のこのこと木南にくっついて来た菊川を追い払って図書館の入口を施錠した。黴臭い本の臭いが、しんと静まり返っただだっ広い空間で思い出したように存在感を主張し始めた。ちょっと近寄りがたくて、それでいて懐かしい。決して嫌いな臭いではない。
図書館は校舎の南端、4階にあって、校庭の運動部の掛け声も窓を閉めてしまえばほとんど聞こえない。ときおり、金属バットの甲高い音だけが閉め切ったガラス窓を震わせた。西面の大きな窓から入る午後の陽がグレーのカーペットを僅かにオレンジ色に染めて柔らかく燃え上がらせていた。
11月12日。
いつのまにかくっきりと脳裡に刻まれた菊川あけみの誕生日。
残業が溜まっているうえに、今日は夕方から進路関係の会議がある。そんなわたしを尻目に、菊川の弾けそうな笑顔が一日中彼に向けられて不安と焦燥が募った。プレゼントくらいは仕方ない……。わたしにだってプライドがある。高校生が高校生にあげるプレゼント如きに目くじらを立てるつもりはないが、それ以上のことは許せない。夏以降、すっかり女らしさを増して自信のある素振りを示し始めた菊川をわたしは警戒していた。進路の話だからと菊川を追い払った際に、機転を利かせた木南が「終ったら電話するから」と囁いた。そのときの菊川の他人を小馬鹿にしたような表情を見て、わたしの疑惑はますます膨れ上がった。
木南の背を促して司書室に誘い、後ろ手に鍵を掛けた。図書の補充入れ替えと書架整理のため図書館は今週いっぱい閉館中だから二箇所の入口は施錠されているし、その中にある司書室に篭れば二重の密室になるはずだ。今年度から各校の図書館に配置された司書の先生は筑波へ一週間の出張研修で不在だ。恣意的で露骨な職場の人間関係から逃れようと、わたしはわたしなりに学年主任らの影響力の外に逃れようともがいて、今年度から図書館の運営委員会に参画していた。最初の図書館運営委員会の会合で生徒の代表が久野夕実だったことにはちょっと面食らったが、普段の彼女は極めて聡明かつ優秀で文句のつけどころがない。入学当時から図書委員を務めてきた彼女に比べれば、わたしのほうが教わることが多いことが癪に障るくらいだが、そんなわたしをきちんと立てて背後でかしこまっている彼女の振る舞いには、ありがたいことなのか屈辱なのか、いつも複雑な感情を抱かされた。
図書館の入口の扉は職員室のマスターキーで開錠できるが、昔の倉庫を潰して新しくできたばかりの司書室はマスターが効かない。司書室の鍵の三本目のスペアが久野に渡されていることは知っていたが、当然彼女は図書館が閉館中であることを知っている。図書委員達が昼休みや放課後を利用して進めていた作業も昨日で一段落したはずだ。搬入された新規購入図書はまだ司書室のカウンターに山積みになっているが、あとは来週、司書の先生が戻ってこないと作業が進まない。昨日、来週まで作業は中断しますと申し渡すと雑務から開放された生徒達からは静かな歓声が上がった。
奥のほうに小さな窓が一つ。元が倉庫だから仕方がない。敷き詰められて足音を吸い込む市松模様のカーペット。小さな窓から斜めに差し込んだ光に舞い上がった塵がキラキラと浮遊して輝いた。入口のドアのすぐ脇には長さ3mほどのがっしりとした木製のカウンターがある。図書館との境は壁一面にガラスが嵌められ、カウンターの中央あたりにはいつも開けっ放しのガラス窓が付いていている。
薄暗く、冷たい空気。
埃っぽい臭いと古い紙の臭いに混じって真新しいインクの匂いがひっそりと澱んでいる。
普段は窓が大きく明るい図書館の光がガラスを通して部屋全体を白く染め上げるのだが、今はそのカウンターの両側に巾いっぱい、背丈を越えるほど積み上げられた本の山がその光を遮っていた。まだラベルもなく蔵書印も押されていない新刊本の澄ましたインクの匂いと、使い古されて痛み壊れた廃棄寸前の古書の醸し出す年月の染み。
乱雑に積み上げられた本の僅かな隙間から入る光が制服姿の彼の輪郭をぼんやりと背景のグレーから浮き上がらせた。エアポケットのような完璧な静寂。吐く息の音のディテールが手にとるように聞こえる。
わたしは彼を向き直らせて、見上げ、見据えた。
強く。
真正面から。
「キスして」
自分の声が完全な密室に驚くほど花やいで響いた。
彼の動きを待ちきれずに、その胸に飛び込んで、首筋に縋り付いて貪るように唇を求めた。
口紅のついた唇を彼の口に押し付けて長く深いキス。舌と舌が絡み合って身悶えて、すぐに後頭部が痺れはじめた。
冷たく澱んだ空気に二人の息遣いが荒くこだまする。瞼の裏が赤く染まって、彼の首筋に触れた指先がじんわりと温かくなった。
その頬に、目に、首筋に唇を這わせ、顔を押し付ける。わたしの匂いがこびりつくように。硬い背を腕で抱きしめて、いっぱいに背伸びする。キスマークがつくまで首筋を噛んで、白いワイシャツの胸に顔を埋める。ネクタイを避けて、その裏に唇を押し付ける。白地に鮮やかなピンク色が映えて少し憂さが晴れた。
ブレザーの内側に手を入れて背中に爪を立てると、わたしの肩を柔らかく抱いていた彼の腕が滑り降りて自らのブレザーを剥ぎ取って傍らの机に置いた。見上げた正面に彼の眼差しがあった。微かな光に縁取られた鋭角的な輪郭。ゾクゾクするような冷たい瞳。あの女にも同じような視線を注ぐのだろうか。吸い込まれそうな瞳の闇に目が貼りついて瞬きもできない。
「ぁ…」
喉の奥が鳴った。
右手を下ろし、彼の前にあてがう。
僅かな膨らみがすぐに別の意志を持った生き物のように形を変える。あっという間に手の平の大きさを越えたものから生地を通して脈動と熱が伝わった。
硬い形状がわたしの分別を闇の彼方に放擲する。
「…ぅ…」
微動すらしない薄く締まった唇。洩れたのはまたわたしの声。
指先でジッパーを探す。もどかしくなって両手でベルトを絞った。手が震えて前を留めるボタンが上手く外れない。ジッパーを一気に引き下ろすとベルトの金具が澄んだ音を立てた。わたしがあげたトランクスの脇に両手を入れて押し下げる……が、いつものように硬直したものが引っ掛かって上手くいかない。
「ごめん……」
ゴムの前を引っ張って慎重に通過させるとようやく待ち望んだものが姿を現したはずだ。あるべき位置に手を這わせると熱くたぎった硬さが跳ねて手から溢れて納まった。
「…ぁぁ…」
わたしの。わたしの。
「大きいよ…凄いよ……。握ってるだけでおかしくなりそう……」
恥ずかしくて見れないけれど、大好きで、とっても大事なもの。両手をずらして握っても先端が余る。力を込めて握り締めてもびくともしない。わたしの本能はすぐにその硬い弾力に貫かれることを夢見始める。湿った先端を包み込み、片手を下方に滑らせて縮こまった精嚢を手の平に載せる。暖めるように袋を包み込むと手の中で柔らかな二つの玉が転がり始める。
愛しい彼の愛しいかたち。
彼の目を見たままへなへなと腰が抜ける。彼の前に跪いていきり立ったものを目の当たりにし、顔を寄せる。硬い軸に唇を這わせ、一つづつ睾丸を口に含む。縦についた精嚢の筋に顔を押し付けて、先端に向けて舌を這わせる。熱さと彼の味が舌先にこぼれ、若い雄の匂いがいっぱいに広がって膨れ上がった先端部を呑み込んだ。苦しいほどの大きさが口の中で更に体積を増した。両手を根元に添えて更に呑み込んでも半分も覆い尽くせない。喉の奥に触れる感触に頭が溶け始める。溢れた唾液が彼を伝い、握り締めた手を温かく濡らした。
いつものように、最大限の感情を込めて彼をしごきながら、口全体で包み込む。彼がいちばん好むスピードと圧力でわたしはリズムを刻み始めた。
額に掛かった髪を彼の指先がかきあげた。口に含んでいる様子が丸見えだ。
恥ずかしさに慄きながらわたしの口からは正反対の言葉が漏れる。
「わたしの顔を見て」
うす紅く皮から剥き出しになった粘膜を唇で拭う。
「口でしてるところを見て」
もう一度丁寧に髪が掻き分けられて、頭が優しく押し止められた。
彼を咥えたまま上を見上げる。
目が合った。恥ずかしい。
慌てて下を向いて照れ隠しに彼を更に深く呑み込むと微かな声が降ってきた。
「そんなにされると出ちゃうよ」
わたしは小さく頷いて彼が最も好む動きを再開した。
彼のものを飲む。それが当初の予定。
このあと、間違ってもあの女を抱けないように。誘惑されても立たないように。
屈辱に震えるあの子の顔を見てやりたい。
彼の両手がわたしの頭を、髪を、頬を、首筋を這いまわる。わたしのリズムに合わせて遠慮がちの、僅かな力が加わり始める。彼が感じている……。
動きが徐々に強く、力強く。直進性を増していく。
彼の息遣いがゆっくりとピッチを上げていった。
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口内に注ぎ込まれる大量の精液に震え慄いた。一滴たりとも逃すまいと彼の突き出す動きに合わせて先端を吸い込む。まだ出る、まだ出る。荒い息遣いが頭から降って来て、うっとりとした満足が湧き上がる。全体を再度丁寧に舌で拭って口を外す。
目の前でまだ小さくなりきらないものにゆっくりと頬擦りすると、さっきから躍起になって押し込めていた感情が甦った。
会議があるから今夜は遅くなるだろう。今夜は会えない。だから、だから……。
わたしも抱かれたい。今すぐ。
大丈夫。時間はたっぷりある。ちゃんと考えて場所も選んだ。誰も知らない。菊川は…、知っているかもしれないが…わたしを告発して断罪すれば彼だって無傷では済まないことぐらいわかっているはず……彼を好きな菊川は、彼が困るようなことはしない……。
だから、だから……。
彼に抱かれたい。
わたしのすべてで彼を包みたい。
もう一度すればしばらくは彼もできないはずだ……。トワレの匂いだけじゃなくて……、わたしの匂いも彼の躰じゅうにつけてやれば完璧だ。
「どうしたんですか? いきなり……」
そんなわたしの思惑に気付いているのか、いないのか痛いほど透明な視線が注がれた。
「ん? ちょっと……」
彼の手が白いカシミアのセーターの肩をそっと撫でた。
「とっても似合うって言われたから…着て来ちゃった」
彼に選んでもらった…先週買ったばかりのセーター。胸が目立つから学校には着て来ちゃダメだよって彼には言われたけれど。
「ときどき先生がもうちょっと美人じゃなければいいのにって思う」
「どうして?」
「只でさえ目立つのに、そんな格好すると傍に張り付いてないと心配だから。もう、あっちでもこっちでも、どよめいてましたよ。また、写真が出回っちゃう。胸もそうだけど、ウエストもぴっちりしてるから、黒板の上の方に背伸びして書くときなんかちょっと拙いですよ」
「?」
「正直言って見慣れてるオレですら勃起した。パンツ下ろして後ろから犯したくなる」
「そ、そう?」
「他の教室でも職員室でも注目の的だったでしょ?」
なんだか顔が赤くなる。
「うん。なんか視線を感じるっていうか…視姦されてるみたい」
「みたいじゃなくて、し・て・る・の」
そういえば…平野にしつこく呼ばれた。出したばかりの報告書の説明をしろって…どうでもいいことばかり。あの男は机に向かって椅子に座ってるから、どうしても横から覗き込むようになる。そうすると肩や胸があいつの頭すれすれになって、何度目かのとき匂いを嗅がれていることに気付いた。あいつの魂胆が読めるとわたしはどんどん冷静になった。衆人環視の職員室でことが起きれば首が飛ぶのはあいつだ。生理的な嫌悪感を押さえつけて躰をすれすれまで寄せた。手を動かした拍子にあいつの肘がわたしの脇腹に当たって、驚いた顔が滑稽だった。何も気付かない振りをしてわたしは説明を続ける。あいつの鼻先、ほんの5cmのところで胸を揺すると、しょぼそうな目がぱちぱち瞬いた。ちょっとでも触れたら大声を上げてやろうと待ち構えた。ハイネックだから胸元は見えない。代わりにこれ見よがしに髪を耳にかきあげた。トワレが匂ったことだろう。食い入るような視線が首筋と胸を何度も往復した。
「もう…ダメだって。そういうことすると…男は勝手に誤解するから……」
「大丈夫。会議の後、よかったら食事でもしながら来月の研修の打ち合わせでもしませんかって誘われたから……」
「から?」
「プライベートで人に会う約束がありますんで…って、にこっり笑ってやった」
「それくらいで凹む男じゃないでしょ。ごり押しの平野って云うくらいなんだから」
「そかな?」
「そかなって…。そんな可愛い顔して首傾げちゃったら、男はみんなおかしくなっちゃうの!」
「あなたはどうなるの?」
「同じですよ。普通の男なんだから」
「おかしくなると、どうするの?」
恥ずかしさが込み上げてくる前に彼を挑発する。
くすんだ柄物のヴァーミリオンのストールに彼の指が掛かった。
「答えは?」
セーターの背に腕を回されて、息が出来ないほど強く抱かれた。脳裏の片隅で挑戦的に笑う菊川の顔がようやく消えて、別の生き物のようにねっとりと絡み合う舌先から痺れたような感覚が背筋を走った。
下のシャツと一緒に一気にセーターを捲り上げられた。胸に突き刺さる彼の視線はわたしの快感を倍加させる。シンプルで白いブラ。薄い紫で小さな花柄が染め抜かれている。小さくて気恥ずかしい柔らかな布地。彼に買ってもらったやつだ。彼はいつもわたしに似合う色、似合う形を選んでくれる。好きじゃない派手な原色や黒い下着、透けて見えるような露骨なものを着けるよう求められたことは一度もない。
その布地に覆われた頂上を早く触ってもらいたくて胸をいっそう突き出した。
ブラのラインを唇が這って、舌先が生地の内側に潜り込むことを求める。恥ずかしさに躊躇いつつもわたしは布地を指で押しのけて乳首を露出させた。
「答えは?」
「あいつにできるのは至近距離で匂いを嗅ぐだけだけど、オレはこりこりの乳首を噛んで、おっぱいの匂いを胸いっぱいに吸い込める」
乳首を噛まれたまま淡いグレーのパンツに手が掛かり、あっさりと下着ごと引き摺り下ろされた。首からセーターが抜かれ、胸を締め付けた圧力が消えて、わたしはストールと同色の靴下に上履きにしている黒のサンダルだけで全裸だった。
「それから…先生を裸にして普段隠しているところを見たり、触ったり…滅茶苦茶にできるし……」
机に解いたストールが元通りに首と肩を覆った。
「白いセーターも最高だけど、白い肌はもっときれいだし」
わたしは既に、見られている快感に腰が砕けそうになっている。普段隠す部分を剥き出しにされ、隠さない部分だけが布地に覆われて余計恥ずかしい。
「この格好で授業したら…。平野の隣で説明したら」
その光景を脳裏に思い描いて膝ががくがくと震えた。
「だめ…だめだって…。困るよ…、やられちゃう…みんなにまわされちゃう」
自分で勝手に妄想している恥ずかしさに、駄々をこねるように彼の腕にすがりついて顔を隠した。
「まわされちゃうだなんて…こんなお上品な口から…どこで憶えたんですか? そういう言葉」
う……。わたしは返す言葉に窮した。
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椅子にどっしりと座った彼に背を向けたまま尻を寄せる。最初は後ろからがいい。
後ろ手に伸ばした手の平に握り締めたものを自分の部分にあてがって、包み込むようにゆっくりと腰を落とす。膣を掻き分けて突き進む熱さに喉から声が迸る。慌てて歯を噛み締めて声を殺す。最深部まで呑み込むと、彼がわたしの腰を引き寄せてぴったりと安定した位置へ誘う。貫かれた感触に膣が震え慄いた。
ウエストに両腕が廻されて腰全体が深く沈みこむ。抉るように前後に腰を振ると固く怒張したものがわたしの中で暴れた。頭のネジが音を立てて弾け跳んだ。わたしは狂ったように尻を彼に押し付けて、呑み込んだものを中心に躰全体を揺すり喚いた。
ポン。
《やだ! もう》
暴れすぎて、音を立てて膣から外れた。
今度は外れないように尻を大きく揺すらずに限度まで呑み込んで締め付ける。
強烈な快感が怒涛のように押し寄せて、もう躰をどう動かしてよいのかわからない。手足がばらばらに動き、首から頭が外れそうに振れる。前に廻った彼の指先が下腹を滑り降り、開ききった陰唇の先端を抉る。剥き出しのクリトリスから飛び上がりそうな電気が背筋を貫いてわたしは背を仰け反らせた。
「声が出ちゃうから」
ハンカチ? 口に押し込まれた布地を噛み締めて声を殺す。熱を帯びた下半身が溶けていく。小さな波が断続的に押し寄せてわたしは絶頂への階段を登り始める。一段づつ確実に。下から持ち上げるように乳房を揉まれ、乳首を交互に摘まれる。片手は前を滑り降り、陰毛を掻き分けていちばん敏感な部分を抉るように擦る。クリトリス、膣、乳首の三重奏に背後から耳を齧られて、わたしの躰が宙に跳んだ。再びスポンと音を立てて肝心のものが抜けた。
《いやぁ!!!!》
声にならない声が溢れ出た。
向き直されて今度は彼の首にしがみつく。わたしの分泌液でぬるぬるに濡れた彼を掴み、その上に跨るように腰を落とす。さっきの感覚がすぐに戻った。素裸の下半身が湿った匂いを放ち、蕩けそうに熱く燃えた接合部が静寂を淫猥な音でリズミカルに侵していく。唇を求めて滅茶苦茶なキス。口に咥えていた濡れたハンカチが二人の間に落ちて挟まった。
彼の前に乳房が露出する。腰を前後に揺すりながら突き出した胸を彼の顔に押し付けて乳首を含ませる。背中を強く抱かれ彼の顔が乳房にぐりぐりとめりこんだ。尻を滑り降りた指がわたしたちの接合部に到達する。
「触ってごらん」
手首を取られ導かれた。
自分の性器に没入する彼の太さと固さを指で確かめながら、腰を入れるたびに膣口から溢れ出た淫液で指が濡れていく。
「凄い…入ってる……」
恥ずかしさが気が遠くなるほどの快感を一気に膨れ上がらせたとき、
「しっ!」
彼がわたしの口を押さえた。
狂ったように動き続ける腰を万力のような力で押さえつけられる。
「動かないで……」
耳元で短く言葉が囁かれた。
耳を澄ます彼の表情を見て、初めて危機に気がついた。
絨毯を踏む足音が虚ろに静まり返った図書館の空気に微かに響いた。
嘘! 慌てふためくわたしを彼がそっと抱いた。
「大丈夫。静かに…そのまま」
首を音の方向に向けて、積み上げられた本の隙間を彼の鋭い視線が注視した。
足音がわたしたち二人が抱き合っているカウンターのちょうど正面で止まった気がした。
誰? 絶望感が立ち上る。彼が唇の上で指を縦に立てた。
沈黙と静寂。
遥か遠くで運動部の掛け声が古いラジオのように流れていた。
不規則に積み上げられた本の山の細い隙間におっかなびっくり目を凝らした。
差し込む光は傾き始めているが、まだ明るい図書館を灰色の影が横切った。どさっと何かを置く音。グレーのブレザーに黒っぽいスカート。女生徒の制服だ……。頭が反応するよりも早く、彼女はカウンターの3mほど先に立って、無造作に切り揃えた髪を扇方に広げながらくるりと一回転した。
久野夕実だ。
視線が合った気がして思わず目を瞑る。彼の腕を掴んだ手に自然と力がこもる。
拙い。わたしの心臓は警笛の早鐘を打っている……。よりによって、三本目の鍵は彼女に渡されているのだ。彼女の姿が視界から不意に消えた。
――ガチャ――。
何? ドアノブが廻る音。
開かない。鍵を掛けたから。
ほっとする間もなくわたしは絶望の淵に突き落とされる。
金属が擦れる音……鍵穴に鍵を差し込む音? そうだ。間違いない。
頭から血が引いて気が遠くなる。
わたしは全裸で彼に跨っている。言い逃れのできない姿。
もう駄目だ。見つかる……。
わたしは彼の胸に顔を埋め、しがみついて観念した。
時間が止まったような静寂の中で、ロックがかちゃりと軽やかに回転した。
扉が軽く軋みながら細く開いて夕陽が細いラインになってグレーのカーペットをオレンジ色に染めた。
放心。
何一つ考えられずに、わたしはその光景を眺めていた。
しかし……。
いつまでたってもラインは太くならずそのままの幅を保ち……逆に糸のように細くなって暗灰色の海に消えていった。
再び音を立ててドアが閉まり、同じようにロックが回転した。
彼がわたしの背を優しく抱きしめて囁いた。
「大丈夫……気付かれてない。暗いから向こうからは見えないし」
わたしは彼に跨ったまま、首を捻じ曲げて同じように本の隙間から外を覗いた。
久野は閲覧コーナーの黒い長椅子の前に突っ立ったまま手元を眺めていた。何か持っている……ああ、デジカメ? ぶら下がった備品の緑色のタグがくるくる回転している。背後のパネルを真剣な面持ちで操作している? やがて、周囲を見回して……。デジカメの置き場所を探している? 正面に近づいてきた久野の姿に再び肝が縮み上がったが、彼女はカウンターの本を少しずらしてその上にカメラをセットしたようだ。本の山の背後で息を殺しているわたしたちに気付いたわけではない。……セルフで自分を撮ろうとしてる? 久野は再び元の位置…よりは少し後方に立つとこちらに向き直って直立した。数秒の静止。再びカメラを手にとって背面を確認。何度か繰り返してようやくうまくいったらしい。今度はデジカメを置いたまま俯いて考え込んでいる。彼の瞳もそんな久野の一挙一動を何一つ逃すまいと正確に追い続けていた。
じりじりと止まったような時間が流れた。腰が僅かに動いて忘れていた感覚が甦った。彼はわたしの中でまだ大きさを保っている。膣を僅かに締め付けると彼がわたしを向いて耳元で囁いた。
「彼女でよかった…。夕実なら勝手に他人の私室に入ったりしない」
ああ、そう、そうかも…しれない。彼女なら鍵を持っていても面白半分に机の引き出しを掻き回したりはしないだろう。彼の裸の背に腕を廻したままわたしは再び本の隙間に目を戻した。
彼女は盛んに周囲を気にしているようだ。ぐるっと辺りを見回した久野が書架の林に消えたが、またすぐに戻ってきた。ようやく意を決したように正面を向いて息をつく。デジカメをさっきの場所にセットして、……ブレザーを脱いだ。
え? 目が点になった。
久野はなんの躊躇いもなく胸元の赤いタイをほどくと、手早くブラウスを脱いで同時にスカートを落とした。美しい足のラインをワインカラーのソックスが赤っぽい光に映えてひときわ華やいだ。脱いだ制服をまとめて長椅子の端に寄せると、近づいて来てデジカメのスイッチを操作する。セルフの作動音がぴーぴーと鳴り始め、彼女は元の場所に飛んで帰ると下着姿のまま向き直って直立する。
シャッターが降りた。
三回ほど同じ動作が繰り返された。撮れ具合を確認しているのだろう。しばらく間があって再び電子音が鳴りはじめた。今度は後ろ向きに立って、恥ずかしそうに赤くなった顔が振り向いた。次は椅子に座ってぴっちりと膝を揃えた。ポーズらしいポーズはとらないで生真面目で堅苦しい姿勢が続く。下着はブラとパンツがお揃いの白。ブルーの細いラインが入っているが、小さくて、飾りが少なくてとてもシンプルなもの。あまり女子高生が好むようなものではない。下着に包まれた躰は、お腹の辺りの生硬さにまだ初々しい少女っぽさが残っているが、胸も大きいし腰も張って十分過ぎるほど女であることを主張している。
でも、なんで下着姿の写真なんか撮っているのだろう? 一時期そういった写真や使用済みの下着を買い取ってくれる類の店に女生徒が出入りしていると問題になったこともあったが、久野はそういう問題行動からはもっとも縁遠い生徒だ。不思議に思って彼を眺めると、彼は瞬きもせずにその姿に見入っている。食い入るように久野を見詰めている優しい目つきがなんとなく癪に障った。

10枚ほど撮り終えて満足したらしい。デジカメからメモリーカードを抜き出すと肩掛けバッグを引き寄せて内ポケットに慎重にしまい込んだ。当然、手早く服を身に着けて立ち去ってくれるのだろうと期待したが、彼女は下着姿のままぼんやりと俯いて、ときおり不安そうに周囲に目を向けていた。
やがて、バッグから畳まれた一枚の青い布…ハンカチを取り出して黒い長椅子に広げた。その上に腰を落とすと手近にきれいに畳まれたマフラーと手袋を引き寄せて、躰の前を隠すように、いや、マフラーと手袋を抱くように縮こまって背を丸めた。下着と同じくらい白い肌にセルリアンブルーのマフラーが鮮烈に映えた。胸の谷間でズロッと長く伸びたアクセサリが揺れてきらりと光った。華奢な手先が淡いブルーグレーの手袋に覆われた。下着姿ということを除けば彼女のいつものスタイル…だけど。切れ長の目がすっと閉じられると、首から太腿に巻きつけられた長いマフラーが柔らかに波打った。
予感がわたしを慌てさせた。
脱ぎ捨てた傍らのスカートのポケットを探った手袋が黒いパスを取り出して広げた。黒目が潤み可憐な口元が開かれたパスに語り掛けた。予想通り片方の手袋がブラの内側にもぐりこむ。固く閉じた膝が微かに動いて擦り合わされている。
5分も経たぬうちに久野は背に廻した指先でブラを外し、腰を浮かせて下着を太腿の途中まで下ろした。片手ははっきりと形をもって膨らんだ胸に押し当てたブルーグレーの布地を揉み、もう片方は波打つマフラーの下で下半身を刺激している。写真でも挟まっているのだろう。ときおり開いたパスに目をやるのがぞっとするほど艶めかしい。
同性のオナニーを見るのはもちろん初めての経験だが、まるで自分がしているのを彼に見られているように恥ずかしい。よっぽど声を上げて見られていることを教えてやろうと思ったが、そんなことをしたらわたしと彼がしていることもばれてしまうし、何より彼女だってこんな光景を目撃されたと知ったらショックだろう……。
「見ちゃダメ」
わたしは彼にすがって腕をつねった。
そんなわたしの気も知らず、久野の息が荒く乱れ、登りつめていることがはっきりとわかった。短い間隔で吐き出される白い息が初冬の冷え冷えとした空気に吸い込まれていく。
彼は瞬きもせずにそんな久野を凝視している。不意にわたしに突き刺さっている硬い棒がひときわ太さを増していることに気がついて嫉妬の炎が燃え上がった。悔しさが溢れ、腹いせに腰を僅かに入れ込んだ。
同時に抑えきれなくなった久野の口から微かな言葉が漏れ始め、わたしは愕然とした。
聞き間違いかと思って耳を澄ます。
間違えようはない。間違えるわけがない。
短く吐き出される苦しそうな吐息に混じって、今わたしを貫いている男の名前を呼んでいる。何度も、何度も。大好き? 愛してる? 何よ! 自分から別れたくせに未練がましい! わたしだって、わたしだって好きなんだから…邪魔しないでよ!
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乾燥した冷たい空気が鼻をくすぐって、思わず小さなくしゃみが出た。
しまった! 慌てて目を開けると真正面に彼の顔があって視線がぴったりと合う。
「寒い?」
普通の小声、普通の会話。
冷えたわたしの背を彼の温かな腕がさすった。
「大丈夫。彼女はもう帰った」
安堵の溜息がどっと溢れ、わたしは再び彼の裸の胸に抱きついた。
目を閉じると頭の中で垣間見た光景がスローモーションで再生された。
彼の名前を呼びながら、登りつめる久野が見せた痴態。
膝まで下ろした下着。ぴっちりと合わさった真っ白な太腿。掲げられた丸く豊かな尻。
首から外したシルバーのアクセサリを子供のような性器に押し込んで、細い鎖が赤い夕陽をちろちろとまとわりつかせながら揺れていた。
透き通ったか細い声があられもない言葉を繰り返し詠った。
《…かして…犯して。滅茶苦茶に…寛ので犯して、わたしの躰あげる。全部あげる。中に出して、たくさん、たくさん……頂戴》
聞いているほうがおかしくなりそうな悩ましい喘ぎが脳裏にこびりついて離れなかった。
真下からの突き上げるような動きに、次第に躰のリズムが共鳴する。不意に、全ての疑問が霧が晴れていくように明確なかたちをとり始めた。
ああ……。そういうことか。久野はここでしたのだ。この奥まった、普通の生徒が来ることはない居心地の良いコーナーで。二人がまだ付き合っていた頃。二人の思い出の場所。彼にああやって背後から貫かれたのだ。彼に全裸に剥かれて、滅茶苦茶にされたのだ。
きれいな躰。溌剌として張り切った清潔さ、羨ましいくらいの若さを惜しみなく彼に与えたのだ。
マフラーも手袋も、長過ぎるアクセサリもすべて彼から貰ったもの。そして、恐らくあの下着も。今日が菊川の誕生日なら、昨日は久野の誕生日なのだ。撮った写真を自分で眺めるわけじゃない。彼に貰った下着を身に着けていることの証明なのだ。あの写真は恐らく数日後、彼に手渡されるプレゼントのお礼なのだ。今でも彼が好きだという証が慎重に込められた……。
だからこの場所でなければならなかった。他人に見られる恐れを考えても、二人の聖域だったこの場所の背景が必要だったのだ。彼はそれを受け取って彼女の心を再確認するのだろう。そんなことが繰り返されてきたのだ。あの事件からずっと。二人はちっとも切れてなんかいない。全然切れてない。肉体的な接触とは違う次元で二人の関係はより密接でより深いものに姿を変えただけなのだ。子供だと思って侮り過ぎていたかもしれない。なんだかわたしと彼の関係の方が覚えたての肉体的快楽に耽る高校生のカップルみたいだ。
わたしは自分の思いつきに愕然とした。
「きれいね。彼女。青がとってもよく似合う」
頭は麻痺したように働かなくとも、躰は刺激を受容し正確に反応する。下半身の蕩けた熱さがゆっくりと全身を侵していく。
「彼女のこと……今でも好き?」
答えを求めているわけではない。……答えは聞かなくてもわかっているから。
《わたしとどっちが好き?》
その質問だけはかろうじて踏みとどまった。馬鹿げているし、プライドが許さなかった。そして何よりも、多分、答えを聞くのが怖かった。
そんな不安から逃れるために、わたしは得られる快感に専心した。見得も体面もかなぐり捨てて、腰を振り、尻を打ちつけて彼を貪り尽くす。
溢れた液体が二人の接合部を濡らし、再び恥ずかしい音を立て始めた。
「ごめんね、重いでしょ」
「重くはないけど……凄いお漏らしですね」
「ち、違うってば。おしっこじゃないよ」
恥辱と屈辱、悦楽と陶酔が入り混じって、意識と無意識が交互に侵食される。
「わたしにも……あの子にしたようにして!」
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まるで自分ではないかのように遠い感覚のなかで、胸元に感じた熱さを手で塗り広げた。
乳房全体がねっとりと濡れ、彼が拭こうとするのを拒絶する。
「拭かないで。このままがいい」
暮れ色が濃くなって、気温がすっと落ち始めた。
乾き始めた乳房にブラジャーがあてがわれ、ホックを留められる。いつもながら完璧な位置。ストラップを指先が持ち上げると捻れた縒りが戻ってぴったりと肌にフィットした。
「帰り、どっかで待ってますよ。遅いんでしょ? 送っていくから」
え? 菊川と会うんじゃないの? 一瞬、呆気にとられ、ゆっくりと温かいものが込み上げた。つまらない嫉妬が自分の目を曇らせていたことに気づく。
「だ、だめだって。何時になるかわからないし……」
ひとりで空回りしている自分が恥ずかしい。
「でも、心配だから。平野にしつこく誘われるころに電話入れますよ」
「でも……」
平日なのに……春先に彼と決めた約束は次々になし崩しになっていく。
「帰ったらゆっくりお風呂に入れて、躰洗ってあげる」
彼の指先がセーターの盛り上がりに軽く触れた。
「それから?」
「髪を乾かして、躰を拭いて腕枕で寝かしつけると。疲れてそうだからエッチはなしで」
「そんなのやだ」
18歳の少女のように甘えた声が出た。
『ルーフガーデン−11』(続く)
作成日:2007/02/15 最終更新日:2007/02/15