からの誘いだった。

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上に向けたり左右に振ったり、思い通りに銀色のアーチが照りつける陽光に煌いた。平気で2mを越えて跳んでいく勢いに目を見張り、出口に顔を近づけて自分にない形と機能をしげしげと眺め、裏側に膨らんだ道筋を通る液体の振動を指先で感じ取る。3年ぶりの感触に、わたしはまるで新しい玩具を得た子供のようにはしゃいだ。
勢いが弱まると、指で掴んだままそっと雫を振り切るように上下に小刻みに揺らせた。今は10cmほどで太さも長さもまるであの時とは別のもののように可愛らしい。

でも許されているのはそこまで。飲むことはもちろん、触れることも許されていない。高校時代の放課後の実験室以来、彼との約束は変わらなかった。不満に思って何度もそのわけを訊いた。
「夕実には違うものを飲んでもらったり、掛けたりしてるから……」
「それとこれとは違うじゃない」
いつものように同じ会話が繰り返された。

腕を引かれ、もう何度もしてきたことなのに顔が赤らんでしまう。
次はわたしの番だ。
穏やかな波が打ち寄せる砂州。青と白の境目の波打ち際。
仰向けになった彼の顔の上にしゃがみ込んで、わたしは無様に足を広げた。彼の目線がぱっくりと口を開いているはずの恥ずかしい部分を見上げ、僅かに頭を上げて敏感な陰核に唇が触れた。
「恥ずかしいよ」
「きれいだ」
「ほんとに? ほんとに? 可愛くないでしょ? わたしの」
指が敏感な皮膚に触れて、左右に押し広げた。
「可愛いよ。かたちも、色も、匂いも…」
「見てるの? わたしの…」
「ああ。おしっこの穴もよく見える」
「そんなに広げないで……。もう出ちゃうよ…たくさん出ちゃうよ? ほんとに…いいの?」
今までにも何度も同じ台詞が繰り返されてきた。
羞恥に唇を噛み締めて、我慢の戒めを解いた。
ちょろちょろと尿が漏れる感覚が陰唇から伝って、すぐに耐え切れなくなった奔流が噴出した。厚ぼったい小陰唇を通過する擦過音が打ち寄せる静かな波の音を打ち消して周囲に立ち上った。奔流の位置に合わせて彼の顔が僅かに動く。開いた口に音を立てて注ぎ込まれた尿がすぐに溢れて周囲を濡らす。
「飲んじゃダメ…だよ…」
そう言いながら、わたしは迸る尿を高く尖った鼻、閉じた切れ長の目に浴びせかけ、立ち上る自分の尿の臭いに咽かえった。

最後の雫が落ちる前に、小陰唇の間に潜り込んだ彼の舌が丁寧に尿を拭い始めた。尿道口から左右の陰唇の内外、会陰から肛門までの濡れそぼったものをきれいに舐め取られて、わたしは羞恥とは別の純粋な喜びに震え始める。汚いことをものともせずに、大事にされているという感謝と愛されているという実感。温かで透明なものがわたしの心を満たしていく圧倒的な充実感に気が遠くなりかけて、慌てて意識を引き戻した。
打ち寄せる透明な海水を手ですくって、わたしが汚した彼の顔、髪を洗い清める。何度も何度もすすぎ流し、尿の臭いがなくなるまで繰り返す。
それから……。
――いつも繰り返される行為。
そのまま鼻の頂に陰核を擦りつけ、別の液体で潤み始めた陰唇を僅かに開いた唇にぴったりと押し付けることもあったし、反対向きに座りなおして尻を彼の鼻に押し付けて、目の前に直立した彼のものを頬張ることもあったが、今は躰をずらし、彼の腰に跨って口と口を合わせた。舌と舌を絡め合い、お互いの歯の内側を弄る濃厚で深いキス。
「飲んだの?」
「ちょっとだけ……苦いから、そんなには飲めない」
もう一度無茶苦茶に唇を押し付けた。
「飲んじゃダメ…口に入れるだけにして……。でも…、恥ずかしいけど嬉しかった」
小さく笑った彼が愛しくて堪らなくて、頬、耳、目、鼻へキスの雨を降らせ続ける。

「ねぇ。他の女のおしっこも飲んだりするの?」
「飲まないよ」
「うそ……。先生に聞いたもん」
彼が困ったように笑って、明るい茶色に染まった瞳孔がすっと縮まった。
「もう…飲まないと思うよ」
「…わたしだけ?」
「ああ。夕実だけ」
彼のお腹とわたしの股間に挟まれたものが熱く脈打って形を整えていく。
その上に自らの陰唇をぴったりと合わせて腰を前後に揺すると、止めどもなく溢れる液が潤滑油になって躰が滑った。
「わたしじゃ先生の代わりにならない? ね、何でもするから……。先生にしたことは何でもして。何でもしたいようにして」
長い睫毛の奥で赤茶色に輝いた瞳孔が真っ直ぐに見上げ、彼の手がわたしの頬に優しく触れた。
「十分してると思うけど……」
わたしは明確に首を振った。
「してないよ…。遠慮してる……た、例えば…写真……撮ってくれないし……」
「写真って…エッチなやつ撮ってもいいの?」
わたしはもちろん頷く。
「裸の写真とか撮っちゃうよ?」
「いいよ…」
「おっぱい触ってるところとか…」
「うん。撮って欲しい」
「おしっこしてるところとか……入れてるところとか」
「いいよ……」

「あとね…恥ずかしくて言えない……けど…。もっと…その、滅茶苦茶にされたい。…縛るとか…して……。優しい言葉だけじゃなくて…いろいろ言って」
「いろいろって?」
「き…汚い言葉とかで…辱めて」
さすがに顔を向けていられなくなって、彼の首筋にしがみついた。
彼の手がゆっくりとさするように裸の背を撫でた。
「わかった。ずっと前から…そうしたいって思ってたんだ」
受け入れられた喜びが全身を貫いて躰がわなないた。

「また欲しくなっちゃった……」
わたしは腰を浮かし、固くそそり立つものを手で掴み、自らの部分にあてがって擦り付ける。既に蕩けそうに潤んだもので包み込むようにゆっくりと腰を落とすと、わたしの中を掻き分けて突き進む熱い塊に背が仰け反って声が出た。
「凄い…寛が…寛が入ってくる……」
視界が暗転して全ての感覚が膣に集中した。
根元まで完璧に呑み込んで、ありったけの力でその固い杭を締め付ける。子宮口に当たった陰茎の感触にわたしは狂い始める。腰に廻された彼の腕が二人の接合を堅く結びわたしたちは完全に一つに溶け合った。
「凄い。夕実のなか……動いてる」
わたしの意志とは無関係に躰の中心が震え慄き、彼の全てを捉え包み込み、熱い律動が互いの肉の境界を溶かしだした。腰を万力のような力で締め付けられて、なおかつ真下から突き上げられる。
「もう…出しちゃいそうだ」
「ん、ん……頂戴、嬉しい。たくさん、たくさん。わたしのなかに」
躰ががくがくと震え、薄れゆく意識の中でわたしはその声に答えた。
狂ったように叫び声を上げながら、真っ白に輝く光のなかをわたしは天に舞い上がった。

秋色に染まり始めた青空の下、終わってしまった夏の虚空蔵淵で、わたしたちは貪るように何度も何度も求め合った。着せてもらった水着を全て剥ぎ取られ、何一つ隠すもののない躰を彼に捧げた。わたしの凹部と彼の凸部が完璧に合わさって、一つのかたちになった。口に、膣に繰り返し熱い精液を注ぎ込まれ、身動き一つできなくなるまで刺し貫かれ、締め付け合った。このまま、交わったまま、絡み合ったまま、溢れる光に焼き尽くされてしまえと望んだ。
わたしたちが初めてこの場所に来てから3年が経っていた。

『空の青 5−8』(続く)

作成日:2007/04/08 最終更新日:2007/04/08

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