「あらぁ」「あらぁ、隆クンのお嫁さん?」
「ちょっとちょっと」
思わずどぎまぎするじゃないか。廻りを見回してしまったが、案の定注目の的になっていた。これで「瓦屋の次男坊、嫁候補を連れて帰省中」という話が津々浦々に行き渡るのは時間の問題だ。ちなみに瓦屋というのは三代くらい前まで屋根葺きを専業にしていたことによる。祖父の代からはそれなりのブームに乗って小さいながらも工務店に手をひろげていた。
「まだ、学生だってば」「大学の友達」
「あらぁ、女優さんかと思っちゃったわ、さぁ、どうぞ、どうぞ」
座布団を用意して黒光りする年代ものの樫のテーブルの対面に敷いたみたいだが、こっちを振り向いて
「やっぱりこうかしら」
と言いながら90度コーナーに並べなおした。取り敢えず母の出前の注文を伝えて、耀子に座を勧める。友人はまだ帰省していないらしいし、帰ってこない年もあるらしい。帰って来るのか来ないのかいい加減なのよね、と嘆いていたけれど、それはたぶんうちの親に言わせても同じだろう。今年は耀子がいることもあって長居を決め込もうとしていたが、普段だったらもうとっくに飽きていたに違いない。あまりの刺激の無さに感覚が麻痺してしまうのだ。
「えっと、だし巻き卵と鴨ね」
「塩焼きでいいの? あと、お酒にするの?」
「あぁ、そういわれたら冷酒だな」「彼女も飲むからちょい甘めがいいかな」
「あと、なめこと刺身蒟蒻も」
「新蕎麦はまだだからね、再来週あたりまた来なさいよ。まだいるんでしょ」
「あ、そうだね」
おばさんはニ人の顔を見比べるように、耀子に「いらっしゃいませ」と満面の笑みをほころばせて調理場に戻っていった。
「なんか渋いねぇ」「隆クン、学校にいるときとは全然違うじゃない」
「田舎だから選択肢はないの」「でも種類は限られてるけど採れるものは美味しいんじゃない」「まぁ、夏よりは春か秋だけど」
「あたしが食べてたのって鶏だったのかな、匂いが違うし味が濃いよ、全然」
「あっはは。鴨もすっかり高級品だよなぁ、なめこも巨大でしょ」「なめこって椎茸みたいに普通に生えてんだよ」
「スーパーとかで売ってるちっちゃいパックのやつって、どうやって作るのか知らないけどさ」
目元がほんのりピンク色に染まった耀子を見ているのはたのしかった。人が人に魅せられる瞬間というものはそんなにあるものではないけれど、今がまさにその瞬間だということは考えるまでもなくわかっていた。蕎麦でも食えば気持ちも落ち着くかと思って出てきたのたけれど、何の事は無い。右手で箸を持っていなかったら抱き寄せてしまいそうな衝動に翻弄されていた。

ざるを3枚頼んで二人で平らげる。昼時で混み始めたので撤退だ。
「あぁ、ここのおばちゃんだよ」「タバコ吸うんだったら饂飩でも食いなさいってさ」
「関西の人が聞いたら怒るよって」
「饂飩もやってるの?」
「やる気無いみたいだけどあるんじゃない」
まぁ、おかげで止めちゃったんだけどね。
今度は躊躇うことなく耀子の手を掴む。
「顔赤いかな?」
「目の廻りだけ、ちょっとね」
「じゃあ、遠回りして帰ろうよ」
「どこへなりともお供いたしますよ、お嬢さん」
真夏の日差しが85度の角度で辺りを照射していた。コントラストが強過ぎて一瞬目の露出が合わなくなる。ゆっくりと耀子の頭が肩に寄りかかってきた。
「今夜でも明日の早朝でもいいけど川に浸かってみる?」
「水着がないから泳げないよ」
「泳ぐほど深くないって」
「うん、いこういこう」