没落してかつての面影は全くないとはいえ、取り敢えず実家は地方の旧家というやつなので客間に困るということはない。もっとも今時お手伝いさんを雇えるような経済状態でもないらしく、掃除をして布団を運んだりとかトイレの場所を案内したりとかはすべて自前なのだ。それに加え田舎は夜が早い。静まり返った空気の中を半年振りに足を伸ばせる風呂から上がってビールを片手に客間を覗くと、母がいろいろと準備をしてくれたらしい。母と祖母以外に女っ気はないのであまり役に立つものはないのかもしれないが、敷かれた布団の上にちょこんと耀子が座っていた。
「いろいろ迷惑かけてごめんなさい」
と神妙に謝るので、一緒にビール飲もうよと先に風呂を勧めて、ツマミを漁りにいくことにした。標高が結構あるので夜は涼しい。庭を眺めながらうとうとしていると耀子が戻ってきた。「お母さんに借りたパジャマちょっと小さいんだよ」と言いながらビールを手にする。「涼しいねぇ、別世界だよ」「東京はこの時期もう地獄だよ」とちょっとはにかみながら言葉を紛らした。パジャマが小さいせいか胸元が大きく開いている。「見ないでよ」と恥ずかしがるので「パンツはどうしたのよ」と聞いたら耳朶まで真っ赤にして下を向いてしまった。
「明日買いにいこうよ」と言うと顔を隠したまま頷いた。
息ができなくて目が醒めたのは11時近くだった。昨夜、大は小を兼ねるということで貸してやった半ズボンとTシャツ姿の耀子が鼻を摘んだらしい。枕元に座っている耀子の白くて小さな膝小僧が目に入ってようやく目が醒めた。朝昼兼用食後、約束どおり買い物に出た。ごつい屋根付の門を出て中心街の方へ向かう。天気は台風一過だからもちろん快晴。気温は高いが湿度は低めでまぁ暑苦しいと言うほどではない。道を折れて幅100mほどの川を渡る。
一気に広がる光景を見て「空が広いね」「川が綺麗だね」と耀子が立て続けに声をあげる。
「風が気持ちいい」「きれいだね、これなら泳げそうだね」
耀子が橋の欄干の丸いコンクリートに凭れるので付き合ってやる。昔はよく泳いだけど上流にダムができてから水量が減っちゃったのよと答えると「う〜ん」と唸ってしまった。
「必然性と需要は必ずしも一致しないし」「需要なんて言ったらまずいかな」「結局被害を受ける人よりも利益を得る人が多いってことか、数は少なくても力が強いってことじゃないの」
「それが民主主義って言うんじゃないか、きっと」
「そうね、おまけにきれいに金めっきされてるのよ」
「お、けっこうきついねぇ」
「そう? 金ぴかこてこてコーティングがもてはやされる時代じゃない。この先ますます」
「葬式ぐらい派手にやってあげればいいじゃない」
「なにそれぇ、おかしくて涙が出ちゃうよ」
「あたしなんかお花を供えてあげるようなもんだねぇ」と笑い転げた。
泳ぐなら湖まで行かないとね。ここじゃあ、早朝にこっそり水浴びするくらいなら浅いけど恥ずかしくないぞと水を向けてみると、「じゃぁ、誘ってよ」と近々決行する約束になった。
耀子の髪が川風にふわっともちあがる。首筋の滑らかな肌に陽があたって白く輝いた。しばらく目を奪われていると、気づいた耀子が「なに?」と尋ねるので慌てて目を逸らした。
「髪の毛、随分短くしたんだね」
「長いと大変なのよ」「手入れがさ」
「けっこう、大雑把だったりしない?」
「う〜ん、お金かけても見てくれる人がいないしねぇ」「暇もないしね」「どうせ泊まりは日常茶飯事だし」
「おかしいかな?」「みっともない?」
「いやいや、ふわっとしてて、ちょっと触ってみたかったりして」
「でも、土木のマドンナじゃないんか?」
「そんなことで目立つのは嫌だよ」「どうせなら走らせたシミュレイションがいちばん早く終わったとかさ、そういうのが目標なんだけど」
「ふ〜ん」「それはスカッと気持ち良いよね」
少し前かがみになったTシャツの胸の部分にポツンと乳首が立っていた。そっと人差し指で押してみると「きゃっ」と声をあげて怯えたように目を見開いて、睨まれた。
「おれが着るときにはないから、おやぁ、何だろうと思ってさ」
「もう〜、びっくりするじゃない」「そんな面白いもんじゃないって」
「誰か見てたら困るじゃない」と手を叩かれた。