目を開けて、合わせていた手を離す。
背後を振り返ると、佐々川雅明はちょっと離れた銀杏の幹に寄りかかって目に沁みるような空の青を眺めていた。
裸木の白い枝が脈絡のない複雑さをもって空に突き刺さっていた。
彼に向かって歩き出すと、足元の砂利が鳴って青空を映した深い藍色の瞳が正面を向いた。
「お待たせ……」
「もう、いいの?」
叩いたら粉々に砕けそうに引き締まった冷気に息が真っ白に沸いた。
夕実は小さく頷いて佐々川の腕に纏わり付くように自分の腕を絡めた。
長身の佐々川の腕にぶら下がるように背後を振り返ると、無縁仏を葬った仏塔が線香の煙に白くもやいで揺らいだ。
シートに座ってドアを閉めると、密閉された暖かい空気にまだ新しいレザーの匂いが際立った。
すっかり儀式のようになった、無意識の軽いキス。
「そろそろ生理だっけ?」
「まだ…平気。最近、遅れ気味。先月、けっこう遅かったから…来週くらいかな?」
夕実は照れ隠しの笑みを浮かべ、いつものようにシートの背凭れを大きく倒した。自由になった空間を利用して、目を伏せて胸元を開き腕をちぢこめて器用にブラジャーだけを取り外した。彼の視線を完全に意識しながら、その手を休めず腰を浮かせ、捲り上げたスカートに手を差し入れてショーツを引き下ろす。膝を抱え、足首から抜き取ったものを差し出された彼の手に押し付けた。
今脱いだばかりの生温かい下着の臭いを嗅ぐ鋭角的な横顔をうっとりと眺める。
横顔は……どちらかというと女性的な寛に比べると直線的で線が太い。短めにすっきりと刈った髪は、染めているわけでもないのに少し茶色が入って柔らかい。鈍く光る眼鏡のフレームの向こうで二重の瞼がきれいに合わさって閉じていた。
急に羞恥が込み上げて、もう止めてとばかりに彼の肘を引く。
「その後、真佐江はどう? キスくらいしてあげた?」
照れ隠しの無意味な会話。あるいは唐突な話題逸らし。
下着の汚れが付着した部分が鼻に押し当てられているのに気付き、カッと頭に血が上った。
「それとも…もう……とっくに戴いちゃった? 真佐江、ウエスト細いしスタイルいいでしょ?」
下劣な問いかけに、瞬きをしない目が見下ろしていた。
あられもない姿だった。
スカートは臍まで捲くれ上がり、開いた胸元では乳房が完全に露出している。
「恥ずかしいよ。もう、着てもいい?」
肩を寄せるように縮こまって、両手で剥き出しの下腹を覆う。
「靴下と……マフラーだけでいいよ」
期待通りに首は横に振られた。
――今日はどんな辱めを受けるんだろう?
全裸で外に引きずり出されて見知らぬ場所に放置? ビデオを撮られながら立ったままおしっこ? 知らない人の前でお尻を剥き出しにされる? 夏の終わりから今まで、彼に求められるままに繰り返した、屈辱と羞恥が入り混じった腰が抜けそうな体験の記憶が麻薬のように脳を侵し始め、想像しただけで躰が震え、燻り始めた躰の芯に小さな炎が灯った。
佐々川の目の前で、ワインレッドのソックスと同色のマフラーがガラスを通した真昼の日差しに鮮やかに燃え上がっていた。首の周りと膝から下だけが布地で覆われて、夕実の真っ白に輝く柔らかな曲線は余すところなく真昼の光の下に晒されて、優しい影が魅惑的なコントラストを描いていた。釣鐘のようにくっきりと盛り上がった左右の乳房が小刻みに震え、淡く色付いた乳首がぷっくりと首をもたげた。ぴったりと閉じられた太腿の合わせ目で、布地に押さえつけられていた数えられるほど僅かな陰毛が光を受けてきらきらと瞬いていた。夕実の目元が鮮やかな薔薇色に染まり、不安と恥辱に困ったように表情が歪んだ。
五本の指で、真上を向いた夕実の乳房を掴み上げる。
「外から……見えない?」
「このあいだ、うっかり夕実ちゃんと間違えて肩に手を回したら、ビクンって跳び上がって、目を丸くして驚いてた」
「真佐江?」
「そう。最近、誰か悪い友達に入れ知恵されているみたいで、スカートはどんどん短かくなるし、胸元開いた服で見えそうだし……。おかげで一人で帰すわけにもいかないし…送って行くのも大変なんだぜ?」
硬いくらい弾力のある乳房を揉む手に抑揚をつけながら、かちかちに尖った乳首を手の平でこする。
「よかった…。大成功」
夕実はにんまりと笑いながらも、唇を震わせて刺激に耐えていた。
「帰り際に、キスくらいしてあげたら?」
「悪い女だな。あんな真面目な子なのに。そそのかしたらダメだよ」
「そう、じゃあ今度は……そういうときは胸元にクタクタって倒れこんで、ギュってしがみつくように入れ知恵しておく」
ときおり目が閉じてしまいそうになる夕実を眺めながら、佐々川は余裕たっぷりに笑った。
「ははは。それくらいじゃ、なんとも思わないよ。いつも裸の夕実ちゃんを見てるからね……。一度、この格好を彼女に見せてやりたいな。彼女の前で夕実ちゃんを裸にして抱けば、いくらなんでも目が醒めるだろ? このまま…これから行こうか?」
佐々川がエンジンをかけると、夕実はあたふたと慌てた。
「え、嘘。そ、それはダメ。絶対。そんなところ見られたら……めちゃくちゃ怨まれる…じゃない……」
夕実の大きな黒目は既にしっとりと濡れて、無意識の内にぴっちりと閉じた太腿が微かにこすれ合わさっていた。
夕実のなだらかだが、まだ生硬な下腹のカーブを左手で撫でながら、佐々川は滑るように車をスタートさせた。ときおり指先を夕実の熱くぬめった割れ目に潜り込ませながら、細くくねった下り坂を片手で器用にトレースしていく。坂を下りきると影になった北斜面の谷地を真新しい白いフェンスが蛇のようにくねっていた。
佐々川はハンドルを切って、道から外れた。
無理矢理開発された丘陵にへばりつくように建ち並ぶ住宅の排水を一手に引き受けたかのようなドブ川は、忍び返しがついた高いフェンスで完全に区切られて、御丁寧に川面はコンクリート版で蓋をされていた。すべてが真新しく人工的で、日の翳ったくすんだ谷地に強烈な違和感をもたらしていた。
「ここが……例の場所?」
周囲を見回した夕実が小さく肯いて指差した。
「あのあたりかな……」
去年とは見違えるような光景だった。
かつて駐車場だった場所は一文字が1m角ぐらいはありそうな、マンション建設予定地と描かれた巨大な看板で塞がれていた。その向こう側にはまったく同じ形をした3棟の朽ちた木造アパートがあったはずだが、道路側の一棟は既に影も形もなく、中央の一棟にはカニの爪を持った重機が取り付いて半分ほどが解体されていた。ドブ川に近い、夕実が頻繁に足を運んだ一棟だけがかろうじて原型を留めていた。それでも窓や外側に付いていた鉄骨階段は取り外されて、ガラスのない窓からは暗い室内が覗いていた。
日曜だから工事は休みなのだろう。逆光になった建物を透かすように斜めから光が差し込んで、静まり返った谷地は凍りついた水底のように静まり返っていた。
一瞬、夕実が何か訴えかけるように口を開きかけた。
「降りてみる?」
肯きかけた細い顎が固まって、全裸の肢体を困ったように一瞥した。
「で、でも……この格好じゃ……」
「誰も……いないよ」
佐々川が答えると、夕実は長い睫毛が縁取る目をそっと伏せた。

車を降りて、連れ立って最後に残った一棟の建物に歩きだした。
ワインレッドのソックスとお揃いのマフラーだけを身に着けた夕実は心細そうに身を竦め、前を隠そうと落ち着きなく両手が乳房から下腹を往復するが、残暑の頃のように丸くなって蹲ったり、泣きそうな顔で懇願したりすることはなかった。震えている夕実に背後からコートを掛けてやると表情が柔らかく和んだ。
「ありがとう……。こっち……。いちばん奥なの……」
まったく同じ形が5つ繰り返されて、ぽっかりと開いたドアのない開口に薄汚れたモルタルのタタキとくすんだ上り框が見えた。ドブのすえた臭いの代わりに乾いた藁のような臭いが漂っていた。
タタキに入り、コートの内に片手を指し入れて、裸のウエストを引き寄せた。
「寒くない?」
素直に寄り掛かってきた夕実の背と尻を擦りながら口を合わせると、答える代わりに夕実はしっかりと吸い返してきた。
台所だったと思われる場所には細い配管が剥き出しで這っていた。大して広くはない部屋はがらんとして、反対側の窓から差し込む午後の光が荒んだ生活感の欠片もない空間をあからさまにあばき立てていた。
「こっち……」
夕実に手を引かれ、かつては戸で仕切られていたはずの欄間をくぐる。
敷かれていたはずの畳は既に撤去されていたが、隅の板敷きの部分に机が一つ放置されたままになっていた。白い布に包まれた遺骨が無くなっている以外は、1年前、夕実が見たままの状態だった。
「これが……左手の彼?」
机の上に立て掛けられたままの遺影には薄っすらと埃が積もり、引き伸ばしすぎてピントの暈けた酷い写真をいっそう曖昧に曇らせていた。手にとって軽く振るだけで、舞い上がった細かい塵が差し込む陽光にちらちらと瞬いて光った。目を細めても、顔の輪郭すら上手く掴めなかった。
「……彼とはどこまでいったの?」
遺影の入った額を元通りに立て掛けて、服を着ているときには想像もつかないほど女らしくたっぷりと肉の付いた夕実の腰を引き寄せた。
――え?
夕実は驚いたような表情を向けて、困ったように曖昧に笑った。
「彼とは……そういうことは…してないもん」
重力に抗って水平に突き出た乳房を下からつつくと弾力を持った膨らみがふるふるとたわむように震える。肩に引っ掛けただけのコートが自然と腕に落ちた。
「ふ〜ん。こんなに魅力的な女の子を前にして……彼は、ずいぶん我慢強かったんだね?」
「別に…エッチな意味じゃなくて、お風呂入ろうって言われたことはあるけど……、あの頃は……そんなことできなかった……。あ、でも……おっぱい大きいって、触られたことはあったかな? 服の上からだよ」
背後に回ってマフラーを外し、両手の平で乳首を擦りながら、張り切った乳房を揉みしだく。
「そ、そういう……エッチな触り方じゃないってば……。お母さんの代わりだよ」
夕実の声に甘い響きが加わった。
「他には?」
「う〜ん。お風呂から出てきた…彼の体を拭いてあげた……。だって…びしょびしょのまま抱き付いてくるんだもん」
「体って……全部?」
夕実の目元が赤く染まった。
「だって、だって、しょうがないじゃない。子供なんだし、濡れたままじゃ風邪引くし……」
「でも、躰は大人なんでしょ? 拭いてるうちに立ったりしなかった?」
夕実は首筋までピンクに染めて、肯いた。
「どうしてわかるの? ビックリしちゃった……。成熟しないと、そうならないって思ってた……」
「しごいてあげたの?」
振り返った夕実が強引に抱き付いてきた。
「そんなこと……するわけない」
「かわいそうに……。中途半端な状態で放り出されて。オレだったら最後まで責任とってよ! って言うかな」
背中の手をゆっくりと尻に滑らせる。
「そ、そうだよね……、わたしも中途半端にされると…困っちゃう……。期待させるだけ期待させといて…わたしって…悪い女? 酷い女?」
「ああ。男を手玉に取って狂わせる、今まで会ったなかでいちばん淫乱な女だな」
「でも! だから……彼が亡くなった後……、ここに来て…ここで裸になって…見せてあげた……。写真の前で裸になって…彼としてることを考えた……。彼が望むなら…してあげればよかったって考えた……。」
「ここでオナニーしたの? 去年?」
夕実は胸に顔を埋めたままはっきりと肯いた。
尻の谷間に滑らせた指先はすぐに熱く湧き出る泉に埋もれる。溢れた分泌液は内腿から尻の穴まで濡らしていた。
「ちょっと妬けるな。オレも見たいな。夕実ちゃんのオナニー」
陰唇の奥へ更に指先を滑らすと、硬く尖った突起に行き当たる。
「そんな……。恥ずかしいよ」
夕実の腰が小刻みに震え、押え切れなくなった喘ぎが静寂を満たし始めた。
「どうやってオナニーしたの?」
途切れがちの息に掠れた声が聞こえた。
「机の…角に……」
「ここを押し付けたんだ?」
夕実はガクガクと首を縦に振る。
夕実を抱きかかえ、ハンカチで汚れを拭き落とした机の角に跨らせるように足を開かせた。
「こんな感じ?」
尻を両手で持ち上げるように押し上げて手を離すと、夕実の背がしなってうっと呻いた。
振り向いた目が羞恥にさまよう。
「写真に撮るの?」
小刻みに腰が震え、机に突いた手がしなり微妙な抑揚をつけて躰が上下に動き始めたのを一歩下がって佐々川は見詰めた。
華奢な肩、細い背中ときついほどきゅっと締まったウエスト。その下の白桃のような丸い尻とすらりと伸びた足。染み一つない真っ白な肌が佐々川の目の前で淫猥な動きを繰り返し、ときおりぬちゃぬちゃと陰部がこすれる音さえ聞こえた。
「……恥ずかしいよ。もう、ぐちゃぐちゃ……ねぇ? 撮ってるの? あんまり…変なところまで写さないで……」
夕実は自ら乳房を掴み、髪を振り乱して喘いでいた。そのすべての瞬間を逃すまいと、佐々川はシャッターを切り続けた。
「ねぇ、何か言ってよ……」
答える代わりに佐々川は金色に光る小さな筒をポケットから取り出した。
――口紅。夕実への…血の色の……誕生日のプレゼント。
小刻みに躰を動かし続ける夕実の顎先を指で引き上げる。
「ここがあるのもそう長くはなさそうだし……、せっかくだから、おめかししよう」
いがらっぽい乾いた空気に夕実の女の匂いに混じって微かな花の芳香が漂った。滑るようなぬめりで形の良い唇を彩っていく。
下唇から上唇へ。最後に鼻下のM字のエッジをくっきり描き込んで……、艶やかなまでに彩られた夕実の顔を目に焼きつける……。
「下の唇にも…塗って……」
夕実は自ら机に尻を乗せ、頬を染めて下肢を大きく広げた。
「……きれいだね」
広がりきった下肢の中心の肉の裂け目を更に指で押し広げる。割れ目から開放された小陰唇が花弁のように左右に広がった。その敏感な肉の襞になぞるように丁寧に鮮やかな色を塗りつけた。
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――男たちは皆、判で押したように「きれいだね」と言ってくれる。飽きもせず、逢うたびに乳房を掴み、尻を撫で、足を広げたがる男たち。女の性器なんて…決してきれいなものじゃないと思いつつも、一方では鏡に写した自らの裸体を仔細に点検し、不安と自惚れの合間を揺れ動く。
「ねぇ? 撮って……」
不自然にならないように精一杯の笑みを浮かべ、彩られた性器をレンズの前に差し出した。
シャッターが切られる度に、廃屋のくすんだ光のなかで、赤く塗られた上下の唇が別の生き物のように妖しく息づいた。前から、後ろから、必要以上に足を広げ、尻を突き出す。
「ねぇ、わたしの写真…他の人に見せないでね?」
吐く息が凍てついた空気を白く暈した。
「どうして? こんなきれいなお尻の子、普通いないし。みんな喜ぶよ。だから、もっとよく見えるようにして」
夕実は言われるままに膨れた陰核を自ら剥いて、濡れそぼる性器がはっきりと写るようにポーズを変えた。
「ほんと? わたしの躰きれい? でも……知らない人に見られるのは…困るよ……」
見られることがいつの間にか快感になっていることは薄々気付いていた。屈辱的なポーズをとればとるほど、自虐的なまでの快感に酔い痴れる。そして何日か後には、彼の部屋の壁に等身大に引き伸ばされたり、シャレた銀革のパスケースの見開きや、講義ノートの見返しで、とても正視できないようなポーズで微笑んでいるはずの自分を思い起こすだけで膝がガクガク震えた。
佐々川は悲しくなるぐらい真っ白な尻を眺めながら、先端を赤く塗られた陰唇に埋めて陰核から肛門までを焦らすように往復させた。ときおり、一段凹んだ膣口に先端が潜り込みそうになる愉悦で気が狂いそうになる。
「お願い…もう許して……。それ以上されたら…授業できなくなっちゃう」
塾講師のアルバイトの退職日が間近に迫った夕実には、このあと3時過ぎから2コマだけ補講が組み込まれていた。
「ね? もう、あと少しだから…最後までちゃんとやりたいの……」
夕実はくるりと体勢を変えて、膝を突いてしゃがんだ佐々川の下肢の間に跪いた。
そそり立つ男性器に顔を埋め、先端を自ら顔にこすりつけ、手の平にのせた陰嚢を軽く揉む。際立つ強靭な長さを両手で押し包み、丸い亀頭の割れ目を舌先でなぞる。
「凄い。……立派ね。ぞくぞくする……」
先端を喉の奥に呑み込んで、口全体で慈しむ。
彼の好みは知り尽くしている。伏し目使いの顔が見えるように首を少し傾けて、四つん這いの尻を持ち上げる。反り返った背中を彼の手が這って尻の割れ目に襲いかかる。
膣と肛門に指を入れられながら、腕で彼の腰を抱え、口で硬直したものを深々と呑み込んだ。躰中の穴をすべて塞がれながら、夕実は的確な律動を加え続けた。
頭を押えられて彼の動きがあからさまな抑揚をつけだすのに合わせ、両手でしごきながら先端を唇で愛撫する。そろそろフィニッシュだ……。
顔を熱い硬さが這い回る。
ひときわ大きな律動と共に、熱い飛沫が閉じた瞼を襲った。
ねっとりと流れる熱さの次に、青臭い若さがいっぱいに広がった。
ビュッと音を立てて唇を濡らす精液を舌ですくい、濃厚な苦さを味わう。
「かけて……、顔にたくさん……。たくさんかけて…写真に撮って……」
夕実はその音に向けて誇らしげに、精液をたっぷりと浴びた顔を差し出した。
荒い息にシャッター音が混じり始めた。
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空気は身を切るように冷たかったが、コートのポケットに突っ込んだ手先はあけみの指先と絡み合って嘘のように温かだった。ぴったりと寄り添って歩くあけみの息が真っ白に凍てついた空気を染める。目抜き通りの手前で地下に降りた。
張り詰めていた空気がふんわりと柔らかになった。
中途半端な時間だったから、駅に続く地下通路はがらんとして人通りは少なかった。
唐突に、絡んだ右手が強く後ろに引かれた。
あけみは明るい照明に照らし出されたショーウィンドウに見入っていた。
「ねぇ、これ…夕実じゃない?」
首を捻って一歩戻り、あけみが眺めているものを注視する。
――ん? ポスター? こけし? 何かの……、創作こけし展?
黒い背景に浮き出たこけしと、小さなこけしを胸元で抱くように…慈しむ和服の女……。
――え? 顔はわざと暈したように曖昧だが、大きな目は隠しようがない……。首から肩のラインや胸元の白さ……、見覚えのあるかたちと柔らかさ……。
「……まさか。そう言われれば…似てる気もするけど……違うよ」
言葉とは裏腹に、一瞬、脳裏を何かが掠った気がしたが、寛は敢えて小さく笑った。
「ちょっとピントが暈けてるけど……雰囲気は夕実なんだけどなぁ……」
あけみはまだ納得がいかないのか、盛んに首を傾げていた。
動揺したわけではなかった……。
――もしあれが夕実なら……、オレは夕実の何を見ていたのだろうか?
思考は止め処もなく拡散し、放心しながら……、寛はすぐ隣で、まだポスターを眺めているあけみの整った横顔に見蕩れていた。
唐突に、ほとんど無意識の、本能的な衝動が突き上げた。
あけみを抱き寄せて強引に口を合わせた。
あけみは驚いて一瞬抗うが、すぐに吸い返してきた。吸い返しながらも胸に手を突いて躰を剥がそうともがいた。
「ちょ、ちょっと……びっくりするじゃない。……それに……、他人が見てるよ」
あけみの困惑を無視して、右手がコートの内に潜り込む。
ふっくらと盛り上がった乳房を服の上から強引に掴み上げると、あけみはハッと息を呑んだ。口を再び押し付けて言葉を奪う。かまわずに荒々しくあけみの乳房をまさぐり、その手を滑らせてスカートの裾を持ち上げる。こもった空気の温かさを感ずるまでもなく、すべすべの腹に押し当てた指先はゴムをくぐる。
口を塞がれているあけみが暴れた。
「ちょ、……寛? どうしたの? だめだって……、ね、ここじゃだめ。うちにいこう? ね? うちに行ったら……いくらでもしていいから……」
躊躇うことなく指先は柔らかな秘毛地帯を掻き分けて、熱く潤った谷間を探し出す。たっぷりとぬめりをまとった中指は導かれるように突き進む。すぐに谷底に口を開いた複雑な襞を見つけ出す。つるんと先端が潜り込むとあけみが背筋を硬直させた。ざらついた膣壁を通り越すと、吸い付くように肉の熱さがまとわり付いて指全体が強く締め付けれた。
「う、うそ……。見えちゃうよ」
あけみは慌ててポケットに両手を突っ込んで、大きく広げたコートで寛を丸ごと包みこむように抱いた。
寛の指先が締め付けに抗して円を描くようにあけみの膣を掻き混ぜた。
「だめ……。腰が抜けちゃうよ。ね? どうしたの、いったい?」
手の平全体にあけみの重みが掛かり、恥骨のかたちがはっきりと伝わった。
唐突に憑き物が落ちたように寛は動きを止めた。
「ごめん…。乱暴だった?」
あけみのすがるような目が寛を見詰め、首が数回横に振られると爽やかなコロンの匂いがふわりと立ち上った。
「寛にだったら……、寛にだったら乱暴されてもいいけど…だけど……もう! 悪い子なんだから……」
目元を染めたあけみが湯気が立つ中指をハンカチでしっかりと拭った。
「うちに行こうよ。ね? お腹も減ったでしょ?」
そういえば……食事をしようという話だったのだ。忘れていた空腹感が甦り、寛は肯いた。
「うちに行こう。ご飯、たっくさん作ってあげる」
寛はぴったりと寄り添って腕を組んだあけみに引き摺られて歩き出した。
*************************************************

pm 5:15。
久野夕実はその日の授業と指導をすべて終え、業務報告書を書いていた。
昼間、中途半端に触られた胸が張り切って、乳首がつんと立っているのがはっきりとわかった。生理にはまだ早いはずだが……、ブラジャーを取られてしまったから、腕を動かすたびに布地に擦れて痛いくらい。おまけに、得られなかった充足への未練が下着に覆われていない性器を執拗に疼かせて、耐え切れなくなって座り直すたびに、腰が震えるほど甘美な感覚が躰の中心を貫いた……。
――こんなことなら…最後までしておけばよかった……。
自分から言い出したことながら、夕実はその判断を悔いていた。
夜10時まで、あと4コマの指導を抱えている佐々川君は、最高に浮かない顔で「じゃあ、気を付けて帰ってね」と言い残して入れ替わりに教室に出掛けていった。
12月に入り、受験シーズンも最終コーナーに入った日曜日。各教室は熱気に溢れた最後の追い込みに入っていた代わりに、控室はがらんと静まり返っていた。佐々川君も他の講師も出払って、いちばん奥の窓際に平野だけが一人ふんぞり返っていた。
欠席者をもう一度チェックして、指導内容、生徒からの質問内容を書き込む。
問題点や特記事項は特になし……ああ、一人、席を代えてほしいと言っていたのは……誰だっけ……。名前が出てこなくて夕実は宙を睨んだ。
ふと、背後に気配を感じた。
――平野?
ペンが止まり、指先に力が入った。
なんだろう? 別に咎められるようなことはしていないはず……。
だが、下着を着けていないことは自覚していたから背筋に緊張が走った。
――大丈夫、大丈夫。ジャケットを着ているから…誰にもわからないはず……。
長い沈黙に思わず振り返りそうになったとき、低く響く押し付けがましい声が降ってきた。
「退職の件、昨日、事業部長に話しておいたよ。とても…残念がっていた」
夕実は振り向かぬまま机に小さく一礼した。
「そうですか…。お手数、お掛けしました……」
再び沈黙が横たわり、暖かい空気を吹き出すエアコンの音がやけに大きく聞こえた。
平野は立ち去る気配もみせず、夕実はうなじに強い視線を感じていた。
「あの……。佐々川君のタイムテーブル……、戻してくれて…ありがとうございました」
ふっと平野が笑った気がした。
「ああ。一応、できるところまではやっておいた。後は後任が決まったら、そっちと調整して……」
肩に置かれた手の分厚い重みを感じるのと、夕実が振り向くのが同時だった。
振り払わなければいけないはずの接触だったが、たった今聞こえた平野の言葉が一瞬の躊躇を生んだ。
「……後任?」
見上げた先で平野が薄く笑ったが、勝ち誇った笑顔というよりは寂しそうな表情に夕実は戸惑った。
「君のような彼女がいて、彼は幸せだな……」
――??。何? わたしを褒めているの?
いつになく穏やかな口調と肩先から伝わる温かな感触が夕実の警戒感を麻痺させていた。
「後任って…どういう……」
「前から話は出ていたんだが……校長に呼ばれてね、ガタガタになってる札幌校の教育事業部長としてテコ入れしてほしいと言われたよ。冬季講習が始まる前に…再来週かな? 年内には向こうへ行かねばならん」
平野は憮然とした表情で、つまらなそうに語った。
「栄転じゃないですか……」
「ん? シベリア流刑じゃないか?」
皮肉な笑みが厳つい顔の端に張り付いた。
「君のおかげだよ。今期、15%も業績が上がって上層部のお眼鏡に適ったのは……」
何と応えるべきか躊躇って、夕実は口を噤んだ。
「嬉しいだろう? 嫌な奴がこの街から消えて……。君の一言で奈落へ失墜するはずの男は、君のおかげで逆に出世できたというわけだ」
「約束を…守ってくれたから……、わたしは言わない」
平野の指先が肩に置かれた手から伸びて、首筋に触れた。撫で上げるように顎の下に潜り込んだ指が夕実の顔を平野に向けさせた。
「よく見せてくれよ。勝利の女神の顔を……」
視線と視線が真正面からぶつかり合って、絡まった。
「きれいな顔じゃないか……。北海道にいくのがイヤになってきたな」
「ば、馬鹿なこと言わないで……。せっかくのチャンスなのに」
「そうか? こうしているとツマラナイ仕事にしがみついて、いちばん大事なものを喪ったようにしか思えないんだがな……」
思いがけない言葉を聞いて、夕実は慌てた。
どぎまぎするような居心地の悪さと、こそばゆい感覚が僅かな羞恥と共に立ち上った。
首筋を滑り降りる指を捕まえようとする前に、平野の分厚く巨大な手の平が蜘蛛のように広がって、首に押し当てられた。
一瞬、首を締められるのかと思った。
何か言わなければ……と気ばかりが焦って声すら出なかった。
そのまま重力に任せるように、乾いた温かさが襟内に差し込まれた。
夕実は身動きもできず、硬直してハッと息を呑むと、ブラジャーをしていない乳房をがっしりと平野の手の平に握られていた。
思考が麻痺したように頭の芯だけが熱く燃えていた。
「いつもは姿勢がいいのに、今日は少し猫背だったな。本人が気にしてちゃ、オレの目は誤魔化せないよ」
ほんの数週間前、平野に躰を蹂躙された記憶が堰を切ったように一気に溢れだした。
忘れようと何度封印しても瘡蓋のように意識の片隅に張り付いて、落としても落としてもすぐに盛り上がってくる、黒く固着して腐臭が漂いそうな薄汚れた記憶。躰の髄に彫り込まれた屈辱、痛み、逃れられない荒々しい力による凌辱の痕がひりひりと競うように声にならない悲鳴を上げた。
「松崎よりずっといい女じゃないか? 灯台下暗しってホントだな」
――え? 松崎先生よりも? ……そんなこと、誰にも言われたことない……。
するりと忍び込んだ言葉が燻ぶり続ける記憶に火を放った。
取引とはいえ、自ら進んで裸になって抱かれた相手だった。膣を指で掻き混ぜられ、立ったまま尻を抱えられて、暴力的な衝動に喘ぎ、妖しく燃え盛る黒い炎に身を任せたのは紛れもない事実だった。
「いい乳だ……」
ちぎれんばかりに乳房を握られて、夕実は呻いた。
――そして、あの日。そうなることがわかっていたのに、罠に嵌りにいった……。他に方法はいくらでもあったはずなのに。圧し掛かられた重み、服を裂く荒々しい手付き、引き摺り下ろされる下着、躰を二つに畳まれて乳房を吸われ、壊れそうに広げられた足、身動き一つできないように押え付けられて、深々と犯された忌々しくも奮えが止まらない恥辱。ダムが決壊するように封印した生々しい記憶が一気に甦った。
「……痛い」
乳房を掴んでいた力がスッと弱まって、消えた。
――え?
乱れたシャツの襟が元通りに整えられたことに驚いて、思わず平野の顔を見上げた。
「…すまない」
平野の視線が逸れて、机に広げた勤務表を一瞥した。
「もう終わったのだろう? ……食事でもどうだ?」
何も考えることができず、促されるままに夕実は小さく肯いた。
『空の青 12−1a』(続く)
作成日:2009/11/25 最終更新日:2009/11/25