あちこち引っ掻き回して、縁側に七輪を持ち出して木炭をくべる。網に塩を振った鮎を乗せて内輪であおると火の勢いが増した。遠火で7分ほど焼いてひっくり返したところに耀子が風呂から上がってきた。まだ髪が半分ほど湿っている様子が艶かしい。貸してあげたショートパンツはそのままで上だけさっき買ったサマーセータに着替えてきたようだ。そんな耀子が目を丸くしている。
「うわっ、炭火じゃない、あたしにやらせてやらせて」
「風上でやったほうがいいよ、5分で焼けると思うから」と交代して茶碗に酒をそそいだ。 日は既に山陰に入って残照がかすかに消えていった。巣に帰る鳥と虫の鳴き声が一際大きくなった気がした。

焼きあがった鮎を耀子の取り皿にとってやっていると、漬物と蓼酢を持ってきた母があんただけ飲んでないでちゃんとなさいと咎める。茶碗じゃまずいかと御猪口を取りにいって耀子にも酒を注いで、焼けた鮎に軽く酢橘を絞る。
「ありがとう」「これって天然? 身を裂いたときの匂いが全然違うよね」
「あぁ、餌が違うみたいだね」「苔だか藻だかを食ってないとダメだとかって聞いたけど」
「なんか、こう、こんな幸せに浸っちゃっていいのかって感じだよ」
黄昏時の薄闇のなかで、ほんのり顔を染めた耀子のきれいにそろえた足が白く輝いていた。

兄は既に家を出ているので、すっかり老人世帯と化していた食卓は息子に加え、娘ができたかのように久々に賑わいを取り戻した。おそらく食物の消費量だけでも普段の3倍近いだろう。耀子はちょこちょこと盛り付けを手伝いながらも、すっかり母と息投合したらしく、若いのに上手だと盛んに誉められている。そういえば昨日持ってきた鳥の燻製も売り物のように美味かったことを思い出した。面倒になるとすぐ生協食堂を頼る者にとっては別世界の会話のようだ。それにしても耀子の存在は落ちぶれた私の家に数年振りに灯された篝火のように明るく輝いていた。正直言って一人の人間によってこうまで環境が変わるのかと目を開かれる思いがした。普段は仏頂面の親父までがすっかり鼻の下を伸ばして、ニコニコしているのを発見したときには、どついてやろうかと思ったほどだ。

食後、家の中を案内して回った。既にメンテナンスを放棄した使っていない部屋が結構な数になるのだ。布団部屋とか土間とか中庭とか、かつては書院だった座敷とか廊下を練り歩く。物心ついて以来マンション住まいの耀子にとってはとても珍しいという。あと庭には物置になっている蔵が一つと祖母の住む離れがあるよと言うと蔵は明るいときに見たいなと頼まれた。

にやにやしながら「さぁ、隆クンの部屋も見せてよ」と言うので「別に何もないよ」と答えて御案内した。耀子は一人っ子だそうで、物珍しそうに部屋を見まわしている。
「なんか凄いね。憧れちゃうよ」「本物の木だよねぇ」
と壁をボコボコ叩いている。
「この色もなんだか絶妙って雰囲気じゃない」
「あ、それ俺塗ったのね」「良い色でしょ。最初は白だったんだけど」
「まぁ、その辺に適当に座ってよ」「ほい、クッションもどうぞ」
「ありがとう」と、クッションに座り込んで「エロ本にエロビデオはどこに隠すのかな」と視線を低く這わせる。「ここに置いてあっても意味ないじゃん」と言うと一応は納得したらしい。

「お、なんかタバコ臭いよ」
「あぁ、昔吸ってたからね」「20才で止めたけど」「染み付いちゃったかな」
「あっは、何よそれ、世間をおちょくってない?」
「えぇ?、俺、品行方正なのね」
「おっ、本はこっちにあるんだ」
といいながら開け放しになっている隣室を覗く。
「全部が俺のじゃないけどねぇ」
「見てもいい?」
といいながらもう見てるじゃないか。ちょっと黴臭い感じがしたので窓を開けて空気を入れた。虫の声と川の水音が微かに聞こえた。窓際で背を向けて何かを読んでいる耀子の後姿をゆっくりと眺める。うなじにふわっと髪がかかって一層白さが目立った。ざっくりとしたサマーセータから出た腕がしなやかに撓んでいる。意外に豊かな腰を濃色のショートパンツに包んで、均整のとれた腿が膝に向かって細く締まっていた。

2

Lontano profondo 3-2 『峠のむこう 6』

「なに?」
「いやいや、ちょと眺めてただけ」
「わざわざ見るほどのもんじゃないよ」
「そんなことないさ、いいうしろ姿だ」「特にお尻のかたちがいいね」
「なにいってんのよ、もう」「みんな同じじゃないの」
「きちんと眺められるお尻なんてこの世にそんなにないよ」
振り向いた顔が少し上気したように染まっていた。
「なにそれ、それって誉めてるわけ?」
「正直だから嘘はつけないもん」
「そうやってあちこちで殺し文句を言っているの?」
「まさか、今が初めてだって」
「うそ!」「でもさぁ、そんなふうに言われると動けなくなっちゃうよ」

背を向けている耀子の肩越しに、ゆっくりと腕を回す。そのままゆっくりと引き寄せて柔らかそうな髪に顔を埋めた。耀子が持っていた本をゆっくりとテーブルに置いて、肩を抱いている腕に手を重ねた。一分間の沈黙。そろそろと動いて耀子の耳元にたどりついて囁いた。
「このまま固まりそうだな」
「だめだってば」「そんなこと言われると、どうしていいかわからないよ」
耀子はそのままいやいやと首を微かに振っていた。

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(つづく)


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