空の青 9月(1)

朝10時。約束通りの時間にインターホンが鳴った。
ドアを開けると、ひんやりと翳った日陰の青っぽい空気の中に、久野夕実が立っていた。
迷いをたっぷりと湛えさまよう黒目、緊張しきって震えているきっちり前に揃えた華奢な腕。
可哀相になるくらい真面目な眼差しが、ぎこちない微笑みに彩られていた。

「えっと、おはよう…。こんにちはかな?」
控えめで遠慮がちの挨拶に最高の笑顔と快活さでもって迎えた。
夕実は少し屈んで、片足ずつ持ち上げて黒いサンダルを脱いだ。いつになくヒールの高いサンダルの向きを揃えて丁寧にたたきに並べると、おずおずと板の間に上がった。目の細かい黒と白の混紡生地のざっくりとした半袖ワンピース。膝丈の柔らかそうな裾。開き気味の襟が引き立てる滑らかで匂い立つような首筋と肩のライン。きっちりと裾から胸元の一番上まで留められた小さなボタンが窓から差し込む斜光に柔らかく煌いた。
夕実は飴色のバッグを両手でお腹の辺りに抱えたまま、向かい合って直立していた。
「どうしたの? 適当に座って。今、お茶入れよう。それとも冷たいほうがいい?」
足元を見ていた顔がようやく持ち上がった。
「あの……。その……、いろいろありがとう。……せ、生理も終わったし、もっと早くお礼言わなきゃいけなかったんだけど」
泣き笑いのように笑顔が歪んだ。
「ああ、うん。良かった。面倒なことにならなくて。まだ、たくさん残ってるからさ、いつでもどうぞ」
深刻な雰囲気を和らげようとなるべく軽い感じで応えたが、夕実は相変わらず硬直していた。早めに話題を変えたほうがよさそうだった。

「あ、これ忘れないうちに返しておくよ」
テーブルに置いた小さな紙袋を夕実に差し出した。
「バッグには入らない……ね」
袋を覗き込んだ夕実の顔が赤く染まった。
「一応借りてたのはそれで全部。ちゃんと洗ったけど…気になるようだったらもう一度洗って」
「えっ? あっ、そんな……洗わなくて良かったのに」
益々顔に赤みが差して、首筋までがほんのりピンク色に染まった。
「けっこう貯めちゃったから……でも、一つずつ返しにいくのも変だし…足りなくならなかった?」
「あ、え、うん。あんまり数は無いけど…ブラは家にいるときはしないし……」
困ったような笑顔が顔に貼り付いていた。
「へぇ。そういうもんなんだ」
「うん。けっこう締め付けられて苦しいし、夏は暑苦しいの。あ、でも、お客さんが来たりしてるときはちゃんと着ける」
「ああ。そりゃそうしてもらえたほうが安心だ」
短くカットした黒髪が傾げた首筋で踊った。
「でも、高校の頃は制服だからなかったけど、最近ときどき……うっかりするの忘れて出掛けちゃって、講義中に気付いたりして慌てる」
「なんだ、そういう時は是非隣でご一緒したいな……」
「やだ。恥ずかしいから教えない」
ようやくいつもの笑顔が戻って、張り詰めていた緊張が少しずつ緩み始めた。
「あの…全部返してもらっちゃって…いいの?」
予期しない質問に一瞬虚を突かれた。
なんという失態。考え付かなかった愚かさを悔やんだが悟られては困る。
夕実の目を真っ直ぐに見詰めると彼女が先に目を逸らした。
たっぷりと30秒ほど俯いていた夕実から掠れるような声が漏れた。
「今着けているのを置いていけばいい?」
もちろん、その提案に飛びついた。

静まり返った部屋に、背を向けた夕実がワンピースのボタンを外していく微かな衣擦れの音が聞こえ、広がった黒い布地が肩から落ちて腰の上にまとまって止まった。滑らかな背に食い込んだ白いブラジャーのラインが痛々しいほど鮮烈に輝いて、後ろに回った両手が器用にホックを外すとストラップがふわりと跳ねるように舞い上がった。胸を抱えるように腕から白い羽を抜き取ると、日焼けの跡が残った背が元通りにワンピースで覆われた。
振り向いた夕実が目を合わせないまま差し出した手にブラジャーを乗せた。
夕実の体温がしっとりと残る布地から甘く柔らかな、バニラのような匂いが立ち上った。
再び背を向けた夕実はおずおずと裾を手繰り上げ、膝裏から垂直に伸びる白い太腿が輝くばかりに露わになった。内側に差し入れられた両手が器用に動いて一気に白い布地を引き下げた。
8の字になった下着が交互に足首を潜り抜け、振り向いた夕実が目元を染めて握り締めたものを差し出した。
「…はい」
夕実の顔を見詰めたまま、微かに湿った甘酸っぱい匂いと柔らかな甘さを交互に肺の奥底に吸い込んだ。
「そんなに……臭いを嗅がないで……。恥ずかしいよ」
そっと手を伸ばしてその柔らかな頬に触れると、怖いものでも見たようにびくっと夕実が躰を震わせた。
再び、緊張でこちこちに固まっている夕実が哀れになった。
「少し……散歩でもしようか」
助け舟にすがりつくように夕実が頷いた。

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ぶり返した残暑の道を並んで歩いた。さんざん躊躇ったうえ、ようやく夕実の指が伸びてきて左手の指先で僅かな面積が接触し体温が伝わった。
9月の平日。住宅街は夏休みの喧騒をすっかり忘れて静まり返っていた。
ゆっくりとした歩調で取敢えず駅の方向に向かった。
途中で小さな公園に寄って、駅前まで行けばカフェでお茶が飲める、それから…それから……早めの昼飯にしてもよいだろう、時間はぴったりだ。
そんな予定を頭の中で組み上げながら、手先に絡まった夕実の体温と感触を最大限に享受した。
「少し…焼けたね。また海にいったの?」
剥き出しの襟足の魅惑的なかたちから目が離れない。
「うん」
はにかんだ夕実が俯いた。
「そう……」
「誰といったか訊かないの?」
「うん、そうだねぇ…」
訊きもしないのに夕実は語り始めた。
「3日前に生理が終わって…おととい、海に誘われた。昨日は一日家にいて……もっと早く来なくちゃいけなかったんだけど…ごめんなさい…」
「別に…謝らなくてもいいよ」
道から外れて、夕実の手を引いて小さな児童公園に入った。

初秋の、まだそれなりの凶暴さをもった光がさんさんと降り注ぐ児童公園は人っ子一人いない無人だった。そりゃそうだ。平日のこの時間にここに来れるのは大学生と隠居老人ぐらいだろう。
ブランコに座って、空の青さを見上げた夕実に見蕩れた。
たったの二日前、別の男に全てを晒し、抱かれ、喘ぎ、叫んだはずの女。
顎のラインの細さ、滑らかな曲線を描く喉、ノーブラでも崩れないで張り切った胸、すらりと伸びた下肢と細く締まった足首。
脳裏に浮かび上がる組み敷かれた夕実の姿態が溢れんばかりの嫉妬を呼んで、どれをとっても文句のつけようがない完璧なかたちが本能を奮わせた。
背後に立って鉄の鎖を握り締めた手を覆うように手を重ねると、滑らかな肌からしっとりと湿った気持ちの良い冷やっこさが伝わった。
右手を外して剥き出しの首筋に触れた。そのまま指先を下に滑らせて浮き上がった鎖骨のかたちをなぞる。
「ねぇ。ブラジャーしてないの、わかっちゃわない?」
上目遣いの不安そうな目が訊いた。
それに応えるために、更に指を伸ばして、僅かに谷間を覗かせている胸元を留めるボタンを三つ外した。
困惑の目が一瞬向けられたが、すぐに長い睫毛に半分埋もれた。
肩越しに広がった布地の谷間に指先を伸ばして差し入れた。
ひんやりと湿った豊かな量感がすぐそこにあった。弾けそうなぷりぷりの固さを愉しみながら頂上を目指す。柔らかく膨らんだ部分の先端を強く摘みあげると整った眉が顰められた。

前に回ってぴっちりと揃えた膝の上で合わさった裾のボタンをやはり三つ外した。
夕実はブランコの鉄の鎖を握ったまま声一つ上げなかった。
すぐに匂い立つような白い腿が明るい日差しに晒された。膝と膝が固く閉じて、滑らかな腿に筋肉が直線的なかたちを作り上げていた。
はだけた胸元から陰になった丸い乳房が半分だけ覗いていた。

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胸元が開いているのが不安なのだろう。今度は腕と腕が絡められて、躰が寄り添ってきた。
日陰を選んでゆっくりとした歩調で歩いた。
すぐに住宅街を抜け、商店や小さな事務所が立ち並ぶ駅前に出た。最近できたばかりのカフェに誘うと、歩道際の屋外テーブルは直射日光を浴びていた。
大きなガラス・スクリーン越しに見える開店したばかりの店内はがらんとして人影が無い。
ガラスに向いた椅子の高いカウンター席に夕実を座らせて、飲み物を買った。
アイスティーを二つ。セルフのトレイを運んで、夕実の隣に腰掛けてタバコを取り出したら、滑らかに磨かれた明るいオーク色のカウンターに禁煙マークが貼られていて苦笑した。
「…医者の不養生」
少し猫背になって胸を抱くように隠している夕実がストローを口に入れた。
「まだまだ医者じゃないって。あと最低でも5年はかかる」
白いストローを斜めに咥えた色のついていない唇の柔らかな艶めかしさに見蕩れた。
思わず肩を抱き寄せそうになって、店の中であることに気がついた。
「ちょっとタバコ吸ってくる……」
反応の鈍い自動ドアから外に出た。

挿絵91

『空の青 9月(1)』

狭い道の向かい側、ちょうどタバコの自販機の横に灰皿が置かれていた。
その脇に立ってタバコに火を点けた。
常習にならないように普段は持ち歩かないし、毎日吸うわけではないが、今日はなぜかポケットに入っていた。
今日、最初で最後の一服を深く肺に吸い込んで、ガラス越しに向き合うかたちで夕実をじっくりと眺めた。
無造作にカットされた髪。白い顔。大きな目と通った鼻筋。ちょっとだけ肉感的な唇と指一本で支えられそうな細い顎。気にしているのだろう。はだけられた胸元は布地同士が合わさってしっかり陰になっていた。椅子が高いから剥き出しの足のほうがよく目立つ。爪に何も塗っていないのがいかにも夕実らしく、細く締まった足首を真っ黒な艶のサンダルが強調していた。膝から奥へと伸びていくぴっちりと合わさった真っ白な太腿のラインはことさら魅惑的だ。
視線が合うと夕実が恥ずかしそうに微かに笑った。

タバコを咥えたまま、携帯電話を取り出してメールを打つ。
ほんの数行。送信。結果を注視する。
1秒。2秒。……8秒で到達したようだ。
バッグから携帯を取り出した夕実が液晶面を開いた。左手が操作面を何度か動くと、不意に目元が染まったのがガラス越しにもはっきりわかった。
困惑した目が液晶とガラスを往復した。
じっと夕実を見詰める。
夕実は左右を見回した。遠くのボックス席に客が少し増えていたが、ガラスに面したカウンターには夕実だけ。店員は中央のカウンターの向こうで昼時の準備に余念がない。
夕実は諦めたように正面に向けた躰を少し起こした。その胸元を覆う黒い布地を片手が少し引くと、中央にピンク色の突起を頂いた見事な円を描いた乳房が真っ白に輝いた。
再びメールを打つ。
液晶に目をやった夕実が誰にもわからないように小刻みに首を振った。
諦めずに夕実の訴えるような目をしばらく注視していると、結局、夕実のほうが折れた。
片手がカウンターの下にもぐって、裾のボタンをもう一つ外した。左右と背後をもう一度確認して、固く閉じていた膝がゆっくりと広がり始めた。光が陰を侵すように、魅惑的なかたちが晒されていく。きれいに回り込んだ夏の光が夕実の内腿とその奥の陰部をおぼろげに描き出した。夢中になってその形を見極めようと目を凝らした。
タバコを吸っていることをすっかり忘れて、焦げ臭い煙が目に染みた。

不意に夕実に影が差した。トレイを両手で持った男。サラリーマン風?……だが風采は上がらない。中年。席はいくつも空いているのに、わざわざ夕実のすぐ左の椅子を引いた。
慌てて足を閉じる夕実。男は上から夕実の胸元を覗き込むように椅子に座った。
……邪魔しやがって。
夕実は男から顔を背けるように胸元をかき合わせた。
なんだ? 男の一挙一動を注視した。

男はわざとらしい仕草でコーヒーカップのスプーンをかきまぜながら、ときおりちらちらと夕実を眺めていた。話し掛けたり、手を出したりする様子は無さそうだ。
うだつの上がらない小心者のスケベ・オヤジか。思わず失笑がこみ上げた。
後退が止まらない額とオヤジ丸出しの紺色の靴下が悲しいくらいにベストマッチしている。
どう見ても不似合いだが、夕実の美貌が気になるらしく、広げた新聞をカモフラージュにしながら、だんだんと露骨な視線を浴びせかけるのがガラス越しに見えた。
それを見て悪戯心が押さえられなくなった。
再びメールを打つと夕実はきょとんとした表情で顔を向けた。その顔に目を合わせて、足早に店に戻った。
いらっしゃいませ〜とマニュアル通りの合唱が沸き起こるが、すぐにさっきの客かと関心の外に忘却された。
ゆっくりと足音を立てずに夕実の背後に近づいた。
新聞を広げて読む振りをしながら、夕実の躰に顔を近づけて眺めている男が滑稽だ。
夕実と男の真後ろに立った。夕実の華奢な肩に手を置くと、ほっとしたような優しい笑顔が振り向いた。
男が剥き出しになった夕実の首筋に目を向けたところを見計らって、肩に置いた手を襟の内側に差し入れた。
ほんの数秒。
布地を寄せて、唖然とした男の目の前で見せびらかすように夕実の張り切った乳房を強く握った。
「お待たせ」
手を引いて立たせた夕実の腰を腕で抱くと、裾が割れて緩やかに盛り上がった白い下腹が覗いた。末端を彩る痛々しいぐらい僅かな陰毛。素早くトレイのペーパーナプキンを一枚取り上げて、その奥で溢れているはずのものをたっぷりと拭いとった。二つに折ったナプキンを男のトレイのすぐ脇に進呈してやると、男は目を剥いた。その間抜け面を軽蔑をこめて眺めながら、トレイに残されたアイスティーを一息に飲み干した。さっき夕実に外させたばかりの裾のボタンを一つだけ留めて、唖然としている男を完璧に無視したままトレイを返却口に返し、ゆっくりと夕実をエスコートして外に出た。

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「……心臓が止まるかと思った……」
怒っているわけではない。淡々と消え入りそうな口調。半分伏せてはいても睫毛の向こうで黒目が潤んでいた。
夕実には《何が起きてもびっくりしないように。声を出さないで、すべて任せて》というメールを直前に送っておいた。
「あいつ、目が血走ってたね。今頃、こそこそナプキン舐めてんじゃないかな」
「まさか……」
といいつつも、夕実は首筋まで赤くなっている。
「後生大事に持って帰るよ、絶対」
掴まれた腕に夕実の冷たくて細い指が強く食い込んだ。

「空いてるのに変だなって思って……じろじろ見られてる気がしたけど目が合うと嫌だし……」
「あいつに限らず、夕実ちゃんのこと、見てる奴って多いよ。かなり」
「そ、そう? 面白い? わたしなんか見て……」
「オレは…いつも見蕩れちゃうかな。今朝からもう三回くらい見蕩れた」
「佐々川君に見られるのはいいけど……知らない人に見られるのは……」
「苦手?」
「昔は…嫌だったけど……最近は自分でもなんだかよくわからない…。女として嬉しいみたいな…感覚が自分にもあるってことはわかるんだけど」
掴まれた腕が強く躰に引き寄せられた。
「しばらくは一人でこっち側に来ちゃダメだよ」
彼女の家は駅の反対側にある。目が合った夕実は小さく頷いた。

まだ少し昼食には早いが、混む前に店に入りたかった。街の中心街からは少し離れているが、郊外の拠点としてこのところ事務所や店舗が増えていたので、昼時はどこもけっこうな混雑になっていた。
いくつかの店の前を通り過ぎながら、何を食べるか夕実と相談する。
落ち着いて座れるところが良いだろうと、結局小さなビルの上階にある、レストランというよりは洋食屋に腰を落ち着けた。
運ばれてきた生ビールのグラスを合わせ、夕実の滑らかな喉が優雅に上下するのにまた見蕩れてしまう。普段、普通の友人の一人として付き合っていると、夕実は女性特有の無意味な遠慮がないという意味でとてもさっぱりとしていて決断が早い。酒は普通に飲めるし、なおかつ、強い。食事も子供じみた好き嫌いや不必要な衒いがなく、今もドゥミグラスのオムライスとヒレかつを半分ずつ分け合って、きれいに平らげた。もちろん、「半分コ」にしようと言い出したのは彼女のほうだ。それが逆に、悩ましい女の部分との落差を際立たせ、くらくらするぐらい魅力的だった。

考えれば考えるほど、自分の決断の遅さを呪いたくなった。
食後のコーヒーを飲みながら、じっくりと夕実を眺めた。
「なに?」
「見てるだけ」
「わたしを?」
「もちろん」
「生意気で、可愛くないよ?」
「そんなことはないさ。見てるだけで楽しい」
夕実は恥ずかしそうに笑って俯いた。胸元の布地が波打って隙間から白い肌が少しだけ顔を出した。

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昼を過ぎて一気に混み始めたので店を出た。たった一機のエレヴェーターは1階で止まったままだ。申し訳程度の狭いエレヴェーターホールでインジケーターを見詰めるが、ちっとも上ってこない。
「階段でいこうよ」
すぐ脇の鉄のドアを押した夕実に手を引かれた。
階段に出ると、背後で大きな音を立ててドアが閉まり、店のBGMの音が消えた。密閉された空気が澱んで蒸し暑かった。
二人の靴音が床の鉄板に甲高く響いた。
段の途中で振り向くと、夕実の足音も止まる。
一段の段差が身長差をほぼ帳消しにした。振り向いた真正面に夕実の顔があった。
細いウエストを抱き寄せると唇が合わさった。舌を捏ねると、しばらく躊躇ったあと遠慮がちに吸い返してきた。交互に口を吸いながら夕実の躰を撫で回す。ふわりと漂う柔らかな匂いを胸いっぱいに吸い込みながら強く抱き締めても、二人の間で夕実の乳房は固く塊のままだった。
口を合わせたまま、ちょうど良い位置にある裾の内側に下から両手を入れて持ち上げた。
ワンピースを腰の上まで捲り上げて、夕実のむっちりとした太腿と尻を撫で回した。肌理の細かいしっとりとした肌に手が吸い付いて、そのあまりの心地良さに荒々しい本能がいきり立つ。
下半身を剥き出しにされて、されるがままになっている夕実のキスが心もち情熱的に花やいだ。
密閉された無機質な空間に柔らかな香りとは別の、甘酸っぱくて絡みつくような匂いが立ち上った。
「夕実ちゃんの匂いがする」
ハッと目を開けた夕実が右手を下ろして後ろ手に探った。
見る見るうちに目元が桜色に染まり、視線が逸れて俯いた。
「拭かなくちゃ……足のほうまで広がってる……」
傍らのバッグに伸ばした左手を押し留めながら、困ったように空中で静止している右手を掴んだ。唇の代わりにその指先をたっぷりと吸って、甘酸っぱいぬめりと微かな塩味を舌先で味わう。
「あっ、だめ……」
引き抜こうとする指に舌を絡め、清潔で柔らかな爪を歯で齧った。
「もっと頂戴」
「そ、そんな……汚いから…だめ」
首を小刻みに振って懇願する夕実の目を強く見詰めると、今日の夕実は抗うことができなかった。再び目の前に現れた夕実の指は艶めかしい匂いに彩られてねっとりと濡れて光っていた。ぬめりを惜しむように舐めた。
「おいしいよ。夕実ちゃんの……」

突っ立った夕実の前に跪いた。ワンピースの裾を押し上げたまま、目の前いっぱいに広がる夕実の柔らかで艶めかしい下半身のかたちに見蕩れた。小さくて少し縦長の臍から下腹へかけての優美なライン、張り切った腰骨とそれを支えるむっちりとした太腿、中心へ向けて収束する恥骨の斜面に疎らに生えた陰毛と隠しきれない陰裂。全てが芸術品のようなバランスと馨しさの上で調和していた。その中心の最も匂いの強い部分に顔を寄せた。
「そんなところの臭い嗅がないで……」

彼女の手にワンピースを押し付けた。
今までも似たようなことをされているのだろう。膝を広げようと軽く触れただけで夕実は理解した。サンダルが肩幅を越えて左右に離れて、大きく広がった股間が目の前に剥き出しになった。溢れた分泌液が内腿の付け根までを濡らし、その中心を二つに割っている陰唇がたっぷりと蜜を塗られ薄赤く濡れててらてらと輝いていた。
「凄いね、夕実ちゃん。もう、どろどろだよ」
「酷い……」
ミルクのような真っ白な肌を割って、ぽっちゃりとした優しいピンク色の陰唇がひくひくと動いた。
舌を伸ばして明らかに尖って陰唇から飛び出したクリトリスを軽くつつくだけで、がくがくと膝が暴れた。熱気を含んだ強い匂いがいっぱいに広がった。
「ね、だめ…立っていられない」
確かに躰がぐらぐら揺れていた。バランスを崩して倒れこまれたら支えきれないかもしれない。
同じ段に降りた夕実が崩れるようにしゃがみこんで、目を合わせないで呟いた。
「ね、ホテルにいこうよ」

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泣きそうな顔を肩に隠した夕実の腰を抱いて、階段を下りた。
下まで降りきって外に出ると真昼の直射日光に目が眩んだが、ときおり吹き抜ける風はもう秋の風だった。
「いいけど……かなり無理してない?」
寄り添って歩いていた夕実が立ち止まった。
「ほんとは好きじゃないの。前の人の臭いが染み付いてる気がして……。それも一人じゃなくて、たくさんの人の……」
「ああ。確かに。臭いだけならまだしも…家具とかが汚れてたりとか痕跡が残ってると、何したんだろうなって考えちゃって、萎えるよね」
反応にタイムラグがある。少しやり過ぎたか……。くったりとして元気のない夕実が気になった。
「大丈夫? 具合悪い? もしかして酔った? ……家まで送ろうか?」
夕実は自嘲気味に笑いながらゆっくりと頭を振った。
「それ本気? まだお昼だよ。夕飯は家で食べるって言って来ちゃったけど……今はちょっと酔っ払って気持ちいいだけ。平気だから」
「じゃぁ、戻ろうか?」
「うん。でも、おうちの人に迷惑じゃない? えーと、だって…ほら、わたし…声が出ちゃうから……恥ずかしいよ……」
「ああ、それは大丈夫。部屋離れてるし…。それにうちの親、今週いっぱい温泉行ってるから…オレ一人だよ。ま、店は昼だけパートの人が来てるけど…家のほうには来ないから」
恥ずかしそうに目元を染めた夕実は、安心したようにくったりと寄りかかってきた。
その腰に腕を廻し、胸元に覗く乳房を眺めながら、はやる心を静めるように殊更ゆっくりと来た道を戻った。
緩やかにカーブを描きながら昼下がりの住宅街を貫く道々は塀に囲まれて、静止画のようにひっそりと佇んでいた。梢を揺する風もなく、人影一つ見えない白茶けたアスファルトに動くものは抱き合うように歩く二人の影だけだった。
ときおり立ち止まって、夕実を抱きしめながらキスを交わす。はだけた胸元に手を差し入れて冷やっこく息づいた乳房を握り、捲り上げた裾の先の尻を掴み、陰毛を指に絡めた。
夕実は目を半分閉じて、為すがままになっていた。前を留めるボタンが外されて、濡れた陰唇に指を埋められても、されるがままに受け入れた。立ち止まってしまった夕実の閉じきらない口に小さな前歯が覗いていた。

「持つよ」
何度か落としそうになったバッグをその手から奪うと、夕実の両手が自由になって背に絡み付いてきた。
ワンピースの前が完全に割れて、双の乳房と滑らかな腹が露わになった。黒っぽい生地と水着の痕がうっすら残った白い肌のコントラストに目が眩んだ。布地を押し広げ、肩を剥き出しにすると力なくぶら下がった腕を布地が滑り落ちた。布地を受け止めてバッグと共に小脇に抱えた。突き放すように美しいかたちを降り注ぐ光に晒した。

夕実は真昼の公道で全裸だった。黒いサンダルが隠すことができるのは足の裏だけだった。自分が置かれている状況を理解して、縮こまり、しゃがみこもうとする夕実の手を引いた。サンダルの音が不規則に路面を打った。生白い躰の両端で、足先のサンダルと、髪の黒が揺れ跳ねた。
羞恥に震えよろめく夕実を脇に抱えて店の手前、駐車場に連れ込んだ。
配達用の軽トラックの荷台にバッグとワンピースを預けて、全裸の夕実と向き合った。
泣きそうな顔で抱きついてこようとする夕実を突き放した。道路から見れば丸見えの状態だ。
「夕実ちゃんの裸、最高にきれいだよ」
「……そんな…」
「隠さないで、よく見せて。足を広げて」
「……もう…許して……」

コンクリートの路面に照りつける光が眩しくてしかたなかった――ああ、不意に思考が横滑りした。
客用の駐車場に軽トラを置いておくのは拙いな……。朝、一軒配達してそのままだ。おまけにキーもつけっぱなしだし、倉庫のシャッターも開けっ放しだし……店番が居るとはいえ、こちらの管理まで頼んでいるわけではない……。
自分のアホさ加減に可笑しくなった。朝からどうにもこうにも浮ついているのは……すべて、たった今も、目の前で素っ裸を晒しているこの上なく魅力的な女のせいだ……。

薄っぺらい軽トラのドアを開け、乗り込んでエンジンを掛けた。道路からの視線を遮る唯一のよりどころが無情にも動き始めると、バックミラーの中で全裸の夕実が悄然と立ち竦んだ。シャッターをくぐり、倉庫の中で車を止めブレーキを引いた。エンジンを切るとストンと静寂が戻った。視界に溢れる光がなくなって意識に染み渡るように思考が戻ってきた。

軽トラから降りて叩きつけるようにドアを閉めた。
黒々とした四角い開口の向こう側で、夕実が光に溺れていた。出入口に近づいて傍らの小さなステンレスのボックスを開けた。もう手触りだけでわかるいつもの操作。シャッターが軋みながら降り始めた。

夕実の目が見開かれて、取り残される恐怖に慄いた。
溢れる光の中で唯一の陰になった夕実の美しいかたちに、今日、何度目なのかもうわからなかったが、改めて見蕩れた。
日影になった暗がりから手だけを差し出して、半泣きになった夕実を強く抱き寄せた。

「ちょっと……」
夕実から離れて倉庫の脇の扉を引いた。さっきからトイレに行きたかったのだ。中ジョッキを二つ開けたのだ…その前にアイスティーも飲んでるしな……。自然に笑いが込み上げた。突き上げる性的な欲望と生理的な欲求が同時に一箇所に集中し、どっちつかずの宙ぶらりん状態に陥っていたのだ。――ふう、と溜息をついて大量の水分を放出すると、すっきりと躰が軽くなった。手を洗い、ついでに顔を水で拭うと意識が乖離したようなちぐはぐな気分がすっきりと落ち着いた。
ドアを開けると、すぐ目の前に両腕で前を隠した夕実が不安そうな面持ちで立っていた。

「ああ、ごめん。ちょっとトイレ」
庭側は特に仕切りもないので、屋根がついているだけの倉庫には存分に光が射し込んで明るい。
「あの……わたしもトイレいきたい」
訴えるような目に無意識に身体を避けると夕実がドアノブに手を掛けた。
「ああ……」
一瞬、夕実が振り向いたので、その手首を掴んで引き戻した。
すぐ脇の階段を上がって部屋にいこうか迷ったが、結局夕実の手を引いて庭に出た。
気温は高いが空気は乾燥して心地良い。夏と秋の端境期の庭はほとんど花もなく、夏の疲れを引き摺った焼け過ぎた緑一色に覆われていた。

困惑の視線がすぐに懇願の表情に変わった。さすがに物分りがいい。
「4回目だから…もう、慣れたでしょ?」
夕実は小刻みに首を振って否定の意志を示した。
「寛には何度も見せてるんでしょ? 飲ませた…んでしょ?」
夕実の顔が真っ赤になって俯いた。
「……そんなこと……言わないで」

「これでいい?」
両膝に手を突いて大きく足を広げ、尻を後ろへ突き出すような姿勢をとらせた。座らせてという度重なる懇願は拒絶した。広がった下半身の中心で濡れそぼった性器が妖しいピンク色にきらきらと輝いた。
「さぁ」
軽く促すと夕実は唇を噛んだまま顔を強く背けた。
庭の中心の芝生に僅かな弧を描いて銀色の流れが迸った。音を立てて噴出する奔流にゆっくりと顔を近づけると強い尿の匂いが漂い、温かな飛沫が頬を濡らした。

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「ずっと前から…欲しくて欲しくてたまらないオモチャがあって、でも、その持ち主は他のオモチャに夢中で一向に顧みないんだ……」
緩やかな周期で、ぴったりと密着した下半身が夕実の意志で僅かに軋みながら前後に揺すられていた。
「でも、だからといって使ってないなら貸してくれというのもなんだし、持ち主の目を盗んで掠め取るのも癪に障るし……」
押し殺しても漏れてしまうか細い喘ぎ声に加え、腰を入れるたびに夕実の背後から淫らな音が立ち上り、細い躰に実った乳房がふるふると震えた。
「だから、そのオモチャが如何に自分にとって必要でなく、相応しくないか言い聞かせることで精神的な安定を図ってきた……」
絶妙な振幅と抑揚をつけた締め付け具合は自らの快感だけでなく、吸い込み、包み込んだ相手を蕩けさせる天性の技巧だった。艶めかしい腰の振り方に合わせた丸い乳房の小刻みな振動は、下から見上げる男の目を意識しているとしか思えない猥褻さだった。
「でも…最初に見つけたのはオレなんだよな……。愚か者たちが玉砕するのを眺めて愉しんでいるうちに…うっかり、鳶に油揚げをさらわれた……」
夕実のタイミングに合わせて、彼女を乗せた腰を真下から軽く突き上げると、白い喉を晒し、息を吸い込みながら悩ましい声が虚空に放り投げられた。
「何度も…チャンスはあったけど……オモチャは持ち主の下に帰りたがっていて……」
たわわな乳房を真下から掴み上げ、ぷっくりと膨らんだ乳首を指で捏ね上げると、夕実は背筋を強く反らせ、首を振って突き上げる快感を表現した。
「持ち主が大事にしてくれるなら、それがいちばんなのかな……という気もした……」
跨ったまま左右の乳房を交互に押し付けてくる夕実の固く尖った乳首を舌で転がし、強く吸っても、夕実の膣は新たな蜜を滲ませて性器を包み込み、さわさわとざわめく蠕動を繰り返した。
「わたしは…オモチャじゃなくて……普通の…女なの」

「気持ちいい?」
頷きと透き通る喘ぎの合間に、言葉がちりばめられた。
「…も、もう…いっちゃいそう……」
恥ずかしそうに歪んだ笑みが頬に押し付けられて滅茶苦茶に唇が合わさった。
「…さ、佐々川君は…?」
細いウエストを強く抱いて、突き上げるピッチを少し早めた。
「ああ……もう出ちゃいそうだ」
夕実の締め付けと抉るような腰使いが一気に加速した。
「あ…、うん……出して…。いっしょに…いっしょにいきたい…」
柔らかく濡れた肌と肌が打ち合って、詠うような声が舞い落ちた。か細い指がしなって、ひときわ強く肩を掻き毟った。その瞬間、跳ね上がるほどの力で夕実を突き刺して、蓄えたもの全てを夕実の膣内に放出した。

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日暮れがびっくりするほど早くなって、季節は着実に進んでいた。
夕実を車で送り届け、とんぼ返りで6時に店番を引き継いだ。営業時間はam10:00〜pm9:00。売上げを考えれば正午〜pm11:00にすべきだったが、うっかりすると自分の身に降りかかってきそうなので敢えて口にはしなかった。平日のこの時間はまだ暇だ。レジの後ろに椅子を置いて、ふんぞり返ってBGMを鳴らしながら、空腹に耐えかねて帰路に調達したサンドイッチをパクついた。

いつの間にか、夕実の裸身が目に浮かび、全ての思考は夕実に収束してしまう。今日一日、可能な限り冷静に、全ての感性を動員して彼女を見たつもりだったのに……。結果は予想を遥かに越えて、いまだ感情を整理できていなかった。
――全裸の夕実をそっと抱きしめると彼女は恥ずかしそうに目を逸らして胸に顔を埋めた。まさか、泣いている? と思って滑らかな白い背に手を当てると、予想に反してするりとシャツの胸元が開いて夕実の手が滑り込んだ。冷たくてしっとりとした手が胸、脇腹、背をさすった。首筋に生温かい唇を感じて、手は休みなく動き、あっという間に着ているものをすべて脱がされた。澱みなく、流れるような手付きだった。
最初の驚きに襲われた。女に脱がされたのは正直言って初めてだったから。
顔を上げた夕実はまるで別人のように艶やかで、大きな黒目が濡れてきらきら輝いていた。ぞくりとするような生々しさ……いつもの爽やかで凛々しいまでの利発さとは色が違う…青みがかって濡れきった女の目……。
目を合わせたまま、いきり立ったものを両手で丁寧に掴まれて、しごかれた。
「固くて…立派ね……」
口元にえくぼができて……夕実は含むように密やかに笑った。
その笑顔の残像が消えきらないうちに、先端を軽く口に含まれて、頭全体をゆっくりと振りながら舌と手を総動員した濃厚な愛撫が始った。信じられない快感に、先に音を上げた。
愛撫を止めない夕実の頭を押さえつけると、ようやく名残惜しそうに糸を引く手を離した。
そして、夕実は恥ずかしそうに身を捩り、掠れた声で言った。
「後ろからして……」
夕実は背を向けて肘を突いた。見事に熟れた尻が目の前に持ち上がった。

夕実は乱れた。作り物めいたAVビデオの比ではなかった。
あまりの淫猥さに演技かと疑ったくらい、ありとあらゆる姿態が惜しげもなく披露され、幽かな喘ぎから激しい嗚咽までがひっそりと静まった午後の部屋に渦巻いた。女があんなに乱れるのは現実に見たことがなかった。
あまりにも愛撫慣れした躰に残酷な気持ちが突き上げた。あらゆる体位を試し、乱暴で凶暴な動きを加えても、夕実の躰はこともなげにすべてを吸収し呑み尽した。

猛り狂って、その柔らかさと全てを受容するしなやかさを征服したいという衝動に苛まれながら、夕実が乱れれば乱れるほど、感情の一角がぽっかりと空白になって冷えていった。
引き裂かれる意識と制御できない情感に翻弄された。意識の一部が冷静になっていくことが、全てを擲った彼女に対する裏切りのように思えて悲しくなった。

――ああ。客だ。
手早くサンドイッチを片付けてレジ台を空けた。
会社帰りのサラリーマン。くたびれて崩れたネクタイ。冷えた6缶パックの発泡酒。レジを打って釣銭を渡すと、濃い藍色に染まった自動ドアの向こうに消えていく。
同じ電車で着いたのだろう。何人か同じような客が、同じようなものを買っていった。
青白い蛍光灯。冷蔵庫の唸り。見飽きた光景。
白い壁の時計の針がきれいに直角に開いて9時になろうとしていた。

自動ドアがモーターの唸りを上げて、初秋の夜気が流れ込んだ。
今日、最後の客か。長居はしないだろう……。
「いらっしゃ……」
振り向きざまに、出掛かった言葉が途中で宙に浮いた。

挿絵92

『空の青 9月(2)』

開いた口が閉じる前に人影が目の前に立っていた。
昼間とは打って変わった白いサンダルに、白いスカートと白いシャツ、色がついているかいないか、染井吉野のような淡い桜色のカーディガンを華奢な肩にふわっと羽織った……夕実だった。
髪型が少し変わって、ふっくらと柔らかな唇は今まで見たことがない鮮やかなピンク色に塗られていた。
「こんばんは」
今朝とは別人のような笑顔と掠れ気味の声がこもり気味のBGMに浮かび上がった。

笑顔に正対する唖然とした沈黙。
時を刻む音が聞こえそうな間延びした時間。
自分を取り戻すのに要した時間は歴代の最高記録かもしれなかった。
「まさか……わざわざ…買い物? じゃないよね?」
車なら5分ほどだが、歩いたら15分以上掛かるはずだ。
「お店、閉めなくていいの?」
夕実に言われて気が付いた。時計の針は9時を10分回っていた。
自動ドアの電源を落とし、外のパイプ・シャッターを落とす。看板の照明を消して……、レジは…明日でよいだろう。
「ビール、何がいい?」
胸の前で手を合わせた夕実が静かに笑った。
「えっと…エビスの黒」
冷蔵庫からご指名のビールを4本取り出して、夕実の背を促した。
店舗の照明を消して裏口から倉庫に出た。ロックを掛けて機械警備のスイッチを入れ、グリーンのLEDが点灯するのを確認した。これで店舗の全てのセンサーが目を覚まし、異常を感知すれば10分で警備会社が駆けつけるはずだった。

満月は過ぎたはずだが、まだ明るい月の光が開け放したシャッターから差し込んで、雑然とした倉庫をおぼろげに染め上げた。
今朝の夕実が悪魔の装いをした天使ならば、今の夕実は天使を装った小悪魔だろう。
空っぽの駐車場に立って青白い月光を浴びている夕実を見てそう思った。
夕実の張り切った白いシャツの胸に薄暗く乳暈が透けて見えた。
「その格好で……歩いて来たの?」
道路際のバリカーを引き出して、一本ずつ固定しながら訊いた。
「いちばん明るい道を通って来たから平気だよ」
作業を眺めていた夕実が要領よく次のバリカーを引き上げた。前屈みになったスカートから出た真っ白な太腿が扇情的な眺めを演出した。
最後の一本を固定して鎖で数珠繋ぎにしてしまえば作業は完了だ。
90cmほどの高さに立ち上がったバリカーにお尻を乗せて待っていた夕実に向き合った。
「こんな格好で……なんかあったらどうするの? ……電話くれれば迎えに行ったのに」
手を伸ばして胸の膨らみの頂点に触れると夕実の睫毛が半分閉じた。
「なんかって?」
シャツの上から乳首を軽く摘むと挑むような黒目がきらきらと輝いた。
「空地に引き摺り込まれたり……、ワンボックス・カーとか乗り回して、獲物を探してる連中がいるんだよ? こんな目立つ白いスカートで足出して……おまけにブラジャーしてないし」
バランスをとるために広がっている膝に指を触れ、そのまま上に滑らせた。
「わたし…滅茶苦茶に輪姦されたりしちゃうかな?」
スカートを持ち上げながら、右手は滑らかな内腿を登り続けた。
「こんなにきれいな子を見逃してやる男はいない」
到達点にはあるべき布地がなかった。
指先が熱くぬめる粘膜に潜ると夕実の視線が斜めに逸れた。
「強姦されるくらいなら……死んだほうがマシかな」
手を引いて、抱き寄せるように背に手を廻し、盛り上がった尻に手を這わせた。
「言ってることと、やってることが支離滅裂だよ」
夕実はぴったりと頬を胸につけて目を閉じた。
「わたし…魅力ある? 幻滅されちゃったんじゃないかと思って……淫乱だから」
「なんて言って出てきたの?」
「佐々川君のところで飲み会があるから…遅くなるって……。大丈夫。外のお店だと心配するけど、佐々川君か寛のとこなら送ってもらえるってわかってるから……」
上目使いになった目が合った。
「引かれちゃったかな? わたし」
「それを…わざわざ訊きに来たの?」
夕実は胸に額を押し付けたまま頭を振った。
「それもあるけど……ほ、ほんとは……。昼間ここで裸にされて……それを思い出したら…頭がおかしくなっちゃって、あの人に貰ったローターをまた使うのかと思って……」
背伸びした夕実が耳元に口をつけて…はっきりと囁いた。
「ここで…裸にして…辱めて」

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夕実の脳裏に黒い炎が燃え広がっていた。甘くたっぷりと艶を湛えた黒い炎だった。自分でも思いもよらぬものと考えたかった。薄々は気付いていたが、そんなものが自分の躰の奥深くに棲みついていたとは信じたくなかった。つい先日のスクエアビルと同じだった。こんなところで……という意識はすぐに消し飛んだ。
月の光に晒されて、前が全部開いて躰を押し広げられた。肩が剥き出しになって万歳するように腕を掲げさせられた。剥き出しになった腋を彼の唇が這いまわっていた。くすぐったさと快感が同時にさざなみのように背筋を震わせた。
「汗臭くない?」
首を振る彼を視界の片隅におぼろげに捉えた。
「きれいだね。すべすべ。一本もないの? 剃ったことないでしょ」
「うん……。でも、たまに変なところに生えることはある……」
為すがままにされている恥ずかしさと、抗いもせず腋を舐めさせている大胆さにくらくらしながらも、透き通るような快感を追い求めてしまう自分に慄いた。
カーディガン、シャツ、スカート……。
あっという間に躰を覆うものが奪い去られた。
両手が乳房に押し当てられて、強く揉み上げられた。
「夕実ちゃんのおっぱいは…ほんとにきれいだな。固くって真ん丸で、いつも張ってて、大きくて。乳首もこりこりして、ピンクの部分がふわふわに柔らかくて……」
黒い炎がめらめらと煽られて、噴き上がる炎が躰の芯を焼き始める。
《ああ、もっと言って。そう言われると凄い嬉しくて…感じちゃう》
彼の腕に丁寧に掛けられた、脱がされたばかりの服が彼の自由を奪っていた。
その服に手を伸ばし、払い除けた。
「服は下に置いて……ちゃんと抱いて」
腕から滑り落ちた服が駐車場のコンクリートに白い小さな山を作った。
月に向き合うように背後から組み敷かれ、立ったままバックで挿入された。
閉じた目から白い火花が飛び散って、抑えきれない声が青い闇を震わせた。
すぐに炎は業火となって、ごうごうと音を立てて燃えさかった。
真っ黒な炎が意識を漆黒の闇に塗込めた。
「ね、嫌じゃなかったら…お尻にも入れて……指でもいいから…同時に……」
解き放たれた欲望が暴走し始めた。

『空の青 6−1』(続く)

作成日:2007/04/24 最終更新日:2007/04/24

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