ルーフガーデン 9(後編)

午後の光。
夏の渇いた空気。
眩く輝く明るい緑の芝生。木陰に置かれた白塗りのベンチ。
広げてもらったハンカチに座るとまだ垂直に近い光が生い茂った木の葉を透き通るような緑に染めあげていた。葉のない部分を通過した光が風に揺れて、彼の伸びた足とその脇に寄り添うように小さくまとまっているわたしのスカートの上で跳ねた。
宿を発って三時間ほどが経っていた。

整備の行き届いた国道は空いていて快適だった。ルートは彼に任せっきりで、わたしは言われるままにハンドルを切るだけ。これほど楽なことはない。と同時に、買ったときのままのカーナビとちょっと古い道路地図だけを頼りに、一度も来たことがない土地を迷いもせずに誘導する彼の方向感覚には改めて驚くと同時に羨ましくなってしまう。
「ねぇ、迷子になったこととかないの?」
昨日とは打って変わっておとなしい彼に、半分安心して半分不満を感じてその横顔に目を流す。
「さぁ、物心ついてからはないんじゃないですか」
少し間を置いて、たいして感心もなさそうに気のない返事が返ってくる。
眩しそうに、僅かに細められた目は前方に広がる明るい景色を眺めているばかり。
「ねぇ、わたし……ピル飲もうか?」
唐突だ。自分で言っておきながら、すぐに顔が熱くなった。
ことさらさり気なく前方を凝視しながら左耳を澄ます。
じれったくなるほどの間が空いて、軽やかなエンジンの響きの合間にようやく言葉が届いた。
「どうして?」
ぐっと返答に詰る。
「……だって、その……そうすればもっとしたいようにできるでしょ?」
沈黙。
「いつも、すごい我慢させてるみたいで……もっと自由にしてもらったらいいかなって……」
羞恥がわたしを饒舌にした。
「口に出したり、躰とか顔にかけるのは厭?」
違う。そういう意味じゃない。視点を前方に固定したまま慌てて首を振る。
「ちがうってば。それはそれでいいの。とても嬉しい……」
本当のことだ。脳裏にその熱い感触が再現されて思わず目を瞑りそうになる。
「そうじゃなくて、その、もっとやりたいようにしてもらったほうがいいのかなって……、もっと気持ち良くなって欲しいなって……」
顔の左側に痛いほどの視線を感じてアクセルを踏む力が少し弱まった。
「後先考えずに、滅茶苦茶にされたいってこと?」
意図が通じて顔が火照る。
会話だけなのに躰全体が熱を持ったように疼き始める。
キスしたい。
思い始めるともう頭は他のことを考えられない。
左にウインカーを出しながら広くなった路側帯に車を入れる。ブレーキを踏んでギアをパーキングに入れると、ハンドルに凭れ下を向いて目を瞑ってしまった。
「いつも……わたしのこと考えてくれて、たくさん我慢してるでしょ……」
「我慢はしてないですよ……どうしたんですか? いったい」
彼の指先が頬に触れた。
熱いものが一気に溢れて捻った躰を彼にぶつける。がっしりと受け止められて口と口が合わさった。きゅんと胸が締め付けられて、後頭部まで電流が流れた。
無我夢中で口を吸い、首筋にしがみつく。
息が切れて、ようやく気分が落ち着いた。
「ときどき…いつもかな……押し倒して、服引き裂いて、素っ裸にして、滅茶苦茶に犯しまくって中に出してやりたいって思うけど……薬はダメ」
言葉だけでしがみつく指先にぎゅっと力が入って、震えてしまう。
「どうして?」
「副作用があるでしょう、薬なんだから……。そんなことするならゴムつけます」
「それは……直接じゃないと……やっぱり嫌……出来ちゃったら困るかな……なんか、最近それでも良いかなって……」
「じゃぁ、いっそのことプラトニックにしましょう。手をつなぐだけとか……」
「ひっどーい…」
言葉の途中で口が塞がれた。背筋に彼の手の平を感じて抱き寄せられた。
要するにわたしはいちゃいちゃしたかったのだ。旅館を出発してから感じていた不満がようやく解消されて、わたしは安堵と快感の海に身を委ねた。

***************************

道の駅というのだろう。
高速のサービスエリアの国道版のようなものか。施設は真新しく、駐車場も広い。レストランにトイレ、売店が一箇所にまとまった国営ドライブイン。思ったよりも混んでいて建物に近い屋外に並べられた白いテーブルや木のベンチは家族連れや団体客で埋まっている。喧騒とお決まりの音楽。その密度がなんとなく学校を思い出させてうんざりした気分が這うように忍び寄ってきた。
それでもここは高台にあるせいか、背後を見渡せば今抜けてきた盆地の街と青く空を反射してその中央を蛇行する川が一望できた。その奥には遠くの山がくっきりと青空に浮かび上がり、なだらかな青紫の稜線が柔らかく弧を描く。
吹き上がる渇いた風が強い日差しの熱を運び去った。
青と緑、蝉の声。そして彼。

「すれ違う人、みんな先生のこと見てた」
駐車場に車を置いて、取敢えず空いたベンチで身体を伸ばす。
「え? そ、そう? なんでかな?」
慌てて服装をチェックする。
今日はキャミソールみたいな、胸から上が剥き出しの浅いオレンジ色のタンクトップ。肩に白いシャツを引っ掛けて、下は膝上の普通のスカート。長過ぎもせず、短くもなく、座れば膝上15cmくらいがチャコールグレーの薄い生地からはみ出る。暗い褐色に肌の白さが一瞬気恥ずかしいけれど、この時期もっと大胆な服装の女性はたくさんいるはず。決して目立つようなスタイルではない。
「べつにおっぱいが透けて見えるわけじゃないから……大丈夫」
耳元に囁かれるように息が吹きかけられた。
ぞくぞくと躰に電流が流れる。
「でもあんな風に……けっこう露骨に見られたりするともっと見せ付けてやりたくなるな……っていうか、おれ、ときどき先生のことみんなに見せびらかしたくてどうしようもなくなる……」
何を言い出すの? 先を聞きたい欲望と困ってしまいそうな予感が交錯した。
「佐々川とか青山とか……いつもエラそうな連中に……」
「見せびらかすって……?」
「彼女のように肩抱いて連れ回すの。ミニスカート穿かせて、腰に手廻して……ちょっとくらいならパンツ見えてもいいかな……」
ぼそぼそと耳元で響くくすぐったさに顔が火照る。
「怒りました?」
なんだか彼の顔がまともに見れない。
俯いたまま彼に躰を寄せると、軽く肩に手が廻された。少し汗ばんでいた肩に渇いた空気があたった。爽やかな風がこもった熱気を奪い去った。片側づつ上着の袖が肘から抜かれて、肩が剥き出しになった。
説明を求めるように彼の顔を探す。答えを得る前にうなじにふわっと髪が掛かる。
「えっ?」
後ろで纏めていた髪がほどかれた。
「ちょっと…困るってば……」
「どうして?」
「だって……」
「全然おかしくないですよ。このほうがずっと魅力的」
「で、でも……」
「あそこの子なんか水着みたいな格好してるし、あそこの人だって背中丸出しだし……」
目で指し示されれば確かにその通りだ。でも、わたしはその前の彼の言葉に完全に呑まれてしまっている。まるで人前で裸にされたような感覚。見えているわけはないのに膝をきつく合わせてしまう。
耳に掛かった髪を彼の指が丁寧にかきあげた。腰に手を廻されて躰ごと引き寄せられる。
「みんな見てるじゃない」
私は素早く周囲を一瞥する。
「そりゃ、そうですよ。見せ付けてるんだもん。何もしてなくたって先生なら注目集めるんだから。でも、たまにはいいでしょ? 知ってる人は誰もいないし。彼女のように手を廻して気分最高」
「彼女なんだから、べ…べつにかまわないけど……」

***************************

木漏れ日がきつく閉じた膝で小さく跳ねた。彼の胸板に乳房の側面があたっている。剥き出しの腕を彼の手の甲が擦る。
「あそこのオヤジ、さっきからちらちら家族の目を盗んで見てますね。先生のこと。おーっと…奥さんにどつかれた。それからあっち……」
彼が悪戯小僧のような目で、おかしそうに顎をしゃくる。
「農協の団体みたいなの……あの遠慮のなさは凄い。雁首並べて、歯が剥き出しでにやけて。おまけにいい女とか言ってますよ。聞こえません? あっちのなんだ、少年野球かな……餓鬼のくせに気になって仕方ないって……そのうちキャッチボールでもするふりして寄って来そうですね」
もちろん彼が指し示す方向を見ることなんかできやしない。躰中に突き刺さる視線を意識して、ますます彼に躰を寄せてしまう。
「タンクトップ脱がしてもいい?」
躰の中心に電気が走った。
「だめ」
彼の手首を押さえつけて、悲鳴のような掠れた声が出てしまう。
「じゃぁ、スカートは?」
慌てて首をぶんぶん振り回す。
「もっとだめ!」

「ほんとはね……」
腰を抱かれている手が背と尻を撫で上げる。
慌てて後ろを振り返るが、柵があって、木立があって、傾斜の先には先ほどと同じ開けた景色が横たわっている。
わたしの心配を見透かしたように彼が頬に軽く唇を触れた。
「大丈夫。どこからも見えない」
「見えなくてもだめ!」
目が閉じてしまいそうになって、わたしは意識を引き締めようと躍起になっている。
「ほんとはね……」
覗き込むように彼が笑った。
「タンクトップ、バッて引き上げてブラジャー外して、スカート引き下ろしてパンツ脱がしたい」
「そんな! 人が見てるから困る……」
「おっぱい揉んだり、足広げて……おれが触ると先生が気持ち良さそうに悦んでくれるところを見せ付けてやりたい。いいおっぱいだろ? こんな真っ白で形が良くて柔らかいおっぱい見たことないだろって、あいつ等の前で揉んでやりたい。四つん這いにさせて、お尻掲げさせて、指で広げてピンク色に濡れているところを見せてやりたい。それをおれが自由に触って、弄って、指とか入れるところ、陰毛に頬擦りしたり、お尻舐めてるところも。どうだ? おまえらこんないい女見たことないだろって、触ったことないだろって……」
言葉がゆっくりと脳裏に染み渡る。
「あれ、怒りました? やっぱり……」
躰の奥底に点いた火はとっくに燃え上がっているのに、彼の手首に爪を立ててどうしようもない焦燥を押さえつける。
「怒らないけど、怒らないけど……おかしな気持になっちゃうってば……」

吹き上がった風が髪を浮かす。心地良い涼気が耳元に纏わりつく蝉の喧騒と共に燃え上がりそうになる感情を引き止めた。わたしはそっと息をついて、スカートの腿に置かれた彼の手を眺めた。

「ちょっとお茶買って来ますね」
言い終わるよりも早く、ばねのように身体が撓った。
ゆっくりと遠ざかっていく彼の背をじっくりと誰にも邪魔されずに眺める。わたしよりも頭一つぶん高い背丈。長めの髪が風に吹かれて柔らかくウェーブを描く。女の子のような首筋がどきりとするほどエロティック。その細身の上体を包む紺色のTシャツの内側、滑らかな褐色の肌と骨ばった直線的な形をわたしは隅々まで知っている。おかしな方向に思考がすべりはじめて頭を振る。膝でぶち切ったようなジーンズから出ている褐色のふくらはぎと、骨ばってきつく締まった足首。そこでまた目が釘付けになってしまう。

周囲の雑踏をヒョイヒョイかわしながら、彼の姿が売店ののぼりが立っている建物に消えてしまうと、突然、取り残された気分になって周囲が気になりだした。
傍らに置かれたシャツを胸元でかき合わせたい衝動に駆られる。全身に視線を感じて躰が緊張で硬直する。ぴったりと合せた膝にいっそう力が入った。
伺うようにさり気なく左右に目を配る。
左側で騒いでいる子供たちも、右方の芝生で丸く輪になって弁当を広げている高齢者の団体もこれといって変わりはない。わたしを見ているようにも思えない。夏の弛緩した午後の陽が強いコントラストをつくり、通奏低音のような蝉の鳴き声が辺り一帯を制していた。

雑踏の先に少しでも早く彼の姿を見出そうと首を伸ばす。色とりどりのパッチワークのような色彩のなかに彼の紺色を見出そうと躍起になるけれど、人波がうねるばかりで目がちかちかし始めた。諦めようとしたとき、去るときと同じように身軽に人波をかわしながら戻ってくる紺色の姿を見つけて、わたしを蝕んでいた不安は嘘のように消し飛んだ。
少しづつ明確な形をとりながら近づいてくる彼を眺めながら、まるでいつかは白馬の王子が自分を救いに来ると一縷の望みを託す不幸な少女を演じているような自分に苦笑する。

「はい」
差し出されたものを見て目が点になった。
彼の顔ばかり捜し求めていて気が付かなかったのだろう。渦巻くドリルのように模様が刻まれた真っ白なソフトクリーム。
もちろん、わたしはその甘い冷たさに目がない。
手渡されたものを前に、自然と心が浮き足立ってくる。
唇に触れる柔らかさと喉越しの冷たい気持ち良さに思わず目を瞑ってしまう。クリームを舌先ですくい濃厚なヴァニラの香りを口一杯に頬張る。そんなわたしをじっと眺めている彼に気付いて、夢中になっている自分が可笑しくなる。
「なあに? 一口欲しい? 美味しいよ〜……すっごい味濃いの」
彼が笑って首を振った。
「そんな風に食べられたいなって思って……」
あまりにも清々しい彼の笑顔と夏の明る過ぎる日差しに意味を図りかねてきょとんとしてしまう。
「溶けないうちに食べないと……」
彼に促されて尖った冷たい先端に舌を這わせたとき、不意に似たような経験を躰が思い出してわたしは狼狽した。
湧き上がった羞恥が顔に駆け上ってくるのがはっきりとわかった。躰ごと背を向けて、ソフトクリームを頬張る口元を隠す。見られないようにクリームの部分を食べ切って、勢い余って歯ががりっとコーンを齧った。

***************************

まったくもう。大人をからかって。
それでもウエストを軽く引き寄せられただけで、すぐに元の体勢に戻ってしまうところが情け無い。
「なによ。いつも食べてるじゃない」
俯いたまま彼の胸を頭で突付いて、額を押し付ける。真下に彼の下半身が見えて、洗い晒したジーンズの生地の盛り上がりに目が止まってしまう。
「最初はちょっと驚いたけど、凄く気持ち良くて、凄くうれしいです」
「そ、そう。さ、最初って何?」
「え? だから、最初にしてもらったじゃないですか。桜の木の下で」
4月のことだ。彼とこうなった最初のきっかけ。あのときもこうして、抱き合って、目の前のボタンを外してジッパーを下ろした……。同じことをしたいという欲望が突き上げて動悸が跳ね上がる。
「どうして驚いたの?」
「まさかそんなことしてくれるって思わなかったから」
「そう。大胆だったかな……」
「さぁ。でも、うれしくて信じられなかった……」
「もう……行こうよ」
彼が私の顎に指をあてて顔を起こした。目を瞑った瞼の向こうが明るい。
「どうして?」
「どうしても」
気持が通じ合って、目と目が絡み合った。

「トイレはいいんですか? 空いてましたよ」
そうだ。忘れていた。
名残惜しいのか未練たらしくぐずぐずと傍らのバッグからポーチを取り出す。
ようやく引き摺る気持を振り切って立ち上がるとちょっと躰がふらついた。
肘に微かな感触を感じて、一瞬意識が引き戻される。
「ブラとパンツ、脱いできて」
油蝉の喧騒に僅かな言葉が浮かび、笑顔の陰にすぐに埋もれた。
歩き出した背に、熱く黒く焼けた路面の逃げ水のように不確かな痕跡が残された。

頭の中はほんの付け足しのような言葉が一杯になって溢れかえっていた。
聞き間違いかもしれないと自分の気持を無理やり静める。たぶん染まっているはずの顔。周囲の視線を浴びている気がして俯いたまま足早に雑踏を抜けた。
トイレに駆け込んでさっと全体を見廻す。彼が言う通り混んではいない。
両隣が空いている真中辺りのブースを選んで、ざっと中を改める。汚れや不審なものがないかさっと目を走らせて、扉を閉めた。虚ろな音が高い天井に響いた。ボルトを引いてロックに異常がないか確かめる。がっちり閉まったようだ。
ポーチを戸当り金物に引っ掛けて、手早くスカートを捲り上げてショーツを下ろす。
案の定、ショーツはべったりと濡れて糸を引く始末。一人で赤面しながら口に出さないで悪態をつく。ティッシュを取り出して汚れを拭き取ろうと躍起になるが余り効果はない。ショーツのほうは諦めて、新しいティッシュを股間にあてがうと今度はぬるっと指がすべるありさま。
汚れ物を便器に放り込んで最初の目的を思い出した。盛大に水を流しながら手早く用を足す。雫を自分の手で拭き取ろうとすることがなんだかとても新鮮な行為に思えて頭の端が燃え上がった。うっかりなのか、わざとなのかティッシュをクリトリスに擦りつけてしまい、今度はうっと口から声が洩れた。

立ち上がってショーツを無意識に引き上げようとして彼の言葉を思い出した。結論は出ているし、そうするに違いないと思ってはいる。でも、ここでちょっとでも逡巡することがわたしをわたしたらしめているのだ。わけのわからない屁理屈を捏ねて自己を正当化する。
もう一度水を流しながらショーツの輪から足を抜き取った。もう片足。なるべく見ないように、濡れた部分が内側になるように折り畳んでスカートのポケットに押し込む。
第二段階。なんとなくあたりを見廻してから意を決した。
タンクトップを胸の上まで捲り上げ、背中に手を廻す。タンクトップ用のストラップレスだから外すのは簡単だ。胸を押さえつける力がふっと消えて乳房がぷるんと揺れた。二つに折り畳んだブラを反対のポケットに差し込む。この後、彼に触れられ、指で挟まれて、吸われるだろう両の乳首を眺める。眺めているだけなのになんとなく先端が盛り上がってきたような気がして慌てて服を下ろした。
やっぱり。
薄いオレンジの先端だけが少し色濃く見える。透けているのだ。
おまけにピンのように小さい突起が頂点を強調している。指先で押し込んだところでどうなるものでもない。つんと刺激が走って余計膨らみが大きくなった。
困った。どうしよう。別のことを考えて気を紛らわせたり、肩を寄せて猫背にしたり、いろいろ試しはするが突起は一向に引っ込む気配すらない。
もう一度ブラを着けようか。
言う通りにしなくても、彼は怒ったりはしない。
ちょっと悲しそうな顔をするだけ。
でもちょっとだけ恥ずかしい想いに耐えて、今ポケットに入っている下着を手を重ねて誰にも見えないように手渡せば、彼はとても、心の底から喜んでくれるはずだ。わたしを抱くように座らせて、腰をぎゅっと強く引き寄せてくれるはずだ。
結局、その誘惑にわたしは抗えなかった。
意を決してブースから出ると、胸の前でバッグを抱くようにして洗面に向かった。おそろしく手早く手を洗い、再びバッグを抱え直す。
鏡の中で隣の女が訝しそうな視線を投げて寄越した。

振り返らずに明るい日が差し込んでいる出口に飛び出した。
視界が真っ白に跳んで立ち竦む。誰かにぶつかりそうになって無意識に躰をかわした。
下を向いたまま通路に踏み出すと、周囲の視線が一斉に集中するような気がする。
胸を抱えてしゃがみ込みたくなるのを懸命に押えながら、胸の前で抱えたバッグが思い切り不自然なような気がして唇を噛む。下着を着けていないことを周囲の人誰もが知っているような気がしてくる。
落ち着け。落ち着け。
ヒートアップする頭を鎮めるため一度大きく息を吸って吐いた。
目で遠い木陰のベンチにいるはずの彼を探す。表情が見える距離ではないのに、しっかりと彼の視線がわたしを掴まえた気がして、躰からすっと緊張が抜けた。
わたしはまっすぐ彼に向かって歩き出す。
普段より胸が大きく揺れるのも気にならなかった。
交互に進む足の間に空気が流れ込むひやっとする感触も気にならなかった。
周囲の気配が消えてベンチの彼だけが私の感ずるすべてだった。
前で抱えたポーチバッグを右手に持ち替えて、躰を伸ばす。
透けて見えてもよいと思った。
弾んで見えてもよいと思った。
それよりも、わたしが彼の望む通りにすべての下着を身に着けていないことを知って欲しかった。見て、知って、認めて欲しかった。
わたしが彼のためなら何でもする女であることを。
最後の20mほどは小走りになってしまった。

手をとって迎え入れてくれる彼に引かれて、広げられたハンカチに元通り腰を下ろした。
緊張が一気に解けて目が少し潤んだ。
「他の人が見てるような気がして……」
そっと肩を抱かれるだけで不安が嘘のように霧散した。
「そりゃ、おっぱいぷるぷるさせて走っているんだからみんな見るでしょう」
わたしはその光景を想像して羞恥に気が遠くなる。
肩から下りた手が乳房の側面を擦った。
「キスしたくなっちゃうな」
彼の笑顔が眩しくて、入ってしまったスイッチはもう元には戻らない。
囁くように答えた。
「下も……脱いできた」
ポケットから出したものを手の平に包み隠して彼に手渡す。彼が顔に近づけて私の恥ずかしい臭いを嗅いでいる。
「ブラジャーは凄く柔らかい匂い。パンツはぐっしょりでちょっと酸っぱいような匂い」
わたしは多分顔を赤く染めて下を向いたのだろう。
彼の長い足とジーンズの先端から飛び出た褐色の膝小僧ばかり見詰めていた。

わたしが手渡したものを傍らのバッグに丁寧にしまい込むと、悪戯小僧の顔に戻った彼が肩に掛かった髪を軽くまとめて放した。前屈みの躰を起こされて自然と姿勢よく座らされる。
「透けて見えちゃう……」
わたしの危惧を伝えようとしても彼は意に介さない。おまけにタンクトップの裾を引っ張られて胸元の生地に余裕がなくなった。目を向けると薄オレンジに包まれた乳房がそのままの形でそこにあった。
「ブラしてないのわかっちゃう……」
その訴えはスカートの裾を引き上げられることが答えになった。
不自然に見えないように、わたしは前を隠したくなる衝動を必死に押えていた。
「綺麗ですね。先生。溜息出ちゃう」
「そ、そう。そう言われると嬉しいけど、でも、困るよ。ね」
風に乗った微かな声が耳に届く。
「望んだ通りにしてくれて、ちょっと感激。……おれが望めばそうしてくれるの?」
正面から見詰められて目を離せない。たいした考えもなしにこっくりと頷いてしまう。
「じゃぁ、おれ、先生のこと裸にしたい。素っ裸にして滅茶苦茶に犯したい」
「ここではだめ。ここじゃだめ。人が見てるから」
「みんなの前で……平野とか、大川とかあの連中の前で先生を犯して、尻を抱えて突きまくって、頭押さえつけて口にも入れて、先生の顔に射精してべとべとにしたい」
頭の中で何かが弾けた。
「でもあいつらには指一本触れさせない。見せ付けてやるだけ。おれの女だって」
腰が震えはじめて押さえつけられない。彼の腕を抱き寄せてさり気なく乳房に押し当てた。
「いいよ……なんでもする。だからね、触って欲しい。ちゃんとして欲しい。我慢できない」

***************************

背に廻された手がタンクトップの裾を潜って背中に這い上がった。
背筋を撫でられて、左手を彼の腿に突いたわたしは躰が崩れないように自らを支えることで精一杯だ。当たり前のようにスカートの背のホックが摘み上げるように外された。ちーっと軽い音を立ててジッパーがいちばん下まで引き下ろされる。
自由になった彼の手が生地の下で裸の腰と尻に押し当てられた。
わたしは何事もないような顔をして、ただ恋人の隣に座っている女を演じる。
少しはオアツイ感じに見えるかもしれない。それくらいは仕方ない。
どこまで自然に振舞えているかは自信がないけれど、ときおり首の向きを変え、意味のないおしゃべりのふりを楽しみ、空を見上げ、眩しさに顔を顰め、わざとらしく髪を払う。

彼の指先が尻の割れ目を撫ではじめる。
期待と困惑が意味のない戦いを一瞬演じてすぐに勝敗がつく。
指先の求める自由度を増すために、促されてもいないのに軽く腰を浮かす。
求めるものが求めた場所に埋まりわたしは息を呑む。指先が敏感な突起から肛門までをくまなく揉みほぐし、耐え切れない快感に尻を押し付けて指の動きを封じる。
「手が先生のパンツになったみたい……」
羞恥と快感に顔が歪む。もう一度。もう一度。
躰が刺激を求める。
何気ない素振りで恐る恐る僅かに躰を浮かすと、待ち構えていたようにクリトリスが捏ね繰り回されて、長い指先が膣に進入しはじめた。ぞくぞくする快感に慌てて腰を下ろして指を根元まで呑みこむと微妙にリズムをつけた指先が膣壁に刺激を加える。
「…声が出ちゃう」
必死になって彼に快感を伝える。
「風下だから誰にも聞こえない。ほんとは聞かせてやりたいけど」
彼に聞かれるのだって恥ずかしいのに……。想像しただけで気が変になりそうだ。
「少しあっちを向いて……」
別の指がぬるりとすべってお尻の穴に潜り込んだ。
「農協の爺さんたちにもぷるぷるのおっぱい見せてあげましょう」
ひっと息を呑んで躰が硬直する。
右を向かされて自然と腰を浮かし尻を後ろに突き出すような姿勢になってしまう。
「丸見え? かな?」
躰の向きを戻したくなる羞恥に必死に耐える。
いやらしい視線が突き刺さるのを感じて、肩をすぼめ、丸めようとすると、後ろから腕を引かれて胸が突き出てしまう。
「乳首がきれいに透けてノーブラだってわかっちゃうかな……あ、立ち上がって見てる爺さんもいますよ」
わたしは無意識に身を捩って躰の向きを変えようとするけれど、躰の中心が固定されていて上手く動けない。
肛門に入った指が更に奥を目指し、わたしは尻を後に突き出してしまう。
「あ、奥さんにどつかれてたさっきの旦那、寝たふりして姿勢を低くして覗こうって魂胆みたい」
いつの間にか膝が開いて、スカートの裾が持ち上がっていることに気付く。でも、閉じない膝の間に手を置いて陰が少しでも濃くなることを祈るぐらいしかわたしにできることはない。
「こんな綺麗な足、見たことないんですよ、きっと」
二本の指がわたしの体内で暴れ、溢れた液体がくちゅくちゅと音まで立てはじめた。
「白くて滑らかで、柔らかくて吸い付きそう……」
足を隠そうと置いた手を無情にも引き剥がされて、太腿が引き寄せられる。
「パンツ穿いてないのわかっちゃう……」
膝が拳ひとつぶん広がってしまうけれど、もうすでに抗うという意志はどこかに飛び去っていた。
「自分で脱いできたのに?」
恥ずかしい姿態を人目に晒しているという初めての刺激がわたしの常識を破壊し、感情を切れ切れに乱している。
「だって、あなたがそう言ったから……、あなたの女だから……」
膣と直腸を挟み込むように力が加わって、開いた口が閉まらなくなる。
「なんでもするから……言って」
目を閉じるといきそうになるから、必死に彼の横顔を見詰めて登りつめそうになる快楽に耐える。
「足を広げて」
息が止まりそうになりながら更に拳一つぶんだけ膝が広がった。それに合わせて彼が裾を少し捲り上げた。
「ほら、ここを持って下に引っ張って」
タンクトップの裾を握らされて、その手を下に引かれた。
「乳首が透けてよく見える。ぽちって尖がってるし」
小さな波が躰の底を断続的に突き上げる。
「他の人に見られるのは恥ずかしい?」
潤みはじめた目をもう彼から離せない。うん、と言おうとして言葉が出ない。
「気持いい? まだいっちゃだめだよ」
辛うじて首を縦に振り、切れ切れの意識を伝えようとあがく。
「そそるな。こんないい女が乳首見せて、パンツ穿いてない足広げて。おまけに大事なところに指入れられて……」
もう息が切れそうだ。
「触ってるだけなのに射精しちゃいそう。押し倒して犯したい」
堰一杯に湛えられていた水が溢れるように、言葉が後から後から迸しった。
「いいよ。犯して。みんなの前で。学校でもいい。わたしもあの子たち……あなたを好きな女の子たちの前で触って欲しい、抱いて欲しい。滅茶苦茶に犯されたい。口もあそこも、お尻の穴も突かれて中に出して欲しい。たくさん、たくさん出して、あなたの精液にまみれて泣き喚いているところを見られてもいい。何でもする。裸になる。四つん這いになるから後ろからして。犬みたいに。そのまま中に出して。たくさん。たくさん……」
息せき切って言葉が溢れつづけ、まだ震えている唇を彼の指がそっと押えた。
「それ以上言われると本当に止まらなくなる……」
残りの指がクリトリスを突くように擦りはじめたとき、わたしは左腕を彼の脇腹に廻して硬い筋肉に爪を立てた。
「さぁ、めちゃくちゃいい女がいくところを見せてあげよう」
耳元に首を伸ばして声を殺す。
「もう……だめ。そんなことされたら……」
彼が話しやすいように首を傾けてくれた。膣に入っている指は休みなく壁を押し広げるように動き回る。もう目が見えない。音も聞こえない。自分の荒い息遣いだけが頭蓋の中でこだまする。
「いっちゃうよ……いっちゃうってば……」
最初の波が押し寄せて、ベンチと彼の足に手を突いたままわたしは短く小さく痙攣した。

挿絵9b

『Prison of the rhythm』

***************************

山。
紫色に霞む稜線となだらかな山肌。
聳え立ち分け隔て動かない塊。マス。
受け止めた雨を東西に分け流す分水嶺。
雪を遮り、風を遮り、
隆起、陥没、熱、マグマ、造山、源。

川。
流れ。
轟々と、ゆるゆると、ひたひたと。
岩を削り、土を運び、デルタを作る。
暴れ、流し、たゆとう。
受け入れて、流れ去るもの。

水。
冷たくて気持ち良いもの。
浸り、染み込み、浮かび、潜る。
川をつくって、海に注ぐもの。
満たされ、満たす生命の源。

空。
透き通る大気。流れる風。
曙と黄昏。
息。呼吸。
清々しい、爽やかな、冷たさと温もり。
藍色。蒼色。空色。
そして、空の青。

***************************

「あぁ、もうGPSもだめですね」
カーナビを操作していた彼が諦めて電源を落とした。
「結局この手の機械って都会か観光地でしか使えない。標識もない、行けるかどうかわからない、肝心なところでは役立たず」
「そういえばわたしの実家の辺りも最近かな。まともに使えるようになったのは」

標高1500mを越えたあたりで脇道に折れた。樹木の高さが低くなって、ときおり白茶けた岩肌が目立ちはじめた。二股の分かれ道を舗装のないダートに折れるとすぐに道幅が車幅になってスピードを落とさざるを得ない。林道のようだが殆ど轍はない。その代わり、ところどころに石が顔を出して白茶けた腹を晒していた。底をこすらないように注意深く車を進める。まだ日が高く明るいのが救いだった。小さな沢を越えた見晴らしの良い高台で車を止めた。
素早くドアを開けた彼が外に出て周囲を見回す。そのまま潅木の脇に出てわたしを誘導しはじめる。道から分かれ斜面を少し下ると車が一台転回できそうな広場に行き当たる。潅木の陰に誘導されて、エンジンを切った。外に出ると、先ほど越えた沢がすぐ傍を音を立てて流れていた。

「テントはそこにしましょう」
彼が指差した位置は沢から5mほど上がった平らな石の上。車から必要な荷物を降ろすとてきぱきと作業に取り掛かる。広げたシートのうえにあっという間に鈍い草色の屋根が膨らんだ。マットに空気を送り込んで床に敷くクッションが膨らめば他にすることはないらしい。
「はい。これ先生の。新品だから」
くるくると巻かれたシェラフを渡されて、見様見真似で広げてみる。
「えーと、このファスナーでくっつけると二人用になるんですけど……」
もちろん、そうするつもりでわたしはごつく二重になったファスナーを末端まで引き上げた。
「こうかな? よし、できた」
クッションに胡座をかいて座って見ていた彼がわたしの顔を覗き込むように見て笑った。

「もう少し涼しくなったらコンロでお茶を入れて……」
途中の街で買ってきた漬け寿司と山菜稲荷を風通しの良い日陰に置いて、沢に下りて手を洗う。透明で手が切れそうに冷たい清流が気持の良い水音を立てていた。幅にして2、3mか。深さはせいぜい15cmほど。巨大な一枚岩の川底が傾いた日を浴びてキラキラと輝いた。
沢の周りのほうが平らな部分が多い。
彼はサンダルのままジャバジャバ水流に入って、すくい上げた水で顔を洗っている。
「テント、こっちに持ってきたほうがいろいろ便利じゃない?」
う〜ん、と唸って彼は周囲を見回して、対岸の巨大な岩の中腹を指差した。
「あそこで色が変わっているから……最悪あそこまで水位が上がるんじゃないかな……」
わたしの背よりもずっと高い位置、3mくらいはあるだろう。
「土がないから水は染み込まないし、上流で雨が降ったら勾配きついから滝みたいになりそうですよ」
言われてみればもっともだ。
なんだか頼り甲斐があって惚れ直してしまう。岩に横坐りして足首を流れに漬けながら、見上げた先で、夕陽を浴びている彼の顔がびっくりするほど女性的で、そのしなやかな美しさに思わず見蕩れてしまった。

***************************

「日が暮れると気温が一気に落ちるからその前に……」
足首をとられ、彼の細い指が足の指の間に分け入って水の流れで丁寧に洗われる。恥ずかしいような嬉しいような、くすぐったい気持。絞ったタオルが脛とふくらはぎを拭う爽やかな気持ち良さ。膝裏にタオルが押し当てられて思わず目を瞑ってしまう。
「服脱いで……」
囁くような声が水音にかき消される。
「自分でやる」
手を出してタオルを求めるけれど、彼は首を振るばかり。
「返事は?」
「はい」
蚊の泣くような言葉で答えて、スカートの背に手を廻す。ホックを外してスカートを落とした。下半身だけ裸になって気恥ずかしさに震える。手をどうしようか迷ってしまうが、結局馬鹿みたいに握ったり、振り回したり。
「上も」
ようやく次の命令が出てほっとする。
裾から手を入れてタンクトップを躰から引き剥がす。汗ばんだ躰に黄昏の空気が心地良くあたった。

すすいだタオルで首筋を拭われる。すーっと爽快感に包まれて彼の腕に手を這わす。
「髪、まとめて」
何でも言われた通りにしてしまう。髪を上げたうなじ、肩、背筋とタオルが下る。
「こっち向いて」
ぴょんと向き直るわたし。でも、次の動きを予測して躰が震えてしまう。
下から持ち上げるように乳房を包まれて、息を呑む。
左、右。
腕を上げるように求められ、腋を抉られてもう一度、左、右。
優しくタオルで揉まれ、乳首を摘むように冷たい感触が移動する。大きくなってしまう乳首を彼に見つけられ逃げ出したい心境だ。
「座って。足広げて」
目で示された平らな岩に腰を下ろす。
「手を後ろに突いて。ちゃんと広げないと拭けないよ」
全裸のわたしは両手を後ろに突いて、ほとんど180度、馬鹿みたいに足を広げている。
躰の中心に夕陽が舐めるようにあたって僅かな熱を感じる。その中心、汚れた性器を男の目に晒し、食い入るようにわたしの秘所から目を離さない彼をありったけのいとおしさと羞恥で見詰め返す。自分でもしたことがない丁寧さで、陰毛から膣口までを優しく拭われて、すくった水で粘ったぬめりが洗い清められる。汗ばんだ内腿をから臍までを拭われる爽快感に羞恥を忘れ思わず声を上げてしまう。
「じゃぁ、最後」
意味はわかるけれど自分からするのはさすがに恥ずかしい。祈るように彼の顔を見詰める。
「お尻こっちに向けて」
平らな石に膝をついて背を向ける。
待ち望んでいたように肘をついて彼の顔の高さに尻を持ち上げる。
腰から尻がひやっと冷たい感触に包まれる。最後にタオルが肛門に押し当てられて小さく悲鳴を上げてしまう。
冷たい布地が軽く押し当てられて汚れが拭われる。忘れないでタオルを取り返さなくてはと思いつつ、期待通りに生暖かい感触が肛門に差し込まれ、今度は甘い息が鼻から洩れる。さすがに恥ずかしくて尻を振って舌先を外そうとするがそれはただの照れ隠し。あまりの気持ち良さにうっとりとして、すぐに尻を突き上げた。

そして、当たり前のように彼の目の前で、とても言葉では表現できない破廉恥なスタイルをとる。 「トイレは?」
と訊かれ、そのまま当たり前のように頷くわたし。
「終ったら拭いてあげるから……」
肩幅よりも広げた膝を支点にわたしは上体を前に投げ出して、頬が昼間の熱でまだ温かい石に押し付けられている。ぶら下がった乳房がわずかに石に擦れ、真上に大きな尻を突き上げた、正に後から犯してくださいと言わんばかりの屈辱的なポーズ。
「こ、このまま?」
「ゆっくり見ててあげるから早くおしっこしなさい」
素っ気無く命令されて、頭を掻き毟りたい思いに揺さぶられる一方で、その後のアフターケアを期待して、そのときの光景を思い描く。
「あっ……」
言われた通りに、わたしは括約筋を緩め、抑えていた欲求を放出する。
迸る液体がどこに飛んでいるのかすらわからずに、彼にすべてを見られている恥辱にのた打ち回りながら。そしてたぶん、見られている快感に翻弄されながら。
どうしよう。わたしはどんどん変態になっていく。

***************************

そして今、わたしは満天の星の下で瞬きもせず、目を見開いていた。吸い込まれそうな闇にすべてを任せ、瞬く星が網膜に焼き付く。
わたしは目くるめく高まりと快感の間で、舵を失った難破船のように漂い波に翻弄されている。どっしりとマットに胡座をかいた彼の躰に跨って、狂ったように両の腕で彼の頭を掻き抱き、両の足で彼の腰を締め付けて、躰の中心部に咥え込んだ熱い杭のすべてを貪り尽くす。
ほんの一時間ほど前から、卑猥で淫乱なありとあらゆる体位と、恥辱と快楽をもたらすあらゆる接合を経てたどり着いたかたち。わたしが望んだ欲望をストレートに叩きつけるように、彼の男根を自分の体内の最深部に導き入れ、ありったけの情熱と熱い蜜で溶かし尽くそうと包み込む。腰を入れ、膣を締め付け、溢れ出た液体が完璧な静寂に音を立てて接合部を濡らす。柔らかく包み込む蕩けそうな快感と、膝をばねに尻全体を重力に任せて打ち付けたときの突き上がる恍惚を交互に繰り返しながら、眩暈がしそうな星々の饗宴の下でわたしは登りつめる。
天の川が薄白い川の流れのように天頂に架かっている。
彼の顔に両手で触れる。
頬、目、鼻、口。
耳も髪も首筋も、指先で触れ、手の平で包みこむすべてはわたしのもの。
わたしが彼の女であるように、彼はわたしの男だ。
彼の両腕がわたしの腰を強く抱いて、背が弓なりにしなり喉から獣のような声が迸る。
すべての谷とすべての峰の静寂に、流れの水音を伴奏にして響き渡る恥知らずな絶唱。
小さな絶頂が繰り返し寄せては返し、少しずつ波が高く、間隔が縮まる。
乳首と肛門を同時に愛撫され快感が一気に跳ね上がる。
もっと深く、もっと奥に。
躍起になって彼を呑みこんで、子宮に到達せんばかりに腰を捩じ込む。
頭に広がった真っ白な闇を貫いて、小さな星々が瞬きはじめた。
その輝きが青白く弾け、巨大な何かがわたしのすべてを無限の底から突き上げる。
すべての感覚が一点に集約されて内側に潰れ始める。
小さく、固く。
圧倒的な力。
圧倒的な流れ。
圧力が限界に達したとき、凝縮された感覚が一気に炸裂して周囲のすべてを吹き飛ばした。

***************************

朝?
白い明るさと湿った空気。
寒いほどの冷気と傍らの温もり。

同じシェラフの中で、ぴったりとくっついた足から温もりが流れ込む。
すぐ脇で彼がうつ伏せのまま肘をついて上体を少し起こしている。
「おはよう」
声が掠れた。おまけに喉が痛い。
考えるまでもなく、昨夜の記憶が押し寄せて来る。
星……。
でもそこまで。シェラフに入ったことも憶えていない。
失神したんだ……いきまくって。圧倒的な羞恥が押し寄せて、顔を見られないよう彼の腕に押し付ける。
「おはよう」
額に掛かった髪を掻き分けられて、恐る恐る彼の顔を覗き見する。
いつもの笑顔といつもの空気。安心して彼の裸の背に腕を回した。

「雨?」
湿った匂いが頬を撫でた。
彼がテントの入り口を少し開けると四角い窓が白く煙った。
「雲の中。寒いくらいだから肩ちゃんと入れて……」
シェラフが引き上げられて裸の肩が覆われた。
「もうほとんど霧みたいな感じ。3時間くらい経つから気温が上がればすぐ消えるでしょ」
「今、何時?」
「まだ8時半。頂上アタックなら完全に出遅れだけど」
「何時に起きたの?」
そういえば、少し頬がこけて目が濁っている。
「ん?」
笑顔が近づいて頬に唇が触れた。
「まさか。寝てないの?」
「うとうとはしたけれど……」
「どうして!?」
叱り付けるような口調になってしまう。
「裸の美女が隣にいるから……」
「うそ。いつも寝てるじゃない!」
「だって二人して素っ裸で前後不覚に陥っていたら拙いでしょ。結果的には取り越し苦労だったけど」
熱いものがこみ上げて胸が一杯になる。
安全が保障された家で寝ているわけでも旅館に泊まっているわけでもないのだ。
「少し寝なさい。代わりに起きてるから」
わたしは失神女を一晩眠らないで守っていてくれた男に抱きついた。
「大丈夫。これくらい。それに先生が起きてたっていざっていう時しょうがないでしょ?」
それを言われると確かに辛い。
「悲鳴あげて、起こしてあげるくらいならできるよ」
「大丈夫だって。じゃ、代わりに……」
わたしは首を傾げて言葉を待った。
「……おっぱい触らせて……」

『ルーフガーデン−9』(続く)


戻る