道が空いていたせいか予定よりも一時間程早く県境のトンネルを抜けた。観光地じゃないからトイレは行けるところで行っといてね、と峠の茶屋で休憩した以外はひたすら走り通す。峠から少し下ったところで道は二股に分かれる。どっちを行っても50kmほどでまた合流するのだが、国道を外れて谷沿いのコースをとる。あっという間に幅員が減少してすれ違いがやっとという道幅になってしまう。路面も涌き水で黒々と濡れていたり、舗装がぼろぼろで明らかにメンテナンスがなされていない。森も深くて樹木のトンネルを抜けているようだ。時々木の切れ目から垂直に差し込む光が美しい。耀子は少し前から左肩に頭を乗せて寄り掛かっていた。相手をしてやりたいのだがこの道じゃ危なくて手が離せない。しばらく下ったところで更に間道に乗り入れる。昔はオートバイだったので道の狭さは気にならなかったが、場所によっては木の枝やはみだした草でボディが擦られてしまうほどの幅しかない。もっともほとんど廃道という感じで車とすれ違ったことはかつて一度もない。真っ直ぐ行くと昔は鉱山だったらしい廃墟があって、そこから先は下の町までまともな道があるのだが、目的地はその廃鉱の少し手前にあるのだ。
道から少し入った場所に車を停めた。ここから先はたいした距離じゃないけれど歩かなければならない。キーを捻ってエンジンを止めると途端に圧倒的な静寂が辺りを支配する。その動きを待ってたかのように耀子に引っ張られた。覆い被さるように唇を貪ると両腕が背中に廻される。エアコンも止まっているのであっという間に気温が上昇し始める。
「すぐそこだから、行くよ」
「ちょっとだけ」
すがるような目付きでリクライニングを少しだけ遠慮がちに倒した。乱れたスカートからこぼれた白い太腿がまぶしい。足を割ってそっと下半身に手を伸ばすと生暖かい液体が周囲に溢れていた。
「拭かないと歩けないよ」
顔を真っ赤にしながら小声で恥ずかしがる耀子がどうしようもなく可愛くて、そのまま両足を引き上げてやる。腰の下に手を入れて少し持ち上げてやると、フロントガラスを通した直射日光が真上を向いた耀子の股間をきらきらと照らしていた。そっと顔を近づけて溢れた液体を丁寧に吸い上げる。耀子は見ないでと言いながら顔を覆ってしまった。
外に出ると空気の流れに汗が引いていく。クーラーとカメラを抱えて車をロックする。弁当の入ったボックスを持った耀子を連れて森の獣道に分け入っていった。ほんの数十メートルも進むと下草がなくなって岩場に出る。自然に階段状になっている部分を滑らないように登っていくと樹林の切れ目と共に一気に視界が開けた。続いてきた耀子が歓声をあげる。森の中にちょうどほぼ円形に直径100mほどの空間が開けている。足元はほとんど岩石で全体の七割ほどに水が溜まっていて小さな沼のようなかたちになっているのだ。歓声の理由はその水の色にある。この世のものとは思えないような瑠璃色というのだろうか。有機色素を垂れ流したような深い水色なのだ。耀子は平らな岩の上に荷物を置いて上から水を覗きこんでいた。

「深いの? 凄い透明度だけど底は見えないね」
「でも凄い色ね。なんでこんな色なの? 空が映っているだけじゃないよね」
「なんだか硫酸銅みたいだな、この青は」
耀子の思考の過程がおもしろいので、お、良い線つくねぇと思いながらも黙っている。
「もしかして銅に硫黄かなんかが反応してるの?」
「石も安山岩みたいだし、真ん丸だから火口だったのかな」
「へぇ、これ安山岩?」
「たぶん。岩盤に発破かけたりするんだから大まかな石の種類くらいはわかるよ」
「あ、そっか。基礎埋め込むんだもんな。岩盤に」「いやいや、土木はスケールが違うわ」
「だいたいそんなところで大当たりでしょう、きっと」
「火口に雨水が溜まったんだよね」
「昔、岩手の鍾乳洞で見たのがこんな色だったな」「理由は全然違うだろうけど」
少し黙ってしまった耀子が振り返った。
「せっかく、とっておきの場所に連れてきてもらったのに」
「なんか知ってることひけらかして、あたしってつまらない女? だね」
おやおや、なにを言い出すのだ。お腹に手を廻して引き寄せる。
「その落差も参っちゃうくらい魅力的だよ」
「落差って?」
「え、だからそういう話してるときとさ、エッチなことしてるときの」
みるみるうちに目元があかく染まって顔を背けてしまう。そんな耀子が堪らなく愛しくて、腕に力が入ったまま硬直したように立ちつくしていた。
「泳げるかな?」
「火口だったらかなり深いかもね」
「水は酸性とかアルカリきついかな?」
「塩になってるから中性だろ? ちがったっけ?」
「う〜ん、化学は苦手」
「生き物はいそうもないね。これだけ透明度が高いし」
「水際まで植物が生えてるし、前来たとき顔洗ったり、ちょっと飲んでみたけどどうってことはなかったよ。夏じゃなかったけど」
岩に座って惚けたように水面を見下ろしている耀子の横に腰を下ろすと、すぐに頭が寄り掛かってきた。沼を渡る風が直射日光が照らす石の熱気を吹き払う。このまま石になってしまえばよいのにとただ沈黙する石が羨ましかった。