午後の陽のなかを再び車に乗って15分ほど道を下ると森が切れて視界が広がった。昔は銅山だったという廃鉱だ。もっとも操業は遥かな昔に放棄されたらしく今では知っている人もほとんどいない。輸入が途絶えた戦時中に鉱物資源にひっ迫しておそらく採算割れを承知で掘ったのだろう。普通はきちんと撤去すべきものは撤去して、坑道への注水、封印、廃棄物の処理、土壌の入れ替えまでして撤退するのだが、この廃鉱はある日突然すべての人が消えてしまったかのように生々しい残骸を晒していた。街へ下る道路と分かれ、何の跡かは知らないが少し広くなっている空地で車を止めた。正面を見上げるかたちで採鉱施設とおぼしき廃墟が山の斜面に連なっている。左手には簡単な精錬所もあったらしくコンクリート製の沈殿池が下のほうに見える。雨水の溜まった沈殿池はさっきまでいた沼と違って、自然のものとは思えないぞっとするような青緑で満たされていた。中央の平らな部分をトロッコ用のちゃちなレールが山陰の奥に続いている。売ればそれなりの金になったはずの鉄材までがそのまま放棄されているところをみると、よっぽど数奇な運命をたどったのだろう。
基礎だけ残った建物の間を少し登っていくと巨大なコンクリートの塊が周囲の自然を圧倒するようにそびえていた。何かの機械の架台だったのだろう。側面に階段が付いている。鉄の手摺はぼろぼろに腐って原型を留めていないが、コンクリートの強度は比較的保たれているようだ。4mほどの階段を登ると辺りが一望できた。斜面を吹き抜ける風で汗が冷える。
「なにを採っていたの」
「銅でしょ」「あとカドミとかゲルマニウムも一緒に出たでしょ、きっと」
「こういう時だけは高いところに登りたがる人の気持ちがわかるね」
眼下に広がる荒涼とした廃墟を見ながら耀子が振り向いた。
「サルの本性が顕れるんだろう」
「重力に逆らえない2次元生物としての高さ方向への憧れじゃないの」
「塔なんていうのも昔はあったな」
「なんでも高くしたがるくせに」
「そうそう、一種の男根主義なわけさ」
「高いものは低いものより尊いって価値観があるだろう」
「ダムは高いほうが貯水量が増えて有効だけど、建物はそうとも言えないんじゃないの」
「するどいじゃん、その通り」「建築計画的には、あるいは子供とか老人とかでもいいけど、縦方向の移動を強いるのは致命的だよな、実際使う人にとってはね」
「じゃぁ、なんで超高層とかつくるわけ?」
「だから、男根主義だって」「マンションだって上のほうが値段高いだろう」
「コストだって技術的にだって不利なのに、それでもやりたいんだろ」
「見下ろしたいって意識かぁ」
見下ろしたかつての鉱山施設は上屋だった木造部分は朽ち果てて半分土になりかかっている。砕けた屋根瓦が石炭をぶちまけたように赤い土の上に散乱している。剥き出しの基礎コンクリートのクラックには根を張った木がけっこうな高さに生い茂っている。鉄材の赤錆が午後の陽に断末魔の悲鳴のように映えていた。時折梢が震えて風の渡る音だけが聞こえてくる。敷地の半分ぐらいは既に緑に覆い尽くされていた。人跡を蹴散らして埋め尽くす植物の進出は自然という怒涛の津波に洗われた海岸のようだ。
「国破山河在 城春草木深」
耀子の声が風に乗る。
「春じゃないけどね」
「杜甫好きなの?」
「うん、どこまでわかってるかは別としてね」
「淋しそうなというか、哀れなのが多いじゃない」
「柳宗元とか王維もいいよ」
どうも調子が狂う。
「こういう話をするとは思わなかった」
「そりゃ、俺の台詞だって」
「結局、杜甫は帰れたのかな」
「さあねぇ」
「ずいぶん前に話していたところでしょ、ここ」
「そうだっけ」
「うん、車が止まったときにそんな気がしたの」
そうだ、原付の免許を手に入れて以来、何度かやって来たことがあるのだ。雪に閉ざされる冬以外は恰好の遠出場所だったのだ。廃鉱の下の川で砂金が採れるとかいう話が端緒だったのかもしれない。電灯やらヘルメットを持ち込んで坑道を探検しようとしたこともあったっけ。
「昔のことを思い出しているんでしょ」
生まれてこのかた、まだ蓄積された時間などたいしたことないはずなのに、既に共有できない時間に囚われてしまう。説明しても言葉になった瞬間嘘になってしまうような固有の情念。かつて見た空間もかつて過ごした時間もわけてあげることはできないのだ。
「今度行くときは、つぎは二人とも行ったことのないところへいこうよ」
「優しいんだね」
止まってしまった時間を見下ろしながら滅んでしまった知るはずもない過去を想い描く。石の文化のないこの土地に本来的な廃墟はありえない。でも、これだけの時間が堆積しているのを目の当たりにすると、圧倒的な、濃密な滅亡感に呑み込まれそうになる。ここではもはや永遠はものに託されるわけではないのだ。廃墟を覆い尽くし、まるでとるに足らないもののようにそれ以前の過去を復元するもう一つの勢いこそが永遠なのだろう。
機械の基礎らしき部分に腰を下ろして、コンクリートの腰壁に手をついて背を向けている耀子の後姿をゆっくりと眺める。下から吹き上げる風に髪がふわっともち上がる。細い首とうなじの白さ、柔らかくカーブを描くなめらかな皮膚に目が釘付になる。ちょっと首を傾けるだけでタンクトップの大きく開いた脇から乳房が半分見えた。
「耀ちゃん、男の前でそんな格好しちゃ駄目だよ」
「みんな見てないふりしてよく見てるんだぞ」
「えっ、なに?」
びっくりしたように耀子が振り返った。
「見えた?」「でも、女ものはこんなに開いてないもん」
そう言いながらしっかりタンクトップの脇を引っ張り上げた。
「それもあるけど、お尻がちょっと目の前にあって良い感じだったからさ」
「えっ、そう? そうだった?」
ちょっとどぎまぎした様子でごまかそうとするので、両腕でぐっと腰を掴んで引き寄せた。後から抱きかかえて耳元に口を寄せて説明してあげる。
「目の前30cmのところでお尻が揺れてるの」
「そんなことないよ、1mはあるじゃない。ちゃんと気をつけてるもん」
「じゃぁ、もう一度やってごらん」
「恥ずかしいからやだ」
無機的な廃墟の上に、暮れ始めたけれどまだ青い空に白い月が煌々と輝いていた。酒と琴があればまさに白居易じゃないか、と耀子を後から抱き締めながら空を仰いだ。
結局その日、家に帰り着いたのはすっかり街が寝静まった頃になった。
「お、今日は浴衣じゃないの」
お風呂から上がって、廊下をとことこと風呂が空いたことを知らせにいった。浴衣は先日パジャマを洗ってしまったからと隆の母が代わりに出してくれたのだ。恥ずかしいことに、あまりにも下手糞な着こなしに、ついでに着方まで教わってしまった。
「へへっ」「似合うかな」
「でもさぁ、これで寝ると朝凄いことになっているんだよね」
「凄いって何が」
「え、だから寝相が悪くてさ、朝起きるとほとんど裸なの」
「人には見せられないのよ、恥ずかしい」
「そんじゃ、明朝お訪ねしようかな」
椅子に座った隆の前に、すっと手を掴まれて引き寄せられた。
「いい匂いだな」
「浴衣姿もいいなぁ」
そういいながら、立ったままくるくる廻される。前向き、横向き、後向き。ふむふむとしきりに何を見ているのだろう。
「パンツ履いてないの?」
かあぁっと顔が熱くなる。
「え、うん、だって、線が見えないほうがいいかなって」
最後は消え入りそうな声になってしまう。ここに来る前、わざわざ客間に戻って下着を外しながら考えたことは恥ずかしくて言えなかった。もしかしたら気がつかないかもしれないけれど、気づいてくれたなら、その方が隆くんが喜んでくれると思ったのだ。
「おれのためじゃなかったの?」
そんなこと言われたって答えられるわけもなく俯いてしまった。
隆の目が下から覗き込むようにして訊いた。
「ちゃんと着れるようになった?」
「うん、おかしくない程度にはね」
そう応えると、いきなり隆のからだがぶつかってきてクッションに押し倒された。両手で一気に胸をはだけられて肩まで剥き出しにされる。休む間もなく裾を捲り上げられて下半身を丸出しにされた。うわっと一気に感情が高ぶって上ずった声が出てしまう。広げられた股間に顔を埋められて舌と唇で触れられるとあっという間にからだの奥から熱いものがあふれだした。圧倒的な快感に思わず両手で隆の頭を自分の股間に押しつけてしまう。足首を掴まれて海老のようにからだが折り曲げられて、ものすごい勢いで舌が移動する。隆の頭が一瞬離れた。と、次の瞬間、熱した杭を垂直に一気に打ち込まれた。からだのいちばん奥と隆のものが激突して、ぐわっと声が出てしまう。あわてて隆が口を押さえるけれど下半身を激しく突きたてられて息もできない。あっという間に頭が真っ白になってぼろ雑巾のようにのた打ち回る。何度目かの大波が来たとき意識が飛んだ。
喉に空気を吹き込まれて隆の顔がおぼろげに覗いた。からだの神経がばらばらになったように頭の命令が手足に伝わらない。大きくはだけた胸に蛍光灯の光が白く反射していた。のしかかるように覆い被さった隆が耳元で囁いた。
「大丈夫?」
頭の反応が鈍い。
「ん、大丈夫……平気」「もう、びっくりするじゃない」
目を瞑ってキスを求める。抱きあったままくるりと半回転して上下逆さまになると足を引き寄せられた。
「こっちにおいで」
そう言って片足を持ち上げられて隆の上に跨った。腰に廻された腕で更にぐっと引き寄せられる。
「今度は耀ちゃん好きにしていいよ」と言いながら、ちょうど隆の口に跨るような格好になってしまった。びっくりして腰を浮かすと重くないから大丈夫と見下ろした目が語っている。そのまま腰を揺すられると隆の鼻の頭が敏感な部分にぶつかって恥ずかしさと快感で気が遠くなる。舌先がからだの中をえぐり始めると自分から動かし始めた動きがもう止まらない。あっという間に隆の顔全体をぐっしょりと濡らしてしまって恥ずかしいやら申し訳ないやらで気が狂いそうだ。
「ごめんね」「汚れちゃったね」「めちゃくちゃ恥ずかしいよ」
「そんなことないって」
嬉しさのあまり息も継がずにキスをしながらゆっくり手を後に伸ばして隆のものを捕まえる。まだ固いままだ。そのままゆっくり腰を後にずらして自分の股間にあてがうと隆の目が開いた。
「もう一度したいの」「もう、我慢できないの」
「耀子は大丈夫かもしれないけど……」
最後まで聞かずに腰を沈めると今度はゆっくりと襞をかき分けてきた。忘れがたい感触に思わず背中が反り返ってしまう。胸を吸われながらゆっくりと腰を動かす。前後の動きに合わせて融かしたバターを塗りたくったようなお尻に隆の指の先が埋まるともう抑制が効かない。隆の動きに合わせて少しでも奥に受け入れようと腰を密着させる。
「ねぇ、……てもいいよ」「ま、まずいかな」
「ん?」
「なかでだして」「だって、だって……」「すきだから」
困り果てたような目に見上げられているのが憶えている最後だった。
お盆を直前にした朝、家の人はそろって出掛けてしまい、いっこうに起きてくる気配のない隆の食事と留守番を任されてしまった。そういえば最初のときもこんな状況だったっけとひとりで顔があかくなる。ほんのニ週間前のことなのにずいぶん前のことのように思えてしまう。その間にしたことやされたことが一気に頭から溢れそうになって、いっそうどぎまぎしてしまう。コンピュータだったらハングアップしているに違いない。お昼が近くなってさすがに淋しくなって隆を起しに立ち上がった。開け放した扉から覗くと、布団から床に半身を乗り出したままあお向けに寝ている。そっと近づくと布団の真ん中には頭を隆の脇腹に乗せて足を投げ出したシロがやっぱりクークー寝ているのだ。一瞬、シロに嫉妬した。
さすがに気配を察したのかシロが薄目を開けた。見知った顔だったようで顔の半分くらいもある大きな欠伸をして、さてどうしたものかと考え込んでいるみたいだ。背中を撫でてやるとようやく踏ん切りがついたかのように伸び上がってとことこと廊下に出ていった。シロの後がまに空いたスペースに潜り込んで脇腹に頭を乗せてやると、さすがに重さの違いか隆が唸った。上はTシャツを着ているけれど下はトランクスだけなので少し目のやり場に困った。隆は一度唸っただけでさっきと姿勢は変わらない。Tシャツが捲れたお腹にちょっとキスしてみるけれど、ちっとも反応がない。それならばとちょっと妙な気分になってそっとトランクスのゴムを持ち上げてみる。少し光が入って中が見えた。自分でしておきながら思いきり葛藤してしまった。
さんざん迷った末、脇腹にキスしたまま右手の先をゴムをくぐらせた。指でそっと掴むと柔らかいような固いような感触が伝わった。
「ん?」 と呻いて隆が目を覚ましたらしい。手の中のものが独自の動きをし始めた。気持ちが高ぶってしまって、そのまま強く握り締めてしまうと状況を理解したらしい隆の手がやさしく背中に触れた。左手でトランクスを押し下げようとするけれどお尻に引っ掛かって上手くいかない。
「誰もいないの?」
「留守番頼まれちゃったよ」と応えると少し腰が持ち上がって協力してくれた。足からトランクスを引き抜いてしまって、そのまま下半身に顔を埋めた。先っぽを口に含むと一気に怒張してそそり立つのに今更ながらびっくりしてしまう。隆の脇にひざまずいて、先端から根元へ、足を広げて更にその奥へと舌を這わせるといつもとは違う興奮にすっかり虜になってしまった。
耀子の夢を見ていたと思ったら、その耀子の頭が腹に乗っていて目が覚めた。あれよあれよという間に、剥き出しにされた下半身にすがりついて小さな口で精一杯のことをしてくれる耀子を愛しいと思った。欲望に濡れた目を見てかわいいと思った。腰を突き上げようとすると首を振って押さえつけられた。
「あたしだけでやらせて」「動いちゃダメ」
などと無理を言う。仕方ないのでミニスカートから出ている白い足をさすろうと手を伸ばした。深くなると中程まで呑み込んでいる耀子の白い喉が艶かしく動く。先端を舌で徹底的に攻撃されて蕩けそうに熱くなってくる。耀子に知らせようと腿を強く掴むとうんうんと頷きながらも動きを止めない。両手を根元に添えられてひとしきり奥に呑み込まれたとき、堪えていたものの引金を離した。耀子はものすごい勢いで射出される液体を漏らすまいと必死に受けとめている。圧倒的な絶頂感に思わず目を閉じてしまった。
「順番が逆じゃないか?」
隆のものを一滴もこぼさずに飲み干せて満足すると同時に、羞恥が甦ってきた。右手で柔らかくなったものを握ったまま、隆の脇に潜り込んで顔を隠す。そっと肩を引き寄せられてものすごい幸せな気分に浸れた。Tシャツの裾に手を入れて捲り上げる。少し起きあがって強引に首からTシャツを引き抜いて裸の隆の胸にすがりついた。接触面積が最大になるように頬を押しつけて両手と両腕で隆のからだを触る。そうすれば全部が自分のものになるような気がしたのだ。
「ずるいじゃん、俺だけ裸でさぁ」
「いつも脱がされるのはあたしだから、たまには逆もいいでしょ」
そう云いながらも、どうにも照れてしまって隆の顔が見れない。
「なんか耀子の方が恥ずかしそうだな」
「そ、そう?」
ゆっくりと引き上げられると耳に口をつけられて舌先をねじ込まれる。耳たぶを歯で噛まれると喉から声が漏れてしまった。
「ねぇ、耀子の裸が見たいな」
耳元で囁かれると一気に感情が高ぶってくる。
「脱がしてもいいよ」
すがるようにそう言った。
「耀子が自分で脱ぐところが見たいな」
「そんな……」「恥ずかし過ぎるよ」
からだを引き起こされて座らされると目の前に私が裸にした隆が座った。
「自分で脱がなきゃだめ?」
にこにこ笑いながら「うん」と言われてしまい困り果てる。
「じゃぁ、あっち向いていて」
最大限の譲歩もあっけなく「やだぁ」と却下されてしまう。早く抱いて欲しいという気持ちと羞恥心が格闘するけれど答えは最初から出ているのだ。
思い切ったように髪が左右に振れて、俯きながらシャツのボタンに手をやって上から順番に外しはじめた。シャツを腕から抜いて脇において立ち上がる。スカートのボタンを外して足から抜いてしまうとすぐ横にやって来て「あとはやって」と頭を押しつけてくる。思わず手が出そうになるが、ここは辛抱のしどころだ。
「だ〜め」とからだを押しやりながら目の前に立ち上がらせた。薄いアイボリーのブラジャーに包まれた胸が柔らかく撓んでいる。
「おっぱい見せてよ」と言うとさんざん逡巡した上に背中を向けてホックを外した。腕で胸を抱きながら座ろうとするので、「まだまだ」と牽制する。「う〜ん」と一言唸って、意を決したようにパンティを引き降ろした耀子が狂ったようにぶつかってきた。
「どうしてこんなことができるのか不思議でしょうがないの」
その日何度目かの嵐のような時間が過ぎた後、ヒグラシの合唱につつまれながら隆の胸から顔を上げた。「ん?」と隆が意味を測りかねている。
「自分から服脱いだりとかさ」
「あぁ」
「パンツ履かないで外歩いたりとか」「外で裸になったりとか」
「そう」 思い出しただけでも恥ずかしい。
「そういえばおしっこもしてたよ」「お風呂でからだも洗ったし」「裸で写真撮ったり」
「後はなんだっけ」
「もう、言わないで」 聞くだけでもからだが火照ってしまう。
「そうじゃなくて、普段絶対しないのにどうして、こう、ふらふらっとしちゃうのかなって思ったの」
「それにね、ええっと、そういうのがね、全然嫌じゃないの」「恥ずかしいんだけど、嬉しいような、こう……」
自分で話していていながら頭に血が上ってしまう。もっとどろどろと嫌らしいことなはずなのに、明るい透明感だけがあとに残っているのだ。四苦八苦しながらそう伝えると頭を撫でられながら隆が応えた。
「天使なんていうものがこの世にいるならば、耀子は夏の天使だな」