『浜梨』

アトリエのガラス越しに一面に群生しているハマナスが満開だ。濃い緑色を背景に燃えるような紅色の花が一面に咲き誇っていた。絡みつくような匂いが開け放した部屋の中にまで漂ってくる。今朝、到着したばかりだというのに、もう何日も滞在しているかのような当たり前の感覚になっていた。ハマナスの稜線に桐子の上半身が見え隠れする。彼女は右に左に迷路のようなハマナスの群生の中をかきわけていた。

濃い紅色の谷間で振り向いた桐子と目が合った。

アトリエのガラス戸を開くと、一瞬、匂いにむせた。手近に転がっていた植木鉢をどかしたら下からもう一つ植木鉢が出てきて、そこにパセリとニンニクみたいな葉っぱが生えていた。かなりひ弱にひしゃげてはいるけれど命に別状はないようだ。
「なんでだろ」と慌てて日当たりのよいところへ出してやると綺麗な緑色が目に染みた。
ハマナスの迷路を桐子の方に進む。見え隠れする桐子の姿を追う。庭の奥にある井戸で追いついた。既に使っていない井戸を中心にして半径3mほどの空間が真昼の陽に垂直に照らされていた。桐子は腐りかけた木の蓋をずらして井戸の底を覗き込んでいた。

ゆっくりと後ろから近づいて、桐子の細く締まった腰に両腕を廻すと、待ち構えていたかのように首が捻じ曲げられて口が合さった。お互いの匂いと感触を貪り尽くす。我慢のできない衝動に突き動かされて、下から桐子の乳房を強く揉み上げる。震える手でワンピースの衿のボタンを外すと、肩を落ちた薄ベージュの布地が桐子の足元に丸く輪になって落ちた。かまわず下着を取り去ると、白く滑らかな彫像が真昼の太陽の下で美しいカーブを描いて撓っていた。

触れてはいけないような神々しさにしばらく見惚れていると、桐子が目を開いた。
「なに?」
そのからだに手を伸ばしかけて閃いた。
「ちょっと、そのまま待ってて」

アトリエに取って返して材料を掻き集めた。モデリング・ペーストにイソプロピル・アルコール、攪拌棒に水を入れた容器。モデリング・ペーストは大理石の粉末をアクリル樹脂で溶いたものだ。ハマナスの茂みにあちこち引っ掛けながら急いで戻ると、桐子は恥ずかしそうに胸を両腕で抱いて井戸の縁に腰掛けていた。縁の足元のコンクリートのたたきに裸の桐子を寝かしつける。ふっくらと盛り上がって形の崩れない乳房の先端にそっと口をつけた。

ぼくが持ってきたものを見て桐子が訝しげに首をかしげた。半分ほどに減っているモデリング・ペーストの瓶にアルコールと水を入れて攪拌する。冷やしたコンデンスミルクぐらいの練度に溶いた。目的を薄々察した桐子は頬を染めて恥ずかしがった。真上を向いている双の乳房にそっとペーストを流しかけた。冷たい感触に震える桐子に動いちゃ駄目だというと、潤んだ目が半分閉じた。ペーストは速乾性なのでほんの十分ほどで硬化する。丁度ブラジャーのように真っ白く固まり始めたペーストの頂上に突起が二つきれいな影を落としていた。崩れないように白い花器みたいに固まったペーストを取り外す。外側は厚みの差が出て形が崩れたけれど、内側は見事に滑らかに仕上った。光を吸収する微妙なカーブとその底に穿たれた二つの小さな凹み。両手でそっと支えてハマナスの枝の台座に載せた。

寝そべったままぼくの動きを見ていた桐子の頬にそっと触れる。
「あとで完全に乾いたら見せてあげるね」
そういって桐子の傍らに跪くと、ものすごい力で引き寄せられた。一匹の動物のように着ているものを脱ぎ捨てて桐子の柔らかい形に襲いかかる。真上から射し込む光に桐子の瞳孔が茶色く透けた。
広げたからだのいちばん奥を飽くことを知らない子供のように貪り尽くす。二人の間に汗がきらめいて、ぼくの液体と桐子の液体が交じり合う。
液体の匂いとハマナスの匂いが混じり合う。
匂いの廃井戸の底で、溺死するように肺いっぱいに二人の匂いを吸い込んだ。
少しだけ歯が見える鮮やかなピンク色の唇ときつく目を閉じた桐子の眉がソラリゼイションのように美しく目に焼き付いた。

ruins

『浜梨』

昼過ぎ、垣根の木戸をくぐって海岸へ出た。鮮紅色に咲き誇るハマナスの潅木を抜けて砂丘に登る。手折った花の代わりに指に一筋の血が流れた。ひらひらと舞う桐子のワンピースの裾がハマナスの棘に絡まる。むせるような芳香を強い潮風が払っていった。
桐子は浮かれているけれど、ぼくは不機嫌だ。桐子ははしゃいでいるけれど、ぼくは落ち込んでいる。二人だけの時間は刻々と終りに近づいていた。視界が一気に開けてみると少し明るい日差しが網膜を刺激した。
狂おしいまでの情態に耐えられなくなって、前をいく桐子に飛びかかった。ワンピースを毟りとって、剥き出しになった白い肩に口を近づけると微かにハマナスの匂いが残っていた。

午後遅く、仲間達が到着し始めた。硬化した白い花器は切り集めたハマナスの枝を台座にしてテーブルの中央に飾り付けた。水分が蒸発したアクリル樹脂は水を透さない。二つのやわらかな窪みに水を注いで摘み取ったハマナスの花を浮かべた。真っ白な器に紅色の花が咲いた。テーブルの反対側でじっと作業を見詰めていた桐子が少しだけ赤くなって俯いた。

台座を針金で作り変えてアトリエの窓辺に花器を置いた。食堂のテーブルに置いておくと灰皿代わりにしようとする不埒な奴等がいるのだ。最後の日の朝、新しい花を摘み取って花器の水を入れ替えていると、両手を後ろ手に組んだ桐子の妹が傍らに立った。ほんの一瞬花器に視線をやってぼくの顔を覗き込んだ。
「ねぇ、これお姉さんでしょ」
「ん? なにが?」
「誤魔化しても駄目」
そうっと素知らぬ振りで彼女の顔を窺うと澄ました顔で笑っていた。
後ろからゆっくりと近づいてくる桐子に気づいて、彼女は見えないように舌を出した。
「今度、わたしにも作って」
「わたしのも、かな」
そういってガラス戸を開けてハマナスの中に出ていった。

(完)


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