適当に言い訳を並べてしつこい昼食の誘いをようやく振り切った。
廊下に出ると五月晴れの空気が清々しく身を包んだ。髪についたタバコの臭いを振り払う。臭いも嫌だが、あんな密室で吸われたら息苦しくて堪らない。
おまけに白々しい、偶然を装ったり指導するふりをしながら躰に触れられて不愉快この上ない。
わたしは怒っていた。どうせ頼んだって無駄なんだろう。一応、教務主任で上司だからその手の要望は平野を通すことになっていたけれど、彼の下について二年目ともなればその判断が如何に恣意的でご都合主義かは手に取るようにわかっていた。
一旦職員室に戻って備品棚の上に放り出されたガムテープを二つ掴んだ。黄色い布テープで幅広のやつだ。壁に掛かっている鍵を取って再び廊下に飛び出した。
階段を一気に駆け下りる。
一階に下りると昼食時のざわめきに包まれた。食堂の前をプール棟の方へ急ごうとするとホールの一角にある売店がいつになく人だかりしているのに気付いた。
何事かと不審に思って首を伸ばすと、見覚えのある男がカウンターの内側で器用にPOSレジを操っていた。
あら? とあたりを見回してもいつもの売店のおばさんは不在のようである。
ったく! もう!
そのまま見過ごすわけにはいかなかった。
両手にガムテープを掴んだまま生徒を掻き分けレジに向かう。
「ちょっと、木南君、どういうことなの?」
わたしに気付いた彼がちょっと待ってと手を挙げて、注文を処理する。
バーコードにリーダーを当てて、受け取ったお金をレジに放り込む。
お釣りを手渡してしまうと正面から顔が合った。彼が少し笑った。
つられてわたしも笑ってしまう。周りに人がいることを忘れそうになって慌てて気を引き締めた。
「あ、これ先生の分。ちゃんと確保してあるから」
袋の口を開いて中身を見せてくれる。昼前に行かないと売切れてしまういちばん美味しいサンドイッチのパックが二つ。
横から覗き込んだ生徒が騒ぎ立てた。
「ずるいずるい。何それ。完全に贔屓じゃん」
「俺たちには売り切れ、売り切れってさ」
女の子たちまでもが寄って来て騒ぎ出した。
「ほんとだぁ。わたしなんか12時前に来たのになかったのにぃ〜」
話がずれている。
「違うの。そうじゃなくて、なんであなたがそこにいるの?」
「あぁ」
事も無げに木南が脇で注文を処理しながら応えた。
「いつものおばさん、業者の人と急に打合せになっちゃって、昼だから後にしてくれって言ってたんだけど、上手く都合がつかないらしくて、すぐ帰ってくるからちょっと店番しててって頼まれたんです」
「頼まれたって、あなた……」
「別にバイトしているわけじゃないんで、あ、一応経験者でこのタイプ慣れてるし……」
確かにレジにはほとんど目もくれず注文を処理する様子は近くのコンビニ店員よりずっと様になっている。きびきびした感じが気持ち良い。
いやいや、感心している場合じゃない。
「だから、そうじゃなくて、ここの生徒であるあなたがうちの学校で働くのってまずくないの?……かな」
なんだか段々自信がなくなってきた。
「あ、先生、そのちょっと首を傾げた感じ、めちゃ可愛い」
まったくもう。赤くなっちゃったらどうすんのよぅ。
その間にもどんどん注文が殺到して落ち着いて話している雰囲気ではないのだが、じゃあ、頑張ってね、といってその場を離れるわけにもいかず、わたしは困り果てていた。
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「ごめんなさい!」「もう、話、長くてさぁ」
ひときわ甲高い大きな声が響いてようやく不在の主が戻って来たようだ。
「あら、わたしより手際がいいわね」
感心している場合じゃないだろう。
「あの……」
頼もしそうに木南を見ているおばさんはようやくわたしに気付いたようだ。
瞬間的に「あちゃ!」と表情が動いて木南の袖を引っ張った。
慌てて弁解をまくしたて始めるおばさんを木南が止めた。
「先生はお金のこと、やっぱ何かあると責任問題になっちゃうから心配してくれてるんですよ。一応説明しときましたから、ね」
ね、じゃないだろう。
「レジまで使わせて……、よろしいんですか?」
一応、責任の所在ははっきりさせておかねばと、おばさんに確認した。
「え? 大丈夫、大丈夫。彼は心配ないわよぅ。ねぇ」
段々馬鹿馬鹿しくなってきた。
結局二人は、ときどきお茶を煎れて授業をサボって食堂で世間話をしたりと普段からそれなりに顔見知りの仲らしい。まったく、変なところで信用が厚いんだから。
わたしは心配して損したと頭を切り替えようとした。
問題が一つ片付いて周りの騒音が耳に聞こえてきた。少し雰囲気がおかしかった。
女の子たちはひそひそ囁き合っているし、男子生徒はにやにや笑っている。
「仲良すぎない? あのふたり……デキてんじゃないの? そういえばこのあいだ一緒にご飯食べてた うっそぅ……でしょでしょ……」
「そりゃ問題だろ……いいなぁ……おれも……、贔屓されたい……されてんじゃなくて、してんだろうが……」
「雰囲気やらしいよねぇ……えぇ〜木南君がぁ? 信じられない〜」
こういうのは何年経っても苦手なのだ。所詮は人間の感情の問題だ。相手にすればするほど深みに嵌るものだ。おまけに事実といえば事実だから敢えて弁解しようという気にもならない。
わたしはどう対応しようか困ってしまって立ち竦んでいた。
そのとき、極めて暢気で場違いな鼻歌が聞こえた。アルプスの少女ハイジ。わたしでも知っているくらい古い。一、二年生の女の子の間で嬌声が上がった。
長身の身体が売店を取り巻く生徒たちの輪を割り込んだ。
うちのクラスの委員長をしている佐々川雅明だ。
「おや、見慣れないバイトだな」
周囲のあからさまな視線にもちっとも動じた風のない木南がにやにや笑いながら応えた。
「コーヒーか?」
「そうだな、そっちの白いのにしとこうか」
木南が顔を顰めた。
「おまえ、乳酸菌入り牛乳とか言えんのか?」
「ムツカシイことは苦手なの」
「いい歳こいてなぁ。じゃあ、すっぱいモーモーちゃんおっぱいって言えよ」
爆笑が渦巻いてわたしは救われた気分になった。
木南が欠伸をしながら周りを見回した。そして、おもむろによく通る声で誰にともなく話し始めた。
「君たちねぇ……教師からみたら俺等は所詮子供だよ。金もない、地位もない、稼げるわけでもない、経験もない全部親掛かりのガキに真っ当な大人が特別な感情を持てるか? 自分の将来を賭けられるか?」
「性欲だけは一人前の猿と訂正しておこう」
カウンターに肘をついて、だらしなく寄り掛かった佐々川がすかさず際どい茶々を入れた。
「おまけにこんなところで教師やってるほうが不思議に思わないか? TVやら雑誌に載ってたって全然不思議じゃないだろ……。だから相手なんかよりどりみどりだろうよ。なにを好き好んで……エッと……アザラシだっけ? 猿か?」
「性欲が抜けた」
「……性欲猿を相手に選ぶのよ。いくら慕ったところで猿は人間でないの。ねぇ」
彼が助け舟を出してくれていることはわかった。でも、そこまで言わなくていいのに、と逆に訂正したくなる。わたしはなんとも言い様がなくて再び困り果てた。
佐々川は美味しそうに紙パックからストローでちゅうちゅう白い液体を吸い上げている。
そりゃ、ま、そうだけどな……と、場の異様な熱気が静まり始めたとき、
「そんなことないと思う」
天井の高い空間に、透明な声が凛と響いて再び場がさっと緊張した。
声の主に一斉に顔が向けられた。
こちらに向かって進んでくる一人の女生徒の前にさっと道が開かれた。まるでモーゼの十戒のように。
すらりとした伸びやかな肢体と色白で上品な顔立ち。物怖じしない自然な物腰。夏服の白いブラウスがきりっと身を引き締めて、爽やかな風に流れた髪が逆光に黄金色に輝いた。
久野夕実だった。
彼女はカウンターに真っ直ぐ進んで木南の正面に向き合った。
「だって、ほんとうに頭の良い大人の女性なら……寛のなかに自分を賭けるだけの……未知数を見出せると思うの。そしてそれが……お金や地位とは違う価値なのだということも考えなくたってわかるはず」
木南が黙って振り向いて、冷蔵ケースから紙パック入りのコーヒー牛乳を取り出した。
静まり返った昼下がりにバーコードを読み取る電子音がぴっと音を立てた。
木南が紙パックを手渡すと、ふたりはたっぷり三秒間は見詰め合った。
「ありがとう」
木南が聞こえるか聞こえないかぐらいの声で微かに笑った。久野はそれに応えるように僅かに首を傾げ、胸にコーヒー牛乳のパックを宝物のように抱いて来たときと同じように去っていった。
呆気に取られていた見物人たちが毒気を抜かれたように四散し始めた。
ほっとした空気が流れて、わたしはそのとき初めて廊下の窓から五月の風が心地良く入ってくるのに気が付いた。
おばさんにレジを交代して、カウンターを潜って出てきた木南にサンドイッチの紙袋を手渡された。
その代わりに両手に持っていたガムテープを彼に奪われた。
「で? どちらへ?」
わたしはようやく自分のしようとしていたことを思い出した。
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プール棟の一角にある体育教官室には当然更衣室もシャワー室もあるが、わたしたち一般教科の職員には職員室の隣に男女別の更衣室がある。更衣といっても体育祭や特別な行事のときに使うだけで普段は私物を置くロッカー室でしかない。もちろんシャワーも洗面も何もない。ロッカーの扉の裏にかろうじて小さな鏡がついているだけだ。だから、わたしのような立場の人間が水泳大会に出なければならないとなるといろいろと問題が起きる。出入りの多いロッカー室で水着に着替えるわけにもいかないし、プールから濡れた水着で廊下を延々と戻って来るわけにもいかない。体育教官室も元々一つの部屋を男女に分けて使っているので狭くて余裕がない。何年か前、わたしがこの学校に赴任する以前にやはり同じような状況があって、仕方なく体育教官室とちょうどプールを挟んで反対側にあたる機械室の一角を仕切って専用の更衣室が作られたらしい。その更衣室が問題なのだ。本校舎の会議室を使う同じ立場の男性教師に比べればはるかにましとはいえ、急造だから仕切りがロッカーなのだ。
「去年、大会のとき下着が盗まれたの」
木南が驚いたように振り返った。
「ここで?」
わたしが黙って頷くと彼の顔がちょっと険しくなった。
更衣室の扉を後ろ手に閉めながら、わたしは無意識にサムターンを廻していた。
部屋はプール棟のいちばん奥で、扉の向かい側に曇りガラスの入った窓が一つあった。外側には防犯用の格子が付いていて出入りは出来ない。問題は機械室との境だ。
いちばん奥に小さなシャワーユニットがあってその隣に洗面が並べられている。その部分には急ごしらえの壁があるのだが、手前側はスチールの古いロッカーを三つ並べて機械室と仕切っているのだ。高さ1.8mほどのロッカーの上はすっぽ抜けで向こう側の暗がりから微かに唸るポンプの音が聞こえてくる。
おまけに普段空っぽの安ロッカーはスチール製とはいえ押しただけで床を擦りながら動いてしまう。隙間もあるから暗い機械室側から覗けるし、覗かれてもこちらからはわからない。あとは木製のそれだけ新品のような、巾の狭い細長いベンチが一つ置いてあるだけ。
去年初めてここを使ってあまりの状態に唖然としたが、時間が迫っていておっかなびっくり着替えたら案の定、嫌な目に合ってしまった。それ以来、何度も改善要望を上げているのだが結果的には一向に埒があかなかった。
彼が手近のロッカーを押すと軽々と動いて機械室との境にぽっかりと黒い穴が開いた。その穴に彼が吸い込まれてしまうと、一年前の嫌な記憶が甦って一人取り残されたわたしは慌てて彼の後を追った。薄暗いけれど所々に換気口があってそこから光が漏れている。コンクリートの湿った臭いとプールの消毒に使う塩素の臭いが鼻を刺激する。彼は更衣室のすぐ裏側の壁をこつこつと手で叩いていた。
「一応、鏡はマジックミラーじゃないようですね」
冗談めかして彼が笑った。
機械室には大きな両開きの鉄の扉と、普通の片開きの扉があって当然普段は外から鍵が掛けられている筈だ。ざっと一回りした彼が戻って来て、わたしの手を引いて更衣室に戻った。
「機械室の鍵は?」
「さぁ、誰が持ってるのか……でも職員室にマスターキーがあるんじゃないかな」
「それって誰でも持ち出せるの?」
「たぶん」
ふ〜む、と木南は腕を組んでしまった。
「それで、とりあえずこれで隙間を塞ごうと思ったの」
わたしはガムテープを掴んでもてあそんだ。
「三つくっつければ動かないかな」
彼がわたしから受け取ったガムテープを持って再び機械室の暗がりに消えた。ロッカーが引き摺られてぴったりと壁に寄せて据え付けられた。ピーッとテープを張る音が静まり返った部屋に響いた。
あっという間に三つのロッカーは隙間なくくっつけ合わされてガムテープで固定されてしまう。最後に壁とロッカーの境にもテープが張られて固定された。
さすがに手早い。彼が力を入れてロッカーを押してみるが今度は動かないようだ。
「意外に強力だから簡単には動かないでしょう。でも、上の隙間はなんか材料調達してこないと……」
「ありがとう。でも教室とかから黒板とか壁剥がしてきたらだめよ」
くっくと笑った彼が頷いた。
そんな頼もしい彼を眺めながら、わたしは彼と久野の以心伝心のようなさっきのシーンが脳裏に焼き付いて、気になって仕方がなかった。
それ以上にだいいち、おもしろくない。
「もっと早く言ってくれれば良かったのに……」
優しい言葉をかけられて、ますます問い質したい気分に陥るけれど、なんだか癪に障って言い出せなかった。
代わりについていない今日半日の愚痴が口をついた。
「今日、一年生が午後から実力テストでさぁ、カリキュラム変更で5時間目の授業が午前中になって、三コマも授業あって疲れちゃった……」
「でね、4時間目は空きだったから成績とか統計処理しようと思ったわけ。大変なのよ、これがまた。人数多いし、間違えると事だし」
「そしたらね、平野がやって来て水泳大会の企画会議しますからっていうの……」
「あぁ、また今年も出なきゃいけないのかって気が重くて、でも会議室で企画書とかワープロで作ってたの。自分でやればいいのにわたしに打たせて横に座ってあーだこーだ言うわけ。おまけに顔とかぐーっと寄せてきたりとか、さり気なく肩とか抱えられたりしてさ……」
「セクハラじゃん、それ」
木南の顔が再び険しくなって、気にしてもらっていることにわたしはちょっと嬉しくなった。
「でしょ、でしょ。それで最後に印刷してコピーしてたら通りすがりにお尻触られた」
「キッて睨みつけてやったら、素知らぬふりをしてるの」
ロッカーに寄り掛かって足をぷらぷらさせていた彼の動きが完全に止まった。
それを見て、わたしは更に悪乗りした。
木南君が悪いんだよ、二人で見詰め合ったりするから……。
「その上ずうずうしく一緒に食事しませんかってしつこく誘うの。手首掴まれて、頭きたから、結構です! って出て行こうとしたら、ちょうどドアが開いて現国の北田とビデオ抱えた地理の大川が入ってきたの」
何を言い出すのかと、木南の視線が困惑したように彷徨って、すぐに痛いほど鋭くなってわたしの顔に突き刺さった。
わたしは下を向いて少しトーンを落とした。
「出口を塞がれちゃって、困っちゃって……平野が目配せすると北田がドアの鍵閉めた。エッと思って、でも体が動かなくて……そしたら、後ろから平野に口を塞がれちゃった。必死で手をどかそうと暴れたけど全然動かなくて、そのまま引き摺られて……」
彼は完全に硬直して微動だにしない。腕がだらんと垂直に垂れていた。
「口を押さえられたまま机に押し倒されたの。北田と大川が飛んできて交代した。両手と口を押さえられてもう何もできなかった。両手が自由になった平野がシャツのボタンを外し始めたときには気が狂いそうになった。すぐに胸が剥き出しにされて触られた。みんなにやにや笑いながら見てた。そのまま足を割られてスカートをお腹の上まで捲り上げられて、ストッキングを引き裂かれた。それから、それから……さんざん厭らしく触られて、下着を引き下ろされた。怖くて涙も出なかった。それから、……犯された。何度も何度も、入れ替わり立ち代り、三人によってたかって。犬みたいに這わされて後ろから犯されながら口にも押し込まれた。口に出されて吐きそうになって、でもそれを大川にビデオに撮られて、喋ったら恥ずかしい写真をばら撒くぞって言われてどうしようもなかったの……」
「ごめんね、木南君……」
なんて低レベルでありきたりなんだろう。吹き出しそうになってわたしは顔を覆った。
「わたし、いちばん嫌な奴らに汚されちゃった……」
硬直していた彼がゆっくりとわたしを抱き寄せた。
その大きな胸にすっぽりと嵌ってしまうと背中と後頭部に手が廻されて、いとおしむように優しく優しく撫でられた。いつもならすぐに強く締め付けるほどの力で抱きしめてくれるのに今日はあくまでも柔らかく、さするように包まれる。気持ち良くなってしまって彼にしがみついても彼の包み込む抱擁は変わらなかった。
一言も喋らないから、薬が効きすぎたかなって思って彼の顔を盗み見ようとそっと顔を上げた。
え? っと思って、正面から仰ぎ見ると視線が虚空を睨みつけて目が潤んでいた。
「ごめん!」
とんでもなく長い時間が流れた気がして彼がゆっくりと下を向いた。
「ごめんなさい。嘘。嘘だから……」
彼の体からすっと力が抜けるのが手にとるようにわかった。
すとんとベンチに座り込んでしまった彼を見てわたしは慌てた。
隣に座り込もうとする躰を引き寄せられて、わたしのスカートのお腹に彼が顔を埋めた。
強く腰を抱かれて彼の髪に指先を埋め、頭全体を抱きかかえるように自らの躰に押し付ける。かまって欲しくて調子に乗りすぎた。
彼の脇に座り込んで下を向いてしまった頭をもう一度強く抱きかかえた。
「あいつらどうやって殺してやろうか、考えちゃった」
「ごめんなさい。怒った?」
「悲しくて、可哀相で、何も出来ない自分が不甲斐くて、爆発しそうになって、気が狂うかと思った……」
「でも、そんなことしたらあなたが捕まっちゃうじゃない」
首を振りながら彼が頭をもたげ、正面から見据えられた。
「もし誰かが先生にそんなことしたら、例えそいつが捕まろうが、社会的に制裁を受けようがそんなことは全然関係ない。自分の全知と全能をかけて必ず探し出して、考えられる最も残虐な方法で、完璧に冷静に冷酷に殺してやる。もちろんそんなことで捕まるつもりはないし、完璧に逃げ遂せてみせる。こんなにきれいで、大事にしている人を傷つけたら許さない」
最後に聞こえた言葉が解釈されて、躰の奥底からほわんとした暖かさが立ち昇ってきた。
「へへ、騙された?」
なんとなく嬉しくなってしまって彼を抱きしめた。
「ストッキング……」
一瞬意味がわからなくて彼の顔をぽかんと見詰めた。
「え? 朝、職員室の机の足に引っ掛けて思いっきり電線しちゃったから脱いだ。なんで?」
「ん? なんでもない」
「え? なに? なに?」
「今の話。ストッキング穿いてないの廊下歩いているときにわかったから……信用しちゃった」
「この嘘つきめ」
「お尻触られたとこまでは本当だよ」
「そんな話、聞くのもむかつく」
彼の目が笑って口が合わさった。
「女はみんな嘘つきなの〜」
「こういう悪い先生はお仕置きしなくちゃいけないですね」
彼に真正面から見据えられて、わたしの腰に置いていた両手でウエストを挟まれた。
「どうやって?」
胸を掴まれるだろうと半分期待して動悸が一気に高まった。
でも、彼の手はそのまま腋に上っていって、彼の背中に廻していた腕がそれにつれて持ち上がり、わたしはちょうど万歳をするような格好になっていた。
すっと彼の口が頬を掠めて、耳元で囁かれた。
「犯してやる」
放たれた言葉が頭の中で何度も何度も壊れたおもちゃのように再生された。
頭がかっと燃え上がり、霧に呑み込まれるように白い光が広がり始めてすぐ目が見えなくなった。
そのままベンチに押し倒された。
頭の上で“キッ”と布が裂けるような音がした。
万歳したまま伸びきった両手を彼に廻そうとするけれど手首の部分がベンチから離れなくてまったく動かない。
慌てたわたしは何も考える余裕もなく、為すすべもなかった。
彼の手がシャツの胸元のボタンを外している。すぐにブラジャーが強引に捲り上げられて乳房が露出した。乳首を吸われ、指で摘まれて背筋に快感が突き抜けた。
「まって、ちょっと、なに? え? だめ……」
声だかうめきだかわからないものが喉から溢れ出てしまう。
手を振り回そうと力を込めても両手の手首は頭の上で合わさったままびくともしない。彼はわたしの胸を鷲掴みにしている。半分恐慌状態に陥りながらも、自由を奪われて為すがままにされているという意識がわたしを狂おしい情態に追いやった。
彼の手が下半身に掛かり、スカートが捲くり上げられた。すぐに足を抱えられて躰が二つに折りたたまれた。
彼の手が乱暴に股間を弄った。恥ずかしい部分を覆っている布地が強引に引っ張られて、剥き出しになった濡れた襞を指先がなぞるように往復した。べっとりと熱く潤った感触がはっきりと伝わってわたしは我を忘れた。かき混ぜるように動き回る指先がくちゅくちゅと音を立てながら性器全体をめちゃくちゃに揉みしだき、背筋を快感が突き抜けた。下着を脱がされた憶えはない。けれども、膝裏を掴まれてひときわ屈辱的に足を開かれた後、膣口に最初感じた柔らかな温かさが肉をかき分けて進む熱い塊になったとき、躰の中心に一気に駆け上る感覚が怒涛のように押し寄せてわたしは失神した。

冷たい外気と顔にふわっと風が当たる感触を感じて、目が開いた。
座ったまま彼の胸に抱きかかえられるように包まれているようだ。安心と柔らかな気持ちがわたしを包み込んで、どこにいるのかも忘れてずっとこのままでいたいという幸福感に浸りきる。はだけられたシャツの胸元に彼の手が入り込んで、ブラの内側で指先が優しくわたしの乳房と乳首をさすっていた。
わたしが気付いたことに気付いた彼が顔を寄せた。そっと頬にキスされて、また意識が遠のきそうだ。
「大丈夫?」
わたしはこっくり頷いた。
記憶が甦ると同時に羞恥が襲った。
彼が入ってきて、気持ち良くて、気持ち良過ぎて、あっという間に意識が跳んじゃって……いっちゃったんだ。手……自分の手首を不思議に思って眺めてみる。なんで動かなかったのだろう……動けなくて、余計気持ちが高ぶって……手首には何の痕跡もなかった。
「痛くない?」
「どうしたの? 手が動かなくて……」
彼が体の陰から取り上げたものを見てやっと合点がいった。ガムテープ。
手首をベンチに貼り付けられて、まるで本当に犯されるように押さえつけられた自分が目に浮かんだ。広げた足を掲げられて、何の抵抗も出来ずに犯されるわたし。顔がかっと熱く火照る。おまけに入れられて感極まって失神するなんて……なんて恥ずかしいのだろう。見透かされただろうか? 頭に血が上って、顔が向けられなくなって照れ隠しに彼の胸に顔を埋めた。
「よかった。痕になってなくて」
彼がわたしの手首を取り上げて目を皿のようにして眺めている。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「傷一つつけるのも嫌だから……産毛くらいは抜けちゃったかな」
「そんなに気にしなくても……いいよ」
彼と付き合いだして、最初、その奔放な大胆さには戸惑うどころか不安になって呆れた。わたしのことなど何も考えずに自分の欲望のままにわたしを扱っているような気さえした。でも、段々とその大胆さの背後には綿密な計算と配慮があることがわかって、わたしは彼が期待通りの人間であると同時に、遥かにそれを超えた気配りをもって接してくれていることに気付いた。
わたしの躰に傷がつかないように腕や身体で支えてくれたり、クッションを置いてくれるのみならず、皮膚や躰が植物や土に触れてかぶれたり雑菌に感染しないよう、更には愛撫の順番まで細心の注意を払ってくれていることはすぐにわかった。女の子のようなすべすべの手は清潔だったし、爪もいつも短くてきれいに研がれていた。わたしの方が何も考えずに彼の背中を掻き毟って傷だらけにして、立てた爪痕から血が滲む始末だった。
見てないようでいて周囲を見渡して、安全な距離を常に測っているセンサーの感度もわたしよりはるかに良かった。一緒にいれば変な人が近寄ってくることもなかったし、何よりも安心できて、ボーっとしていられる幸福感に浸れるのだ。
彼は当初わたしが考えた以上に信頼に値した。
だから、それに気付いてわたしは少しづつ彼の為すがままになった。そして、それが結果的にも私自身にとっても最も望むことでもあった。
「いつもすごい優しいから……遠慮しないで、あの……、したいようにしてって思うの」
「したいようにしてますよ……」
「うそ……」
そっと手を下ろして彼のスラックスに触れた。
中心部に向けて手を這わせて、暖かい感触を探る。
開いたままのジッパーからそれは屹立していた。
「わたしだけ気持ち良くなっちゃって……」
「気失っちゃって反応ないから、最初びっくりした……」
「それでわたしが目を醒ますまで待っててくれたの?」
こっくりと頷いた彼を見て愛おしさが心の底から突き上げた。
「凄いおっきい」
片手を根元に添えて、もう片方の手を直列に重ねてもまだ先が余る。
重ねた手の中でひとまわり大きく膨れ上がった感触にわたしは乱れた。
先端に口を重ね、すべすべした感触を舌先で味わう。縦の細い割れ目を舌先でくすぐると、明らかに一段と伸び上がった先端が口の中にすっぽりと嵌りこんだ。
凄い。ぱんぱんに膨れ上がって口の中で熱く硬い肉が暴れている。
これがわたしの中に入っていたの?
頭がくらくらするような興奮と、彼を頬張っているわたしに突き刺さる彼の視線を想像して羞恥が燃え上がった。
欲望の火が躰の中心に再び灯り、急速に燃え広がった。
息が切れて酸素を求める本能と彼を離したくない欲望がせめぎ合った。そして、それにもまして、もう一度彼を受け入れたいという感情に抗しきれなくなっていた。
「ねぇ……」
切なくてきりきりするような気持ちを彼に伝えようとする。
腋に手を入れられて躰を起こされると目の前に彼の目があった。
彼の片手がスカートの裾を少し引いた。隠れていた膝が露わになっていくと自然に足が広がり始めて恥ずかしくて仕方がない。太腿をさすられるだけで全身が震え慄いてしまう。
もう躰の中の猛り狂った欲望にすべてを任せてしまいたかった。
「さっきみたいにして。痕がついてもいいから。止めないで、止めないで、最後まで、中にして。あなたの思うように…されたい」
彼の目が強く光って、顎先を掴まれた。半分ほどボタンが留まったままのシャツブラウスの襟をブラジャーのストラップごと引き下ろされて両肩が剥き出しになる。ブラのカップがずれて乳房がこぼれた。
「きれいな躰だ」
刺すような視線がわたしを見ている。
「もっと言って……もっと」
***************************
数分後、わたしは想い描いた望み通り、小さな木のベンチの上で伸ばした両手首を貼り付けられて、膝が痛そうだからといってクッション代わりに脱いだ上着を敷いてくれた上に四つん這いになって喘いでいた。ベンチの巾が狭いから膝は閉じたままでその分普段より尻が突き上がってしまって恥ずかしい。はだけた胸元からこぼれた乳房がベンチに擦れて快感を増幅していた。
スカートに覆われた尻を彼の手が撫で回すだけで波が押し寄せてきて白い闇が広がり始めた。サンダルを履いたままの足首がベンチの上に揃えられて、左右の踵とアキレス腱を彼が口で愛撫する。
「そんなとこキスしないで……」
そう、あの最初の日、わたしは頭のてっぺんから足のつま先まで、躰のすべてに触れられ、撫でられ、唇が這い、舐められ、しゃぶられた。手足の指を一本一本しゃぶられて、その初めての感触に慄いた。耳を、腋を、腰を、背筋を、脇腹を、肘を、膝裏を愛撫されてのたうった。押し広げられた性器を優しく丹念に舐められて気が遠くなった。そして、最後に肛門を揉みしだかれて舌先を捻じ込まれて、わたしはかつて経験のない快感と感動に翻弄されて最後には泣き出していた。
それまでのわたしにとって、セックスなんて苦しくて痛くて恥ずかしいだけのものだった。早く終わればいいのに……としか思ったことはなかった。
だから、ほんの一月前までオナニーでしか快感が得られなかったわたしにとって、彼とのセックスは麻薬のようなものだった。最初、二週間に一度と決めたデートも翌週には毎週末になった。それも我慢できなくて、先週は平日に食事を口実に彼を家に連れ込んだ。今週に至っては家に帰るのも待てなくて、とうとう学校でこんなことをしている。
ショーツが腿の半分くらいまで引き降ろされた。
スカートは思いっきり捲り上げられてエリマキトカゲのように背中に乗っている。
突き上げている尻が空気に晒されて奮える。
たぶんわたしのいちばん恥ずかしい姿を食い入るように見ているはずの彼を想像して、あまりの恥ずかしさに背中が丸まろうとするけれど、お尻全体を抱えられてしまって動くことも出来ない。自分の今の格好を想像して頭を抱えようとするけれど、手は前の方でぴったりと貼り付いていてどうしようもない。
「見てるの?……ねぇ」
見られていることがわたしを余計に乱れさせた。
愛撫が欲しくて、我慢が出来なくてうめきながら尻を振ってしまう。
恥ずかし過ぎるよと思いながらももう止まらない。膝を支点にして左右に尻を振る。
溢れ出た液体を音を立ててすすられた。
温かい舌先が恥ずかしい場所を動き始めると快感の波がもう止まらない。
舌の動きに合わせて尻を突き上げる。
粘液が彼の顔についていやらしい音を立て始めた。
もうだめと思ったときに強く尻を押さえつけられて彼が入ってきた。
めりめりと分け入るようにゆっくりと押し込まれた。
今度ははっきりと入れられているものの形がわかった。すごい。硬くて大きくて太い。
口から訳のわからないわななきが漏れ出して止まらない。
膝を揃えたままだから、同じように深々と挿入されてもいつもと感覚が全然違う。
彼が腰を回転させると奥まった位置に刺激が届いて熱い塊に意識が一気に呑み込まれた。
わたしが憶えていたのはそこまでだった。
***************************
再び気付いたときには、すっかり身だしなみを整えられて彼に寄り掛かって座っていた。
「何時?……」
「五時間目が始まって……30分くらいかな」
わたしは跳ね起きた。顔がさっと青くなっただろう。
今日は水曜だ。カリキュラムが頭に浮かぶ。
「げ、一年生の授業……」「ど、どうしよう……」
慌てて立ち上がろうとするけれど足がもつれて身体が動かない。
「テストで変わったんじゃないんですか?」「さっきそう言ってましたけど……」
そうだった。
「腰が抜けた」
ほっとしたのもつかの間、今度は彼のことが気になった。
「あなた授業は?」
「そりゃ、やっているでしょう」
一体わたしは何をやっているんだろう。自分の馬鹿さ加減に腹が立った。
「何で言わないの。もう!」
理不尽とはわかっていたが、つい八つ当たりしてしまう。
「手首ベンチにはっつけられて、お尻丸出しで失神してる人を置いて、じゃ、お先にって授業に行けると思います?」
穴があったら入りたいほど恥ずかしい。
「ご、ごめん」「そうだよね、許して……」
にっこり笑った彼の顔が間近にある。ついまた気分が蕩けてしまう。
くたくたと寄り掛かるとがっしりと抱きとめられて結局同じ姿勢になってしまった。
躰が動いた拍子にはっと気付いて慌てて手をスカートにやった。
後ろから手をやって、そっと触るまでもなく濡れた下着が気持ち悪い。
彼がわたしの腰を浮かせてくれて後ろを見てくれた。
「染みになってない?」
「よく見えない。立てます?」
そう言いながらわたしの腋に手を入れて躰を支えてくれた。
「お尻は大丈夫みたいだけど……スカートかかえてて」
裾を捲くった彼がおへそまで持ち上げたスカートをわたしの両手に預けた。
剥き出しになった下半身が恥ずかしいけれど、躰は身を捩ろうともせずに動かない。
両手をショーツの両脇に入れてられて引き降ろされると、ただでさえ力の入らない膝ががくがくと震えてしまう。
「あらら」
太腿の途中に引っ掛かっているショーツに目をやった彼がびっくりしたように声を上げた。
見なくたってどんな状況かはわかる。
「木南君のが出てきちゃったんだよ」
「半分は先生のだよ」
「口に貰うととろとろしてるけど、出てくるのはちょっとサラサラしてるんだ」
「えっと、酸で殺されちゃうんでしたっけ」
「可哀相にねぇ。何億? も」
彼がポケットから取り出したティッシュでショーツの股繰りの部分を拭いている。
なんだか凄く恥ずかしいことのようだが、もう羞恥心が麻痺したようでどうしてよいのかよくわからない。
「これじゃ風邪ひいちゃいそうですね」「ないほうがましかな」
「でもまだ帰れないし、え〜ん、困っちゃう」「一緒じゃないとやだよ」
「乾かしましょう」
濡れたショーツがするすると足首まで落ちてしまうと、交互に足を持ち上げられた。抜き取ったショーツを丁寧に、午後の日があたり始めたベンチに広げられた。チラッと一目見ただけで、汚れが酷すぎてあまりにも恥ずかし過ぎる。おまけに味も素っ気もない白い下着だから余計汚れが目立つ。
「見ちゃだめ!」
こんなことならもっとかわいい下着を着けてくるんだった。
「こっちならいいですか?」
スカートを捲くったまま馬鹿みたいに突っ立っているわたしの下半身が引き寄せられた。
「いいけど……」
座ったままの彼の真正面に剥き出しの下半身が晒された。明るい日差しが窓から差し込んでいる。
「すっごいきれいですね」
彼の目が食い入るようにわたしの下腹に注がれた。こんなに明るいんじゃ、奥まで丸見えのはずだ。
「真っ白ですべすべで……先生の匂いがする」
言葉だけで躰の中心に快感が灯り始めた。
もっと言って欲しい。
彼が顔を寄せて少し足を広げさせられたが、何の抵抗もせずに従順に従ってしまう。見られていることを意識するだけで再び躰が熱く潤みだした。
「おへそかっこいい」
舌先がそっとお腹に触れて、ちょろちょろ這ってくすぐったい。
どんな風にされているのか、愛されているところが見たかった。
真上から覗くと滑り落ちた彼の鼻先が陰毛に埋まっている。
両手で裸の腰をさすられながら、陰毛を口にして一本一本丹念に引っ張られている。絡みついた湿った粘りを猫が毛繕いをするようにきれいに舐め上げられていた。
恥ずかしいのに止めて欲しくなかった。もっともっと。
そう思いながら、彼がやりやすいように目一杯下腹を突き出した。
「薄いですね。下の方にいくとなくなっちゃって見えちゃってますよ。かわいい」
「あ、誤解しないでください。AVとかエロ本とかインターネットとかいろいろあるし……」
わたしは快感の淵にすっかり落ち込んでいて、早く敏感な部分に舌を入れて欲しくてたまらない情態になっていた。躰を後ろに逸らして恥骨を彼にぐいぐいと押し付ける。
襞を越えて溢れた液体がつぅっと内腿を伝った。
「すごい。どんどん溢れてますよ」
「だって、だって……女なんだから、しかたないじゃない」
「ねぇ、先生。訊いてもいいですか?」
「な……ぁに?」
もうまともに答えられる情態はとっくに過ぎている。
「先生、気持ちいい?」「あの、俺とHして」
わたしは馬鹿みたいに首を縦に振る。
「気持ちいいよ。気持ち良くて、もう、気が狂いそう」
「そう。良かった……」「俺、所詮子供だし、前の人は俺よりずっと大人だし、だから多分下手糞だし、あんまりHなことすると嫌だったり、迷惑かなって思って……」
何を言い出すのだろう。人をこんなにめろめろにさせておいて。
「迷惑じゃないよ〜。こんなことわたし初めてでどうしていいのかわからないんだってば……あのね、雑だったの。自分だけ気持ち良くなるともう後は知らないって感じの人だったの。だから全然Hしたくなくて……しても楽しくも気持ち良くもなくて……でも、木南君にされると我慢できなくて、もう、おかしくなっちゃう……」
わたしは既に彼の顔に跨るように彼の頭を押さえつけていた。恥も外聞もなくぐちゃぐちゃに濡れた性器を支点にして下半身を前後に揺すっていた。
「こんなことしたの、初めてだよ。そ、そこにキスされたり……お尻の穴舐められたのも木南君が初めてだよ」
「俺、もっと歳いってて、もっと早く先生に会いたかった……」
嫉妬されてる? の?
嬉しさと快感の相乗効果でわたしはもう自分が自分でなくなってしまっていた。
冷静で論理的で、ちょっとユーモアもあるし賢くて気取っているはずのわたしはどこに行ってしまうのだろう。
後ろを向かされて今度は背後から彼の顔を汚した。尻を掴まれながら彼の顔に股間を打ちつける。最後に押し広げられた肛門に彼の舌先が深く侵入して直腸をえぐるように舐められてわたしは三度意識が遠のき始めた。
薄れていく意識の片隅で唐突に昔、久野から漏れた言葉を思い出した。
「いつも彼に抱かれていないと気が狂いそう」
だったと思う。
抱かれているときと、そうでないとき。どっちが狂っているのだろう。
もし、彼が抱いてくれなかったらわたしは狂ってしまうだろうし、抱かれてもやっぱり狂っている。
抱かれても抱かれなくてもわたしは狂ってしまうのだろうか。もうなんだかわからない。
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夢を見た。
すらりとした久野が木南の前に立っていた。
たっぷり一分ほど大きな黒目が木南を仰ぎ見て、片手がすっと空気を泳いだ。
夏服の白いブラウスの胸元を飾る赤いタイが引き抜かれ、宙に浮いた。
待ち構えていたかのようにそのタイを木南が受け取る。
長くて細い指先が踊るように縦に動くとブラウスの影に乳色の肌が白く艶めいた。
何の躊躇いもなく着ているものすべてを脱ぎ捨てて、まるでそうであるのが当たり前のように木南の前に白く輝く躰を晒す。
細い躰に碗を伏せたような乳房が硬く盛り上がり、滑らかな弧を描く曲線が翳りのない一点に収束していた。
長い睫毛がふっと合わさって、揃えた両手が木南の前に差し出された。
その華奢な手首を木南が手にした赤いタイで無言で結わえた。
久野の表情に巫女のような謎めいた微笑が浮かんだ。
わたしは固唾を飲んでその展開を見ていることしか出来ない。彼の名前を呼んでも、やめて! と叫んでも二人には聞こえない。
赤いタイで結ばれた手を頭の上に掲げ、横臥した久野が立てた膝をゆっくりと広げた。
その中心に彼の顔が近づいていく。
子供のように小さくて桃色の性器が割れて透明な液体が滲み出す。
深々と跪いた木南の唇が一滴も逃さぬようにそれを受け止める。
溢れる泉の源の襞の間に舌が捻じ込まれた。
久野の額に流れた細面の眉が軽く歪められて恍惚の表情を浮かべる。
嫉妬がふつふつと湧き上がり、わたしの感情はきりきりと苛まれた。
くすっとわたしを見て笑った久野がこれ見よがしに四つん這いになった。
尻が高く掲げられて、木南を呼ぶように左右に振られた。
白桃のようなかたちの良い尻と薄く色づいた肛門がゆらゆらと揺れている。
花の蜜を吸う蝶のように木南の顔が久野の秘所に近づいていく。
透明な液体が薄い層を作り、その底に匂い立つように小さく窄まった肛門に彼の舌先が潜り込んだ。
やがて、木南は掲げさせた久野の手首に自らの手を結わえ付け、二人の手が四つに合わさった。互いに手を縛り付けたまま二人の唇が合わさって、躰が重なり合った。
上になり下になり、前から後ろから、互いの躰が柔らかにしなって律動が続く。二人の接合部からなまめかしい音が立ちのぼり、溢れた液体が周囲を濡らし始める。
幽かな声で久野が詠い続け、二人は一つになったまま自らの躰で相手を愛撫している。
久野のゴム毬のような乳房が木南の胸板に合わさって弾むように震えて潰れる。
勢い激しくうめいて木南が放出しても、木南のものは久野の体内に深々と没入したまま大きさを変えない。それが何度も何度も繰り返されて、膣から溢れた二人の蜜が尻を、腿を、腹を濡れて光らせていた。
羨ましくて悔しくて、わたしは為すすべもなくその光景を茫然と見詰めていた。
嫉妬の奔流がわたしを呑み尽す。わたしの視界は暗転して奈落の底に引きずり込まれるように落ちていった。
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週の後半、忘れ難い余韻が躰を支配してわたしはポカの連続だった。溜まっていた仕事をこなさねばならないのに、至福の快感の余韻がいつまでも躰に残ってわたしの集中力を殺いだ。そして、週末に再び抱かれることを期待する気持ちが何をやってもわたしを上の空にしていた。
教壇で足を踏み外したこともあった。
もちろんすぐに男子生徒がすっ飛んできて起ち上がるのを手伝ってくれたが、女生徒からは冷たい視線を浴びせられた。
「先生、何か変だなぁ。何やっても上の空って感じ。だいたい、そんなミニ穿いて踵のあるサンダル履いて何考えてるんですか、もう。少しは教師としての自覚を持ったらどうですか」
西田啓子に言われて、その通りだと思って消沈してしまう。
「ごめんなさい」
謝ったら彼女の方が困惑してしまった。
午後最後の授業が終わって、ふぅと一息ついて職員室に戻ろうと廊下に出たところで菊川あけみに呼び止められた。
「先生、これ……」「冷たいうちに飲んでください」
夕張メロンジュースを手渡されて、菊川の心配そうな顔が控え目に笑った。思わず抱きしめたくなってしまいたいほど嬉しかった。
「こっちは西田から」
ユンケル黄帝液を手渡されて、う〜むと半分困惑しながらもわたしは彼女たちの好意に素直に感謝していた。
夜、やっと木南から電話があった。
声を聞いただけで余韻が増幅して躰が快感を求め始めた。
無意識にだらしなく着込んでいたスウェットをショーツごと膝まで下ろしてしまう。
電話の先の彼の声を聞きながら、広げた足の中心に指先をそっと這わせる。
どうしたんですか? と訊かれても本当のことなんか恥ずかしくて言えるわけがない。唯々、電話が少しでも長く続くように祈りながら、他愛のない話を繰り返していた。
久野のほっそりとした白い躰を彼は愛したのだろうか。
わたしにしたように、あの子にもおなじことをしたのだろうか。
同じように全身を愛撫したのだろうか。
そうだ、そうに違いない。それは疑う余地のない確実なことに思えた。
おそらくわたしよりずっと賢くて繊細で、若くて魅力的で、可能性を秘めたあの子があそこまで言ったのだから。
「あら、先生もいろいろ大変ですねぇ」
いつもの売店のおばさんは、勝手に誤解してたいした金額でもないのに領収書まで切ってくれた。
金曜の午後、人気のない時間を見計らって、わたしは赤いタイを購入した。
『ルーフガーデン−7』(続く)