ルーフガーデン 5

舞い上げられた花びらが目の前を滝のように流れ落ちて、わたしの頭に、ジャケットの肩に、ニットのシャツの胸元に降り注いだ。
わたしは歳甲斐もなく、まるで高校生のようにきゃぁきゃぁ悲鳴を上げて逃げ回る。
ピンクの花びらが絨毯のように積もった柔らかい褥にわたしが座り込んでしまうと、彼がそのすぐ脇に並んで腰を下した。傍らの花びらを掬い上げて今度はわたしが彼にシャワーを降らせる。彼は瞬きもせずに花の隙間から覗く空を見ていた。
睫毛に乗った花びらが絶妙なバランスをとって震えていた。
仄かに染まる薄紅色に空の青が鮮烈に映えて、やさしい香りが二人を包み込んだ。

肩と肩が触れ合うような距離で、わたしは避けようともせずに、彼の腕を掴んではしゃいでいた。
向き直った彼の顔がびっくりするほど近くにあってわたしはどぎまぎしてしまう。
「お茶飲みます?」「お腹減ったでしょ?」
彼が携帯ポッドから注いでくれたカップを受け取ると、強いフルーティな紅茶の香りが広がった。
湯気に顔を埋めると暖かな湿気が冷たい空気をほんのり染めて鼻腔をくすぐった。
「いい匂い」
「ダージリンの今年のファーストフラッシュ。昨日家で見つけて、さっそく掠めてきた」
「春摘み茶?」
「えぇ。濃厚な芳醇さはセカンドに負けるけど、匂いはいちばん。桜にも負けない」
「幸せを通り越しちゃいそうな匂い。ねぇ、ねぇ、紅茶好きなの?」
彼が少し恥かしそうに俯いて笑った。
「紅くなくても好きですけど。でもフレーバーティーは好きじゃないんですよ」

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四月に入って年度が変わり、わたしは予定通り3年生の理系クラスを受け持つことになった。始めての三年生ということで、年度始めの行事と会議の連続でばたばたとした日常に追いまくられていたが、春は正確に季節を進め、少しづつ日没が遅くなって、ほっと気を抜けるような暖かい日が続くようになった。
裸木の先端が綿を吹いたように淡く煙り始めた夜、電話が鳴った。

「2kmくらい歩くけどいいですか?」
「え? 平気よ。ハイキング?」
「まぁ、そんなもんだけど。その、スカートじゃない方がいいと思います。あと靴」
「あぁ、うんうん。大丈夫」「普通の運動靴でいい? トレッキングとかじゃなくて」
「普通に道はあるんで、別にサンダルでもいいと思うけど、まだ寒いですよ、多分」
「うん、わかった。楽しみにしてる」
「…よかった」
「んん? なにが?」
「断られるかと思って、電話しずらかったですよ」
「あら、このあいだ約束したじゃない」
「うん、まぁ、気にしないで下さい」
待ち合わせの場所を決めて、夜も遅いのに明らかに屋外から携帯を掛けてきた彼を最後に叱った。
「早く帰らなきゃだめよ」
変調された声が遠くの夜気の中で笑った。
「えぇ。もう、帰りますよ。寒いし」
「気を付けてね」
「じゃぁ、おやすみなさい」
遠くの空気の中で凛とした声が心地良く響いて電話が切れた。

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案内された場所は本線からローカル線に乗り換えて一時間ほど北の山間だった。無人駅に降り立つと僅かに彩りを主張し始めた柔らかな色彩がわたしたちを迎えてくれた。
先に立って歩く彼の後ろに着いて屋根すらないホームの石段を降りる。線路を跨ぐと待合所と描かれた小さな小屋があって、そのすぐ前が小さな駅前広場。広場の向いに小さな木造の郵便局とその背後を守るように囲う針葉樹の林があるだけ。それだけだった。
物音一つしない静まりかえった空気に明るい日差しが降り注いで時間が止まっていた。
動くもののない細い舗装路を肩を並べて歩き出す。すぐに林が途切れてその背後、休耕している田が視界一杯に広がった。そして、彼が指差した方向、灰緑とやわらかなベージュにくすんだ山肌の谷間が垂直に亀裂が入るように白く華やいで染まっていた。
途中で畦道に折れて、真っ直ぐに谷間を目指す。山裾に辿りつくと苔むした石の階段が薄紅の狭間に僅かに見え隠れしていた。

暗いトンネルのような枝垂れ桜の回廊を少し登ると平坦な場所に出た。廃寺だろう。古い建物の石の基礎だけが点在して影を落とし、ぽっかりと抜けた木々の隙間から白い光が降り注いで地面を埋めた花びらを染め上げていた。
ピンク色の海の平滑な面が広がって視界を埋めていた。
わたしは呆気にとられて言葉がなかった。
ときおり広間を吹き抜ける風が、周囲の白から紅色のグラデーションを揺すると解き放たれた色が渦を巻いて、まるで生き物のようにのたうった。

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後ろから彼の腕に肩口を強く抱かれてわたしの意識の半分がかっと熱く燃えあがった。
両の手の平が躊躇いながら下がって乳房をジャケットの上から揉み上げた。目が自動的に閉じて躰の感覚が一気に明敏になる。背中に密着した彼の形を掴もうと背筋が反って尻が突き出た。首を捩って後ろを向いた口と口が当たり前のように合わさると、もう腰に力が入らない。膝が抜けるように崩れると彼に躰を支えられて花の寝床に横たえられた。肩口に手をついた彼が上からわたしを覗き込んだ。

目と目がお互いに相手だけを見ていた。
叫び出したいような感覚に躰全体が震えて目が潤む。
苦しくなって、わたしはそのまま両手を持ち上げて彼の首を引き寄せた。

すぐに彼の躰がのしかかってきて狂おしい抱擁が始まった。
息もできないキスの応酬が繰り返されて舌と舌が絡み合い、歯と歯ががちがちと音を立ててぶつかった。唾液が唇から溢れるのもかまわずに、わたしは彼の頭を抱きかかえ髪を両手で掻き毟った。
「もっと、もっと」
ほとんど悲鳴のような声が喉をついた。
仰向けのまま磔にされるように両腕を持ち上げられて腋から胸を彼の手が蹂躙した。乳房を大きな手の平で強く掴み上げられると、ずんと躰の奥が響いて甘い感覚がどっと押し寄せてくる。
のしかかられたまま、膝を割られた。太腿をコーデュロイ・パンツの上から強く擦られて震えるような快感が躰を満たし始める。膝裏を抱えられて大きく足を広げられ、その中心に打ちつけるように彼の腰がぶつけられた。
わたしは悲鳴を上げて彼の背中を抱きしめる。ますます躰を広げて彼の腰を両足で咥え込む。

起き上がった彼の右手が直接股間に押し当てられて、パンツの生地を強く掴み、押し付けた。何度も何度も抉るように擦られて、既に生地の内側は滑るほど熱く燃え上がっているはずだ。液体を捏ねるような音が聞こえだして、恥かしさのあまりわたしは彼の首を引き寄せてすがりつく。
絶え間のない快感がつま先から背中を走り抜けて瞼の内側に白い火花が飛んだ。
くるっと一回転して上になったわたしが彼の胸に顔を擦りつける。
乳房を握られたまま、右手を彼の下半身に伸ばして、膨れ上がった部分を握ろうとした。上手く握れなくて上から押さえつけた。顔を近づけて生地の上から盛り上がった先端に軽く歯を当てる。彼の躰が大きく反応して、わたしの顔に腰が押し付けられた。
彼の腕がわたしの持ち上がった尻をさすり出すと膝が震えて腰が落ちそうになる。
そのまま腰を引き寄せられると、なんとも羞ずかしいながらも彼の腰に跨るような姿勢になってしまった。

彼の下半身に自分の股間を密着させて前後に揺する。真下から乳房を揉み上げられて、頭の中に白い霧が広がり始めた。抱き寄せられてシャツとブラジャーの上から乳首を噛まれる。
左右の乳首を強く噛まれて、布地を挟んで密着させた股間が彼の上で暴れ始めるともう止まらなかった。
何度も上昇と下降を繰り返すように意識が遠のく。
瞼の裏の火花は盛大な花火に変わった。
それに応えるように彼が躰を下から突き上げる。厚い生地を通していても熱い血の動きが叩きつけるように伝わった。めちゃくちゃに躰を動かし始めた彼の感覚がわたしを突き動かす。躰の中心から広がり始めた甘い蕩けるような感覚がだんだん上昇して背筋を登ってくる。その波に頭が呑みこまれたとき、一際高く股間を突き上げられてわたしは悲鳴を上げて彼の上に突っ伏していた。

挿絵5

『Pause』

そのままの姿勢でわたしは泣いているように喉から嗚咽が止まらなかった。彼が背中を抱きしめてくれてすっと震えが止まった。目を開けて口が合わさった。
「好き」
腰に当てられた彼の手がシャツの裾をくぐろうとして、わたしは一瞬迷って頭を振った。
「待って…」
彼の手の動きが止まる。どうしていいかわからないように裾を弄ぶ。
「待って。少し時間を頂戴」
「あなたが好き。好きだけど怖い」「どういう風になるのか、想像もつかない」
彼の顔が曇った。
「だって、あなた、ずっとわたしと一緒にいてくれる?」
わたしは悲しくなって彼にキスを浴びせた。
「今日は、だから、ごめんなさい」
裾の手が背中に廻ってわたしを抱きしめながら彼が目を閉じた。
「そうですよね…、ほんとは先生から誘ってくれなきゃ絶対なにもしないつもりだったんだけど…」
「ありがとう。ごめんなさい」
「すいません。今の俺じゃなんの約束もできないし、金ないし、ガキだし…」「それでも強引にしちゃったらレイプしてるのと同じですよね」
「すいません。それ言われちゃうと、もう何にも言えないです。すごい悔しいけど」
「すいません」
真下から射貫かれるように見上げていた強い視線からふっと力が抜けた。

彼がそれ以上に求めればわたしは拒まなかったと思う。
そうなる覚悟もしてきたつもりだった。
「ちょっと、ばか」「そんなこと言ってないでしょ」
でも、彼の動きが止まったことは不思議とわたしに安心をもたらしたし、酷いことをしているという引け目が彼に対する感情をいっそう燃え上がらせた。
「そんなことは最初からわかってる。そんなつもりじゃないってば」
「黙って!」
そのまま躰をずらしてわたしは彼の股間に顔を押し当てた。荒っぽくベルトを片手で引いてボタンを外すと彼が頭を起こした。かまわずにジッパーを引き下して前を押し広げた。下着の前を持ち上げて押し下げた。彼の匂いが花の匂いの中に強く広がって、既に勢い余って肌の上に放出されていた液体を口で吸った。再び硬く尖り始めたものに舌を這わせ、溢れてまとわりついている精液を一滴も残さず吸い取った。
「先生…」
彼が驚いたように身体を起こした。
わたしは手を添えて持ち上げた先端を口に含んだ。軽く舌を這わせただけで口の中一杯に膨れ上がった。根元に添えた手で全体をしごきながら喉と舌で包み込む。大き過ぎて全体の三分の一も入らなかった。
頭を上下させながらわたしは溢れる感情を制御できなかった。苦しくなると熱く濡れた先端で頬を擦った。鼻と目の間で捩り、すべすべと柔らかい先端を再び口で包み込む。
わたしの動きに合わせて彼が動き始め、躰の奥にぽっと喜びが点った。
遠慮がちな腰の動きに苛立った。
「遠慮しないでいいの」
困惑している彼に言った。
「頭…押さえつけて…もっと押…し込んで」
「ね、気にし…ないで、もっと強…くして」
やっと頭に両手が添えられて押さえ込まれた。

「もっとめ…ちゃくちゃ…にして」
彼の動きが一気に荒くなった。髪を掴まれて喉の奥にまで生温かい性器が押し込まれた。
繰り返し繰り返し、口を一杯に押し広げられた。
固く目を閉じたまま、顔に突き刺さる彼の視線を痛いほど感じて、見られている意識に翻弄される。
舌が麻痺しそうになったとき、苦悶するような彼の声が上から聞こえ、吼えた。
わたしの躰もそれに応えて弓なりに反った。彼の腰を両腕で強く抱え込んですべてを受け止めたかった。
喉の奥を熱いものが波打って、大量の精液が口の中に注ぎ込まれた。
先端から液体を吐き出しながらも彼の動きは止まらない。すぐに口の中が一杯になってしまって喉に流し込む。鋭い痙攣が伝わって来て彼の動きが止まっても、わたしは彼を咥えたまま、突っ伏すようにその腰に顔を埋めていた。

額から頬を撫でられて見上げると、申し訳なさそうにどうしていいかわからないといった顔が花を背景にして浮かんでいた。
「いいの。わたしがしたかったの」
「めちゃくちゃ、嬉しいです」
彼がわたしの頭をそっと抱きかかえる。
「でも、あの、苦しかったでしょ。見境なくて。すいません」
「ん? そんなこと気にしないで…」

「それに…わたし服着たまま、その…触られただけでいったのってはじめて…」
いきなり羞恥が顔に駆け登ってきた。
「それに、その、すごいのね」「あんなにたくさん、びっくりした」
わたしは恥かしくて彼の顔が見れなかった。

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帰りはガラガラのローカル線のボックスシートを二人で占領していた。
足を伸ばして通路側に座った彼の肩に頭を載せる。
あまり会話は続かなかった。肩を抱かれて目を瞑る。線路の繋ぎ目から伝わるゴトンゴトンという周期的な音と振動に感覚が同期して、わたしは深い安堵と安らぎに浸りきっていた。
朝、待ち合わせた駅に着いて、喧騒が再び耳に飛び込んできた。
立ち上がりざまに唇が合わさって離れた。
すっかり日が暮れて空は暗い藍色に染まって、吐く息が白く見えるほど気温が落ちていた。
乗り換えの通路を黙って歩く。当たり前のように送ってくれようとする彼。

「ごめんなさい。今日は一人で帰る。送らないで」
ときおり振り返りながら人ごみに埋もれていく彼を探した。
改札の向こう側でいつまでも突っ立っている彼が見えなくなるとき、わたしは手を頭の上まで持ち上げて、そして一度だけ振った。

『ルーフガーデン−5』(続く)


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