結局、雅明のところへ顔を出したのは昼を廻った時間になってしまった。
もっとも雅明も半分寝ていたからそのあたりはお互い様だ。
「おや、帰ったのか。感心感心」
にやにやと嫌味な笑いを浮かべた雅明の顔を穴の空くほど見て、ようやく昨日と着ている服が違うからだと思い立った。
「早いなぁ。来るとは思わなかった」
雅明の目が眩しい陽光を正面から受けてすっと細くなった。
相変わらず食えない野郎だ。
相手にしないでさっさと干物の状態を確かめた。湿度が低いせいか乾き具合は上々だ。
必要な分だけ新聞紙に包んで、雅明に用意させた紙袋に放り込めばもう用はない。
「残りは全部食えよ。美味いぞ」
「ああ。七輪で炙って食うよ。そのうち遊びに行くわ」
別れ際に見た雅明の訳知り顔のにやけた表情が五月の爽やかな空気に似合わなかった。
昨晩、二人の女に挟まれて歩いた同じ道を辿った。
あけみちゃんの家は雅明のところから徒歩でほんの5分ほど。駅に出るよりもずっと近い。
昨夜はまったく気がつかなかったが、一年ぶりに辿る道筋は明るい日差しに溢れて、若々しい緑が青臭い匂いとともに溢れんばかりに視界を染め上げていた。
見覚えのある看板が通りの反対側に姿を現し、三階建ての建物の端の鉄骨階段は一年前と変わらずくすんだブルーに塗られていた。
真昼の弛緩した空気を裂くように完璧に信号を無視して通りを渡った。
階段を直接上がろうか一瞬迷って、ガラススクリーンの向こう、店舗のなかに見覚えのあるシュルエットを見つけた。
自動ドアが開くと同時に手持ち無沙汰にレジの背後に立っていたあけみちゃんと目が合った。
彼女の顔がパッと輝いて、カウンターを廻って来た。
そのまま、ジーンズに深緑色の店のロゴが入ったエプロン姿の彼女に引き摺るように店から連れ出された。
「来ないかと思った……」
目がありとあらゆる感情を訴えて、溢れた感情が整った顔を歪ませて、その細い手首からは想像もつかない強い力で腕を掴まれた。
二つに分けてきた紙袋の一つを手渡した。
きょとんとした目に薫る風が持ち上げた髪がふわっとかかった。
一瞬の沈黙。
「べつに雰囲気をぶち壊そうと思ってるわけじゃなくて……」
「あ、干物? うん、ありがとう」
彼女は寛の姿を頭のてっぺんから爪先まで一瞥し、納得するようにほっと一息ついた。
そして、もう片方の手に提げている紙袋に視線が泳いだ。
「これから先生のところに行くの?」
寛は可能な限り素っ気無く頷いた。
「わたしも一緒に行く。着替えてくるからちょっと待ってて」
あけみちゃんはドアから奥に向かって「お母さん! 出かける。あとお願い!」と一言叫ぶや否や、カンカンと音を立てて猛烈な勢いで階段を駆け上がっていった。
何事かと訝しげな顔をした母親が奥から顔を出した。あけみちゃんに似てもちろん美人、大人の華やかさがきらきらと輝いている。
店の前で間抜け面を晒している男が誰なのかすぐにわかったようだ。
溢れんばかりの満面の笑みと悪戯っぽい黒目がくりくりと動いた。
「あらぁ、お久しぶり。合格されたんだって? おめでとう。あけみも朝から晩まで騒いでて煩いったら……。学部はどちら?」
「ご無沙汰してます。工学部の情報だから、いまどき、まぁ、あんましパッとしないところです」
「お家は引越しされたんだって? もう、大変だったのよ。あけみ、荒れちゃって……。あ、良かったらお茶飲んでいきなさいよ…ほら…遠慮しないで。あら、あの子はどうしたの?……いないの? いいから、いいから。そうだ、食事まだでしょ。店番はあの子に振ってお寿司行きましょう。すぐそこにできたのよ。安くて美味しいところ。いいわよ、気にしないで奢るから、さぁ」
目が廻りそうな勢いに乗じて、いきなり腕を掴まれて思いきり困惑した。
「ちょっと! 何してんのよ!」
目の前を鮮烈な色彩が横切って、割り込んだ。
「出掛けるんだから、邪魔しないでよ!」
滑らかな白い腕が掴まれた腕を引き戻すように絡め取った。
真っ白のノースリーブにレモンイエローのスカート、白いデッキシューズにコバルトブルーのソックスが鮮烈だ。片手に群青色のざっくりとしたカーディガンと小さなバッグを抱えて、あけみちゃんが鮮やかなピンク色の口を尖らせていた。
短いスカートから出た滑らかな足、ノースリーブの肩口から覗いたブラジャーのストラップに目が止まって寛はゆっくりと目を逸らした。
「ま! 何? その格好。色気づいちゃって、小娘のくせに」
母親も負けずに辛辣だ。
「行こ」
尖った唇に塗られたピンク色の口紅が濡れたように白い光を反射した。
今度は母親を無視して歩き出すあけみちゃんに引き摺られた。
「あ、え、じゃぁ、ちょっと行って来ますんで……」
極めて間抜けだ。
それでも頭を下げて挨拶すると、母親がちょっと困ったような表情で、真顔になって丁寧に頭を下げた。
「よろしくお願いします」
そう聞こえた気がした。
一年分の質問と恨み辛みが降り注ぐと覚悟していたが、彼女は指を絡め肩に頭を寄せるだけで何も言わなかった。絡められた彼女の指先は冷たくて折れそうに細かったが、喰い込む力は骨と骨が軋むほどに強かった。
まったく予想もしなかった展開ではなかったが、その積極性にはちょっと驚いた。
あらためて明るい光の中で眺めると、いつも地味なグレーの制服に包まれていたあけみちゃんは、さなぎから孵った蝶のように華やいで見えた。
大きな瞳を隠す長くカールした睫毛。触るのがもったいないほどきれいですべすべな頬。つんと上を向いた小さいけれど高い鼻。柔らかなストレートの黒髪とふっくらと盛り上がった胸元に消えていく白い肌。
眺めれば眺めるほど、文句のつけようがない完璧さに見蕩れ、目が離せなくなる。
「なに?」
視線に気づいた瞳が眩しそうに寛を見上げた。
駅を降りるとあけみちゃんの足が鈍りだした。
「やっぱり迷惑……かな?」
成り行き任せでここまで来てしまったが、どうするのが良いのか考えあぐねてしまう。
「昨日、仲よさそうに話してたじゃない」
「うん。遊びにいらっしゃいっていわれたけど……やっぱり、社交辞令だよね?」
「う〜ん、引越しのご案内とかには書くけど、面と向かって、どうでもいい人に家に来なさいとは言わないと思うけど」
「ねぇ、それ、届けるだけなの? 用が済んだら…寛のところに行きたい」
真っ直ぐに見詰められて一瞬ぐっと詰まる。
こんなことをずばっと言う子だったっけ? 寛は右肩の先で動く黒髪を横目で眺めながら、一年という時の流れを新鮮に受け入れた。
「だめ?」
「いいけど……なんにもないよ?」
「?」
「だから…つまり…おもてなしできるような体制が整っていないという……」
「来られると困る?」
「まさか。あけみちゃんに遊びに来られて、困る男はこの世にいないと思うが……」
「嘘。一人だけそういう人知ってる……」
*************************************
《木南です。丸干し持って来ました。あの……、あけみちゃんも一緒です》
エントランスホールのインターホンでちょっと他人行儀に素早く告げた。
名乗った途端に切れたようなインターホンの音が気になったが、指紋一つついていないガラスの自動ドアが音もなく開いて先を促した。エレベーターまでが一階に着床して扉を開けて待っている。
彼女は最後まで聞いていない?
不安が急速に膨れ上がった。
なるべくゆっくり歩きながら考える時間を稼ぐ。
何か方法はないか。
それでも最上階まであっという間だ。電子音と合成音声が14階を知らせると扉が左に引き込まれて、無機的な匂いが漂うホールが目の前に広がった。一応、部屋番号を確かめるふりをして、あけみちゃんと並んで廊下を進む。それでも下のインターホンで話してから、せいぜい2分。
最後の言葉を聞き逃した場合に予期されるある約束事が寛の脳裏に鮮烈に甦った。
*************************************
こんなとき二人の間では随分前から、秘密の約束が交わされていた。
玄関扉に鍵は掛かっていないはずだ。インターホンも鳴らさない。レバーハンドルを押し下げて、扉を手前に開くだけ……。
智美は毛足の長い純白の玄関マットの上で、犬のように四つん這いになって扉に向けて豊かな尻を高く掲げていることもあったし、仰向けに横臥して180度に広げた足を左右の壁に突っ張って自らその中心の肉の裂け目を両手で押し広げていることもあった。目は堅く閉じているときもあったし、濡れた黒い瞳が期待に震えているときもあった。
もちろん全裸だ。
その場で一言も交わさずにジッパーを引き下ろして取り出したものを剥き出しになっている割れ目に押し込むこともあったし、しゃがみこんでしばらく観察することもあった。
「鍵開けっ放しで…確認もしないで…違う人だったらどうするの?」
冷たく尋ねることもあった。
「やられちゃう…かな…やっぱり?」
ぱっと桜が散るように智美の顔が朱に染まる。
「こんな格好してたら犯してくださいっていってるようなもんでしょ」
視線を外し、照れたように強く背けた横顔が艶かしい。
「誰でもいいの?」
「いや、いや。そんなの絶対いや」
「でも、やられたいんでしょ?」
「き、木南くんになら」
「でも、違う人だったらどうしようって考えながらオナニーしてるんでしょ?」
最初は不安だから絶対嫌と頑なに抵抗していた彼女だったが、何度目かのあるとき性器が潤い過ぎているのに気づいた。突起も明らかに膨れて襞の合わせ目からむっくりと顔を覗かせている。
「してない、そんなことしてない……」
彼女はそれでもかぶりを振り続けて否定したが状況は明白だった。
広げられて眼前に晒されている襞に息を吹きかける。
ひくひくと小陰唇が震え、我慢しきれないか細い声が呼ぶ。
「早く……おねがい……」
脳裏に描き出される光景と湧き上がる興奮を断ち切るように、おそらく全裸で横臥している彼女に警告を与えるために、寛は馬鹿みたいに玄関扉のインターホンを鳴らし続けた。
一分ほども経っただろうか。
時間が止まったように歪んで、手の平が汗ばんだ。
レバーハンドルがゆっくりと回転して、鉄の扉が手前に開きはじめた。
半分ほっとした寛が開きはじめた扉を片手で抑えた。
白い薄手の、襟元が大きく開いた綿シャツに白い柔らかいスカート。
「いらっしゃい」
馴れ馴れしくもなく他人行儀でもなく、絶妙の親密さとお互いの立場を率直に表す会話。
智美は一瞬で状況を把握したようだ。その聡明さに思わず抱きつきたくなった。
格好だけは時間がなかったとみえて今朝の小さな妖精のままで微笑んでいた。
寛はそれを見て、二人に気づかれないようにそっと息をついた。
大慌てで服を着たのだろう。
智美の目元は赤く染まり、目が黒く濡れた艶めかしいまでの表情がそこにあった。
その豊かに張った胸元が柔らかく揺れるのを見て、彼女がブラジャーをしていないことにすぐ気付いた。
「上がって。さぁ、菊川さんも」
たった今までそこに裸の躰を横たえていたはずの玄関マットに、鮮やかなターコイズ・ブルーのスリッパが並べて置かれた。
「ちょうど良かった。お昼作ってたの。食べていって」
言われるまでもなく、油が焦げた匂いとスープの帆立出汁、葱の食欲をそそる匂いが奥から漂っていた。
大きな純白のマットにコバルト・ブルーの足を乗せたあけみちゃんが振り向いて、少し屈んで脱いだデッキシューズの向きを変えてきちんと揃えた。ぴったりと揃えた滑らかな内腿のほの白さがくっきりと残像になった。

リビングに案内されて最初に歓声を上げたのはあけみちゃんだった。
昨晩、愛欲の限りを尽くしたルーフガーデンが白日の下に晒されて、その構成とパースペクティブが空の青の下に明晰な姿と影を作り出していた。
そんな彼女を横目で見ながら干した鰯を手渡した。五匹づつ、全部で二把ある。
「冷蔵庫で一週間は持ちますけど、さすがに昨日の今日という気にはならないですよね」
テラスを眺めているあけみちゃんのほうをそっと窺いながら、奮いつきたくなるような笑顔でお礼を言われた。
思い思いの場所に座ってのテラスでの昼食。
明るい空と爽やかな大気。青と若々しい緑。
見下ろす街は灰白色から萌える緑に生まれ変わろうとしていた。
昨夜の光景がちらついてどうにも落ち着かない。
すぐ右隣に座っているあけみちゃんの短いスカートからは白い足がすっきりと伸びて、きちんと閉じて合わさった膝に続いている。食べるのに夢中で露出部分が少し多過ぎることには気付いていないようだ。剥き出しの腕がときどき思い出したように肘に触れた。
角を挟んで90度、思わずキスしたくなるような角度で左側に座った智美はいっそう悩ましい。膝を揃えて上品に斜めに流した足はもちろん、剥き出しの太腿が白さを誇示して視線を誘う。奥へ続く滑らかな肌と合せ目のほの暗さが気になって仕方がないし、前屈みになるたびに大きく丸く開いた襟からは柔らかく息づいた乳房が完全に見えた。
あけみちゃんが気が付きはしないかと心配になってしまう。
おかげで二人の話が耳をすり抜けてちっとも頭に入らない。
「聞いてるの?」
ときどき顔を覗き込まれながら曖昧な微笑を返すのが精一杯だ。
和気藹々と食事が終り、食器を片付け終って、智美がお茶を入れようと立ち上がったとき、あけみちゃんがトイレの場所を訊いた。
すっと立ち上がった彼女が黒く口を開けた室内に消えてしまうと、飛び掛るように智美が抱きついてきてキスの雨を降らせた。
「送ってあげなさい。まったくあなたの周りの女の子はどうして可愛い子ばっかりで、おまけに、ああやって足出して、胸元露骨に見せるの? もう! あれじゃ、一人で帰れって言えないじゃない」
「そういう先生がいちばんそそりますよ。インターホン鳴らさないで、ドア開けちゃえばよかった?」
智美の顔が見る見るうちに赤く染まり、目を逸らした。
「もう! その代わり必ず戻って来て」
彼女の気遣いに感謝して、その細く締まったウエストを抱き締めると、それ以上の力が返ってきた。
抱き締めていた右手を豊かに膨れ上がった尻に這わせると智美の呼吸が一気に荒くなって喘いだ。かまわずに手を降ろして太腿からスカートの内へと手を潜り込ませる。
下着に触れる前に温かく湿った複雑なかたちに手が触れて半分驚いて、半分嬉しくなった。
「かわいい」
寛のすぐ傍らに座り込んだ智美が目を瞑って、腰を浮かして触りやすいように足を少し広げた。
縁を越えて溢れたものでそこは既にすっかり潤っていた。こりこりと硬く尖った先端を軽く撫でるだけで智美の眉が強くしかめられた。ねっとりとした熱さの広がりは肛門にまで達している。溝に沿って指先を滑らすだけで手の平に分泌液が滴り落ちた。親指で突起を根元から抉るように捏ね回すと、誘い込まれるように中指が肛門に潜り込んだ。
ハッと智美が息を呑んだ。
「そ、そこは…だめ……」
キスの合間に切れ切れの声が訴える。
かまわず指先を体内に押し進めると猛烈な締め付けに指が包まれた。
「さっき……トイレ…いったから。汚いから……」
「あ、ずるい。いない間に? 約束破ったの?」
「だって、だって、仕方なかった……それに…おしっこはまだしも…あっちは恥ずかし過ぎるから困る……」
許された時間があっという間に過ぎ去る。智美が困ったように首を振り目で訴えた。
離れ際に薄地のトレーナーから透けて尖った乳首を軽く摘んだ。
彼女は逃げるようにキッチンに去った。
絶妙なタイミング。
入れ違いにまるで舞台に登場するように輝いて、あけみちゃんがテラスに降り立った。
切り揃えた黒髪が爽やかな風に弾んで流れた。
寛はテラスの粗い白壁に沿って置かれた甕に手を浸し、手ですくった水を傍らの植木鉢に注いだ。昨夜は気づかなかったが、ずいぶん数が減っているように思えた。
背後でテーブルにトレーが置かれ、食器が澄んだ音を立てた。
鮮やかな紅茶の香りが漂って、再開された二人の会話に彩りを添えた。
二人の間には戻らずに、ちょうどあけみちゃんと対面するようにテーブルの反対側に椅子を引っ張った。湯気の立つポットから透き通るような白さに輝くカップに普通よりはずっと濃く抽出されたアッサムが注がれた。誇り高い香気が立ち昇り、しなやかな手付きで智美がカップを回してくれた。
「プランターでしょ? 去年の夏ごろ、いろいろ落ち込んでて、あんまり世話できなかったらダメになっちゃった」
逆光に智美の髪が金色に輝いた。
光の加減だろう。視界の隅で白いシャツが透けて滑らかな乳房のかたち、つんと盛り上がった乳暈と乳首までがはっきりと見えた。
いかん、いかん。
釘付けになる視線を引き剥がして、さりげなくあけみちゃんを眺めて寛はもう一度驚いた。
真正面で向き直った彼女の目が挑戦的に輝いて見えた。
細身の躰を包んだノースリーブが柔らかく撓んで、爽やかな白光が躰のラインと胸の膨らみを正確に表現していた。そして、その頂点にはさっきまではなかったはずの薄暗く透けて見える乳暈と、ぽっちりとした二つの突起までがはっきりと現れていた。
木の素朴なスツールに浅く座ったあけみちゃんは、もう乱れた裾も直さなかった。
恥ずかしがりやでいつも一歩下がった位置で、自分自身のもどかしさと闘っていた不安で臆病なあけみちゃんはどこにもいなかった。
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エレベーターのインジケーターを眺め、呼びボタンを押そうと手を伸ばしたとき、背後に柔らかい暖かさがしがみついた。前に廻された白い腕が伸ばしかけた手を絡めとって引き戻した。押し付けられた背中が柔らかく潰れた二つの塊を正確に感じ取った。
「待って……」
肩口に熱い吐息が掛かって躰全体が背を締め付けた。
エレベーターの脇にある階段への出口のガラス戸がいっぱいに開ききって、初夏の爽やかな乾いた空気とともに微かな地上の騒音を運び込んだ。
遮るもののない視界には、テラス側とは逆に薄緑に染まりはじめた山々と、その斜面を侵食していく飽くなき人間の欲望が雲のない青空の下で互いに競い合っていた。
胸の前で交差した、か細い手を覆うように手を重ねた。
しがみついている手を引き剥がして、あけみちゃんの躰をくるりと回転させた。
すべてを訴えかける目が長い睫毛の間に埋もれ、そして閉じた。
合わさった唇を通してお互いの舌が息ができなくなるまで狂おしく絡み合った。
胸に崩れたあけみちゃんの肩をそっと抱く。
「少し背が伸びたね」
胸の中であけみちゃんが首を振った。
「靴が…上げ底で……高いだけ……」
「そう? おっぱいも膨らんだ」
「そんなことない……」
耳朶に光る青味がかった小さな光。
「ピアスなの」
あけみちゃんは伏目がちに語った。
昨晩、会ったときから気づいていたが、普通のイヤリングだと思っていた。
もちろん昨日とは違う、デザインとアクセント。
自分の知らないあけみちゃんがそこにいた。寛は軽い驚きと新鮮さを感じると同時に、二人の間に横たわる一年のブランクと取り残されてしまったような一抹の寂しさを感じた。
肩に回した手を背中に滑らす。
もちろん流れをせき止めるような下着の硬い感触はなくて、滑らかなしなやかさだけが手の平に伝わった。
動きの意味を察したあけみちゃんが躰をいっそう押し付けた。
「恥ずかしい……」
彼女にとってはたいそう勇気が必要だったはずの光景がフラッシュバックした。
寛はありったけの優しさを込めて髪を撫でながら囁いた。
「びっくりしたけど……嬉しかった」
その言葉を待っていたかのように、彼女の腕が首に廻り、背伸びした躰が押し付けられて再び口が合わさった。
夢中になって熱情の証を求め続けるあけみちゃんに応えながら、背筋をシャツの上から丁寧に撫で続ける。すぐにキスの合間にか細い吐息が漏れはじめ、緊張と弛緩が交互にその整った顔を艶かしく彩った。
口から外した唇を首筋から耳に這わせる。同時にシャツの裾を潜らせた右手で彼女の滑らかで吸い付くような素肌をさする。
15秒に一度、エレベーターのインジケーターを一瞥し、耳は最大限の感度で彼女の吐息の背景を走査した。
目を固く瞑ったまま、あけみちゃんは為すがままになった。
手の平全体でこりっと固く盛り上がった乳房を包み、小さく尖った乳首を転がすように捏ねながら、指で挟む。耳に息を吹き込みながら、シャツを捲り上げて真っ白な乳房をガラス戸から差し込む明るい光の下に晒す。淡いピンク色の小さな乳暈と尖った乳首を眺めようとすると恥ずかしがったあけみちゃんの両手が白い膨らみを覆い隠した。耳の穴に舌先を捩じ込むと足がもつれて腰が震えはじめた。あけみちゃんをガラス戸に向けて背後から抱いてやると躰が伸し掛かって安定した。口で耳を、左手で乳房をまさぐりながら右手を下腹に伸ばす。スカートの柔らかい生地を掴んで引き上げる。下着が露わになったところで躊躇いなく指先をゴムに潜らせた。肝心の部分だけを隠す小さな白い下着を押し下げるように指先を這わせるとすぐに陰毛が絡みつき、熱い湿り気に達した。
指の侵入を歓迎するように足が肩幅に開かれた。べっとりと濡れた下着以上にそこは潤っていた。小さくて薄い陰唇と遠慮がちに顔を出した突起。はじめて半開きの口から細く高い喘ぎが漏れて、無機的なエレベーターホールの空間に一瞬共鳴して消えていった。
菊川あけみの躰を背後から意のままに扱いながら、寛の脳裡に埋もれていた記憶が甦った。
二年前。同じ季節。同じ場所。そして、同じ光景。
白い大胆なシャツに浅い黄色のスカート。着ているものまでそっくりだった。そう、そしてあのとき、くたくたに乱れて火照った躰を押し付けてくる智美に命じた言葉。
《着ているものを全部脱げ》
そのときの屈辱と悦びが入り混じったような智美の表情は、一生忘れられないほど脳裏に鮮明に焼きついていた。
非常識な場所で真っ白な肢体を淫らに晒し、悶え喘ぐあけみちゃんの表情を正確に眺めながら、寛は頭の片隅に芽生えた欲望から逃れられなくなっていた。
同じことを求めたら、この子はどうするだろう?
この美しい顔を歪めて拒絶するのだろうか?
それとも、嫌々従うのだろうか、あるいはすべてを受け入れるのだろうか?
けなげで可憐なあけみちゃんの表情がどう変わるのか、自分の知らない彼女のすべてを暴き出してみたかった。
愛撫を止めて、彼女が腕に抱えたカーディガンとずり落ちて肘に引っ掛かったバッグを引き取った。身軽になったあけみちゃんが異変に気がついて薄っすらと目を開けた。
「え? なに……」
隠し切れない困惑と中断の不満が清楚な口元で交錯した。
躰を向き直させるとシャツとスカートがふわりと浮いて、重力にしたがって所定の位置に戻った。
「ひ、酷い……」
しっとりと濡れて光った恨みがましい目がわなわなと震えた。
寛は躰を押し付けてくるあけみちゃんを押し止め、その可憐な姿に何一つ見逃すまいと全神経を集中した。
「あけみちゃんの裸を見せて」
切り揃えた黒髪が肩の上で波打って、目線が宙空をさまよった。薄っすらと染まった目元の桜色が更に濃くなった。華奢な肩が微かに震え、伸びた手先が寛の腕を痛いほどに強く掴んだ。やがて見開かれた漆黒の瞳が正面から寛を見詰めて動かなくなった。あどけない表情に不思議な吸い込まれそうな歓びが微かに現れて、澄み切った。
腕に食い込んでいた指先からふっと力が抜けた。
吸い付けられた磁石の異極のようにしっかりと目線が絡み合ったまま、あけみちゃんの腕が軽やかに宙を舞った。足首から落ちたデッキシューズが固い床でこつんと音を立てた。寛の腕に中身を失った羽衣が積み重ねられた。胸を抱くように小さく直立したあけみちゃんがホールの曖昧な背景に白く輝いた。
意思を伝えようとした口元にえくぼができて、静まり返ったホールに透明な声が小さく響いた。
「見ちゃだめ」
両腕がすっと自然に広がって、柔らかい曲線だけで構成された伸びやかな姿態がスローモーションで躍動した。
さっきよりはずっと力強い声が言った。
「抱いて」
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プランは松崎がノーブラでいることに気づいたときに、ようやく思いついた。松崎の目は会ったときから濡れていたし、寛がそれに気づいていることはすぐにわかった。トイレで仕上をして戻るとテラスから飛び込んできた松崎とすれ違った。慌てて逸らせた目元が真っ赤。キスだけじゃなくて胸くらいは吸わせたのだろう。お茶を飲みながらじっくりと観察すると、スカートを盛んに気にしていたから、それ以上のこともしたかもしれない。気分はむかついたが、わたしのプランには好都合だった。
わたしはなによりも寛の記憶力と、観察と推測に基づいた論理的なまでの直感が怖かった。エレベーターホールであんなことができたのも、明るい直射日光の下で一年ぶりに躰を開かれるのが怖かったからだ。彼の目は私の躰に起きているはずの、自分では見慣れてしまってわからない些細な変化を見逃さないだろう。抱き合っただけで背が少し伸びて、胸もほんの僅かに大きくなったことがわかったのだから。その彼の目を、たとえ一時的でもいいから、逸らすには彼の注意力を散漫にさせるしかない。一度してしまえばあとは何とでも言い繕える気がする。だから、屋外で、落ち着かなくて、彼が常に周囲に気を配らなければいけない場所。薄暗ければなお好都合。そして、偶然目撃した二年前のこと。あれ一度ではないだろう。寛と松崎は何度も似たようなきわどいことをしているはずだ。同じことをわたしが求めれば寛は乗ってくるだろう。わたしはそう確信した。
淫らな松崎に会った直後で、寛は普段より興奮していたはずだ。癪に障ったのもあるが、わたしのノーブラだって効果を高めたはずだ。勇気を奮って背中に抱きついて、胸を押し付けた。あとはとんとん拍子だった。なるべく興奮させて、普段より荒っぽく、滅茶苦茶にされれば言うことなしだ。結果はその通りになった。素っ裸になって抱きかかえられて、あのときの松崎と同じように、立ち上がった寛の腰の上で根元まで貫かれた。背をがっしりと抱えられ、淫らな音を立てながら、彼の首にすがり付いて髪を振り乱したけれど、我を忘れそうになる自分を必死で引き締めた。あらゆる感情が迸ってしまいそうな口は彼の口で塞がれていたから助かった。
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押し分けて入ってきたものをきゅっと締め付けると躰の中心に熱さが弾けた。根元まできっちりと差し込まれると忘れていた感触が一気に戻った。
大きい。凄い。
もう不安はない。寛のアパート。今度はその感触をゆっくりと集中して味わう。
膨らみきったものが僅かに抉るように軋むだけで意識が飛びそうに薄れる。
うわっ。うわっ。壊れちゃいそう。
声が出ていることに気づいて慌てて口をつぐんだ。
彼が腰を廻すと先端が子宮口に押し当てられて、突上げるような快感が全身を硬直させる。
何? 凄い。気持ちいい。おかしくなりそう……。
全然違う…違う、違う。
一番奥まで貫きながら、彼は滅茶苦茶に突いたりはしない。
廻すように、抉るように膣全体を揺さぶられ、子宮口の周りに先端が密着する。
逃れられない快感と圧倒的なまでの充実感が怒涛のように押し寄せて、躰が勝手に反応しはじめる。
寛の熱い息が耳に被さる。
寛も感じてるの? 嬉しい。嬉しい。わたしの躰でもっと感じて。気持ち良くなって。
いつのまにか、つぐんだはずの口が馬鹿みたいに開いてる。
だめ、声が……止まらない…。
蕩けそうな悦楽とがくがくと止まらない痙攣が交互にやってきて、もう、すぐにわたしは耐え切れなくなる。
あっという間にいきそうになって、下腹に力を入れて膣を締め付けた。
まだ。まだ、だめ……。早過ぎる。変に思われちゃう……。
わたしの躰の中で暴れる彼を押さえつけようとする。
そんなわたしの努力を無にするように、足をとんでもない角度に抱え上げられて、熱い塊が一際深い位置に達した。
わたしのささやかな抵抗はすぐに限界に達した。
だめ…もう何も考えられない……。
絶叫とともにわたしの意識はあっけなく破裂して光り輝く乳白色の宇宙に四散した。
失神してた……の?
ぼんやりとした空白。意識の底で暗い流れが絶え間なく移ろっていた。
わたしを見下ろしている顔。
裸の胸に置かれた手が首筋を通り、ピアスに指先が触れた。
心の底に薄気味悪い冷たさが湧き上がる。見透かされてる?
一旦消えたはずの不安が一気に膨れ上がった。
「に、似合わない…かな……?」
影になって彫像のような寛の顔を覗き込んだ。
*************************************
「さっき、母となに話してたの?」
「ん? たいした話じゃないよ」
「なんか……変なこと言ってなかった?」
「変なことって? 一日に三回もポスト覗いて、出掛けて帰ってくれば電話なかったかって、煩くてしょうがなかったって。また、前のように遊びに来て下さいねってさ」
薄暗がりであけみちゃんの目が安堵するようにゆっくりと閉じた。
「どうして…どうして、もっと早く来てくれなかったの?」
首に廻された裸の腕にぐっと力が込められた。
「ん? 慣れなくてバタバタしてたし……免許も取りに行ってたし……」
「酷い」
「あとは、そうだな……あけみちゃんみたいな子が一年も放っておかれることもないだろうから……」
「どういう意味? それ」
「だから、美人だから引く手あまただし、他の男が手を咥えて見てるだけとは考えにくいし……一応、彼氏がいてもショックを受けないよう自分なりに…こう……準備が必要だったわけ」
顔が首に押し付けられて、唇の感触とともに熱い吐息がこもった。
首筋に軽く歯が立てられる。
「彼氏がいたら……どうした?」
「いるの?」
何も映さない漆黒の瞳に見据えられた。
あけみはゆっくりと、確実に首を振った。
水平に差し込んでいた夕陽が細い線のように一瞬明るく燃えて、青い闇に沈み込んだ。
「沈んじゃった……」
暗い海の底に横たわっているようなあけみちゃんの髪をそっと撫でると、大きな目が夜の獣のようにぱっちりと開いた。
「川の音……凄いね」
「最初は耳について寝付かれなかった」
彼女が躰の向きを変えて、抱きつかれていた腕から解放された。自らの躰を陰にして、華奢な白い手が肩から胸をさするように滑った。いつのまにか躰の中心を包むように愛撫されて、寛の内に素直に喜びが溢れた。
「わたし…寛に強引にくっついてきて良かった……。だって、先生、いまどき中学生でもしないような格好で……おまけにノーブラだし。でも……凄いきれいだし、魅力あるから、一人で行ったら戻って来ないかもしれないでしょ?」
細い指と滑らかな皮膚が寛を丁寧に包み込んだ。
「あの、…凄い大きいのね……」「恥ずかしい……けど、気持ちいい?」
「もっと強く握っても大丈夫」
指に恐る恐る力が加わって、敏感な部分を擦るように前後に動きはじめた。
「痛くない? これでいいの? わたし下手? 気持ちいい?」
応える前に、跳ね起きたあけみちゃんがいきなり下半身に蹲った。すっかり回復した先端が熱さと微妙な動きに包まれる。髪を撫でながら角度を調節すると快感が倍加した。小さな顎、小さな口。その頬にいっぱいになって先端が呑み込まれていた。
暮れていく海の底で、ときおり尋ねるように上目遣いの目が訊いた。
青から淡い紫に彩られたきれいな顔、華奢な躰。目の前に晒された白くぼやけた下半身を引き寄せる。口の愛撫を続けさせながら、太腿を引っ張って胸に跨らせる。ふっくらとした尻が割れて濡れた秘所が陰の底で露わになった。小さな割れ目に口をつけるとようやく何をされているかわかったようだ。身を捩って逃れようとする足をがっしりと抱え込んだ。隠そうとする指先を舌で排除して、薄い小陰唇を舌先で掻き分ける。小さいけれど敏感な突起を舐め上げると透明な液体がじゅんと漏れはじめた。尻の肉を両手で掴んで押し広げると、闇に溶けた割れた性器の奥で小さな膣口が漆黒の複雑な影を作った。
最後は彼女の望みのままに、その小さな口の中に射精した。
勢いにびっくりして、かなり無理して呑み込んでしまったように見えた。
照れながら盛んに気持ちよかったかどうか確かめようとするあけみちゃんは、ぞっとするほど妖艶で、可憐な少女が一気に成熟した女になった。
頬に張り付いた髪を整えてやると、くたくたと胸に倒れこんでくるあけみちゃんをやさしく抱く。
「ちゃんとご飯食べてる?」「今度作りに来てあげる」「仕送りいくら貰ってるの?」
「ねぇねぇ、うちの隣空いてるよ、どうせ盆暮れしか帰って来ないんだから兄貴追い出して……」
質問と提案の嵐がやって来た。
ぱっちりとした黒目が恥ずかしそうに伏せられて、可憐であどけないあけみちゃんが戻ってきた。
『空の青 2−5』(続く)