春から夏へ 2

14階の廊下の端のエレベーターホール。
壁の陰でわたしは迷っていた。
あのドアの向こうで今何が行われているのか、考えたくもないことが頭をぐるぐると駆け巡った。でも、このままここにいても意味がないことは明らかだった。知らない方が良かったと、諦めて自分の愚かさ加減を呪いながら引き揚げようとしたときだった。

静まり返った廊下に突然、微かな笑い声とともにドアが開く音が聞こえた。
その距離がさっき閉まったドアと同じ気がしてわたしは焦った。2台あるエレベーターは無情にも両方とも“1”の位置にランプを点したまま静止していた。廊下を歩く華やいだ女の声が確実に近づいてきた。
わたしはあたりを見回す。
迷わずエレベーターの脇にあるガラス扉を開けて吹きさらしの階段に出た。半層分だけ駆け下りて踊り場の部分で手摺の隙間から覗くようにホールを見返した。

「あら、いい風ね」
暮れ始めた空気の中で女の声が華やいだ。
開きっぱなしになっているガラス扉の向こうに松崎の姿が見えた。あのまま部屋から出てこなかったら、惨めに帰るしかなかったわたしだが、ホッとしたのもつかの間だった。ホールの明るい照明に浮き上がった松崎は襟が肩まで大きく開いた真っ白なシャツ着て、薄い黄色のスカートに着替えていた。羨ましくなるほど白く盛り上がった胸と短いスカートから扇情的に露出している太腿が目に飛び込んできた。

まるで少女のような格好をしている松崎に対して、呆れると同時に一気に気分がむかついた。
「エレベーター呼ばないと来ませんよ」
先生の後ろに立った寛の声が低く響いた。
「階段で降りるんですか?」
「あら、けっこう大変よ」
凍りついたようにわたしは動けなかった。
見つかると覚悟したとき、グレーの腕が後ろから松崎を抱きとめた。
そのまま仰け反るように上を向いた松崎と寛の顔が重なった。
キスをしたまま寛の大きな手の平が揉み上げるように松崎の胸に吸い付いた。
「誰か来たら困るじゃない」
「まだ両方とも一階に止まってますよ」
寛の片手が下に伸びてスカートの裾を持ち上げた。そのままするすると腰のあたりまで引き上げてしまうと、真っ白な小さなショーツがそれと同じくらい白い下半身の一部を僅かに覆っていた。松崎の手は後ろに立っている寛を捕まえようと空を切るばかりで、剥き出しの下半身を隠そうともしない。寛の手先が滑らかな腹からショーツの中に潜り込んだ。わたしは瞬きもできずにその光景を見ていた。
潜った手が無理やりショーツを押し下げて、はみ出た黒い陰毛を毟り上げるように引っ張った。白く滑らかな下腹と控えめに薄く翳っている陰毛のコントラストが刺激的だった。寛の指が陰毛を掻き分けるように動いてその中心部に指先が埋め込まれた。そのまま更に下に押しやると一際悩ましげな声が松崎の喉から漏れた。

やっとのことで向き直ると松崎は寛の胸に顔を埋めた。
「ごはん食べに行くんじゃないの?」
咎めるような口調も普段と違ってまったく実感がこもっていない。
再び、正面から口と口が合わさって寛の腕が松崎の細い腰を抱きしめた。
そのまま両の手で薄黄色の布地に包まれた大きな尻を撫で回すと、松崎の呼吸が一気に荒くなった。スカートからすんなりと伸びている足が少しづつ広がってちょうど肩幅くらいになったとき、スカートが捲り上げられて、乱れて半分剥き出しになった尻とショーツが互いにその白さを競い合っていた。
寛の手がつるっと剥くようにショーツを下ろす。
股下に入れた手がショーツを腿の中間まで押し下げた。すかさず、松崎の染み一つない滑らかな尻を寛の両手がわし掴みにした。こねるように手が動くとその中心で液体が音を立てた。下から見上げているわたしには、寛の手が動くたびに紅色にくすんだ肛門から、その奥までが丸見えだった。天井のダウンライトの光がガラスに反射してその中心がぬめっていることまでわかった。寛の指が周期的にぬめりに潜り込むと寛の首にしがみついた松崎の腕に力が入る。すすり泣くような甲高い声が喉から漏れて、階段の遥か下の地上から湧き上がってくるような騒音にかぶさった。寛の中指がきれいに広げられた中心部に突き刺さって、根元まで呑込まれた。最初は一本。次ぎは人差し指が加わって、最後に薬指まで合計三本。そのまま前後にゆするように抉り始めると、松崎の痛いほどに白く硬直した指先が寛の後頭部を狂ったように掻き毟った。

「今10階まで上がって来ましたよ」
寛が松崎の頭越しにエレベーターの扉の上を見上げていた。
怒ったように松崎が唸って寛から躰を離した。寛がすばやく捲り上げたスカートを下ろしてやるとすっと伸びた腕が寛の頭を引き寄せて一瞬唇が合わさった。
二人が離れるのと同時に軽快な電子音が響いてエレベーターの扉が開いた。
松崎は寛の陰に隠れるように人をやり過ごす。
当然、空いたエレベータに乗り込むのかと思ったら、松崎は呆れたことに寛の右手を掴まえて自分のスカートの中に導いた。
更にもう片方の手を寛のズボンの前に押し当てて、白い指が寛のズボンを摩り上げるように艶かしく這いまわる。
寛の視線が怖いほど強くなって、射るように松崎の顔に突き刺さった。

あんな目で真正面から見られたら、わたしは自分が自分でなくなりそうだ。
わたしは隠れていることも忘れて惚けたように目が離せなかった。

寛を見上げている松崎も目が離せないらしい。腰ががくがくと震え始めた。
寛の身体が前に出て松崎を壁に押し付ける。
腋の下に突いた寛の両手がなければ立っていられないほど膝ががくがくとわななき始めた。
掠れた声が低く響く。
「ねぇ…」「ねぇ」
寛の目は動かない。
その目を見詰めたまま松崎の両手が動いて自らの下着を降ろし、足先から抜き取った。
右手に握り締めたそれを寛が奪って自分のポケットに入れた。
寛が松崎の耳に唇を寄せて囁いた。
寛の首にすがりついた松崎の表情が大きく歪んだ。
一瞬の逡巡。
シャツの裾にまわした手が交差した。
一気に捲り上げて首と腕からシャツを抜き取る。宙に浮いた白い布を寛がすかさず手で受け止めた。迷わず松崎の手が背中に廻って自らブラジャーのホックを外す。受け取った寛が二つに折りたたんでズボンのポケットに押し込むと、寛の顔を見詰めたまま何のためらいもなくスカートを落した。ヒールの部分だけ黒いサンダルが一瞬軽やかに舞い上がって黄色い布が寛に渡された。
エレベータ・ホールの少し青みがかった照明の下で、松崎智美は自ら全裸になって、躰を隠そうともせずに寛を見詰めて震えながら立っていた。

わたしの方が心配になってあたりを見廻してしまう。

華奢な肩の下にびっくりするほど豊かな乳房があった。
滑らかなウエストは両手で掴めそうなほど細かった。
滑らかな曲線を描く下腹は淡い陰になって足の間に収束していた。

その美しさにわたしは見とれてしまった。
その大胆さにわたしは呆れていたけれど、松崎が悔しいほど羨ましかった。
全裸の松崎の躰を寛の手がまさぐった。
ゆっくり、早く。柔らかく、荒々しく。さすり、撫で、掴み、揉み上げた。
全裸の松崎の躰を寛の指がさまよった。
乳首を摘み上げ、陰毛を引っ張り、性器を抉り、肛門を犯した。
広げさせた足の間に手を這わせ、溢れた液体を松崎の腹に、乳首に、頬に擦り付けた。
後ろから前から、松崎の足元に座り込んだ寛が女の性器を舐め上げる。押し殺した悲鳴のような声が響いて松崎が躰をくねらせた。

わたしはその光景を唖然と見詰めていた。
松崎の手が寛のズボンを覆った。
ジッパーを下してその中に指を潜り込ませる。
引き出そうとするが上手くいかない。
寛が手を沿えると、固くなったものが音を立てて松崎の手に収まった。
両手で握り締めた松崎の呼吸が荒くなって、耐えていたものが切れたように暴れだした。
わたしはもう惚けたように瞬きも出来なかった。

背中を壁に押付けて立たされた松崎の両足を寛が広げた。
その間に自分の下半身を割り込ませ、松崎の両足を抱え込むようにして寛が挿入した。
腰を持ち上げるようにして寛が立ち上がる。
首筋にしがみついている松崎をそのまま抱きかかえるように壁から離れると、松崎のすべての体重が性器にかかって寛を根元まで呑み込んだ。
松崎が仰け反って呻いた。
正確に松崎の体内に送り込まれる寛の性器を見て、わたしは涙が出るほど悔しかった。
結合した松崎を抱きかかえたまま、寛がホールの扉から出てガラス戸を締めた。ホールから死角になる扉の脇で、腰に乗せた松崎の躰を小刻みに揺らすように動かすと、意味のない言葉が松崎の口から溢れ始めた。手摺に掛けたシャツを寛が口に咥えさせた。

漏れる声は小さくなったけれど、間隔がどんどん短くなって登り詰める様子が手に取るようにわかる。甲高くすすり泣くような、悩ましい声が夜の闇にかき消されていった。
自分にまでおかしな気分が押し寄せて来て、わたしは手摺の陰に座り込んでしまった。
わたしの知らない世界の深さと闇に怯えた。闇を渡る風と下に広がる街の灯りが同時に見えた。どんな理屈も言い訳も空しかった。
わたしは、寛を受け入れている松崎の蕩けそうな表情がすべてを語っていると信じた。

挿絵1

『Touch me』

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切った爪がパチンと音を立てて跳ねて飛んだ。

カーテンの外からときおり表通りを走る車の音が聞こえていた。
気温が下がらない暖かい夜だった。
ベッドに寄り掛かってだらしなく足を投げ出す。
携帯のアドレスを呼び出して、か行を選択する。
いちばん頭、アルファベットで“KAN”。
コールボタンを押しても返ってくるのは、つれない人工音声のメッセージ。
諦めて充電器に載せる。
LEDが赤く小さく点った。

男と女がどう好きになって、好きになるとどうなるのか、わかったようでわからない。
相変わらずわたしは子供だったし、大好きなはずの寛が怖く思えた。
でも、それ以上に彼の相手が自分でないことで狂いそうな嫉妬に呑み込まれ、絶望的なまでの羨望を松崎に感じていた。
わたしだって、寛の前で裸になれる。寛の躰に触れられる。寛に求められればどんな羞ずかしいことだってできる。寛が喜ぶならどんなことだってする。そう思っている。
感違いしてるかもしれない。下手かもしれない。稚拙かもしれない。
でも、松崎よりずっと若い。
松崎と同じ歳になったときには絶対負けない、そう思うことで慰めるしかなかった。

正面の姿見に間抜けな女が映っていた。
見慣れた顔。見飽きた顔。中途半端な長さの髪。涼しい風が吹き抜けて、髪が顔にかかった。
目。
意外と気に入っている。わたしの目。
寛の目。あの射抜くような視線。
思い出しただけで躰が震える。
自分から下着を脱ぎ捨てた松崎。羞ずかしくないの?
シャツを脱ぎ捨ててブラジャーを外して、スカートを落した松崎。誰か来たら困らないの?
寛を呑み込んで少しでも深く一つになろうとする松崎。苦しくないの?
でも、わたしにもその答えはわかっている。
寛がいるから平気。寛と一緒だから平気。寛に見て欲しいから。寛が欲しいから。
あのとき寛はなんて囁いたんだろう。

そう、そうだ。松崎だけじゃない。

**********************************

ちょうど一年前、6時近くなっても明るい放課後。
わたしたちは居残って修学旅行の準備に余念がなかった。
光の色が黄色からオレンジ、そして赤くなり始めて、校庭の運動部の掛け声が少しずつ小さくなっていく。
その日の作業を終えて、散会。
わたしは忘れ物を取りに別棟のコンピュータ室へ行かなければならなかった。
その帰り、図書館の明かりがまだ点いているのを見て覗いてみる。
夕実が一人で閉館の作業をしていた。

「もうお終い?」
「あぁ、うん。そっちは終わったの?」
「うん」
「もうちょっと待って、一緒に帰ろうよ」
「うん、あとどのくらい?」
「えっと、ここ閉めて鍵返して、15分くらい」
「じゃぁ、教室に行ってるね」

長い廊下に斜めに夕陽が差し込んでいた。
差し込む夕陽の角度がじりじりと水平に近くなる。
何もすることがないからわたしの気分も焦れてくる。
遅いなぁ、と図書館に向かった。

開け放されたままの入り口。
照明は既に消されていたけれど、差し込む夕陽で館内は赤く染まっていた。
足を一歩踏み入れると床のカーペットに吸い込まれて足音が消えた。
カウンターに近づくと本日閉館の立て札がぽつんと置かれていた。
静まりかえった空間に、床から天井までの書架が黒い恐竜のように幾重にも重なって、本と書架の隙間から赤い光をちろちろと吐き出していた。
閉められた窓から運動部の最後のランニングの掛け声が規則的に響いていた。

その掛け声の谷間、一瞬の静寂に微かに空気が動いた。
黒い書架の森にそっと一歩を踏み出す。
木々の間を縫うように深い迷路に分け入っていく。
90度で構成された半透明の迷路。
森の奥。
棚の隙間でわたしは凍りついた。

奥の教師用の閲覧コーナーで影が動いた。
押さえつけても押さえ切れない震えるような声が聞こえた。
夕実?
声を出そうとして思い止まった。
書架から視界を塞ぐ分厚い本を一冊抜き取る。

二つ先の書架の向こう側、閲覧コーナーの黒い長椅子の上。
スカートを腰まで捲り上げた久野夕実が裸の尻を高く掲げて、後ろから犯されていた。
その白く柔らかい尻を抱えるように押さえつけている手を見て、顔を見なくても相手はわかった。
赤い光の中で、突き上げられ、広げられた夕実の下半身に木南寛の性器が繰り返し、繰り返し埋没していた。下着ごと膝までスウェットを降ろした木南の動きに合わせるように夕実の腰が滑らかに動いた。
口に入れた緑色の幾何学模様のハンカチ。
あまり役には立っていない。腰の動きに合わせるように切ない声が喉から漏れていた。
固く瞑った目と赤く染まった目元、押し込まれる度に小さく膨らむ鼻、黒い革椅子に血管が浮き出るほど白く細い指が食い込んでいた。

わたしは瞬きも出来ず、目を離すことも出来なかった。
木南が突きたてると夕実から溢れた液体がきゅっきゅっと音を立てる。
夕実の呻き声が少しずつ大きくなって、頭を掻き毟った。
夕実が大きく首を振るようにしてソファに倒れ込むと、背筋がきれいな弧を描いて伸びきった。
椅子を廻った木南が突っ伏している夕実を抱き起こす。
赤黒く光った性器を今度は正面から夕実に突きたてた。
足を大きく広げられて挿入されると夕実が呻いた。
ハンカチが落ちて声が漏れた。
「だめ、もうだめ」「おかしくなっちゃう」
慌てた木南がその口を口で塞いだ。
振り回した腕が木南の首にすがりついた。
二人の狂ったような息使いが耳元にまで届いた。
口がはずれ、喉の奥から夕実が小さな悲鳴を上げて暴れ、痙攣して、ぐったりと力が抜けた。
背もたれに深く沈んだ夕実。
わたしの真正面で、横座りになった木南の唇がその頬にそっと触れた。
へその下までめくれ上がったスカートから白い足が広がって、淡い陰毛が濡れてきらきらと赤く輝いていた。

夕実の右手がおずおずと探すように動いた。
まだいきり立っている木南の性器を探り当てると、目を瞑ったままの夕実の頬がほころんだ。
身体を起こして両手で性器を握り締める。
余った部分に顔を近づけて、その先端を呑み込んだ。
中腰になった木南が角度を調節して遠慮がちに動き始めた。
「大丈夫?」
囁くように木南が尋ねる。
口を離さないまま夕実が頷く。
動きを止めた木南が夕実の頭をひとしきり撫でる。
口の愛撫を止めない夕実を見下ろす木南の目が強い。射抜くような視線。
その視線に応える優しい夕実の目。見詰め合う目。
「寛」
「何?」
「寛…」
空気が震えた。
「裸にして」
「辱めて」
「見られてもいい」
一瞬の逡巡。木南の両手が頬から首筋へ滑る。
夕実の胸元を締めている赤いタイを一気に引き抜く。ブラウスの膨らみに押し当てられた手が強く胸を掴み上げると、性器を咥えたままの夕実が自分でブラウスのボタンを外し始めた。
ブラジャーのフロントホックを自ら外すと白い乳房がぷるんと一瞬わなないて飛び出た。
迷わずスカートのファスナーを降ろすとグレーの布地が膝まで落ちた。
白い裸身に赤い光が当たって、柔らかくて深い陰影と神が創った曲線が露わになった。
夕実の手が木南の腰にまわされて、引き寄せる。
上目遣いになった夕実の目が懇願するように木南を見詰めた。
「寛?」
「抱いて」「全部あげるから好きにして」
「寛」
「なんか言って…」
「もったいなくて触れない」
木南の指先が宙に浮いて固まっている。固まって震えている。
鼻から苦しそうに息を吹き出した夕実が羞ずかしそうに口を動かした。
「……て」
「でも、きれいすぎて、触ったらバチがあたりそう」
「きれいじゃないよ」「触ってほしい」「めちゃくちゃに汚してほしい」
夕実の柔らかいかたちが寛の手で侵食される。わし掴みに掴まれて乳房が撓んで揺れた。
「んん、そんな優しくしないで」
「めちゃくちゃにしたい」
「……して」
「このおっぱい」「この尻」「この口」「ぬるぬるのここ」
「寛のだから、寛のだから」
「犯して」「めちゃくちゃに犯して」

木南の両手が夕実の手を振り払い、ブラウスの襟を広げた。
そのまま下に落して、既に外れているブラジャーを引きちぎるように腕から外した。
膝を持ち上げてスカートを足首から抜き去ると、夕実はソックスだけで全裸だった。

その後は見ていられなかった。
いや、わたしの神経は麻痺したように、ただ見える光景を見て、聞こえる音を聞いていた。
あらゆる姿態の組み合わせが演じられて、夕実が頭を振り回しながら寛の背中をめちゃくちゃに掻き毟り、声を立てないで泣きながら彼の腕に噛み付いていた。
崩れ落ちた夕実の小さな口に押し込まれた寛の性器が狂ったように暴れ、痙攣とともにすべてを放出するまで。

夕実の滑らかな喉が小さく動いて放出されたものを呑み込み続けているのを見て、わたしは踵を返した。
そそくさと、逃げるように。
素早く、音を立てないで。

教室に戻ったとき、さっき抜き取った本を手に持ったままなのに気がついた。
一瞬考えて、夕実の机の上に放り出す。
階段を駆け下りて、靴を履き替えたときには赤い光が消えていた。

**********************************

松崎の白い躰を這い回る寛の手がトラウマのように脳裏に焼き付いてわたしを苛んだ。
でも、強いものが目の前に現れて、それに惹かれていくのは女として仕方がないと思った。
深夜、布団を被ってそっとパジャマの胸に手を這わしてみる。比較するまでもなく小さな膨らみだったが、自分以外誰一人触れていない柔らかさが両手に暖かく伝わってきた。松崎の豊かな胸を下から揉み上げる寛の手つきが閉じた目の奥に浮かび上がる。その光景を思い出しただけですぐに膨らみの先端が小さく尖った。布地の上から手の平で擦るように転がすとツンとした刺激が背中に走る。

意思に反して、気づいたときには裾から手を入れて肌に直接手を触れていた。時々、鏡で見る分にはけっして悪くはないと自分では思っている。大きくはないけれど形は負けないと思っている。
この指が、この手が寛のだったら……、いつもそう思うことにしている。
声に出さないで頭の中で彼を呼ぶ。
目を閉じて膨らみ始めた妄想に集中する。
寛の顔、寛の口、寛の胸、その手で揉まれたい。
寛の腹、寛の腰、寛の尻、寛の…、寛の大きくなったものを受け入れたい。
優しく愛されたいという思いと、強く抱かれたいという想いが相克する。
今日はどっち? どっちだろう。
夕刻の刺激が燃え始めた火に油を注いだ。
一気にモードが切り替わる。

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《わたしは寛に押し倒された》
パジャマのズボンに手を掛けてショーツもろ共引き降ろす。足で引っ張って足首から抜きさる。パジャマの上を首までたくし上げると布団の中でわたしは裸だった。
《あっというまに裸にされて、手足を押さえつけられた》
襞にそっと触れる
《動けない》《隠せない》《見られてる》
奥の方が熱く潤っている。
《羞ずかしい姿》
指は入れない。怖いし、最初は寛のでないといやだから。
生理用品もその手のタイプは駄目だった。
右手の中指でいちばん敏感な部分をゆっくりと抉るようにこねくりまわす。
《蛙のように足を広げられて、もっと羞ずかしい姿勢をとらされる》
躰の中心が火照り、溶けそうな感覚が広がりはじめる。
左手で陰毛を引っ張り上げるといちばん敏感な部分が露出した。
《襞を指で広げられて寛の目の前に晒された》
押さえ切れない声が喉から漏れる。
液体が襞から溢れてお尻までを濡らす。
《寛の口が乱暴に吸いついて舌が這い回る》
足がピンと張ってつま先が突っ張る。
《向きを変えられて、犬のように這わされる》
頭が白く空っぽに侵食されて、背筋を快感が突き抜ける。
《掲げた尻を後ろから寛に抱きすくめられて、羞ずかしい姿を晒された》
すくい上げた液体を指で剥き上げた突起に塗りつける。
《寛のものがあてがわれて、先端が触れる》《後ろから犯されそう》
指先が回転する。
「犯して」 微かな声。
発した声を耳が捉えて、白い闇が広がりはじめる。
「犯して、わたしを犯して」 枕に顔を押付ける。
《ずんという衝撃》
「めちゃくちゃに辱めて」 悲鳴を殺して頭を掻き毟る。
「強く、深く。無理やり」「なんでもするわ」
《熱いものが掻き分けて来る》
「強姦して」「寛の性器で」 噛み付いた枕が唾液でぐちょぐちょに濡れる。
《まだ来る、まだ来る》
「口を犯して」「尻を犯して」「全部犯して」「寛の精液にまみれたい」
《犬のように犯されてるわたし》

指で剥き出しにした突起を抉るように擦る。
「松崎の前で犯して」 瞼の裏で花火が上がる。
「夕実の前で犯して」 全身が一本の棒のように突っ張る。
「やめないで、やめないで、中に出して」 支えを失った意識が底無しの空間に沈んだ。

躰が伸びきって硬直した。息ができない。
躰が真白な闇に呑み込まれ、昇りつめたものが弾けて、無重力に四散した。

またやっちゃった。
溢れた液体が尻に敷いたタオルを濡らした。
躰についた液体を拭き取って、濡れた部分を内側に折り込んでベッドの脇に落した。
忘れないでお風呂で洗わなくちゃ。
裸にならなくても朝シャンできる、と親に嘘泣きしてまで据え付けてもらったシャンプードレッサーもこれではあまり利用価値がない。
空しかった。

**********************************

最初にそれが廊下の掲示板に貼られていたのは梅雨に入った薄ら寒い雨の日だった。
A3版の紙に写真と文字。カラープリンタで印刷したのだろう。
どこかの公園。
青く萌える緑を背景にして松崎智美が微笑んでいた。
学校では決して見せない微笑と目の色。
その違いがすぐにわかった。
女のわたしが見ても吸い込まれそうに可愛くてきれいだと思う。
そして、松崎の右手を掴んでいる左手の先に男の横顔があった。
右側の男だけが動きが大きくて流れたようにボケていた。
でも、わたしは松崎の表情を見ただけで相手がわかった。
女としてこんな表情をする相手は唯一人。
それしかあり得ない。

「女王様のお気に入り」
タイトルはそう始まっていた。
「6月3日(日)午後3時ごろ、市内某公園にて思いがけない光景が展開されていた。本学の誇る美人教諭3-D担任松崎智美(25)が某氏と手をつないで散策中であるところに遭遇した。冷たく過酷、容赦のない授業と採点で昨今とみに著名な氷の女王様にもこんな私生活があった。学校では見ることができない女王様の艶やかな姿を満喫させてもらった。願わくばその美しい笑顔が、お相手によって永遠に続くよう心から願って止まない」

問題はその下だ。

「写真集『四季・智美』予約受付中。CD-R版約150カット、約480MB。購入ご希望の方は下記宛メールのみにて予約受付中。予価1000円(税込み)。発送予定時期7月中旬。尚、公序良俗に反する写真はありません。又、申込者の個人情報は完全に保護されます」

正方形のケースにCGで加工された松崎らしき顔写真と青い背景、透明な白でタイトルが浮き上がっていた。
いちばん下にメールアドレスが記載されていた。

掲示板は黒山の人だかりだった。
ようやく空気の流れのおかしさに気づいた松崎がそれを見たのは昼休み、4時間目が終わった後だった。
破り捨てるだろうと誰もが息を飲んで見守っていた。

静まりかえった廊下に、そこだけ光が当たったように松崎がぽつんと立ち竦んでいた。

でも、先生は見ているだけだった。
そして、いちばん手近にいた女生徒に訊いた。
「わたしって、普段こういう顔してる?」
それだけ言って答えも聞かずに廊下を去っていった。首が微かに左側に傾いでいた。
わたしたちは唖然として静まり返っていた。

「おい、まさか泣いてたりしないだろうな」
どこかで男子が訊いた。
「え〜、泣いてはいなかったけどさぁ」「目は光ってたよ」
「誰だろう、相手」
「若そう」
「全然噂聞かないよねぇ」
「生徒じゃないよねぇ、まさか」

「でも、ちょっと酷いんじゃない」
「そうそう、なんで男がぼけてて女だけ特定できるのよ」
「だいたい商品にするなんて許せないわ」
思わぬ方向に話が転がり始めた。
集まってきた男子と女子の間で、剥がせ剥がさないで揉めはじめたようだ。
わたしのすぐ後ろで成り行きを見守っていた佐々川君が、ドアに寄り掛かって同じように成り行きを眺めていた寛に振った。
「憶えたか?」
「あぁ」

『春から夏へ−2』(続く)


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