わたしが二十数年に渡って培ってきたプライドという固い殻は、木南寛の前では無色透明のちゃちで薄っぺらい、最近とみに品質の下がったラップの役にも立たなかった。
先生と声を掛けられただけ、手指が軽く触れただけ、場合によっては目が合っただけで、わたしの躰の奥底に慎重に隠されたはずのスイッチが入ってしまう。
あの日以来、わたしは週末のたびに白いテーブルに赤い紐で縛り付けられ、乱れ、のたうち、狂喜した。恥も外聞もなく縛られ、自由を奪われ、物のように凌辱されることを求めた。そのままいちばん恥ずかしい部分に寛の硬直したものを挿入されて天にも昇る感覚に酔い、破廉恥で目を覆いたくなるような格好を曝け出して写真に、ビデオに撮られることに震え極まった。
わたしは自由を奪われて、無理やり犯されているような被虐的な狂気の虜になった。
彼は最初、ちっとも乗り気じゃなくて腕や足に跡が残るからだめだと渋った。
「恥かかせないで……」
わたしは半分泣きべそをかきながら彼を罵った。
困惑した彼がようやくわたしの手足をきつく縛り付けたとき、わたしは躰に手すら触れられていないのに股間をぐっしょりと濡らして、テーブルに恥ずかしい液体を垂れ流しながら、何度も何度も頂上に登りつめていた。
彼に呼び覚まされたわたしの感覚も日増しに鮮鋭さを増して、今まで以上にわたしを翻弄した。
例えばお尻。
大きくて肉付きが良過ぎて重いお尻。たいして細くもないウエストが細く見えることだけが唯一の取柄だったはず。でも彼に誉められれば悪い気はしないどころか、すぐに妙な気分に囚われてしまう。おだてられて、生れてこの方、ただの一度も取ったことがないような屈辱的なポーズを率先して彼に与える自分が信じられなかった。おまけに眺められるだけで恥ずかしい部分が勝手に潤いはじめてしまう。そんなわたしを飽きずにいつまでも眺めている彼のことを考えると、自然と足が開き、よりいっそうお尻を突き上げてしまう。
さんざん焦らされて、肛門に舌が差し込まれるときの気が狂いそうな悦楽は何ものにも替え難い。いちばん汚い部分をまるで美術品のように丁寧に扱われ、拭われて、わたしは声を上げて頭を掻き毟ることしかできなかった。
お尻にして……という懇願を断られたときは、嫌われたと思って目の前が真っ暗になった。
ぽろぽろと涙を流して泣きはじめたわたしを見て彼は困惑し切っていた。
「そんなに毎回してたら形が崩れちゃうでしょ。せっかくこんなに小さくてまん丸なのに」
やだやだと子供のように駄々を捏ねる。わたしのすべてを蹂躙して欲しいという口が裂けても彼には言えない欲求からわたしはもはや逃れられなくなっていた。
「だめなものはだめ。使い古されたAV女優みたいになっちゃいますよ」
真剣な眼差しで説得されて、代わりに普段の何倍も舌で愛撫してもらって何とか自分を納得させた。
最初は彼にお尻の穴を見られるのだって死にたくなるほど恥ずかしかった。いや、今でもその気持はまったく変わらない。腰が抜けそうなほど恥ずかしい。でも断ち切れない肉体的な快感と、それに伴うすべてを惜しみなく彼に与えているという被征服感にわたしは完全に酔い溺れていた。
***************************
朝、約束通り彼を市街のはずれで拾って、縦貫高速を北へ向かった。途中のパーキングエリアで短い休憩をしてからは左側の車線をとろとろ走る。夏休みも後半、ときおり東京ナンバーの車がもの凄い勢いで追い越し車線を走っていった。
補習とクラブを交代で見なければならないし、ここぞとばかりにその隙間に研修が組み込まれるから、休みとはいっても実質自由になるのは十日ほどしかない。お盆には実家に顔を出さねばならないし、ちょっとニ、三日骨休みが出来ればいいなと思っていた。
もちろん、彼は受験生なのだから誘うわけにはいかない、はずだったのだ。
でも、彼に言葉巧みに休みの予定を訊き出され、あれよあれよという間に日程がセットされてしまうと、わたしのなかの女の部分は抵抗することをさっさと放棄して夢を追いはじめてしまう。40日の休みのたったの一割。そこにはもう、あれこれと言い訳をでっち上げて自分を納得させている盲目になった女しかいなかった。
その結果、高速道路を今ゆっくりと北上しながら、当たり前のようにわたしのTシャツは首までたくし上げられている。下着を着けていない、剥き出しになった乳房を彼の指にまさぐられ、運転中だというのに思わず目を瞑ってしまいそうになる。
おまけに下半身は丸裸だ。いつでもどこでも簡単に脱がされてしまうミニの巻きスカートを当たり前のように穿いてくる自分を一瞬、気恥ずかしく思うけれど、だめ、だめ、と言いつつも腰を浮かせて脱がされることに協力している自分には何も言い訳ができない。
結果として、臍も下腹も太腿も、その中心の陰毛までが窓から注ぐ明る過ぎる夏の日差しに晒されて白くきらきらと輝いている。
その一方で、右側の車線を追い抜いていく車から見えやしないかと気が気ではない。目を閉じて快感に身を任せてしまいたいという欲望が背筋を突き抜ける。でも、そんなことをしたら明日の新聞にとんでもない記事が載ってしまうはずだ。
《女性教諭、教え子と旅行中に激突!……なお、女性教諭は着衣を身に着けておらず、事件に巻き込まれた可能性もあると見て○○県警は慎重に捜査を進めている》なんて記事が出たら、たとえ命は助かったとしても職場には戻れないし、同じ街にも住めない。もちろん田舎にも帰れるわけがない。
それなのに彼は、そんな人の気も知らず、今度はアクセルを踏んでいない自由になる左足を盛んにもてあそんでいる。膝を引き上げたり広げたり、内腿を撫でたり陰毛を引っ張ったり、挙句の果てには敏感な部分を指で広げ、濡れて硬く尖った部分を捏ねるように弄くりまわすのだ。
思わず声が出てしまう。
サイドミラーに後続車が映ってすぐ脇を抜かされるときだけ、恥ずかしく捲くれたTシャツを引き下げてくれるけれど、トラックの高い助手席からは一瞬とはいえ下半身が丸見えのはずだ。
「見られちゃうよ!」
わたしが悲鳴のような声を上げると、先生の匂いがする……などと言いながら、太腿に頭を乗せて素肌と陰毛に頬擦りを繰り返す。外から肌は見えなくなるかもしれないが、何をしているのかは一目瞭然だろう。既にシートに敷いたタオルはぐっしょりと濡れているし、小さな密室には生臭い女の匂いが立ち込めている。
結局、我慢できなくなって、二つおきくらいに人気のない小さなパーキングエリアに寄り道してしまうことになる。建物と他の車から離した位置に車を停めてギアをパーキングに入れるや否や、すっと目が閉じてわたしは別世界に雪崩れ込む。広げた股間に彼の顔を押し付けて、にじるように腰を突き出してしまう。
真夏の昼下がり、首の廻りに青いシャツ一枚だけを引っ掛けて、照りつける白光に自ら濡れそぼった淫猥な躰を大きく開いて、少しでも長く深く彼に愛されるために。
当初は二泊三日くらいの予定で考えていた。
二人で出掛けることに決めたとき、彼はお金の問題をいちばん心配したのだろう。どのくらい掛かりますかね、と不安そうな表情を見せて初めて彼が高校生であることを思い出した。もちろんわたしは彼の分も出すつもりでいた。女の一人旅の面倒臭さは今までに嫌というほど味わっていたし、頼れる人が一緒にいてくれることほど心強いことはない。それに、材料代は別としても、ルーフテラスを無償で造ってくれたお礼もしていないからだ。
彼はそれでも納得しなかったが、強引にお金のことは気にしないでと言い含めた。確かに二人分の費用を考えると今のわたしの薄給では二、三日が限度だ。
「でもせっかく遠出するんだから、じゃぁ、シェラフとテント持って間一日とか二日とか伸ばしません? 一日おきに旅館に泊まれば日数倍になるでしょ」
わたしは彼の提案に飛びついた。
テントなんて中学の林間学校以降まったく縁がなかったから、わくわくしてしまう。
それ以上に、彼の屈託のない笑顔が見れて嬉しかった。
こうしてわたしたちは大まかなルートだけを決めて四、五日の予定で街を後にした。
***************************
最初の予定では川のせせらぎにかき消されるはずだった。
濃厚な酸素と瑞々しい空気を震わせる心地良い流れが足元にあった。
薄青い滑らかな石と濃い緑、宿から降りてきた道だけが白茶けて木漏れ日が涼しい風にちろちろと踊っていた。
目の前には彼が突っ立って、わたしはその首筋に抱きついている。
その彼の両手はわたしのスカートを腰までたくし上げていた。
剥き出しの下半身に風が当たるのがはっきりとわかった。
なんでこんなことになったのか、誰にも説明はできない。
わたしは立ったまま、裸の尻を後ろに突き出し足を大きく広げて、岩と岩の間の小さな溝に放尿していた。
石に当たるおしっこの音が恥ずかしくて気が遠くなりそうだ。
暑いからといって道中さんざん水分を取ったのが失敗だった、と悔やむことはできたけれど、結局わたしは頭の半分では成るべくしてなったことだと理解していた。こんな破廉恥な真似を、と諌める自分がいる一方で、見たいなら見てもいいよという自分がいるのも事実だった。いや、本当はそれも違う。おしっこを見られるのは恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。でもその状況をわたしは愉しんで望んでいる。彼の前で恥ずかしい思いをしたい、いや、彼に恥ずかしいことを求められたい、恥ずかしいことをしているわたしを見て彼が興奮するのを見たいのだ。
「あ」
わたしの耳元で微かな声が聞こえた。
肩越しに前方の木立を見据えた彼の目の焦点が遠くなった。
「えっ?」
不安が急速にもたげるけれど、生理的な欲求はなおも同じ状態を続けることを要求していた。
「なんでもない」
彼の視線がわたしに戻って安心する。
ようやく勢いが弱くなって、恥ずかしい音がせせらぎにのみ込まれた。
生暖かい雫が内腿をつぅっと伝う。
「ティッシュ……」
ふっと彼の姿が掻き消えた。
「えっ!」
躰の中心に柔らかな温かさを感じた。
ポケットからティッシュを取り出そうとする前に、しゃがみ込んだ彼が汚れた性器に顔を埋めていた。
「あっ、こら! だめ!」
もちろんそんなことは唯の照れ隠しに過ぎない。
雫が伝うわたしの内腿から股間に舌を這わせ、陰唇から尿道口まで、尿で汚れた躰を丁寧に舌先と口で拭われる。
こんなことをされて平気でいられる女はこの世にいないだろう。
恥辱と興奮が一気に全身を貫いて、すぐに奮えるほどの欲望に火がついた。
明らかに違う液体が溢れ出しはじめ、すっと視界が暗くなる。
いけない。目を瞑ったら止まらなくなってしまう。
「もう平気……」
腿を閉じようとする。素振りだけ。
左右の陰唇を唇に挟まれて交互に拭われる。
捲り上げたスカートを託されて、わたしは裾を下ろすどころか、彼の邪魔にならないようにウエストまで引き上げて布がちぎれそうなくらい強く握り締めている。
舌先がクリトリスを抉るように擦り、膝がわななく。
「だめ。困っちゃう……」
言葉とは裏腹に、もう止めようとすら思っていない。
止められたら気が狂う。もっと、もっと。
彼の動きに合わせて、いちばん効果的に刺激を受けられるように腰を振る。
膣口に舌を差し入れられるともう喘ぎが止まらなくなった。
馬鹿みたいに喉から洩れ続ける声が谷間のせせらぎに乗って響き渡った。
***************************
「さっき……どうしたの?」
「ん? いや」
余韻に震え、抱きついているのに彼は背後にやった視線を動かさない。腰に回された腕がわたしを強く抱き寄せた。
「さっき……宿の仲居さんが来た」
「え?」
「ん? だから、お茶もって来てくれた人いたじゃない。あの子」
意味が呑み込めなくて困惑しているわたしに彼が少し笑った。
「足音、聞こえなくて着物の藤色が見えたから困ったなって思ったら、向こうも気がついたみたいで、目がでっかく開いて顔が赤くなって下向いてしばらく迷ってたみたいだけど戻って行っちゃった」
「え? あの、その、おしっこ、し…してるとき?」
頷いた彼を見て羞恥が膨れ上がる。
「うそ!」
彼が曖昧に笑った。
「その後、ずっと?」
「しばらくどうしようか考えてたみたいだけど……あっちの駐車場のほうに用事があったのかな……」
わたしは自分の浅はかな判断を呪った。よりによってあの若い女の子に見られたなんて。彼の前でだって死ぬほど恥ずかしいのに、あんな格好で尻を向けていたら何から何まで丸見えだったはずだ。それも立ったままだなんて、あまりにも恥ずかし過ぎる。
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女湯と大きな暖簾が掛かっているが、時間で男湯と交替するらしい。脇に時間割が出ていた。きちんと時間を確認してから檜の扉を開けた。
それほど広くはないが渓谷を見下ろす半分露天のような風呂だった。遅い午後のけだるい時間がゆっくりと漂っていた。まだ早いせいか誰もいない。
お湯は青味がかった透明で、薬効はよくわからないが肌がすべすべになる感触が気持ちよかった。
湯に浸かり、一日の汗を洗い流した。
青味がかった肌が湯の中でゆらゆらとうごめいて形を変えた。
思う存分躰を伸ばしながら、さっきの彼の愛撫を思い出す。
最後にクリトリスを強く擦られてわたしの五体はバラバラにはじけて宇宙の闇に飛び散った。尚も肛門に差し込まれる舌先を感じて、わたしはあられもない声を上げ続けた。
膝に力が入らなくて、ほとんど彼の顔に跨ったように体重を押し付けた。
1mmでも深く直腸を抉って欲しかった。
そのシーンも見られたのだろうか?
突然、単なる羞恥とは別の気持が湧き上がってわたしは驚いた。
あなた、そんなことしてもらえる? そんな彼いる?
おしっこの後、口で綺麗にしてもらえる? お尻の穴舐めてもらえる?
わたしが望めば彼は何だってしてくれる。
わたしはその優越感にどっぷりと浸り、のぼせ上がって湯気に白く煙った天井を仰ぎ見た。
宿の廊下を浴衣で歩くのはちょっと恥ずかしかったから、来たときの服をそのまま着た。部屋に戻って浴衣に着替えるつもりだった。浴室の前で男湯の方を眺めたが、彼が出てくる気配はなかった。たぶんもう戻っているだろう。そう思って廊下を辿った。
複雑で迷いそうになる板張りの磨きぬかれた廊下。角を一つ、二つと曲がって階段を登る。
窓の外が夕闇に染まりはじめて、開け放たれた網戸から冷たいくらいの山の空気が流れ込んでいた。清冽な大気と静まり返った山の静寂。
眺めのよい窓から暮れていく光景を眺めながら、今日一日の幸せを噛み締めた。
ようやくたどり着いた部屋の扉を開けようとノブに手を掛けたとき、内側からそれが廻った。
藤色の着物が廊下の薄暗がりに鮮明に翻って流れた。
白い顔と後ろで纏めた髪がふわっと浮くように空気を泳いで微笑んだ。
「おかえりなさいませ」
思わず目を逸らし、顔を伏せた。頭の中心に熱いものが広がった。
落ち着いた花の香りを残して一礼した女は足早に廊下を去っていく。
その後姿を眺めて、うなじの白さと尻の丸みに生々しさを感じて少し嫌な気分になった。
***************************
座敷の襖を開けると夏の明るい夕暮れが窓いっぱいに広がっていた。
雄大な山陰と針葉樹の緑、さっきとは少し違って薄く煙るようなガスがところどころにかかっている。
彼は窓際の椅子にふんぞり返って既にビールを飲んでいた。
空気がすっと透明になった。
美味しそうだ。
「こら! 未成年!」
彼の浴衣の裾が割れて片足が布地からこぼれるように落ちていた。
毛深くないけれど、要所がぐっと締まった骨っぽい褐色の足。
飛び掛って抱きついてやりたい。わたしの足だ。
「あの子、何しに来たの?」
できる限り平静に訊いた。
わたしだけの、その足をあの仲居も見たのだろうかと思うと、躰の奥底から得体の知れない醜い感情が湧き上がった。
「風呂出たところでちょうどばったり一緒になって、真っ赤な顔して下向いちゃうから、あちゃちゃって思って、一応変なとこお見せしてすいませんって謝ったの。で、たくさんタオルかな、山ほど洗濯物抱えてたから、半分持ちましょうって手伝ったら、後でわざわざお礼言いに来てたんですよ。別に大したことじゃないのに」
わたしは、ともすれば逆上しそうになる感情を落ち着かせようと必死になっていた。それが彼のデフォルトなのだ。わたしにももちろん優しいけれど、ちゃんとした女の子に彼はとても優しい。
「わたしにもビール頂戴」
向かいに座ろうと椅子を引いた。
「着替えたら? 先生の浴衣姿見たいな」
くすぐられるようなことを言われて今度は気分が一気に逆転した。
「あそこの押し入れの左側にありますよ」
わたしは背後から眺められていることを正確に意識していた。
背中に、尻に貼り付くような視線すら感じていた。頭の半分は羞恥に染まりながらも、残りの半分は彼を挑発していた。
彼に背を向けてシャツを脱ぎ去った。振り向いて彼に言葉を掛けてもらいたいという欲望と必死に闘ってスカートを落とした。いつ誰が入ってくるかわからない脱衣室で下着を着けないわけにはいかないから、ブラもショーツもきちんと着けている。取り出した白い浴衣を広げて丈を合わせてみた。裾がちょっと短い気がしたけれど浴衣だからこんなものだろう。白地に鶯色の小紋が涼しげだ。
しばらくそのまま背を向けていた。ブラジャーしたまま浴衣を着るのはさすがに変だと頭は理解しているけれど、彼のお墨付きを得たくてうじうじしてしまう。
意を決して両手を背に回しブラジャーを外したが、今度はそのまま硬直してしまう。
淫乱で安っぽい女と思われるのじゃないか?
この期に及んで必死に考えていたのだ。
窓の向こうの山腹から鳥の鳴き声が鋭くこだました。
何か言ってくれればいいのに……。
背中に感じる視線と沈黙がわたしに行為を促した。
やっとのことでショーツを押し下げて足首から抜き取った。緊張と興奮で背筋が震える。
広げた浴衣が空気を泳いで、渇いた木綿の匂いが立ちのぼりゆっくりと消えていった。
浴衣を背に羽織り、前をきゅっと合わせるとしゃんと心が落ち着いた。小豆色の兵児帯をきつめに腰に回して向き直ると彼の視線がわたしの躰を貫いた。
恥ずかしさで彼の顔をまともに見れなかった。
「ずっと見てたの?」
黙って彼が頷いた。
「綺麗な背中、細いウエスト、白くて丸くて抱き締めたいお尻、奮いつきたくなるような足」
とことこと彼のもとに走って、その剥き出しの片足にすがる。
頬を付けて両腕で掻き抱くように自分のものにする。口をつけて膝頭に軽く噛み付いてやると、彼の腕が優しくわたしの背を擦った。耳元でとぷとぷとグラスにビールが注がれた。
恥ずかしさを紛らわすために、一口冷たい液体を喉に流し込んだ。

***************************
料理を運んできたのは、さっき廊下で出くわした同じ仲居さんだった。若くてきれいな人。アルバイトにしては立居振舞いがきっちりしていたし、言葉に訛りもなかった。
広げた膳に料理を並べる手さばきがてきぱきとして気持ちよかった。
でも、わたしとは目を合わせようとしない。それはお互い様だ。わたしもまともに目を合わせるのはとてもじゃないが恥ずかしかった。
外の景色を眺めながらときおり盗むように彼女の表情を捉えた。
透き通るような肌。彼に飲み物を訊いている横顔が利発そうでちょっと小憎らしい。
そう、あの子に似ているのだ。
嫌なことを思い出した。
久野夕実。
頭から振り払っても、もう消えない。
背丈もほっそりした体つきもそっくりに見えてくる。
胸や腰の張り具合まで同じに見える。
口元を隠しながら笑う姿も爽やかでいながら、艶やかな内面が滲み出ている。
料理を並べ終わっても立ち去るわけではないらしい。
どうやら耐熱容器で蒸し上げられた毛蟹を大雑把に解体してくれるようだ。
小器用に鋏が蟹の甲羅を割いていく。
そして、その日、二番目の事件が起きた。
彼と楽しそうに話しながら毛蟹を解体し殻から身をこそぎ落としていた彼女が突然うめいた。
「痛!」
白く細長い指に一筋、血が流れた。
蟹の棘が指に刺さったか、甲羅のエッジで手を切ったのだろう。
「すいません」
失態にうろたえて傍らの盆に載せてあった台布巾で血を拭おうとした仲居を彼が止めた。
手首を握って次の間になっている洗面所に連れて行く。
指を押えたまま傷口を水で洗っているようだ。
「ここ押えてて」
自分のバッグからバンドエイドを取り出した彼が、きれいに洗った彼女の傷口に貼り付けた。
「止まったかな」
傷口の上流側の指を挟んで止血している彼の手をどぎまぎしながら女の目が見詰めていた。
彼女は完全に恐縮していた。
「熱が出たり腫れたら医者に罹らないとだめですよ」
素直に頷いた女は挙句の果てに彼の顔を見上げてぽーっと赤くなった。
「後はよろしくお願いします」
自分の仕事を終えて、わたしに向かって頭を下げて部屋を出て行った仲居の顔は食事を持って来たときとは別人のように柔らかくなっていた。
大人気ないとは思いながらも、ちょっときれいな女の子には優しいんだからと悪態をついた。
わたしの前に並べられた料理はまだ半分くらいしか減っていない。
向かい側で最後のフルーツのメロンを口に入れた彼ににじり寄る。胡座をかいた彼の膝内にすっぽりとお尻を落として潜り込む。
首を伸ばして冷酒の杯を口元に運ぼうとする彼の邪魔をする。
半分呑み干した彼が残りをわたしの喉に流し込んだ。
冷たくて透明な感触がすっと流れた。
「ご飯食べないんですか?」
「食べる」
「これじゃ食べれないでしょう」
「食べさせて」
思いっきり甘えてやりたい気分だ。酔ったせいにしながらわたしは雛鳥のように口を開けた。
それを見た彼が呆れたように長い手を更に伸ばして、わたしの器を引き寄せてくれた。
***************************
食事は美味しかった。毛蟹以外は川魚と山菜類、この辺りのものなのだろう。種類が多く、量がそれほど多くなくて助かった。
冷酒を二本とって一本は既に空。残りも半分ほどが空いている。
ほんのり染まった彼の顔を見上げて幸せに浸りきる。
教師だというのに未成年の教え子に酒を飲ませ、その膝に乗って抱かれている背徳に心ゆくまで身を預ける。短い休みの間だけ。
「先生、顔赤いですよ」
覗き込んだ彼の目がわたしを優しく見詰めていた。
彼の指が額に垂れて目に掛かった髪を掻き分ける。浴衣だからさっき髪は簡単に後ろでまとめた。襟足を見てもらおうとわざと彼に背を向ける。
こんなときの彼は凄く勘がいい。背後から肩を抱かれ、剥き出しの襟足に彼の息がかかった。こそばゆいような気恥ずかしさが躰の中を駆け上ってきた。
ほつれ毛をまとめられながら耳元で囁かれた。
「髪の生え際ってちょっと艶めかしい」
擦るように首筋を口で撫で上げられて今度こそわたしの目は完全に閉じた。
首だけ捻じ曲げて後ろに伸ばし彼の唇を求める。
すっと合わさった口が音を立てて相手の舌を求めはじめる。
くちゅくちゅと唾液が合わさる音が耳をくすぐって、つーんと頭の芯が痺れはじめた。
薄い布地を通して敏感な部分が彼の足に触れた。折り畳まれた骨っぽい脛にちょうど跨っているようだ。背中から抱き締められて躰が動くたびに腰が突き出るように反って彼の脛を抉った。いつの間にか乱れた裾から太腿までが剥き出しになっている。肩を抱いていた大きな手の平が袂に潜り込んで乳房を握られた。大きく胸がはだけられて、肩を剥き出しにされた。
わたしはあっという間に浴衣をただ腕に引っ掛かけて、用を成さない帯一本を腰に回しただけのなんともはしたない格好で、首を振り回しながら喘いでいた。押し付けた尻に固い感触を感じて、わたしの興奮は一気に高まった。手を後ろに廻し、その固さを手中に収めようともがく。浴衣の前を割って筍のようににょっきりと生え、怒張した男根を無我夢中で掴んだ。
両手で強く握り締めて、腰を浮かす。
脈打つ感触が手に伝わって躰の奥底が我慢しきれずに震えだした。尻をにじって目標にあてがおうとするが肝心のところでするりと逃げられてしまう。
「酷い」
切れ切れの声で彼をなじる。
点けっぱなしの種火のように朝から散々刺激を受けてわたしの感覚は鋭敏にささくれ立っていた。この前してもらったのだってもう一週間も前だ。
「やだ! どうして?」
わたしは狂ったように彼に向かって尻を突き出した。
「だって一日運転してて疲れたでしょ? 今日は早く休んでもいいですよ?」
笑いを含んだ口調が焦りをますます増長させる。
完全に手玉に取られていることがわかっていながら、彼を求めることだけがわたしに残された充足の手段だった。
その数分後、わたしは二つに折り畳まれていた。
仰向けに横になり、顔の真上で足首を交差させたまま、その交点に二本の腕をまとめられて、その一点に四肢を束ねるような格好で浴衣の帯一本で結わえ付けられていた。
わたしが望み、彼が瞬時に理解した。
帯は身動きできない程度にきつくもなく緩くもなく結ばれていた。
何も身につけていない全身を剥き出しにして、わたしはあられもない姿を座布団一枚にぴったり載せて明るい照明に全身を晒していた。
足首が交差しているから膝が馬鹿みたいに広がって、目も充てられないようなスタイルをとらされていることは見なくたってわかる。いちばん恥ずかしい部分が完全に露出して真上を向いているはずだ。
***************************
そのいちばん恥ずかしい部分に彼が口をつけて啜っていた。
さっきから、お猪口代わりに冷酒を注いでいるのだ。これぞ人肌燗などと生意気なことを言いながら。
「ちゃんと真上を向かないとこぼれちゃう」
思うがままに嬲られて、すっかり男のものにされているような意識が淫らにわたしを染め上げた。
「こくがでますよ。先生のと混ざって」
陰唇に口をつけて溜めた液体を啜りとると、今度は舌先で堰堤を丁寧に拭われる。勢い余った舌先が敏感な突起や膣口に寄り道をして、再び少しぬるくなった液体が注ぎ込まれる。
その繰り返し。
彼が冷酒の残りを空ける頃には、わたしは荒い息をつき、切れ切れに声を上げながら腰を痙攣させていた。
「そそりますね。この格好」
口調がかなり意地悪だ。
「“ご自由にお使いください”って札つけて廊下とか風呂の脱衣室にでも置いみますか」
独り言のように呟いて、品物の具合を確かめるように陰唇を左右に引っ張られた。
からかわれているのだ。
「そ、そんな……酷い。そんなことされたら、や、……やられちゃう」
「ここまでだらだら濡らして言う台詞ですか? 溢れてお尻の穴まで光らせて」
「ち、違う。それはお酒だってば」
わざと音を立てて彼が液体を啜った。
「とろとろだし、味が違う」
「違わないってば」
覗き込まれるように真正面から顔を見据えられて思わず目を逸らしてしまう。
股間に唇とは別の感触を感じた。
びっくりして彼を見詰めて、わたしは卒倒しそうな羞恥に叫びだしたくなった。
茶碗蒸についていた小さなスプーンがわたしの性器と彼の口を往復している。茶碗蒸は大好きだからわたしが二個とも食べちゃって、彼のスプーンは使われずに置いてあったのだ。
「すくってもすくっても溢れてきますね。これお酒?」
わたしは足を閉じることはもちろん、顔を覆うことすらできない。
「酒の味がわかんないからかなぁ……それなら、ちょっと係りの人に訊いてみますか」
「そ、そんな。絶対だめ」
座布団ごと畳の上をするすると引き摺られる。
「何するの? 困るってば」
目を開くと真上に照明が煌々と照っていた。
「置物みたいですね。こんなに綺麗な人が素っ裸で手足を一箇所にまとめられて、どうしてこんな格好してるんだろうって眺めながら考えてるんです」
腕組みをした彼がわたしを見据え、正座して黙考している。
「考えなくていいってば。それより、ね、……さっきみたいにして」
焦らされているのだ。わたしの気持ちなんかお見通しのくせに。
「でも、8時くらいに布団敷きに来るって言ってませんでした?」
突然そんなことを振られてもわたしの意識はとっくにまともに機能することを止めている。
すべてを彼に預け、刺し貫かれることだけが願望だった。
***************************
軽やかなノックの音が遠くに聞こえ、わたしは無理やり正気に引き戻された。
慌てて起き上がろうと身体を伸ばそうにももちろん身動きはできない。
「はぁ〜い」
彼が答えた。
暢気に返事なんかしている場合じゃない。
こんな格好を見られたら幼稚園児にだって言い訳はできない。
すっと空気が動いて自分が滑っているのを感じたと同時に、がらっと木戸が開けられて、座布団に乗ったままわたしは移動した。
ひんやりとした空気が身を包み、照明が暗くなった。側室になっている洗面とトイレのある板の間にいるのだと気付いたとき、引き戸が少し隙間を残したまま閉められて珍妙な格好のままわたしは一人取り残された。
半分の安堵と半分の不安。
5cmほどの隙間から、明るい座敷の一角が見渡せた。
先ほどの仲居だろう。藤色の着物の裾がチラッと見えただけだが、声は間違えようがない。
もしこんな格好をあの女に見られたら、と思うと屈辱に身が竦む。緊張が全身を貫いて、身体のどこかが引き戸に触れて軽く音を立てた。
まずい。
でも、気付かなかったことを祈ることしかできない。
なんとも珍妙な姿で痴態を晒している女を見つけ、軽蔑しきった視線を注ぐ仲居のほっそりとした顔が脳裏に浮かんだ。
それなのにわたしのその部分は尚熱く燃えて、枯れることのない泉のように堰堤の内側に液体を溜め続けている。彼を迎え入れるための準備なんだから仕方がない。
訳のわからない言い訳。頭の中をそのときのイメージが駆け巡り、再び目が閉じそうになって慌てて意識を現実に引き戻す。
彼は低い腰窓に座り込んで、まるで女房が風呂に出掛けた留守を預かる亭主のように対応していた。よく通る声。太くもなく、細くもなく、ちょっと低めの凛とした声。
先生、と声を掛けられただけですぐにわかる。
仲居は布団を敷いているのだろう。小さな隙間を通してときおり空気がふわっと頬を撫でた。
上品な笑い声。
大きな目をくりくりさせながら、はにかむように笑う女。
あの女にそっくりだ。
「手、大丈夫?」
「はい。おかげさまで。ありがとうございました」
「さすがプロですねぇ」
彼が仲居に話し掛けている。
畳の半分が白いシーツで覆われた。並べて二つ。
その隙間が1m近くも空いているのに気が付いて唐突に怒りが込み上げた。
「力ばっかりついちゃって困っちゃう」
笑い声。何を仲睦まじげに話しているのだろう。
窓際にいた彼の姿が消えて、ぽっかりと黒い窓だけが残されていた。
「ほら、筋肉ついてるでしょ?」
「そう? 白くて綺麗な腕じゃない」
いったい何をやっているの?
「固いでしょ?」
仲居の口調が完全に女の子になっている。
「どれどれ。そんなことないって」
「固いってのはこういう感じ」
「うわぁ、ほんとだ。凄いですね、男の人は」
ちょっと、ふざけないでよ。どこ触ってるの?
「あの……お連れ様、お風呂ですか?」
「あ、……うん」
彼が曖昧に答えた。なによ。奥様って訊くのが普通じゃないの? 気分がいっそうむかついた。
「あの、すいません。さっき言い忘れちゃって」
やけに嬉しそうだ。
「うちのお風呂、今の時期夜8時以降は、その……家族風呂になってますんで。あの、大浴場も三つの露天も全部貸切で使えますから。外側に使用中の札出して、中から鍵掛けちゃって下さい。朝まで24時間使えますんで」
「あ、そうなんだ」
「すいません。母には食事のときに説明するように言われてるんですけど……お連れ様がなんか凄い綺麗な人で……、言いそびれちゃって……」
声が小さくなって聞こえない。
「あ、やっぱり。女将さんに似てる気がしたんだ。ぴんと筋が通ってるし」
明るい女の声が上品な笑い声になって静まり返った夜気を震わせた。
ご用がありましたらフロントへ、と言い残して仲居が部屋を出て行くまでの時間がやたらと長く感じられた。
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照明を背景にして彼の長い影がわたしを見下ろした。
そっと傍らに跪いた彼が腕の間に首を割り込ませてキスをした。
舌が絡み合って、ゆっくりと躰の奥底から再び暖かいものが湧き上がる。
「聞きました? せっかくだから露天風呂行きましょうよ」
「一緒に?」
「もちろん。先生の躰洗ってあげますね。隅から隅まで」
言葉だけで躰の中心がぴくんと反応してしまう。
「あの子と何話してたの。どこ触ったの」
「腕ですよ、腕。ほらって袖まくって見せてくれるから……」
「見せてくれたら他の女触るの?」
「先生、もしかして嫉妬してるの?」
「違うってば。訊いてるだけ」
慌てて取り繕っても、何もかも見透かしたような彼の笑顔が真上にあった。
傍らに座り込んだ彼が冷たいくらいの目で見下ろして、ときおり太腿から尻に視線を這わせた。
「いい尻だ」
言葉がかけらになって落ちてきた。
浴衣の前が割れて、光の陰に陰茎が黒々と立ち上がった。
肩を捻って頭を寄せる。
わたしの意図に気付いた彼が最適な位置に躰を動かした。
目の前に今日一日求めていたものが屹立している。興奮と欲情が我を忘れさせた。
舌を伸ばすけれども届かない。
自分のものに手を添えた彼が先端をわたしの頬に擦りつけた。ここぞとばかりに呑み込もうと口を寄せるが、わたしの欲望は満たされない。
頬、首筋、鼻、額、強靭な肉棒が顔の上を暴れまわり、彼の匂いが染み付いた後、ようやく望みのものを口に押し込まれ、わたしは深くうめいた。
膨れ上がったものを喉まで挿入されて、わたしは目を潤ませた。
「嬉しいか?」
意志を伝えようと、わたしは彼を頬張ったまま何度も頷く。手を添えられないもどかしさに気が狂いそうになる。そのまま腕の間で盛り上がった乳房を掴まれて、わたしは息が切れた。口を塞いでいた肉栓がするすると引き出され、荒い息をつく。
「……いいおっぱいだ」
言葉がまた一つ降り注いだ。
「柔らかくて、白くて、いやらしい躰だ」「なんていい女だ」
慎重に濡れた粘膜に触れないように、広がっているはずの陰唇を更に指で広げられ、陰毛を強く引っ張られてクリトリスが露出した。
「もう、射精しそうだ」「かけてやろうか、この綺麗な顔に……」
性器を触られることもなしに言葉だけでいかされそうだ。
「それともこのひくひく動いて、ぬるぬるした割れ目に欲しいのか?」
もう限界だった。
「智美……」
頭がはじけてわたしは宙に舞い上がった。
「許しってって泣き叫ぶまで……気が狂うまで……犯してやる」
低く凍りつきそうな声が耳に突き刺さり、からっぽの頭の中で言葉だけが反響した。
躰ががくがくと震え、喉が震え、後から後から獣のような悲鳴が迸った。
『ルーフガーデン−9』(続く)